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三章 魔法学園 一年生
✤ 第32話:私の夢は
しおりを挟む聖女様や聖君様は、どんな人だったんだろう?
「聖女様!」
学園中に響くその呼び声はまるで、私の存在を確認するために皆で決めた合言葉。私のことを「春風菜乃花」という名前で私を呼ぶ人の方が少ないと思う。
みんな、私を聖女様としてしか見ていないから。
私はこの肩書きが嫌い。
だって、〝聖女様〟は私じゃないんだもん。私は〝春風菜乃花〟だから。
私の中には、特別な使命なんてない。不特定多数の誰かを助けたいとか、国の為に自分を犠牲に、とか思った事ないし思わない。
ただ普通の魔法使いとして、友達と遊んだり、勉強したり、そんな日常を過ごすだけ。
この肩書きは、過去の偉人たちが作り上げた、みんなの理想の神様。 魔法使いの希望の光。
それに比べて、私は何も特別じゃない。聖女様や聖君様のように、素晴らしいことを成し遂げたわけでもないし、みんなに頼りにされるような存在でもない。
じゃあ、昔生きたその神様たちは、生きていた時、何を思っていたんだろう。
彼らはどんな気持ちで、どんな事を果たして、何を思って死んで行ったのかな。
どんな夢を……持っていたのかな。
私には想像もつかない。
彼らは本当に幸せだった?それとも、重い責任に押しつぶされそうだったの?
……そんな事、今を生きている私には、一生分からないことなんだろうけど。
*
水曜日の放課後。学園や街のお祭り騒ぎはあっという間に落ち着き、気づけばいつも通りの学園の雰囲気に戻っていた。
「え、セーター着てないの?」
私がガラッと教室の扉を開くやいなや、花柳の声は冷たい教室の空気を突き破るように響く。
有り得ないとでも言いたげな表情に、私は思わずムッとしながら口を開いた。
「だって、外ではブレザー着用必須になったじゃん!だったらセーターは暑いから要らないし~」
私は捻くれた言葉を返しながら、そのまま教室の扉を閉める。右手に杖を持ち「闇の施錠」と呪文を唱えると、扉はほわほわと薄紫の光を放つ。
「何か全体的に白いし寒そう……あぁ、でも火の魔法使いだから大丈夫なのか。羨ましい」
はぁ、とため息を着く花柳の息は少し白く色付いて、そのままゆっくり空へと登った。
私たちがこっそり入る特別教室棟……普段使われていないこの第1棟は、いつも静かだ。今は冬の訪れを感じさせるような寒い空気が漂っている。
そういえば、夏は暑くて花柳に風魔法で扇風機して貰ってたっけ……「扇風機扱いするな」って怒られたけど。
でも、私は火の魔法使いだ。
火の魔法使いは寒さに強い人が多いと言われているらしい。体を巡る魔力が暖かい……とか、そんな感じだった気がする。それは私も例外じゃない。
しかし彼女はブレザーの下にセーターを着込んで、両腕を抱きしめるようにして体を温めている。
その姿を見ているだけで、花柳の感じている寒さが伝わって来そうだ。
彼女は元々肌が白いし、きっと寒がりなんだと思う。
「あ、そうだ!」
その瞬間、私の頭の中にぴこーんと閃きが舞い込んだ。そうだ、私が火の魔法を使えば良いんじゃないか。
思わず声を上げると、心が高揚する。以前、花柳に教わった呪文を思い出しながら、記憶の奥深くからその言葉を引き出す。
確か、その呪文は……。
「〝火の温もりを〟」
その言葉を口にすると、杖の先が赤く輝き始めた。まるで私の意志を感じ取ったかのように、杖が温かさを帯びていく。
やがてその輝きは赤い煌めきを作り出して、焚き火がパチパチと音を鳴らして火の粉を空に飛ばしたみたいに、赤い煌めきは空を舞う。
そうして冷たい空気を食べるように、ほわほわとした温かい空気が周囲を包み込んで行った。
……しかし、思ったよりもこの煌めきが出てこない。もう少し量が出るかと思ったけれど、どうやら今回は魔法を一発で成功できなかったようだ。
普段は一発で決まることが多いから、ちょっと悔しい。
「ちょっとだけ失敗したけど……でもまぁこれなら、少しは暖かい空間になるでしょ!夏に扇風機扱いしたお詫びに、冬は私が君専用の暖房になってあげよう!」
私は得意げにそう言い放つ。
すると、少し黙って私の方をじっと見てから、そっぽを向きながら「じゃあこれでお愛顧ね。扇風機の事は許してあげる。」 と花柳が声を放った。
全く、私の相棒さんは本当にどこまでも素直じゃない。
でも、それは彼女の魅力でもある。こういう所が面白くて、私はついからかいたくなってしまうのだ。
座れる程度の窓枠に、私はゆっくりと腰を下ろす。
外は曇り空。どんよりとした雲が広がり、まるで今にも雨が降り出しそうな暗さが漂っていた。
このままでは、太陽の光も私たちには届かない。そんな天気に、心の中にも少し重たい雲が広がっているように感じた。
「ねぇ、花柳は、聖女様や聖君様はどんな人だったと思う?」
思わず口に出してしまった私の問いかけ。その言葉に反応するように、彼女の顔は一瞬驚いたように変わった。
「……急にどうしたの?」
「いやね、今日の授業で聖女様や聖君様の話が出てきたからさ。国語の授業って、よく『作者の気持ち、登場人物の気持ち』を考えさせるじゃない?じゃあ、この人たちはどうなんだろう……って」
「なるほどね」
彼女は私の突然の投げかけに対して、真面目な表情で考え始めた。
花柳は、いつも私の質問へ真摯に向き合ってくれる。
分からないことがあれば調べようとするし、知っていることはすぐに言葉にしてくれる。
だからこそ、彼女に「君はどう思うか」という聞き方を普段はあまりしないのだ。
静寂が二人の間に流れる中、花柳は考えるように口元に当てていた手を離し、やがて声を放った。
「私が知っているのは春風しかいないけど……でも、過去の人たち全員が喜んでその道に進んだかと言われると……そうじゃない、とは思う……」
「どういうこと?」
私は思わず問いかける。花柳の言葉の奥にある意味、彼女の考えをもっと知りたいと思ったからだ。
「たぶん、昔に生きた聖女様や聖君様も、全員が最初からその道を選んだわけじゃないと思う。普通の魔法使いらしい悩みや迷いも、抱えていたんじゃないかな……」
「何か大きな試練に直面して、そこから自分の道を見つけていった人。最初からどうしようも無くて、それ以外の道がなかった人。生まれた時からその道しか知らなくて、それしか幸せを知らない人……とか。喜んだ人だって、きっと居るけどね。この肩書きは魔法使いにとって〝名誉ある光栄な言葉〟だから」
花柳の言葉は、私の心に深く響く。
彼女の視点から見ると、聖女様や聖君様はただの偶像や神様ではない。実際に生きた魔法使いとして、どういう感情だったのか……何を抱えていたのかを考えている。
聖君様だから、聖女様だから、と言う肩書きだけの判断じゃない。その周りや環境の全てから色々考えている……私には、出来ない事だ。
彼女は、いつも色々考えている。私の何倍も、ずっとずっと。だから、その思考を見ることができると、何だか嬉しくなってしまう。
その考えをもっと聞いて、ちゃんと理解したいと思う。
「じゃあ、私はその肩書きをゴミ箱に投げて、無限の夢を持ってる人って事で!」
「春風、そんなに夢持ってたの?」
「あるよ!お腹いっぱいご飯を食べるとか、いつか魔法で無限に美味しいご飯を作るとか、八雲先生みたいな綺麗な大人になるとか、後は……」
そこで言葉が詰まる。すると、花柳は私の顔を見て、不思議そうな表情のままパチパチと瞬きを繰り返した。
「後は、何?」
「……君には教えてあーげない!!」
「は、はぁ?何それ…………まぁ、もういいよ。そろそろ魔法の勉強しよう」
「はぁーい、花柳せんせ~」
「返事がやる気ないからやり直し」
「失礼な、やる気満々だよ!?」
後は……花柳が何を隠しているのか、君の苦しい表情の理由を、いつか知りたい。
君はいつも私の先を走っている。私よりも遥かに遠くてずっと先。
追いかけても追いつけないような、そんな場所で一人何処かへ走っている。誰も知らない行き先に。
私は君に追いついて、走る理由を知って、そうして「じゃあ行こうか」って言いながら、隣で一緒に走りたい。
それが、私の夢だよ。
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