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20.キミだからムラムラします①
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いつの間に寝入っていたのか、ふと目を開けるとベッドの脇に置かれた燭台に蝋燭の火が灯っている。
「ん、やべ。寝ちまった」
目を擦りながら体を起こすと、ソファーで寝息を立てるジレーザを見つけて依斗は息を呑んだ。
しばらく顔を合わせていなかったジレーザが、なぜ今になってこの部屋に居るのか、その理由に思い当たった時、とてつもなく腹立たしくて、同時に悲しくて仕方なくなった。
ベッドから降りて出来るだけ足音を立てずにソファーに近付くと、不安定に背もたれと肘掛けに体を預け、帽子と顔を覆う布を外し、無防備な寝顔を晒すジレーザを見つめる。
「クマが出来てるじゃないか……」
ソファーの足元で膝を折ると、ジレーザの顔を覗き込んで、そっと頬に手を添わせて親指で目元を撫でる。
「貴様の望みだからな」
「お前、起きてたのかよ」
驚いて手を離そうとすると、思ったよりも強い力で手を掴まれる。
「……本当に帰るのか」
「え?」
「私を置いて、元の世界に戻るのか」
儚げな笑顔を刻んだ顔を見た途端、依斗は堪らずジレーザを力の限り抱き締めた。
「ごめん。ごめん俺、ごめん」
「身勝手を押し付けた自覚はあるようだな」
「俺は……お前を気遣うフリして、お前の気持ちを踏み躙った」
「ああ。あまりにも身勝手だな」
「でもお前には、立場があるじゃないか」
「くだらんな。まさかそんなことで帰ると言い出したのか」
吐き捨てるのと同時に突き放されて、真正面から見つめ合うと、ジレーザの瞳には怒りが灯っていた。
「だけどジレーザ」
「私の想いは、ヨリトへの愛は、そんなことより軽かったか」
「違う、違うけど」
「術式は完済した。貴様を送還する準備が整ったということだ。これで満足か」
ジレーザは再び儚げな笑顔を浮かべ、望みは叶えてやったぞと力なく呟いて、依斗が伸ばした手を払い退ける。
「ジレーザ」
「…………」
返事はない。
チリチリと蝋燭が燃える音が静寂を破り、揺らぐ炎が歪な影を伸ばす。
「俺だって、お前を失いたくない」
「戯れ言だ。帰るのだろう?」
「違う! 俺がそばに居たら、お前を傷付けるだろ」
「誰がどう傷付ける」
「サーチェスもオーバル教も、同性愛は禁忌に触れるんだろ」
「だからなんだと言うんだ」
「魔力枯渇を助けるために体を繋ぐのとは訳が違う」
「そんなつもりで抱かれていた訳じゃない」
「分かってるよ! だからってお前はオーバル教会の最高神官だろ、組織のトップじゃないか。立場があるだろ」
「そんなものどうでも良い」
「ジレーザ……」
「ヨリトなら、そう言ってくれると思っていた。だが違ったようだな」
打ちのめされたような悲しい顔をして、ジレーザは声もなく涙を流し、勘違いだったようだと静かに笑う。
依斗がいくら後悔したところで、ジレーザをここまで傷付けたことを無かったことには出来ない。
それが分かっていても、依斗はジレーザを抱き締めずにはいられなかった。
「俺が間違ってた」
「慰めなら要らない」
「違う。慰めなんかじゃない。お前を傷付ける全ての可能性から、お前を守りたかった。ただそれだけなんだ」
「ヨリトは分かってない。私を傷付けたのはヨリトだ」
「そうだな、他の誰でもない、俺だった」
依斗はゆっくりと体を離すと、ジレーザが流す涙を指先で拭い、深く傷付いた顔をしたままのジレーザに額を寄せる。
「愛してる。二度とあんなバカなことは言わない」
「愛してるなら突き放すな」
「分かってる。二度とお前を失いたくない」
「許すのは一度きりだぞ」
「ああ。創造主アネスに誓っても良い。俺はお前だけは失いたくない」
「神に誓うか。信仰心のない貴様は信用ならんが、今は甘んじてその言葉を信じてやろう」
ようやく口角を上げて笑みを刻んだジレーザに、依斗はそっと唇を重ねた。
燃え上がるような苛烈なキスではなく、互いを慈しむような柔く優しくて、気が遠くなるほど甘いキス。
唇がゆっくりと離れると、どちらからともなくソファーから立ち上がり、手を繋いで移動したベッドの上に寝転んで抱き締め合う。
「だけど本当に良いのか」
「なにがだ」
「同性愛は禁忌だろ」
「なんとかなるだろ。それより早くヨリトが欲しい」
「なんとかって、あ、おい」
「ん、やべ。寝ちまった」
目を擦りながら体を起こすと、ソファーで寝息を立てるジレーザを見つけて依斗は息を呑んだ。
しばらく顔を合わせていなかったジレーザが、なぜ今になってこの部屋に居るのか、その理由に思い当たった時、とてつもなく腹立たしくて、同時に悲しくて仕方なくなった。
ベッドから降りて出来るだけ足音を立てずにソファーに近付くと、不安定に背もたれと肘掛けに体を預け、帽子と顔を覆う布を外し、無防備な寝顔を晒すジレーザを見つめる。
「クマが出来てるじゃないか……」
ソファーの足元で膝を折ると、ジレーザの顔を覗き込んで、そっと頬に手を添わせて親指で目元を撫でる。
「貴様の望みだからな」
「お前、起きてたのかよ」
驚いて手を離そうとすると、思ったよりも強い力で手を掴まれる。
「……本当に帰るのか」
「え?」
「私を置いて、元の世界に戻るのか」
儚げな笑顔を刻んだ顔を見た途端、依斗は堪らずジレーザを力の限り抱き締めた。
「ごめん。ごめん俺、ごめん」
「身勝手を押し付けた自覚はあるようだな」
「俺は……お前を気遣うフリして、お前の気持ちを踏み躙った」
「ああ。あまりにも身勝手だな」
「でもお前には、立場があるじゃないか」
「くだらんな。まさかそんなことで帰ると言い出したのか」
吐き捨てるのと同時に突き放されて、真正面から見つめ合うと、ジレーザの瞳には怒りが灯っていた。
「だけどジレーザ」
「私の想いは、ヨリトへの愛は、そんなことより軽かったか」
「違う、違うけど」
「術式は完済した。貴様を送還する準備が整ったということだ。これで満足か」
ジレーザは再び儚げな笑顔を浮かべ、望みは叶えてやったぞと力なく呟いて、依斗が伸ばした手を払い退ける。
「ジレーザ」
「…………」
返事はない。
チリチリと蝋燭が燃える音が静寂を破り、揺らぐ炎が歪な影を伸ばす。
「俺だって、お前を失いたくない」
「戯れ言だ。帰るのだろう?」
「違う! 俺がそばに居たら、お前を傷付けるだろ」
「誰がどう傷付ける」
「サーチェスもオーバル教も、同性愛は禁忌に触れるんだろ」
「だからなんだと言うんだ」
「魔力枯渇を助けるために体を繋ぐのとは訳が違う」
「そんなつもりで抱かれていた訳じゃない」
「分かってるよ! だからってお前はオーバル教会の最高神官だろ、組織のトップじゃないか。立場があるだろ」
「そんなものどうでも良い」
「ジレーザ……」
「ヨリトなら、そう言ってくれると思っていた。だが違ったようだな」
打ちのめされたような悲しい顔をして、ジレーザは声もなく涙を流し、勘違いだったようだと静かに笑う。
依斗がいくら後悔したところで、ジレーザをここまで傷付けたことを無かったことには出来ない。
それが分かっていても、依斗はジレーザを抱き締めずにはいられなかった。
「俺が間違ってた」
「慰めなら要らない」
「違う。慰めなんかじゃない。お前を傷付ける全ての可能性から、お前を守りたかった。ただそれだけなんだ」
「ヨリトは分かってない。私を傷付けたのはヨリトだ」
「そうだな、他の誰でもない、俺だった」
依斗はゆっくりと体を離すと、ジレーザが流す涙を指先で拭い、深く傷付いた顔をしたままのジレーザに額を寄せる。
「愛してる。二度とあんなバカなことは言わない」
「愛してるなら突き放すな」
「分かってる。二度とお前を失いたくない」
「許すのは一度きりだぞ」
「ああ。創造主アネスに誓っても良い。俺はお前だけは失いたくない」
「神に誓うか。信仰心のない貴様は信用ならんが、今は甘んじてその言葉を信じてやろう」
ようやく口角を上げて笑みを刻んだジレーザに、依斗はそっと唇を重ねた。
燃え上がるような苛烈なキスではなく、互いを慈しむような柔く優しくて、気が遠くなるほど甘いキス。
唇がゆっくりと離れると、どちらからともなくソファーから立ち上がり、手を繋いで移動したベッドの上に寝転んで抱き締め合う。
「だけど本当に良いのか」
「なにがだ」
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