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放蕩息子と一目千両③
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そして宴もたけなわになると、アザミの元に男が現れ、それを合図に呼び集められた芸妓や踊り子たちが次々と退室してしまう。
「誠にお待たせ致しました」
「たった一回拝むだけなのに、随分と勿体ぶるな」
「長らくお待たせを致しまして、誠に申し訳御座いません。すぐにお部屋までご案内致します」
アザミに促されて立ち上がると、部屋の入り口に控えていた男に案内されて廊下を進み、昇降機に乗り込んで上の階に移動する。
シグレを案内する男は一言も口を開かず、シグレに気を配りながらも背を向けて、ただ黙ってビャクが待つ部屋まで静かに足取りを早める。
そうして異様な空気の中辿り着いた部屋の扉をノックすると、中から凛とした男の声が聞こえて来た。
「入って構わん」
一目千両と呼ばれるだけあって、用心棒が中に控えているのだろうか。
シグレが不思議に思っていると、案内役は扉を開けてシグレを通し、さらに先の短い廊下を進んでから、目の前に現れた襖の前で失礼しますと声を掛け、中からの返事を待つ。
「お客様で御座います」
「構わん。開けろ」
やはり中には男が居るらしい。
恭しく襖が開けられると、金屏風を前に肘置きに身を委ね、タバコの煙を燻らせて気怠そうに座る美貌の人影が目に飛び込んでくる。
それはまるでしなやかな豹のような、悠然とした姿の男だ。
目の前に居る美貌の持ち主に、シグレは相手が男だと分かっていても、その息を呑むほどの美しさに目を奪われた。
月明かりと行燈の灯りが照らすその姿は、羽織りと襦袢がはだけて胸元が晒されていて、豊かな乳房はないはずなのに、それが却って劣情を煽る淫靡な雰囲気を醸し出している。
「なにを惚けている」
目の前の美貌の人物がそう言って口を開くと、先ほど聞こえた凛とした低い男の声がした。
「まさか、お前が一目千両なのか」
「らしいな」
つまらなさそうに答えてタバコを灰皿に押し付けてから、目の前の美丈夫は再び肘掛けに身を委ねた。
「男かよ」
「知らずに大金を払ったのか。阿呆だな」
「うるせえな」
「酔狂なヤツだ。それよりも呆けてる暇はないぞ」
美丈夫は呟いて、気怠そうにタバコの煙を吐き出す。
「なんだよ。一千万ゼラもぼったくっといて、噂通り 瞬き一つで追い出すのか」
「相手をして欲しければ、それに見合う対価を用意するんだな」
「対価ってお前なあ」
「お客様、お時間です」
シグレが食って掛かろうとすると、入り口に控えていた男がシグレの肩を掴み、有無を言わさず襖を閉じようとする。
「また来るようなことがあれば、話くらいはしてやろう」
閉じた襖の隙間から、妖艶に嗤う美丈夫の口元が弧を描くのが見えて、シグレは思わず小さく舌打ちをした。
それから男に案内されて、再び〈マグノリア〉の主人アザミが待つ部屋に通されると、シグレは消化出来ない苛立ちを文字通り出されたお茶で濁し、煙草をふかして地団駄を踏む。
「なんなんだよ、あの男!」
苛立ちに任せて吠えるものの、静かな部屋にその声は虚しく響くばかりで、アザミは顔色一つ変えない。
「ご指名を戴いたのは、お客様のご希望によるもので御座います」
「そうは言うけどよ」
「元より、一目見るだけで一千万ゼラいただくお話は、ご承諾戴いていたかと存じます」
「チッ……そうだったな」
シグレは舌打ちして、膝の上で拳を握る。
駄々をこねたところで、一目千両の噂を聞いて〈マグノリア〉のビャクがどんなものかを見に来たのは、紛れもなくシグレ本人が決めたこと。
しかし娼館という場所なだけに、あくまで話題作り半分で、美味しい思いが出来るかも知れないと期待したし、まさかビャクが男だというのも想定外だった。
だからまさか本当に、たった一目見るだけで一千万ゼラが飛んでいくと思ってなかったのも事実だ。
自分の浅はかさを呪いながらシグレが奥歯を噛み締めると、アザミはビャクを見に来た他の客同様に、シグレに向かって淡々と告げる。
「ビャクにはその価値があるというのが、手前共の判断で御座います」
「でもあいつ野郎じゃねえか」
「それでもビャクには、一目見るだけの価値が御座いませんでしたか」
アザミの問い掛けに、シグレは襖の向こうで悠然と横たわるビャクの姿を思い起こした。
「誠にお待たせ致しました」
「たった一回拝むだけなのに、随分と勿体ぶるな」
「長らくお待たせを致しまして、誠に申し訳御座いません。すぐにお部屋までご案内致します」
アザミに促されて立ち上がると、部屋の入り口に控えていた男に案内されて廊下を進み、昇降機に乗り込んで上の階に移動する。
シグレを案内する男は一言も口を開かず、シグレに気を配りながらも背を向けて、ただ黙ってビャクが待つ部屋まで静かに足取りを早める。
そうして異様な空気の中辿り着いた部屋の扉をノックすると、中から凛とした男の声が聞こえて来た。
「入って構わん」
一目千両と呼ばれるだけあって、用心棒が中に控えているのだろうか。
シグレが不思議に思っていると、案内役は扉を開けてシグレを通し、さらに先の短い廊下を進んでから、目の前に現れた襖の前で失礼しますと声を掛け、中からの返事を待つ。
「お客様で御座います」
「構わん。開けろ」
やはり中には男が居るらしい。
恭しく襖が開けられると、金屏風を前に肘置きに身を委ね、タバコの煙を燻らせて気怠そうに座る美貌の人影が目に飛び込んでくる。
それはまるでしなやかな豹のような、悠然とした姿の男だ。
目の前に居る美貌の持ち主に、シグレは相手が男だと分かっていても、その息を呑むほどの美しさに目を奪われた。
月明かりと行燈の灯りが照らすその姿は、羽織りと襦袢がはだけて胸元が晒されていて、豊かな乳房はないはずなのに、それが却って劣情を煽る淫靡な雰囲気を醸し出している。
「なにを惚けている」
目の前の美貌の人物がそう言って口を開くと、先ほど聞こえた凛とした低い男の声がした。
「まさか、お前が一目千両なのか」
「らしいな」
つまらなさそうに答えてタバコを灰皿に押し付けてから、目の前の美丈夫は再び肘掛けに身を委ねた。
「男かよ」
「知らずに大金を払ったのか。阿呆だな」
「うるせえな」
「酔狂なヤツだ。それよりも呆けてる暇はないぞ」
美丈夫は呟いて、気怠そうにタバコの煙を吐き出す。
「なんだよ。一千万ゼラもぼったくっといて、噂通り 瞬き一つで追い出すのか」
「相手をして欲しければ、それに見合う対価を用意するんだな」
「対価ってお前なあ」
「お客様、お時間です」
シグレが食って掛かろうとすると、入り口に控えていた男がシグレの肩を掴み、有無を言わさず襖を閉じようとする。
「また来るようなことがあれば、話くらいはしてやろう」
閉じた襖の隙間から、妖艶に嗤う美丈夫の口元が弧を描くのが見えて、シグレは思わず小さく舌打ちをした。
それから男に案内されて、再び〈マグノリア〉の主人アザミが待つ部屋に通されると、シグレは消化出来ない苛立ちを文字通り出されたお茶で濁し、煙草をふかして地団駄を踏む。
「なんなんだよ、あの男!」
苛立ちに任せて吠えるものの、静かな部屋にその声は虚しく響くばかりで、アザミは顔色一つ変えない。
「ご指名を戴いたのは、お客様のご希望によるもので御座います」
「そうは言うけどよ」
「元より、一目見るだけで一千万ゼラいただくお話は、ご承諾戴いていたかと存じます」
「チッ……そうだったな」
シグレは舌打ちして、膝の上で拳を握る。
駄々をこねたところで、一目千両の噂を聞いて〈マグノリア〉のビャクがどんなものかを見に来たのは、紛れもなくシグレ本人が決めたこと。
しかし娼館という場所なだけに、あくまで話題作り半分で、美味しい思いが出来るかも知れないと期待したし、まさかビャクが男だというのも想定外だった。
だからまさか本当に、たった一目見るだけで一千万ゼラが飛んでいくと思ってなかったのも事実だ。
自分の浅はかさを呪いながらシグレが奥歯を噛み締めると、アザミはビャクを見に来た他の客同様に、シグレに向かって淡々と告げる。
「ビャクにはその価値があるというのが、手前共の判断で御座います」
「でもあいつ野郎じゃねえか」
「それでもビャクには、一目見るだけの価値が御座いませんでしたか」
アザミの問い掛けに、シグレは襖の向こうで悠然と横たわるビャクの姿を思い起こした。
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