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急転直下②
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それに、たとえ寝食を共にしてると言っても、所詮は仮初の生活だ。下手に関わってしまって後に引けなくなるのは、ビャクにしたって望まないことだろうとシグレは思う。
店を出てすぐ脇の門をくぐり、短い通路を抜けて玄関を開けると、二階に上がって部屋に明かりを灯す。
「あ、飯食うの忘れてた」
シグレはお腹をさすりながら、保冷庫に入れておいたおにぎりを取り出し、少しのごま油と醤油を塗ってからじっくりと網焼にする。
その間に傷みの早い葉野菜をさっとゆがいてザルにあげると、鮭の切り身を炙るように焼いてからほぐし、水気を切って細かくした葉野菜と餅を入れ、油揚げで巾着にして煮炊きする。
そして瓜を一口大に切ると、ナスと一緒に味噌味を効かせたスープの具にして一煮立ちさせた。
「あいつらが食べるか分からんが、これならまあ夜食としては足りるだろ」
外側がパリパリに焼けた香ばしい焼きおにぎりを箸で器用に割り、一口頬張ってから次に鮭と葉野菜の餅入り巾着を食べると、じゅわっと熱い出汁が溢れ出て慌てて口元を拭う。
半ば一方的な押し付けだった気がするが、ビャクを身請けすることになり、シグレの生活は激変した。
このひと月、忙しなく時間が過ぎていく忙しい酒場の営業もそうだが、ビャクが執拗に求めてくる夜の営みの激しさも、シグレの体力と精神を限界に押しやっている。
「食わなきゃ、やってけねえんだよ」
瓜とナスがトロッと蕩けたスープが、疲れたシグレのそんな体に染み渡る。
当然だが、今でもシグレはビャクに抱かれることを良しとしていない。
享楽と劣情に抗えず、気が付けばビャクの手の中に堕ちてしまうが、シグレは抱かれる受け身の状況よりも、ふにふにした肉感的な女を抱き、己の欲情を奥に吐き出したい。
それなのに夜毎ビャクに身体を好き勝手に翻弄され、甘く喘がされた挙げ句に、望まぬ快楽を身体に深く刻まれるのだ。
「なんだ、夜食か」
考えごとをしながら料理を頬張っていると、話し合いは終わったのか、店じまいを終えたビャクが姿を現した。
「先に食ってるぞ」
「ああ……」
さすがにビャクも疲れがあるのか、多くは語らずにシグレの向かいに腰を下ろすと、テーブルの上のお茶を汲んで小さく息を吐き出した。
「なんだよ、歯切れ悪いな。お前も食うんだよな? まったく、たまには自分のことくらい自分でしろよな」
文句を言いながらも立ち上がり、もう一人分の夕飯を用意し始めると、背後からガタンと椅子を乱暴に引く音がして、気付けばシグレはビャクに抱き締められていた。
「ちょっ、なんだよ。邪魔すんなよ、お前の飯の用意してんだろ」
「シグレ」
「なんだよ」
「火急の用件で、ヤスナを離れる」
いつになく深刻な声は、シグレの耳朶を掠める位置で小さく囁かれた。
「……そうか」
なるべく平坦な声になるように答え、力なく抱き締められたビャクの腕をゆっくりと離すと、シグレは器に盛り付けた料理をテーブルに運び、まずは食事をしろとビャクに促した。
「腹、減ってるだろ。とりあえず食えよ」
「シグレ?」
「いいから、ほら。早く座れよ」
シグレは食事を再開すると、珍しく戸惑いを見せるビャクに視線も向けず、いつなんだと口を開く。
「すぐなのか」
「そう猶予はない」
「そうか。じゃあこれが最後の飯か」
「随分と淡白だな、婿殿は」
「厚かましい嫁が居なくなるんだ。 清々するよ」
シグレは鼻を鳴らすと、ようやく笑みを浮かべてビャクを正面から見つめる。
「貴様はそんな厚かましい嫁が好きだろう、シグレ」
「そういうとこだぞ、お前」
気安い会話をして笑い合うと、ビャクは話せる範囲で今回ヤスナを離れる理由について話し始めた。
西大陸の大国ヴィネージュでは国王が原因不明の病に倒れ、国内では王位継承問題が燻り始め、そんな中で最大勢力である第一王子派の貴族が謎の死を遂げる事件が相次いでいるという。
そしてにわかに信じがたいが、ビャクはヴィネージュの元将軍であり、ある事件を切っ掛けに諜報活動に従事する立場となり、国の諜報機関である〈キマイラ〉に所属したということ。
この数年はヤスナに潜伏して帝国の同行を探っていたビャクだったが、国内の情勢が大きく変わりつつある今、帰国を余儀なくされたというのがことの顛末だ。
「内乱が起こる前に、国内情勢を立て直す必要がある」
「まあ、そりゃそうだな」
「そこでシグレ」
「ん?」
「ヴィネージュの内情を知ってしまった貴様を放置は出来ん」
店を出てすぐ脇の門をくぐり、短い通路を抜けて玄関を開けると、二階に上がって部屋に明かりを灯す。
「あ、飯食うの忘れてた」
シグレはお腹をさすりながら、保冷庫に入れておいたおにぎりを取り出し、少しのごま油と醤油を塗ってからじっくりと網焼にする。
その間に傷みの早い葉野菜をさっとゆがいてザルにあげると、鮭の切り身を炙るように焼いてからほぐし、水気を切って細かくした葉野菜と餅を入れ、油揚げで巾着にして煮炊きする。
そして瓜を一口大に切ると、ナスと一緒に味噌味を効かせたスープの具にして一煮立ちさせた。
「あいつらが食べるか分からんが、これならまあ夜食としては足りるだろ」
外側がパリパリに焼けた香ばしい焼きおにぎりを箸で器用に割り、一口頬張ってから次に鮭と葉野菜の餅入り巾着を食べると、じゅわっと熱い出汁が溢れ出て慌てて口元を拭う。
半ば一方的な押し付けだった気がするが、ビャクを身請けすることになり、シグレの生活は激変した。
このひと月、忙しなく時間が過ぎていく忙しい酒場の営業もそうだが、ビャクが執拗に求めてくる夜の営みの激しさも、シグレの体力と精神を限界に押しやっている。
「食わなきゃ、やってけねえんだよ」
瓜とナスがトロッと蕩けたスープが、疲れたシグレのそんな体に染み渡る。
当然だが、今でもシグレはビャクに抱かれることを良しとしていない。
享楽と劣情に抗えず、気が付けばビャクの手の中に堕ちてしまうが、シグレは抱かれる受け身の状況よりも、ふにふにした肉感的な女を抱き、己の欲情を奥に吐き出したい。
それなのに夜毎ビャクに身体を好き勝手に翻弄され、甘く喘がされた挙げ句に、望まぬ快楽を身体に深く刻まれるのだ。
「なんだ、夜食か」
考えごとをしながら料理を頬張っていると、話し合いは終わったのか、店じまいを終えたビャクが姿を現した。
「先に食ってるぞ」
「ああ……」
さすがにビャクも疲れがあるのか、多くは語らずにシグレの向かいに腰を下ろすと、テーブルの上のお茶を汲んで小さく息を吐き出した。
「なんだよ、歯切れ悪いな。お前も食うんだよな? まったく、たまには自分のことくらい自分でしろよな」
文句を言いながらも立ち上がり、もう一人分の夕飯を用意し始めると、背後からガタンと椅子を乱暴に引く音がして、気付けばシグレはビャクに抱き締められていた。
「ちょっ、なんだよ。邪魔すんなよ、お前の飯の用意してんだろ」
「シグレ」
「なんだよ」
「火急の用件で、ヤスナを離れる」
いつになく深刻な声は、シグレの耳朶を掠める位置で小さく囁かれた。
「……そうか」
なるべく平坦な声になるように答え、力なく抱き締められたビャクの腕をゆっくりと離すと、シグレは器に盛り付けた料理をテーブルに運び、まずは食事をしろとビャクに促した。
「腹、減ってるだろ。とりあえず食えよ」
「シグレ?」
「いいから、ほら。早く座れよ」
シグレは食事を再開すると、珍しく戸惑いを見せるビャクに視線も向けず、いつなんだと口を開く。
「すぐなのか」
「そう猶予はない」
「そうか。じゃあこれが最後の飯か」
「随分と淡白だな、婿殿は」
「厚かましい嫁が居なくなるんだ。 清々するよ」
シグレは鼻を鳴らすと、ようやく笑みを浮かべてビャクを正面から見つめる。
「貴様はそんな厚かましい嫁が好きだろう、シグレ」
「そういうとこだぞ、お前」
気安い会話をして笑い合うと、ビャクは話せる範囲で今回ヤスナを離れる理由について話し始めた。
西大陸の大国ヴィネージュでは国王が原因不明の病に倒れ、国内では王位継承問題が燻り始め、そんな中で最大勢力である第一王子派の貴族が謎の死を遂げる事件が相次いでいるという。
そしてにわかに信じがたいが、ビャクはヴィネージュの元将軍であり、ある事件を切っ掛けに諜報活動に従事する立場となり、国の諜報機関である〈キマイラ〉に所属したということ。
この数年はヤスナに潜伏して帝国の同行を探っていたビャクだったが、国内の情勢が大きく変わりつつある今、帰国を余儀なくされたというのがことの顛末だ。
「内乱が起こる前に、国内情勢を立て直す必要がある」
「まあ、そりゃそうだな」
「そこでシグレ」
「ん?」
「ヴィネージュの内情を知ってしまった貴様を放置は出来ん」
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