14 / 26
▶︎アン失踪事件
第13話 過去の世界(2)
しおりを挟む
◇
シン、とした車内に、ピリっとした空気が漂う。
運転中の執事・島田さんは、怖いぐらいに穏やかな声色でその空気を破った。
「なにをおっしゃいますお嬢様。そのような人聞きの悪い嘘は……」
「嘘なんかじゃない。私、見たの。あなたがこないだの夜、隠れてうちを出て、悪い仲間たちと会って話してるところ。動画も撮ったし、会話の内容もちゃんとスマホに録音してある」
「……」
「もちろん、最初は思い過ごしかもしれないとも思った。でも、気になることがあればいくらお金をかけてもいいからちゃんと納得行くまで自分で調べなさいってパパに言われてるから、顔見知りの探偵を雇って調べたの。そうしたら……あなたのお父さんが昔、パパの会社で不正を働いてクビにされていて、その後、一家で路頭に迷っていたっていう事実がわかった」
「……………」
「その逆恨みだったんでしょう? パパがあなたのお父さんをクビにしていなければって、パパの会社を潰そうとして名前まで変えて……。忙しいパパの目は誤魔化せても、私は騙されないわよ」
それまでの迷いを断ち切るように、いつもの凛とした顔と声色で、キッパリとその事実を突きつけるオジョー。
なんだコイツ、めちゃくちゃかっこいいじゃんって思ったけど、でも、それと同時に心配にもなった。執事の島田さん……いや、執事の島田は、押し黙ったままなにも言わなくて不気味だし、よく見ればオジョー、堂々とした態度とは裏腹に、握りしめた拳が小さく震えていたから。
(だ、大丈夫かよ……⁉︎)
助けてやりたいところだけど、今目の前で何が起きようとも実体がないオレではオジョーを助けてやれない。
ハラハラしながら二人のやりとりを見守っていると、やがてポツンと、島田が言った。
「月影氏のことで妙に神経を尖らせているとは思っていましたが、まさか探偵まで雇うとはね……。子どもだと思って少し甘く見すぎたか」
「……!」
本性を現したような低い声。
追い打ちをかけるように、車内にガチン、と鈍い音が響く。
ロックの音だ。オジョーがハッとしたように身近なドアに飛びついてガチャガチャとドアをいじるが、開く気配はない。
オジョーがキッと運転席を睨みつけると、島田はミラー越しにくつくつと笑いながらさらに付け足して言った。
「ですがそんな脅しで私が怯むとでも?」
「な……」
「動かぬ証拠があるというのなら、その証拠ともどもあなたを都合よく始末してしまえばいいだけの話。事故に見せかけるなり、誘拐犯の仕業に見せるなり、手の打ちようはいくらでもあるんでね」
「ひ、卑怯者! ずっと変だと思ってたけど……ついに本性を表したわね!」
「くっくっく。卑怯者だろうとなんだろうと好きに呼べばいい。友達はおろか月影氏以外に頼れる存在がいないあなたには、正体を見抜かれたところでなんら害はない。だって……あなたには、こんな大事なことを自分の父親に直接相談する勇気すらなければ、他人に迷惑をかけたくないという遠慮が勝って周囲にSOSを発する勇気もなく、こうやって私の良心に直接訴えるくらいしか手がないだろうと思ってましたからねえ。揉み消してしまえばそれまでです」
「……っ」
ポケットから取り出したスマホを握りしめたまま何もできずに固まっていたオジョーは、図星を指摘されてぎくっとしたように体を強張らせている。
「ふふ、残念でしたねえ。世の中はそんなに甘くないんです。……さて、と。では、おしゃべりはこの辺までにして。正体がバレてしまったからにはこのまま生かしておくわけにはいきません。どう始末しましょうか」
腹が立つくらい、愉快そうな声色で言う島田。
化けの皮が剥がれた島田は、公園脇にある駐車場の一番目立たない場所に車を停車させると、ここでようやくハンドルから手を離し、パキポキと指を鳴らしながら後部座席を振り返る。
(げ、なんかやばい感じ!)
《おい、警察! そのスマホで警察に電話しろってオジョー! いや、間に合わねえな! ああもう、いいからとっとと逃げろってオジョー!》
必死にオジョーに向かってエールを送りつつ、運転席から窮屈そうに身を乗り出してじわじわこちらに移動してくる島田に向かっては渾身のシャドーパンチを繰り返すオレ。
オジョーは泣きそうな顔でドアノブをガチャガチャいわさせた後、今一度、縋りつくように自分のポケットを握った。
ようやく運転席から抜け出した島田が、広く長細い後部座席に乗り移る。ヤツは機械のような笑顔を貼り付けると、ギチギチと音を立てて両手に黒いグローブをはめ、懐からロープのようなものを取り出してから、すばやくこちらに向かって間合いを詰めてきた。
「……!」
まずい、オジョーがやられる!
島田とオジョーの距離がゼロになりサアッと青ざめたオレだったが、次の瞬間、オジョーはギュッと唇を噛み締めてポケットの中から何かを取り出した。
(あ……!)
『これやるよこれ、〝三分間爆笑爆弾〟♡ これさー、ここをこう引っ張って相手にぶつけると、ぶつけられた奴は腹が捩れるぐらいゲラゲラ爆笑すんだよね。マジでちょーウケるから!』
頭の中に蘇る、数時間前のオレの発言。
その言葉を信じるように。
〝ふしぎ堂〟のふしぎを心から信じるように。
絶体絶命のこの窮地で、アイツが最後の最後で縋るようにポケットから取り出したのは……オレがアイツに無理矢理手渡した神商品――〝三分間爆笑爆弾〟だった。
シン、とした車内に、ピリっとした空気が漂う。
運転中の執事・島田さんは、怖いぐらいに穏やかな声色でその空気を破った。
「なにをおっしゃいますお嬢様。そのような人聞きの悪い嘘は……」
「嘘なんかじゃない。私、見たの。あなたがこないだの夜、隠れてうちを出て、悪い仲間たちと会って話してるところ。動画も撮ったし、会話の内容もちゃんとスマホに録音してある」
「……」
「もちろん、最初は思い過ごしかもしれないとも思った。でも、気になることがあればいくらお金をかけてもいいからちゃんと納得行くまで自分で調べなさいってパパに言われてるから、顔見知りの探偵を雇って調べたの。そうしたら……あなたのお父さんが昔、パパの会社で不正を働いてクビにされていて、その後、一家で路頭に迷っていたっていう事実がわかった」
「……………」
「その逆恨みだったんでしょう? パパがあなたのお父さんをクビにしていなければって、パパの会社を潰そうとして名前まで変えて……。忙しいパパの目は誤魔化せても、私は騙されないわよ」
それまでの迷いを断ち切るように、いつもの凛とした顔と声色で、キッパリとその事実を突きつけるオジョー。
なんだコイツ、めちゃくちゃかっこいいじゃんって思ったけど、でも、それと同時に心配にもなった。執事の島田さん……いや、執事の島田は、押し黙ったままなにも言わなくて不気味だし、よく見ればオジョー、堂々とした態度とは裏腹に、握りしめた拳が小さく震えていたから。
(だ、大丈夫かよ……⁉︎)
助けてやりたいところだけど、今目の前で何が起きようとも実体がないオレではオジョーを助けてやれない。
ハラハラしながら二人のやりとりを見守っていると、やがてポツンと、島田が言った。
「月影氏のことで妙に神経を尖らせているとは思っていましたが、まさか探偵まで雇うとはね……。子どもだと思って少し甘く見すぎたか」
「……!」
本性を現したような低い声。
追い打ちをかけるように、車内にガチン、と鈍い音が響く。
ロックの音だ。オジョーがハッとしたように身近なドアに飛びついてガチャガチャとドアをいじるが、開く気配はない。
オジョーがキッと運転席を睨みつけると、島田はミラー越しにくつくつと笑いながらさらに付け足して言った。
「ですがそんな脅しで私が怯むとでも?」
「な……」
「動かぬ証拠があるというのなら、その証拠ともどもあなたを都合よく始末してしまえばいいだけの話。事故に見せかけるなり、誘拐犯の仕業に見せるなり、手の打ちようはいくらでもあるんでね」
「ひ、卑怯者! ずっと変だと思ってたけど……ついに本性を表したわね!」
「くっくっく。卑怯者だろうとなんだろうと好きに呼べばいい。友達はおろか月影氏以外に頼れる存在がいないあなたには、正体を見抜かれたところでなんら害はない。だって……あなたには、こんな大事なことを自分の父親に直接相談する勇気すらなければ、他人に迷惑をかけたくないという遠慮が勝って周囲にSOSを発する勇気もなく、こうやって私の良心に直接訴えるくらいしか手がないだろうと思ってましたからねえ。揉み消してしまえばそれまでです」
「……っ」
ポケットから取り出したスマホを握りしめたまま何もできずに固まっていたオジョーは、図星を指摘されてぎくっとしたように体を強張らせている。
「ふふ、残念でしたねえ。世の中はそんなに甘くないんです。……さて、と。では、おしゃべりはこの辺までにして。正体がバレてしまったからにはこのまま生かしておくわけにはいきません。どう始末しましょうか」
腹が立つくらい、愉快そうな声色で言う島田。
化けの皮が剥がれた島田は、公園脇にある駐車場の一番目立たない場所に車を停車させると、ここでようやくハンドルから手を離し、パキポキと指を鳴らしながら後部座席を振り返る。
(げ、なんかやばい感じ!)
《おい、警察! そのスマホで警察に電話しろってオジョー! いや、間に合わねえな! ああもう、いいからとっとと逃げろってオジョー!》
必死にオジョーに向かってエールを送りつつ、運転席から窮屈そうに身を乗り出してじわじわこちらに移動してくる島田に向かっては渾身のシャドーパンチを繰り返すオレ。
オジョーは泣きそうな顔でドアノブをガチャガチャいわさせた後、今一度、縋りつくように自分のポケットを握った。
ようやく運転席から抜け出した島田が、広く長細い後部座席に乗り移る。ヤツは機械のような笑顔を貼り付けると、ギチギチと音を立てて両手に黒いグローブをはめ、懐からロープのようなものを取り出してから、すばやくこちらに向かって間合いを詰めてきた。
「……!」
まずい、オジョーがやられる!
島田とオジョーの距離がゼロになりサアッと青ざめたオレだったが、次の瞬間、オジョーはギュッと唇を噛み締めてポケットの中から何かを取り出した。
(あ……!)
『これやるよこれ、〝三分間爆笑爆弾〟♡ これさー、ここをこう引っ張って相手にぶつけると、ぶつけられた奴は腹が捩れるぐらいゲラゲラ爆笑すんだよね。マジでちょーウケるから!』
頭の中に蘇る、数時間前のオレの発言。
その言葉を信じるように。
〝ふしぎ堂〟のふしぎを心から信じるように。
絶体絶命のこの窮地で、アイツが最後の最後で縋るようにポケットから取り出したのは……オレがアイツに無理矢理手渡した神商品――〝三分間爆笑爆弾〟だった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
【完】ノラ・ジョイ シリーズ
丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴*
▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー
▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。
桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。
山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。
そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。
するとその人は優しい声で言いました。
「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」
その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。
(この作品はほぼ毎日更新です)

泣かない犬と泣き虫のカズオ
しっかり村
児童書・童話
泣き虫の少年が、声を出すことのできない迷い犬と出逢い泣くことを我慢する。そして、泣く泣かないと強い弱いは別のこと、守るべきものを守ることの大切さに気付く。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる