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急転直下③

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「あ! ビャクてめえ、そのために俺にわざと聞かせやがったな」
 機密事項となるような話題にまさかと思ったシグレだったが、案の定ビャクの策略だったようだ。それが証拠にビャクは悪戯が成功したと、ニヤニヤした顔でシグレを見ている。
「新婚旅行と行こうじゃないか、婿殿」
「なにが新婚旅行だ。だいたい俺には店があるんだよ」
「それならハルとダキに任せる手筈になっている」
「俺の店だぞ⁉︎」
「婿殿、それは違う。俺たちの店だ」
「こういう時だけ嫁ヅラすんなよ」
 シグレはこれ見よがしに溜め息を吐き出すと、冗談はやめてくれと最後の一口を頬張った。
 しかしビャクは、そんなシグレの様子に呆れたように溜め息を吐き返す。
「なにを言うかと思えば。貴様は身も心も俺のものだろうシグレ。なんせ俺に会うために、六千万ゼラも納めたんだからな」
「その話やめろ」
「なんだその反応は、可愛げのない。そこは素直に好きだからだと言っておけ」
「俺はハメられたんだよ」
「ああ。確かに毎晩気持ち良さそうにハメら……」
「うゎああ! やめろ馬鹿。そういうことを言うんじゃねえよ」
 立ち上がったシグレは持っていた食器をテーブルに投げ付けるように置き、なにを言い出すんだとビャクの頭を叩こうとするが、素早く身をかわしたビャクの前で手が空振りする。
「なにを恥ずかしがることがある」
「恥ずかしい恥ずかしくないの話じゃねえだろ」
「だが顔が赤いぞ」
「うるせえ、もう良いからとっとと残りを早く食え。それで? いつ出るんだ」
 ビャクにまともに付き合っていては終わりがないと悟り、シグレは改めて食器を片付けると、流しで食器を洗いながらいつ出発するのかとビャクを見た。
 そう猶予がないと言いながら呑気にご飯を食べてる様子を見ていると、シグレの出方を伺うために言ったのではないかと勘繰ってしまう。
「明け方に港から船が出る。貿易船だがもう手筈は整っている」
「明け方ってお前、ゆったり飯食ってていいのか」
「この後すぐに出る」
「あっそう。て言うか、本気で俺も連れて行く気か」
「当たり前だ。俺は一目千両のように袂を分つことはしない。手に入れた物は二度と手放すつもりがない」
「いや買われたのは、どっちかって言うとお前だろ」
「それでも、もう貴様は俺なしでは生きていけない身体だろう? シグレ」
 皮肉を込めてお前には決定権はないだろうとシグレは顔を歪めるが、ビャクは鼻で笑ってご飯を平らげると、美味かったよと当たり前のように食器を下げるだけで自分は洗わない。
「お前は、本当に……」
「なんだ。事実だから言い返せないか」
「言っても無駄だって分かってるって意味だよ!」
 なんにつけてもすぐに下ネタに結びつけるビャクにうんざりしながら、手際よく洗い物を片付けるが、そんなシグレをまた背後から抱き締めると、ビャクはシグレの股間に手を伸ばす。
「無駄とは随分な言い様だな。たっぷりと身体に教え込んでやらねばならんか」
「おい馬鹿やめろ」
「もっとの間違いだろ」
「やめろってマジで。それに俺、行かないぞ」
「なに?」
「なにもクソもないだろ。お前のお国事情なんか知ったこっちゃねえんだよ。お前に仕事があるように、俺にだって仕事はあるし、家族も居るんだよ」
 シグレはビャクを突き放すと、元々お前だって遊びだったろうとその顔を睨み付けながら続ける。
「もう良いだろ、お前はヤスナを離れるんだ。お前が本来いるべき場所に戻るってことだ。俺も俺で元に戻らせてもらう」
「シグレ……」
 夫婦めおとごっこも終わりってことだ」
 当たり前のように生活に入り込んでくるビャクを、半ば諦めのように受け入れたシグレだったが、そもそもシグレは自由でなければ息苦しさを感じる人間だ。
 望みもしない繁盛する店に、それが終われば夜毎身体を奪われ喘がされて翻弄される日々。しかも相手は大金の対価として、手に入れるつもりもなく手元にやってきた男だ。
「本気か、シグレ」
「冗談言うと思うか」
「なるほど。ならば力尽くで言うことを聞いてもらうまでだ」
「なに言っ……」
 言い返すシグレの鳩尾にビャクの強烈な拳打が叩き込まれ、反論の途中でシグレは意識を失う。
「悪いな婿殿。俺は手に入れた物を二度と手放すつもりがない。それも気に入った物なら尚更だ」
 ビャクは意識を失ったシグレを抱き上げて、言い聞かせるように独り言を呟いた。
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