魔法使いの相棒契約

たるとたたん

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三章 魔法学園 一年生

✿ 第28話:図書館の少女

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「そんな感じだったんだ」  
「そうそう!もう、八雲先生ったら本当にイケメンでかっこよくて美人で、最っ高に私の理想の女性すぎるの!」


 今日は金曜日の放課後。つまり相棒と集まる日だったんだけど……どうやら春風は今日の授業で、先生に惚れ込んでしまったらしい。

 彼女は教室のドアを開けた瞬間から、春風のテンションはまるで空に舞い上がる風船のように高かった。その態度からも春風の興奮は十分伝わってくる。


  春風の様子を察するに、純粋な憧れが込められているみたいだけど……それは確かに、私も共感できる感情だ。
 実際、私も兄から八雲先生の話を聞いたことがある。優しさと厳しさを併せ持つ彼女は、まさに理想の教師像だと言える。

 優しくも厳しい、その教え方は生徒の心に響くと同時に、少しの恐れも感じさせる。
 カッコイイけれど、怒られるのはちょっと怖いというそのギャップが、逆に魅力を増やしているのかもしれない。


「ていうか、君はどーだったのさ!」  
「何が?」  
「だってクラブクラスは木曜に授業あったんでしょ?」

春風の言葉に、私は思わず考え込む。彼女の質問に答えるため、先日の授業のことを思い出した。


『初めまして、僕の名前は〝和泉いずみ翔太しょうた〟です。みんなよろしくね』


「……すごく好青年?」  
「え、何その感想」  
「だって、それ以外パッと思いつかないし」


 本当に、それ以外にはどう表現すればいいのか分からない。

 和泉先生は、まさにその言葉通りの存在だった。優しげな笑顔に、爽やかな雰囲気が漂っていたものだから、男女関係なく盛り上がっていたと思う。
 それ以外の言葉だと……犬系男子?とか、そんな感じだろうか。
 

「あーあ、中学生と高校生は沢山会えて羨ましいなぁ」
「どうせすぐ中学生になれるよ」
「本当に早くなって欲しい……じゃないと文化祭の出し物も出来ないし……」


 春風はそう言うと、しょんぼりとした表情を浮かべた。

 魔法学園の文化祭は、まるで夢のような祭りだ。規模が大きくて、毎年皆が楽しそうにしているイメージがある。

 開催時期は10月の29日から30日まで、中高生の中間テストの後に控えている。10月31日のハロウィンは創立記念日で、授業がない。
 その日は学園付近で、文化祭に続くようにお祭りが開かれるから、学生たちはこの時期に心を躍らせる訳だ。


 だから学園生にとっての10月は、楽しい祭りと辛いテストが重なる時期だ。
 小学生はまだ単元テスト方式だから、彼らはその苦しみを味わうことはないけれど、その代わりに文化祭へ参加する事も出来ない。

 正確に言うと、見学したり回ったりはできるけれど、クラスや学年の出し物を行うことができるのは中学生から。
 つまり、春風はその事実に酷く落ち込んでいるわけだ。


「うー、早く大きくなりたーーい!」


 まぁ、文化祭だってもうすぐやって来る。
 あと3回経験すれば出し物側に回れるのだから、春風にはそれまで我慢してもらうしかない。

 だからそんな顔で私を見るのはやめて欲しい……私にはどうにも出来ないんだから。
 










「早く大きくなりたぁ~いっ!」  
「だよね~。私もお化け屋敷とか、やりたかったなぁ」


 文化祭の準備に追われる中高生たちを眺めながら、りんは雄叫びをあげる。
 その言葉は、数日前に聞いたあの言葉とそのままそっくり同じ内容だ……なんて、私はつい春風の事を思い浮かべてしまう。

 あれだけ暑かった夏が、気づけばあっという間に秋の訪れを告げ始めた。枯れ木が寂しげに揺れ、涼しい風が私たちの頬を撫でるように吹いている。

 辺りはすっかりお祭り気分。もうすぐ文化祭とハロウィンが来るから、皆浮かれているのだろう。
 そんな空気だから、私たち小学生は少しばかり疎外感があるわけだ。


「私は、お化け屋敷するのは嫌」


 そう、私は素直に言葉を返す。すると、鈴音が少し悪戯っぽい笑顔を浮かべて口を開いた。


「やる側だったら意外と怖くないかもよ?」
「そうそうっ!それならお化けも怖くないかも!」
「えぇ~……」


 鈴音のその小悪魔的な笑顔は、どこか輝のそれに似ている気がする。
 彼女のいたずら心が顔を覗かせる瞬間は、まるで何かを企んでいるかのように見えてしまう。もしかしたらこの小悪魔フェイスは、伝染するものなのかもしれない。


 しかし、りんと鈴音が目をキラキラと輝かせているその瞬間、私の心には一つの明確な思いがあった。
 何をどう言われたところで、私はお化けが好きじゃないのだ。

 非科学的で、存在を証明することもできず、私の目に見えない。何が起こるかも分からない。
 しかも、あちらお化けから自分自身がどう映っているのかも、全く分からない。

 そういうのが、私は何だか好きじゃないんだ。


「ん?」


 りんが突然立ち止まると、地面に落ちた何かを拾って不思議そうに首を傾げた。
 私と鈴音がその手を覗くと、そこには見覚えのある物が手に置かれていた。


「これ、誰かのブローチだね」


 その手に入ったのは、黄色くダイヤ型にカットされた学園生の宝石ブローチだった。
 裏面には「1-♦ 安藤小雪」と記されている。その名前に見覚えがあって、頭の中に残っている記憶を思い浮かべる。
 それが誰なのか、私にはすぐに分かった。


「この名前の人、いつも図書館にいる人かも」
「そうなの?」
「うん」


 毎日のように図書館で魔法の本を探し求める私にとって、その名前は慣れ親しんだ言葉だった。

 私的には〝顔と名前が一致している他クラスの同級生と〟いう存在で、いつも本に没頭している彼女の姿は印象的だ。
 彼女も恐らく、ほぼ毎日図書館へ通っている。会話を交わしたことは無くとも、その姿は定期的に見かけることがある。


 しかし、私が行って出くわしたところで、彼女からしたら迷惑でしかないだろう。何せ闇魔法師と話したいと思う人は早々居ないものだから。

 しかし突然私が話しかけるのも、彼女に申し訳ない。
 ここはりんと鈴音で行って貰って、私は先に食堂へ行こう。


「じゃあ図書館の方に行ってみる?」
「そうしよーうっ!」
「私は先に行、」
「咲来も一緒に行かないと嫌だ~っ!!!」
「大丈夫だよ~私たちが居るから~」
「…………」


 すみません、安藤さん。
 彼女たちは、闇魔法師と話すことがどれ程恐ろしいかを、全く理解していないんです。

 目の前の状況がどんどんと悪化していくのを、私は静かに感じていた。私が離れようとした瞬間、彼女たちは私を引き留めるかのように、強制的に腕を掴んできたからだ。

 その力は、私には到底抗えないものだ。貧弱な私の力では、この2人の力には絶対勝てない。

 彼女たちに腕を掴まれて歩く私は、まるで無力な人形みたいだ。心の中で叫びたい思いが渦巻くが、今更声を上げる事も無駄でしかない。

 これはいつものパターンだ……私は常に幼馴染に、何でも負けてしかいないのだから。



 








「やばい!誰もいないよ咲来っ!」  
「どこに居るのかな~?」  


 そう思うのも無理もない。この学園の図書館はあまりにも広い。その広大な空間の中では、誰がどこにいるのかなんて把握する方が難しい。
 しかも、彼女たちは普段なら図書館に用事なんてない。だから私が普段いる場所も知らなくて当然だ。


「とりあえず、いつも行くところに行くから……逃げないので腕を離してください……」 
「は~い」


 良かった。私の腕はやっと解放された。

 ほっと胸を撫で下ろしながら、私は2人を案内するように図書館の奥へと先導した。静かな空間を進むにつれ、いつもいる場所が徐々に視界に入ってくる。

 思わず足を止めそうになったのは、改めてその場所で私をストーカー……もとい、監視していた春風の姿を思い出したからだ。
 あの出来事も、私の中では既にだいぶ前の出来事に感じてしまう。


 緊張した心が少し和らいでいくのを感じながら、歩みを進める。段々と進むうちに、少し広めのテーブルと椅子が並ぶ空間へとたどり着いた。

 そこでは私の予想通り、安藤さんが本を読みながら静かに座っていた。彼女の表情は真剣で、ページをめくる音だけが穏やかな図書館の静寂を破っている。


「咲来、コレ渡してきてよ」

 後ろから小声でそうりんが呟くと、私は思わず「え」と言いながら後ろを振り向いた。
 りんと鈴音は妙にニコニコと笑顔を浮かべていて、可愛らしい表情をしているはずなのに、私は段々と追い詰められているような気分になる。


「なんで私が……」
「私たちじゃ知らない人だし、咲来なら見たことあるし!」
「初対面だから緊張するよねぇ~」
「そうだよっ!」


 どうやら2人は、こうする事がお望みの様だ。
 こうなったらもう私の言葉は聞いてくれないだろう。


「……もう、分かったよ」
「わ~い」
「やった!」


 2人は小さくハイタッチを交わすと、私にそのブローチを手渡し、グッドポーズを決めながら私の背中を押してきた。


 私はそのブローチを手にしながら、安藤さんの方へと近づいていく。しかし、彼女は本に夢中になっているようで、全く私の存在に気づいていない様子だった。

 本のページをめくる音だけが静かな図書館に響き、彼女がその世界に引き込まれているのが伝わって来た。真後ろに来ても、まるで私がいないかのように、彼女の視線の全てがその世界を追い続けている。


 私は心の中で「仕方ない……」と息をつく。
 億劫だと思いながらも、私の無意識に手は動いていて、いつの間にか彼女の背中をトンと軽く叩いていた。


「安藤さん」


 そう声をかけると、自分の声が図書館の静けさに溶け込んでいく。

 どうしよう、返事がない。これはもう一度声をかけるべき?やっぱり鈴音かりんが話しかける方が良かったんじゃ……。

 まるで釘のようにピッと動かなくなった背中を見ていると、突然彼女は当然ギコギコと変な音が鳴りそうな勢いで首を後ろに向けた。
 そうして私の顔を見た瞬間、目を点にして口をハクハクとさせる。


「ひゃ、は、花柳、咲来……さん!?どど、ど、どうしたんですか、私なんかに一体全体どんな御用が……」


 ……なんか、思ってた反応と違う。


 てっきり恐怖から顔を青ざめられるかと思っていたら、逆に顔を赤らめながら、酷く焦っている様子だ。
 もしかしたら、彼女は恥ずかしがり屋なのかもしれない。


 本を読むのを邪魔して申し訳ないけど、ブローチは付けてないと校則違反になってしまう。だから早急に返すべきなのだ。
 そう思い、私は手の中にあるブローチを差し出した。


「いきなり声をかけてしまってごめんなさい。このブローチが廊下に落ちていたので、ここなら貴女にお渡し出来るかと思って来たんです。お会い出来て安心しました」


 そう言って持っていたブローチを彼女に返すと、胸元を見て「わぁ、ホントだ、ブローチ落としてたんだ……」とポツリ呟く。

 ブローチなんて結構大切なものだし、気付いていたらその瞬間から焦って探すのが普通だろう。
 しかし彼女は本に夢中な様子だった。だから気づかなかったんだろう。毎日図書館に通うなんて、他の学年でも中々やっている人は居ない。


「あの……本当に、ありがとうございます」
「いえ。大した事はしていませんから」


 顔を赤くしながらお礼をする彼女に、私はなんだか妹の事を思い出してしまった。
 ついつい守りたくなるような可愛らしさを感じてしまう……なんて、同い年の女の子にそんな感情を抱くのは、失礼かもしれないけれど。


「それでは、私はこれで……」  


 そう告げると、安藤さんの声が背後から響いた。


「あっ、あの!ちょっと待って下さい!!」


 その大きな声に呼び止められ、私の体はピタッと止まる。

 私を呼び止めると、安藤さんは急いで本棚の方へと歩いて行く。どうやら本棚の前で何かを探しているようだ。
 後ろを振り返ると、2人も首を傾げている。一体どうしたのだろう。

 しばらくすると、彼女は数冊の本を抱えながら、再び私の方へ駆け寄ってきた。

 その手に持っているのは、色とりどりの表紙を持つ複数の本。どれも背表紙には〝魔法〟という字が綴られている。

 彼女の目はキラキラと輝かせながら、私


「あっ、あの!花柳さん、いつも魔法の本を借りているから……その、えっと……コレ、すっごく面白くて、内容も細かいんです!あまり知らないような内容も書いてあったりして……こっちは物語がすっごく楽しくて、ワクワクしながら魔法の知識を詰め込められてるし!こっちも、魔法の歴史が沢山…………」


 安藤さんが熱心にそう語る姿を見ていると、その言葉の途中で彼女の表情がハッと変わり、驚きと焦りが交錯する。
 瞬時に顔が青ざめ、彼女の頬には冷や汗が伝っていった。


「わー!ごごごめんなさい!!私、本の事になると、つい沢山話しちゃって…………」


 彼女の声は震えていて、今にも泣きそうな表情で。
 そんな様子を見て、私は彼女が腕に抱えていた本を手に取った。



「……安藤さんは、とても本がお好きなんですね。私も本が好きなんですよ。だから読んだことのない本を教えて頂けて、とっても嬉しいです」


 その言葉を口にした瞬間、彼女の表情が一変する。笑顔の彼女を、私は初めて目にしたかもしれない。
 いつも真顔で本を読んでいるし、毎回集中している様子だから。


「私には双子の兄が居ますから……呼び方も咲来でいいですよ」
「ほ、ホントですか……咲来、さん……」
「そちらの方が分かりやすいでしょう?気にせず名前で呼んでください」



 そう言って彼女に別れを告げ、2人が隠れて居るところに戻る。
 戻った瞬間「良かったね」と言いながらニコニコとしている2人に、なぜだか何も言い返せなかった。



 無事にブローチを返し終えた私たちは、そのまま食堂の方へ歩き始める。

 安藤さんから受け取った本は、ただの本ではない。
 彼女の思いが詰まった、大切な宝物の世界。それを私は譲り受けたのだ。

 話すのが苦手と言う彼女が、花柳姓を持つ闇魔法師で、この学園で一番話しにくいような相手に……。

 それにしても、彼女の本への情熱は凄まじいものだった。私も相当だと思っていたけど、それは学びへの気持ちが強いもの。
 彼女は、純粋に〝本〟その物が好きなんだろう。


 心の中がほんのりと温かい気がする。
 なんだか分からないこのぬくもりを大切にしたくて、私は腕の中にある本を抱きしめながら歩いた。

 落とさないように、しっかりと。






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