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遊び人の本気③
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そうしてアザミに案内されるまま、入り組んだ廊下を抜けて昇降機で上へと登っていくと、前回は軽くあしらわれたビャクが居る部屋に辿り着いた。
「お客様をご案内しました」
アザミは部屋の扉を叩くと、中に居るのであろうビャクに声を掛ける。
「入って構わん」
相変わらず大仰で不遜な声が聞こえ、シグレの怒りの導火線には早くも火がつきそうだ。
「失礼します」
それでもグッと堪えてアザミについて部屋の中に入ると、部屋の出入り口から短い廊下の先、襖の前でアザミが足を止める。
「宜しいでしょうか」
「ああ、構わん」
アザミの手がゆっくりと襖を開けると、金屏風を前に肘置きに身を委ね、タバコの煙を燻らせて気怠そうに座る美貌の人影が目に飛び込んでくる。
何度見ても息を呑む美しさに、シグレは意に反して心の奥底が歓喜に高鳴るのを感じている。
「お客様はご案内致しましたので、私めはこれで失礼致します」
「なんだアザミの旦那、退室するのか」
咄嗟のことで意味が分からずにシグレがアザミを引き留めると、アザミではなくビャクが口を開いた。
「貴様、懲りずにやってくるだけでなく、随分と酔狂な真似をしたらしいな」
「うるせえ」
「立ち話もなんだ。早く入って座れ」
部屋を出ていくアザミを見送ると、言われた通りビャクと向かい合うように正面に座り、シグレは一言断りを入れてからタバコを取り出して火をつける。
「それで? 五千万ゼラもぼったくっといて、今日も 瞬き数回で追い返すのか」
「フッ。貴様は一目千両の話を知らんのか」
「貴様ってお前ねえ。俺にはシグレって名前があるんだよ。それより一目千両って昔話のことなら知らないんだ」
「ならばシグレ、教えてやろう」
——昔々、都に現れた一目千両というものを、遠い地方の田舎の村に住む男が聞き知った。
男はどうしてもその一目千両を見てみたくなり、一生懸命働いてやっと貯まった千両と、父親の遺産の千両の、合計二千両を携えて都の一目千両が居るという店へ向かう。
すると部屋には目も眩むほどの絶世の美女が座っていて、女は優しく男にほほ笑んだ。
しかしそれはほんの数秒、掛け声とともに障子は閉じられてしまい、男は良心をかなぐり捨てて父親の遺産の千両も支払い、もう一度だけ障子を開けてもらう。
男のその行動に一目千両の女は、二度も見てくれた人はあなたが初めてだから、どうか私と添い遂げて欲しいと言い、男は一目千両の女と都で幸せに暮らした——
ビャクはそこまで話すと、俺の話に似てるだろと妖艶な笑みを浮かべる。
「俺はこの話が 甚く気に入った」
「そうかよ」
「そこに来てシグレ、貴様のような昔話の男と同じ、いや、それ以上のことをする奴が現れた。これが愉快でなくてなんだと言おうか」
「お前、俺の嫁になりたいのか」
「それも一興」
「残念ながら、俺は男を抱く趣味はねえよ」
「なんだ、男の具合いの良さを知らんのか。癖になるぞ」
ビャクが可笑しそうに肩を揺らすと、足元がはだけて艶かしい程に白い脚が露わになった。
「具合いの良さってお前」
「試さずに毛嫌いするなど、阿呆のすることだ」
「お前はそれで良いのかよ」
「ほう、俺を気遣ってるのか」
「馬鹿かお前、ここは娼館だぞ。娼館でやることなんて決まってんだろ」
「当たり前だろう。まったく、つくづく面白い奴だ。気に入った、来い」
ビャクは楽しげに笑いながらシグレの手を取ると、ゆるりと立ち上がって隣の部屋に続く襖を開けた。
焚かれた香の香りがふわりと漂い、天蓋が吊るされた一段ほど高くなった寝床には、寝心地が良さそうな布団が敷かれている。
「まずは互いを良く知り合わなければな」
ビャクはシグレの耳元で囁くと、シグレの帯を解いてそのままズボンに手を掛ける。
少しひんやりとしたビャクの手が劣情を刺激するように緩やかに動くと、焚きしめられた香のせいか、シグレの身体は男が相手だというのにひどく興奮する。
「お前の方こそ、つくづく面白い奴だよな」
「お客様をご案内しました」
アザミは部屋の扉を叩くと、中に居るのであろうビャクに声を掛ける。
「入って構わん」
相変わらず大仰で不遜な声が聞こえ、シグレの怒りの導火線には早くも火がつきそうだ。
「失礼します」
それでもグッと堪えてアザミについて部屋の中に入ると、部屋の出入り口から短い廊下の先、襖の前でアザミが足を止める。
「宜しいでしょうか」
「ああ、構わん」
アザミの手がゆっくりと襖を開けると、金屏風を前に肘置きに身を委ね、タバコの煙を燻らせて気怠そうに座る美貌の人影が目に飛び込んでくる。
何度見ても息を呑む美しさに、シグレは意に反して心の奥底が歓喜に高鳴るのを感じている。
「お客様はご案内致しましたので、私めはこれで失礼致します」
「なんだアザミの旦那、退室するのか」
咄嗟のことで意味が分からずにシグレがアザミを引き留めると、アザミではなくビャクが口を開いた。
「貴様、懲りずにやってくるだけでなく、随分と酔狂な真似をしたらしいな」
「うるせえ」
「立ち話もなんだ。早く入って座れ」
部屋を出ていくアザミを見送ると、言われた通りビャクと向かい合うように正面に座り、シグレは一言断りを入れてからタバコを取り出して火をつける。
「それで? 五千万ゼラもぼったくっといて、今日も 瞬き数回で追い返すのか」
「フッ。貴様は一目千両の話を知らんのか」
「貴様ってお前ねえ。俺にはシグレって名前があるんだよ。それより一目千両って昔話のことなら知らないんだ」
「ならばシグレ、教えてやろう」
——昔々、都に現れた一目千両というものを、遠い地方の田舎の村に住む男が聞き知った。
男はどうしてもその一目千両を見てみたくなり、一生懸命働いてやっと貯まった千両と、父親の遺産の千両の、合計二千両を携えて都の一目千両が居るという店へ向かう。
すると部屋には目も眩むほどの絶世の美女が座っていて、女は優しく男にほほ笑んだ。
しかしそれはほんの数秒、掛け声とともに障子は閉じられてしまい、男は良心をかなぐり捨てて父親の遺産の千両も支払い、もう一度だけ障子を開けてもらう。
男のその行動に一目千両の女は、二度も見てくれた人はあなたが初めてだから、どうか私と添い遂げて欲しいと言い、男は一目千両の女と都で幸せに暮らした——
ビャクはそこまで話すと、俺の話に似てるだろと妖艶な笑みを浮かべる。
「俺はこの話が 甚く気に入った」
「そうかよ」
「そこに来てシグレ、貴様のような昔話の男と同じ、いや、それ以上のことをする奴が現れた。これが愉快でなくてなんだと言おうか」
「お前、俺の嫁になりたいのか」
「それも一興」
「残念ながら、俺は男を抱く趣味はねえよ」
「なんだ、男の具合いの良さを知らんのか。癖になるぞ」
ビャクが可笑しそうに肩を揺らすと、足元がはだけて艶かしい程に白い脚が露わになった。
「具合いの良さってお前」
「試さずに毛嫌いするなど、阿呆のすることだ」
「お前はそれで良いのかよ」
「ほう、俺を気遣ってるのか」
「馬鹿かお前、ここは娼館だぞ。娼館でやることなんて決まってんだろ」
「当たり前だろう。まったく、つくづく面白い奴だ。気に入った、来い」
ビャクは楽しげに笑いながらシグレの手を取ると、ゆるりと立ち上がって隣の部屋に続く襖を開けた。
焚かれた香の香りがふわりと漂い、天蓋が吊るされた一段ほど高くなった寝床には、寝心地が良さそうな布団が敷かれている。
「まずは互いを良く知り合わなければな」
ビャクはシグレの耳元で囁くと、シグレの帯を解いてそのままズボンに手を掛ける。
少しひんやりとしたビャクの手が劣情を刺激するように緩やかに動くと、焚きしめられた香のせいか、シグレの身体は男が相手だというのにひどく興奮する。
「お前の方こそ、つくづく面白い奴だよな」
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