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『一目千両』という噂話
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「はあ? 拝観料かよ」
「拝観料とは上手いこと言うな。まあ相当な美姫なんだろうけど、一目見るだけで一千万ゼラなんて、確かに途方もない話だよな」
「おい待て、拝むだけで一千万ゼラも取るのかよ⁉︎」
よく口にする卵やミルク、パンや芋などは大抵十ゼラ前後で手に入れることが出来るし、シグレが先ほど買った桃にしたってそうだ。
つまり一千万ゼラとは、どんなに多く見積もったとしても、庶民が汗水垂らしてようやく稼ぐ年収とは桁が違う、途方もない金額ということだ。
「そうは言うけどよお、シグレ。一目だけでもそれだけの価値があるってことなんじゃないのか」
「一見の価値ったって、見るだけで 触れもしねえのにかよ」
「それこそ浮世離れした美しさは、神の 御使なんて聞いてるけどな」
「はあ、なんだそれ。くっだらねえ」
「なんだよ。お前なら食い付くと思ったんだけどな」
キノエは心底驚いたような顔をして、ガッカリと肩を落として見せる。
「そもそも、そんな大金あるワケねえだろ」
「じゃあ手持ちがあれば揶揄いに行くか」
「どんな酔狂だよ」
世間話もそこそこに、大門を潜って花街に足を踏み入れると、シグレとキノエはそれぞれに懇意にしている娼館に向かった。
「おやシグレの旦那。今日も早いね」
シグレが真っ先に向かった〈イベリス〉の受付で、紫煙を燻らせる 薹の立った美女が口元に弧を描く。
「ヨダカは空いてるか」
「生憎、〈田浦庵〉の若旦那が昨夜から独り占めしててね。お前さんの馴染みで、すぐに案内できるのはコトノになるよ」
「じゃあコトノで構わねえ」
「あいよ。すぐに支度させるから、婆の相手をして待っておくれ」
目の前の美女は皮肉たっぷりに微笑むと、伝令用の水晶でコトノの支度を指示してから、シグレを待合のための応接間に通した。
「このところ、長く顔をお見せじゃなかったね」
「俺だってまともに仕事くらいする」
「〈龍海酒造〉の面汚しがよく言うよ」
「ババア、てめえ上客になんてこと言いやがる」
「誰が上客だ。お前さんの落とす金なんて微々たるもんだよ。まあ遊び方は綺麗だけどね」
娼館自体の歴史は浅いが、人気店の〈イベリス〉を取り仕切る女主人のクレハは、鼻で笑いながらタバコの煙を吐き出した。
二十六の歳になるシグレは、ヤスナでは十五で成人するのに対し、それよりも前の十三くらいからこの花街に出入りしているものの、クレハに関しては歳がいくつなのかも定かではない。
それほどに、彼女は昔から容姿が一切変わらないのだ。
「それよりババア、小耳に挟んだんだが、あんた〈マグノリア〉の一目千両について何か知ってるか」
シグレは無作法にもテーブルに足を乗せてソファーにもたれると、一本寄越せとせがんだタバコに火をつけて白い煙を吐き出す。
「なんだい。お前さんも気になるのかい」
「来る途中でキノエに聞かされたんだよ。一目見るだけで一千万ゼラだの、馬鹿げた話だ」
「馬鹿げてると思うかい? だけどその価値があるからビャクはそうして客を取るそうさ」
「ビャク?」
「その噂になってる奴の名前だよ」
その特有の珍しい見た目から、西の大陸から流れてきた可能性が高いのではないかとクレハは言う。
「そんなワケありの流れ者が、なんで拝観料なんか取ってるんだよ」
「ハッ、そりゃ良いね、拝観料か」
クレハは可笑しそうに鼻を鳴らすが、すぐに表情を切り替えて、細かい事情は知らないよと呟いた。
「表立って働かせるには人の目や心を狂わせる、それほどの美しさだそうだ。だけど娼館に置いておくなら、別の方法で金を稼がせないとならない苦肉の策だろうよ」
「どれほどのもんなんだよ、そいつ」
「気になるなら、まあ、一目見てみるんだね」
一千万ゼラ用意出来るならねとクレハは笑い飛ばし、支度が整ったからいつもの部屋に行けとシグレを部屋から追い出した。
「拝観料とは上手いこと言うな。まあ相当な美姫なんだろうけど、一目見るだけで一千万ゼラなんて、確かに途方もない話だよな」
「おい待て、拝むだけで一千万ゼラも取るのかよ⁉︎」
よく口にする卵やミルク、パンや芋などは大抵十ゼラ前後で手に入れることが出来るし、シグレが先ほど買った桃にしたってそうだ。
つまり一千万ゼラとは、どんなに多く見積もったとしても、庶民が汗水垂らしてようやく稼ぐ年収とは桁が違う、途方もない金額ということだ。
「そうは言うけどよお、シグレ。一目だけでもそれだけの価値があるってことなんじゃないのか」
「一見の価値ったって、見るだけで 触れもしねえのにかよ」
「それこそ浮世離れした美しさは、神の 御使なんて聞いてるけどな」
「はあ、なんだそれ。くっだらねえ」
「なんだよ。お前なら食い付くと思ったんだけどな」
キノエは心底驚いたような顔をして、ガッカリと肩を落として見せる。
「そもそも、そんな大金あるワケねえだろ」
「じゃあ手持ちがあれば揶揄いに行くか」
「どんな酔狂だよ」
世間話もそこそこに、大門を潜って花街に足を踏み入れると、シグレとキノエはそれぞれに懇意にしている娼館に向かった。
「おやシグレの旦那。今日も早いね」
シグレが真っ先に向かった〈イベリス〉の受付で、紫煙を燻らせる 薹の立った美女が口元に弧を描く。
「ヨダカは空いてるか」
「生憎、〈田浦庵〉の若旦那が昨夜から独り占めしててね。お前さんの馴染みで、すぐに案内できるのはコトノになるよ」
「じゃあコトノで構わねえ」
「あいよ。すぐに支度させるから、婆の相手をして待っておくれ」
目の前の美女は皮肉たっぷりに微笑むと、伝令用の水晶でコトノの支度を指示してから、シグレを待合のための応接間に通した。
「このところ、長く顔をお見せじゃなかったね」
「俺だってまともに仕事くらいする」
「〈龍海酒造〉の面汚しがよく言うよ」
「ババア、てめえ上客になんてこと言いやがる」
「誰が上客だ。お前さんの落とす金なんて微々たるもんだよ。まあ遊び方は綺麗だけどね」
娼館自体の歴史は浅いが、人気店の〈イベリス〉を取り仕切る女主人のクレハは、鼻で笑いながらタバコの煙を吐き出した。
二十六の歳になるシグレは、ヤスナでは十五で成人するのに対し、それよりも前の十三くらいからこの花街に出入りしているものの、クレハに関しては歳がいくつなのかも定かではない。
それほどに、彼女は昔から容姿が一切変わらないのだ。
「それよりババア、小耳に挟んだんだが、あんた〈マグノリア〉の一目千両について何か知ってるか」
シグレは無作法にもテーブルに足を乗せてソファーにもたれると、一本寄越せとせがんだタバコに火をつけて白い煙を吐き出す。
「なんだい。お前さんも気になるのかい」
「来る途中でキノエに聞かされたんだよ。一目見るだけで一千万ゼラだの、馬鹿げた話だ」
「馬鹿げてると思うかい? だけどその価値があるからビャクはそうして客を取るそうさ」
「ビャク?」
「その噂になってる奴の名前だよ」
その特有の珍しい見た目から、西の大陸から流れてきた可能性が高いのではないかとクレハは言う。
「そんなワケありの流れ者が、なんで拝観料なんか取ってるんだよ」
「ハッ、そりゃ良いね、拝観料か」
クレハは可笑しそうに鼻を鳴らすが、すぐに表情を切り替えて、細かい事情は知らないよと呟いた。
「表立って働かせるには人の目や心を狂わせる、それほどの美しさだそうだ。だけど娼館に置いておくなら、別の方法で金を稼がせないとならない苦肉の策だろうよ」
「どれほどのもんなんだよ、そいつ」
「気になるなら、まあ、一目見てみるんだね」
一千万ゼラ用意出来るならねとクレハは笑い飛ばし、支度が整ったからいつもの部屋に行けとシグレを部屋から追い出した。
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