上 下
3 / 46

1.王子と呼ばれるホスト

しおりを挟む
 シャンパンゴールドの蠱惑の液体が放つプリズムは、この店を、ひいてはこの夜の街を象徴する輝きだ。
「バースデーでもないのに、一日にタワーとアルマンドのアタッシュケース三回も入るとか、リイトさんやっぱ、さすが王子っスね」
「俺に媚び売っても客は取れないぞ。仕事しろ」
 高級店として知られるホストクラブMagnifiqueマニフィック。そこのナンバーワンと謳われ、この街でもトップクラスのホスト、リイトこと網浜あみはま依斗よりとは、華やかな容姿も手伝って、ここ数年この界隈で王子などと呼ばれて持て囃されている。
 東の空が白み、街が別の顔で動き出す前に、依斗は自宅マンションに帰宅してシャワーを浴び、風呂上がりに炭酸水を飲む。
 そのままリビングに移動してソファーに座り、仕事中にはチェックすることが出来ない、私用のスマホに手を伸ばしてメッセージの確認をすると、ようやく意識が解放された気がする。
「俺の心配してる場合かよ」
 母親からの体調を気遣うメッセージを見て顔を綻ばせると、つい緩んだ顔で画面をタップしてメッセージを返す。
 依斗はサラリーマンの父親と専業主婦だった母親、ごく一般的な両親のもとに生まれた。
 しかし中学生の時に父親が亡くなり、それは突然訪れた不幸だったが、母と二人でなんとか生活してきた。
 父が遺した保険金は進学のために使えないからと、母子家庭で生活するギリギリのラインだった母親の収入で、毎食のようにもやしが入った味噌汁と食パンの耳をかじって過ごした。
 それでも母親は愛情深かったし、朝から晩まで身を粉にして働く姿を側で見てれば、早く大人になって稼いで食わせてやろうと素直に思えた。
(他人事なら悲惨で悲痛な話……か)
 ボトルからバーボンを注ぐと、力無く笑うことしかできない。
 依斗の母は、ステージ4の膵臓がんを患っている。
 もう治療の施しようはなく、ホスピスで余生を過ごす選択肢しか残されていなかった。
「もっと早く気付いてあげたかったな」
 優しい母親の笑顔を思い浮かべると、どうしようもなく苦しくて、脆くなる涙腺を押し付けるように目元を覆う。
 依斗に古く友達付き合いを続けているような友人は居ない。
 早く母親に楽をさせてやりたくて、昼はバイトに明け暮れ、夜間高校と大学に通いながら弁護士を目指して猛勉強の日々を過ごし、友人などと関わっている余裕がなかった。
 そもそもそうやって青春時代を過ごしたから、同級生と会話をした記憶もないし、覚えておくほど価値のある記憶がないと言った方が正しいかも知れない。
(今となっては懐かしいだけの話だけど、あの時はしんどかったな)
 依斗は複雑な気持ちで溜め息を吐く。
 猛勉強の甲斐あってか、一発で司法試験に合格したものの夢破れるのは早かった。
 大手弁護士事務所に就職したのも束の間、学歴のせいなのか先輩弁護士からのパワハラとモラハラの嫌がらせを受け、現実はそう甘くはないと身をもって知ることになる。
 それでも三年は細い細い糸に縋るように、いつかは状況が好転するだろうと必死に耐えた。
 しかしその糸も摩耗してすり減って行くと、溺れるように酒を飲んで怠惰な生活を送るようになり、縋り付いていた仕事もクビになった。
 そして母親に渡す以外、忙しさで消費する機会が無かった給料で桁の増えた貯金も、あっという間に飲み歩きで泡と消える。
(酒の味なんて、楽しめる状態じゃなかったもんな)
 カラリとグラスの中で音を立てる氷を見つめて、依斗は自分の分岐点となった日のことを思い返す。
 あの日もまた、馴染みのバーで深酒を呷っていたが、唯一いつもと違ったのは、Magnifiqueのオーナーであり、あの街で伝説と呼ばれる男、アキラに出会ったことだ。
『お前なら天下取れると思うけど』
 屈託ない笑顔は、決してふざけているようには見えなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...