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三章 魔法学園 一年生
✤ 第34話:罰則だけはご勘弁を!
しおりを挟む「あー良かった、おばけって先生たちだったんだ。ほら、君も後ろに隠れる必要なくなったでしょ?早く出てきなよ」
「……春風、忘れてないよね?私たちの関係は、私の幼馴染と四葉さん……それと自分の家族以外には、秘密にするって」
「そうだった!全然良くなかった!!」
先生なら平気だ~と安心したのも束の間、ふと冷静に考えた瞬間、心の中には不安が広がった。
よりにもよって、学校で何度も顔を合わせる先生に見つかっちゃったなんて、最悪中の最悪だ。しかも校則違反中だし。相手は皆から見たら私の敵で、学年一位の成績を持つ魔法世界のお嬢様。
……これは、どう考えても私が花柳を唆したと思われるに違いない。絶対そうに決まってる。
もう!これじゃ秘密にできないじゃーん!と、思わず声に出してしまいそうになった所で、急いで喉からお腹に言葉を戻す。
心臓がドキドキと高鳴り、背中には冷や汗が流れた。
普段は憧れるカッコイイ先生だけど、この何気ない視線と圧のおかげで、何だか本当に捜査部員に捕まった犯人みたいな気持ちになってしまう。
うーん……ずっと人間世界に居たから、私の感覚だと『警察に捕まった気分だ』って言う方が、しっくり来る例えかもしれない。
「春風はともかく、花柳まで校則違反してるなんてな」
「ちょっと待って八雲先生、なんで私は良い扱いなの!?」
「あぁ、すまない。春風は何となく『軽い校則違反なら、別にしても良いかな』と、思っていそうな感じがして……」
「その認識で合っていますよ」
「私と同類の君にだけは、一生言われたくないね!?」
私は静かに腕を組み、プンプンと擬音が飛び出しそうな勢いで「もー」と、小鳥の様に口を尖らせた。
花柳はしばらくすると、後ろに隠れていた体を動かし、私の隣に立つ。穴が空くほど真っ直ぐに、視線は灯火の方へ向けられている。
その光は、まるで私の心臓の動きとリンクしているみたいに、ゆらゆらと揺れていた。
「……私たちは、その灯火の正体を探る為にここに来たんです。噂で聞いた〝光魔法の幽霊〟と、どうしても話がしたくて」
なるほど!その言い方なら、私たちの関係はバレずとも、先生から話が聞ける!さっすが花柳、私じゃ全く思いつかなかった!
彼女の機転に感心しつつ、心の中で小さく拍手を送る。
私が「そうです!」と首を縦にブンブンと振ると、先生はお互いの顔を見合わせ、少し驚いたような表情を浮かべた。
すると、和泉先生がポツリと話し始める。
「最近、3年生の間で呪使いの話題が絶えないんだ。噂に過ぎなければいいんだが、夜中に俺たちの目が見えない場所で何か起こっていたら……と思って、先輩と一緒に見回りをしてたんだよ」
その言葉に、私の心臓がドキリと跳ねた。
呪使い ……あまり、良い気分にはならない言葉だ。ふと、夏休みに花柳と遊んだ日の事を思い出した。あの日出会った呪使いの、何とも言えない嫌な感じを。
「そういえば、兄も夏休みにその事をしていました。その噂、まだ続いていたんですね」
「そうなんだよ~。一旦は落ち着いていたんだけどね」
「え!詳しく聞かせてください!」
私は、思わず声を張り上げてしまった。そんな話、聞いた事も無かったから、そこまで聞くと気になって仕方がない。
呪使いの話なら、尚更だ。
「実は、最近の夜中に数人の生徒が、奇妙な現象を見たと言っているんだよ」
「奇妙な現象?」
「うん。どうやら、誰もいないはずの特別教室第1棟辺りから、不気味な声が聞こえたりしたらしいんだよ。近くから声が聞こえるのにら誰も居ない、でも足音がする。噂が流行っていたのも重なって、それに呪使いが関係しているんじゃないか~……ってね」
「呪使いがわざわざそんな事をするとは、到底思えなかったがな。念の為確認しようという話になったんだ。」
灯火なんかより、そっちの方がよっぽどおばけっぽい気がする……という言葉は、口から出さないようにしておいた。
「それで、先輩と一緒に見回りをしてたんだけど、実際に何かを見つけることは出来なかったんだ。俺たちは仕事上呪いへの感覚は強いんだけど、それも感じられないからね。安心して大丈夫だよ」
「なんだぁ、良かった~!わざわざ見回ってくれてありがとうございます!」
「お礼を言われるような事じゃないさ。これが私たちの仕事だからな」
安心してほっと胸を撫で下ろす。しかしふと隣を見ると、私とは対象的に眉間にシワを寄せている花柳が見えた。
ジトーっとした目はいつも通りだけど、その睨みもなんだかキツくなっている気がする。
「花柳、どしたの?」
なんだろう。まさか腹痛!?
確かにこの人寒いの苦手そうだし、厚着しててもお腹が冷えちゃってぽんぽんぽんとか!?
そうだったとしたらやばい、早く温めてあげないと!!
そう考えて頭の中の私がワタワタと暴れ始めた頃、隣の耳からボソッと声が飛んできた。
「……あの、それっていつかって分かるんですか」
その瞬間、頭の中の私と一緒に「あ」と間抜けな顔で彼女を見つめた。
「いつ?うーん……確か金曜日が多いんでしたっけ?」
「そうだな。たまに水曜日もあると聞いたぞ」
「あぁ……」
頭を抱える花柳の姿を見て、私はその意味をすぐに理解した。
なるほど。それはすごくとてもやばい。
先生が言っていた曜日、そして誰もいない場所から聞こえる声。
それはつまり……!
「先生ごめんなさいぃぃいぃ!!」
気がつくと私は両手を目の前でパチンと叩き、その言葉は自然と口から漏れだした。先生は驚いた様子で私を見つめ、首を傾げながら「何が?」と問いかけてくる。
その瞬間、隣から花柳の声が飛んできた。
「…………その……3年生が噂してた呪使いが……」
私はその後ろめたそうな声に反応し、そのまま自分の言葉を続けた。
「多分……いや、絶対確実に、それって私たちのことなんですー!!」
その言葉が空間に響き渡ると、灯火の揺らめく廊下の空気までもが、一瞬で静まり返った。
静まるどころか凍ったんじゃないかと錯覚していると、やがて驚きの色が先生の顔に広がり「え、えぇええぇえ!?」と、和泉先生が目を大きく見開いて驚愕の声を上げている。
私の心臓はドキドキし、怒られるのではないかと汗がダラダラと流れ落ちた。そんな私の様子を見ならがら、八雲先生も「そうだったのか」と、驚きの声を投げかける。
ううぅ……これをなんと言い訳すれば……。
頭の中で言い訳が次々と浮かんでは消える。何個か思いついたものの、どれもこれも今の状況にはそぐわない。
「……もしかして、花柳が〝闇の目眩し〟を使っていたのか?」
八雲先生は突然、私たちにそう問いかける。しかし、それは私にも驚きを与えるには十分な言葉だった。
だってそれは、教科書にも大衆的な本にも載ってない呪文……花柳が学園の図書館の奥の奥を漁っているからこそ知れた、高度な闇魔法の呪文だからだ。
「その呪文、知ってるんですか?」
「知ってるぞ。私たちは二大魔法と密接な職業だからな。筆記試験の時も、知っている魔法を書き込むところがあって……」
「あ~、俺もやりましたよ。二大魔法を沢山書くと、捜査部への配属率が高くなるんですよね」
「そうだったな。おかげで毎日大忙しになったけど」
その昔を懐かしむように、先生たちは思い出を語り始める。
そういえば、たしか前に八雲先生が言っていた。
『私は捜査部の人間だからな。もう一人の魔法科担当者とはバディで、呪使いや魔法犯罪への対応が主な仕事だ』
『私たちは先生の役割もあるけど、学園生の保護が主な任務なんだ。だから捜査部は、魔法や呪いに対しての専門家みたいな感じかな』
初めて先生の授業を受けた日、千鶴とそんな話を聞いた。
でも、まさか私たちにしか使えない魔法まで知っているなんて……いや、それも専門家だから当たり前なのかな?
きっと先生たちは、私たちの知らない世界で色んな魔法や呪いと向き合って来たんだ。人生経験も豊富だし、私たちよりもずっとこの魔法に詳しいのかもしれない。
「先生たちは、色々な二大魔法のことを知っているんですよね!?」
私の声が、廊下にこだまする。
「う~ん、多分、この学園の先生の中では一番詳しいと思うよ。研究してる人がいなければだけどね」
「それって、色々な本に大衆的に書かれていないものも……ですか?」
「そうだな、全部ではないと思うが」
その言葉を聞いた瞬間、私は隣に顔を向ける。花柳と目を合わせると、私と同じ期待が映っているのがわかる。
きっと、私たちは今同じことを考えている。
彼女は私に「いい?」と小声で確認して来た。私は、しっかりと彼女の瞳を見ながら頷く。
すると、彼女はそのまま先生の方を向き、力強く声を上げた。
「先生。私たちは、ただ噂を確かめに来た訳ではありません。私と彼女は〝相棒契約〟を結んでいるんです。私たちの……二大魔法の謎を、全て解き明かすために」
彼女の言葉に続くように、私も言葉を紡ぐ。
「そ、そうなんです!皆には内緒でバレないように、いつも特別教室の第1棟で会ってて……」
「噂の原因も、私や彼女が〝闇の目眩し〟を使用しながら会話してしまっていたからだと思います。ごめんなさい」
「でも私たち、先生たちが何か魔法の事で知っていることがあるなら、それをどーしたも知りたいんです!!」
先生たちは私たちの言葉を聞いて、しばらく考え込むように沈黙した。
この静寂の中では、唾を飲み込む音さえも聞こえてきそうだ。
仄暗い廊下は、僅かな月明かりが柔らかく差し込んでいる。目の前に灯る火の光は、辺りを照らすよりも先に私の目へと真っ直ぐに飛び込んで来る。
少し肌寒い冬の風が流れ込み、ふわっと体を包み込む。
その瞬間、和泉先生が空気を割くように話を切り出した。
「……うん、俺は全然構わないよ。校則違反は……とりあえず、今回は大目に見てあげよう~!ね、先輩?」
「そうだな。私が知っている事なら、喜んで貴女たちに教えよう。でも今日はもう時間が遅い。だから、それはまた今度だな」
「ですね!」
その言葉を聞いた瞬間、心の中に溜まっていた緊張が、一気に解き放たれた。胸の支えもすっかり取れた気がする。
とりあえず、私が校則違反で罰則を受けることもないらしい!あ~~~ほんと~~に良かったっ!!
「次生徒にバレたら、ちゃんと罰則を付けるからね?」
危ない。今の私はレッドカードだ。
「先生にもバレないようにしないとだぞ。まぁ、昔は第1棟で遊んでる生徒は多かったから、当事者だった先生たちは結構黙認しそうだけどな」
「でも、時間外だと怒られたじゃないですか~?今回みたいなのもあると大きな問題にされかねませんし」
「それもそうか」
「あの、本当にごめんなさい……」
「アハハ……俺も何回かやってたから、あんまり強く言えないよ!むしろ花柳さんにもそんな一面があって、ちょっと嬉しいくらい!」
花柳は謝罪の言葉と一緒に、深く体を倒している。
こんな姿を見ることは中々ないから、すごく新鮮だ。彼女はどっちかと言うと頭を下げられるようなタイプの人間だから。
「和泉先生、八雲先生。この事は他の先生には……」
「もちろん、ちゃんと秘密にするさ。誰にも言わないよ」
「俺たちは君たちの事情を誰が知ってるとか分からないからね~。でも安心して!この魔法省所属バッヂに誓うから!」
「そうだな。安心してくれ」
「ありがとうございます。お手数おかけしてすみません」
……こういう時、花柳が横にいると頼れるな。
大人と話す時ですらどっしりと構えてるし、ほんとに誰にでも同じように話すし。
まぁこの話し方を私にされると、もう違和感ありまくりでしかないけど。
「よし!こんな時間だ、2人とも今日は帰った帰った~!」
「美味しいご飯も冷めてしまうぞ。早く友人の元へ帰ると良い」
*
そんな事があった次の日、どうやら♤クラスの子が八雲先生にその話をしたらしい。そのお陰で、あの〝光魔法の幽霊〟の正体も判明した。
その話を聞いた皆の反応は様々だ。
過度に期待しててガッカリした人、恐怖に怯える必要が無くなり安心した人、色々な人が居たみたい。
でも、私と花柳が相棒だという話は一ミリも流れてこない。それは、先生が約束を守っていてくれている証拠だ。
そうして、あっという間に数週間が過ぎて行き…………いつの間にか12月も半ば。
今日は、冬休み前最後の授業日だった。
魔法駅に咲く桜は、葉の1つも残さずに幹だけが植わっている。私の吐く息も白くなり初め、冷たい空気は指先に染みてじわっと広がった。
そして今、私は魔法科室の前にいる。
私と花柳は、八雲先生と和泉先生に、放課後ここへ来るように呼び出されていたのだ。
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