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三章 魔法学園 一年生
✿ 第30話:夢の中に在る世界
しおりを挟む「嫌っだって、言って、るでしょ!」
「大丈夫だって咲来、お兄様のお願いじゃん~!」
文化祭の2日目。太陽の登りきった昼下がり。
私たちは太陽の光に照らされながら、周囲の賑わいの中でも一際大きい声を響かせていた。
何を隠そう今私は、双子喧嘩の真っ最中なのだ。
この忌まわしき双子の兄は、にっこりとした笑顔を浮かべて、あろう事か私をお化け屋敷に連れて行こうとしている。
どうしてこういう時だけ、お兄様面をするのか……私は本当に理解ができない。いつもこんな場面でばかり都合のいい盾として〝双子の兄〟という肩書きをを使うのだ、この男は。
私と同時に産まれきた、正真正銘の双子なのに。数分そっちが早く産まれたからと言って、精神的には絶対に私の方が姉らしいハズだ。
少なくとも輝よりは、数倍大人っぽい自信がある。
私が他人に輝を「双子の兄です」と言うのは世間的にそう知られているから言っているだけで、輝も〝咲来の方が姉です〟という扱いをしてくる癖に……。
「だから、こういう時だけっお兄様面しないでよね、所詮同時に生まれた、双子の、癖に……っ!!」
私がそう言って抗議している間も、輝はまるで楽しんでいるかのように、余裕の表情を崩さない。
こんな事をしていたら、余計に私たちが目立ってしまうじゃないか……それで私が折れるのを待っているのが丸見えだから、絶対に折れてあげないけど。
「おー、久しぶりの双子喧嘩だ!」
その時、お手洗いから戻ってきた陽太が、私たちのやり取りを見て一言投げかけた。
私は陽太を見た瞬間、まるで救いの手が差し伸べられたような気持ちになった。ハンカチで手を拭いて歩いているだけなのに、なんだか後光が差してるみたいだ。
何だかんだ陽太は、輝の行動に対して私の味方になってくれることが多い。だからこの場面においては、私にとって完全に救世主なのだ。
「陽太、この酷いお兄様を今すぐ引き剥がしてくれない?もうお昼だし、私はいい加減、寮に戻るから」
「えー、せっかく一日中一緒なのに~?」
「昨日だってずっと一緒だったでしょ……お化け屋敷に連れて行きたいだけなのバレバレ。私が着いて行くわけないんだから諦めて」
「バレてたかぁ」
「輝、どう足掻いても咲来が一緒に行くわけないだろ」
「お兄様より幼馴染の方が理解があるみたいだね。今度から陽太の事を兄扱いしようかな」
「それは花柳家全体を敵に回しそうだな~俺……」
私がそんな話をしていると、輝は拗ねた表情を浮かべた。
しかし、私はその表情には動じない。彼がどんなに悲しそうにしても、私の気持ちは揺るがないのだから。
昨日も一日中5人で回ったのだ。もう2日目のお昼だし、私も少しは休みたい。
それに、私が疲れているのはこれだけじゃない。
周囲の視線が集まることの疲れも、次第に私の心を重くしていたのだ。花柳家……有名な光の家門の子どもが闇魔法師とあらば、そこら辺にいる大人たちの視線を集めないわけが無い。
学園でそんな視線を浴びるのは、普通に不快だし疲れるのだ。
その上お化け屋敷に行くなんて……そんな恐ろしいことは、流石に勘弁してほしい。
陽太が輝を引き剥がすと、私は直ぐに後ろへ歩いて「じゃあ、私は先に戻ってるから」と二人に別れを告げた。
そのまま私は、中学棟から寮の方へとひたすら廊下で足を進めた。
この間、鈴音とりんが何をしていたかと言うと……問題のお化け屋敷の中で楽しんでいる真っ最中だった。
彼女たちがどんなに楽しんでいるのか分からない。と言うか、お化け屋敷の中とか言うそんな末恐ろしい光景は、想像もしたくない……想像してしまう前に早急に頭からお化けという単語を消しておこう。
周りの大人は私を気にして見ていても、迂闊に話しかけようとしない。私は一応近寄り難い立場の家門の人間……闇魔法師への恐怖心が、その感情をより一層高めているんだろう。
でも、そうしてくれる方が私にも好都合だ。
だって私のこの魔法がいつどうなるかなんて、私にだって分からないんだから。
*
一人で自室にいる中、私はぼんやりと窓から空を眺めていた。透き通った青空は、心を穏やかにしてくれるから。
昨日も思ったことだけれど、やっぱり先輩たちの魔法の技術は素晴らしい物だ。彼らが繰り出す魔法は、まるで空を舞う鳥のように自由で美しい物ばかり。
私みたいに規則に縛られているだけではなく、個々の気持ちが乗せられているような……そんな感じだった。
知識を詰め込んだだけの私の魔法は、威力が強くてもそんな風にはならない。だから、いつもどこか満足できない部分が残るのだ。
魔法の授業だって、まだ座学しかやっていない。春風と魔法の予習や練習をしているのも週に2回。
やっぱり実技の授業をこなす事が、上達への一番の近道なんだろう。
魔法は理論だけではない。実際に手を動かして、体で感じることが大切。私の頭に図書館のような広い知識があったとしても、それを生かす技術がなければその知識だって意味がない。
私にはまだ、それが足りてないんだ。
「そう言えば、春風と今週は会ってなかったな」
そんな事を考えているから、何となく頭の中に春風の顔が思い浮かんだ。
学園生になってからは、長期休み以外は春風と一緒にいる時だけ魔法を使っている。 だけど、今週は一度も会っていない。
つまり、珍しく一度も魔法を使っていないのだ。
春風は、流石は光魔法師と言ったところだ。
魔法使いは数回の練習をしながら使い方を学ぶものだけれど、春風はそれをしなくても殆ど一発で魔法を成功させてしまう。
それほど彼女には、魔法の才能があるということだろう。
私の闇魔法を消す方法はまだ分からないけれど、お互いの魔法への知識と能力を高めれば、きっとその道が少しでも開けるはず……。
明日は金曜日だけど、休校日だから授業があるわけではない。しかし、ハロウィンの影響で街は賑わっているだろう。もしかしたら春風も、明日はそこへ友人と出向くのかもしれない。
それなら昨日みたいに、明日は会わない日にしてもいいかもしれない。本の内容を読み知識を得るのも、私にとっては大切な事なのだから。
「……?」
無音の空間に、なにかの音が響く。
後ろを見ると、机の上に置いてあったスマホの画面が突然光り、通知音が鳴っていた。
窓の方から机へ移動し、私はスマホを手に取った。画面を付けるとそこには「明日暇なら、お昼くらいに集まろう!」というメッセージが表示されている。
その相手は、ちょうど今考えていた春風菜乃花だった。
「明日……明日って……」
彼女が何を考えているのかは分からない。でも、言い方からして勉強したい訳でも魔法の練習をしたいわけでも無さそうだ。正直、嫌な予感しかしない。
しかし昨日も会ってないし、元々明日は会う予定の日。これを断る様な用事も、タイミング悪く何も無いのだ。
私は素直に「分かった」と一言返信して、そのまま自分のベッドに寝転がった。
窓から差し込む温かな光を感じる。
その光に包まれていると、私は少しずつ眠気が襲ってきた。ゆっくりと目を閉じると、瞼は暗くなる。
でも、窓から指す太陽の光があるから……この色も、今はすごしだけ明るく感じた。
*
あぁ、またこの夢だ。
入学してからはあまり見なくなっていたけれど、久しぶりにこの夢を見た気がする。
夢の中に広がるのは、無限に暗闇が続く、真っ暗な世界。
まるで深い闇に包まれた空間に私だけが取り残されているみたい。
その世界で横たわるのは、私の家族や幼馴染たち。
そして、春風菜乃花。
温かい光を放つ彼女が、まるでその光が消えかけているように見える。
皆の周りには、ただただ静寂が漂っている。
私の手には魔法の杖が握られている。
重さがずしりと感じられ、その感触が私を現実のような感覚に引き戻す。
しかし、その杖はなぜか赤く染まっていた。
怖いくらい美しくてシワの無い制服も、不吉な色合いに染められている。
嫌なほど白い私の肌も、どうしてか赤く染まっていることに気付く。まるで、真っ赤なバラのように。
その瞬間、心の奥には冷たい恐怖が広がっていった。
頭の中がぐるぐる回る。
思考が、駆け巡っている音?
心臓が締め付けられるような感覚がして、息が苦しくなってきた。
浅くなる呼吸は焦りを含んでいて、夢だって分かっているのに、この嫌な現実感は、一生私を包み込む。
彼らの無邪気な笑顔が、今はどこにも見当たらない。
私の右手にあるこの杖が、彼らを傷つけるために使われたのだろうか。
〝先代聖女様〟を殺した、あの人のように……?
声にならない叫びが、胸の中で渦巻いている。
こんな夢なんて、もう嫌だ、もう、見たくない。お願いだから、もう……。
もう、早く……目を覚ましたい……。
目の前にいる大切な人たちが、どうか無傷であってほしい。
この鮮やかな赤色は全部、そのバラが作り出した美しい絵の具だったらいい。
そうだ、私は治癒魔法が使えるんだから、みんなが痛くて辛いのなら、私がそれを使えば良いじゃないか。
そう思うのに、この体は動かない。
ただ一つだけ確かなのは、この夢が教えていること。
私の現実での選択が、いつかどんな結果をもたらすのか。
その重みを、しっかりと背負わなければならないということだ。
私が、ちゃんとしないと……闇の魔法を消さなくちゃ……そうじゃないと、この夢も景色も、全部現実になっちゃうかも知れない……それを、この夢が教えてくれているんだ。
こんな、現実に___
「……く…………ら…………咲来!」
その声が、どこか遠くから私を呼び覚ます。
目を開けると、外は暗闇に包まれていた。いつの間にかすごく寝ていたみたいだ。
身体が重くて、頭の中には夢の残像がまだ色濃く残っている。夢の中の世界が、現実の私を夢へと引きずり落とそうとしているんじゃないかと錯覚してしまいそうな……そんな、感覚。
私の体を揺らしていたのは鈴音で、声をかけていたのはりんだったらしい。私が目を覚ましたのを見ると、彼女たちはホッと安心したようにため息をつく。
「大丈夫?起こしちゃ悪いかと思ったんだけど……咲来、なんだかうなされてたから」
「え、そうなの?」
「冷や汗もしてるし、私ビックリしちゃったよっ!」
鈴音とりんの心配そうな声に、私は少し驚いた。
まさかうなされてるなんて思わなかった……そんな心配をかけてしまうなんて最悪だ。折角楽しい文化祭なのに、余計な感情を2人には植え付けなくない。
そう、思っているはずなのに……私は、彼女たちが目の前で表情豊かに話す様子だけでも、身体中の力が抜けそうになってしまう。
夢の世界とは、全部違う。血色の良い肌の色、生き生きとした表情、感情の乗った声……ここはちゃんと現実で、2人は元気に息をしている。
その事実が、私を安心させるのだ。
それなのに私の右手には、真っ暗闇の中で赤く染まった感触が、嫌に残っている。
それが酷く気持ち悪くて、私はそれを誤魔化すように左腕をぎゅっと強く握りしめた。
「ごめんね、ありがとう。でも、もう夢の内容も忘れちゃった」
「ほんと?」
「うん。本当」
「良かった……あっそうだっ!すずと一緒に美味しそうなスイ~ツ買ってきたんだよ!一緒に食べようっ!」
「そうそう。これ絶対咲来が好きだと思ったんだ」
「美味しそう」
「でしょ~っ?」
こんな感情は、幼馴染にも家族にも、1ミリも見せたくない。心配をかけることもしたくない。私のせいで、そんな気持ちにさせたくない。
自分の中に潜む弱さは……誰にも、さらけ出したくない。
だから私は、いつも通りに返事をする。
心の中で「大丈夫、大丈夫」と繰り返し唱えながら、鈴音とりんの表情を見つめ返す。
2人の温かい視線が、私を包み込んでくれるみたい。
何があっても普段通りで、私に何も聞かないでいてくれる……その優しさと思いやりに、私は……どうしても、やるせない気持ちでいっぱいになる。
数少ない大切な友人に、こんな大きな隠し事をしてしまっている事……それを自覚する度に、私は胸がチクチクと傷んで仕方がない。
まるで、心を針で刺されているみたいだ。
いつの間にか強く力の込められていた右手は、爪の先まで真っ白に染まっていた。握りしめていた左腕は、永遠と弱々しく、それなのに速く脈打っている。
でも、今はこのままでいい。
血色の無い私の白い右手は、この鼓動を落ち着かせる為には、とても好都合だったから。
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