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三章 魔法学園 一年生
✤ 第25話:夏休みの終わり
しおりを挟む「お姉ちゃん、もう宿題終わったの?」
明るい夏の午後3時。私は元気よく彼女に声をかけた。
花柳と会ってから早数週間……明日は夏休み最終日。つやり、明後日は学園に戻る日だ。
「もうって、菜乃花……明日で夏休み終わりでしょ~」
「……湊斗は終わってないよね?」
「凛花姉ちゃんに教えてもらったから、もう終わったよ!」
「こ、この裏切り者めー!!!」
「えぇ!?知らねえよおぉっ!!」
私は思わず叫びながら、湊斗の肩をブンブンと揺らす。
まぁ、お姉ちゃんが宿題を終わらせているのは分かる。でも湊斗は人生初の宿題を、心の底から嫌がっていたじゃないか……。
そんな疑問が頭をよぎる中、私は目の前に広がる夏休みの宿題に視線を移した。魔法学園に通っているとはいえ、その内容には魔法の要素は一切無い。
まだ教科に組み込まれていないから、ただこのテーブルには普通の内容の宿題が並んでいるばかり。
せめてもの救いは、自由研究という地獄の宿題がないことだ……と、私は自分を慰めるようにウンウンと頷く。
今までは複数人で一緒に自由研究をこなしていたから、もし今年もあったら一人で苦しむことになっていたかもしれない。考えただけで末恐ろしすぎる。
お姉ちゃんは私をじーっと見つめた後、テーブルの前にちょこっと座り私の宿題を手に取った。
「よし。この優しいお姉ちゃんが、可愛い妹に宿題を教えてあげよう」
「えっいいの~?!流石6年生、かっこいい~!」
「持ち上げても何も出ないぞ~」
私はもうすぐ家を離れる。そんなことを考えると、胸が締め付けられそうになる。だから、この一瞬一瞬の時間は、私にとって家族との大事な思い出作りなんだ。
もうすぐこの家族と離れてまた「聖女様」と呼ばれる日々の事を考えると、どうしても寂しい気持ちが心をよぎる。少しだけ、学園に帰りたくないと思ってしまう。
それでも、そんな気持ちを打ち消してくれる存在がいる。向こうで会える人の事を思い出すと、自然と顔がほころぶのだ。
友達と、相棒と……魔法の世界で過ごす時間も、私にとって宝物だ。だから、大丈夫な気がしている。
だって、むしろその人達に早く会いたいくらいなんだから。
そんな再会を心待ちにしながら、私はこの家でのひとときを大切にしようと、この時間を噛み締める。家族との思い出は、離れた場所でも私の心の中で生き続けるから。
そして離れていた間に生まれた宝物を、また家族に話したい。
そんな風に思える事が、私はすごく嬉しいんだ。
「頑張れ菜乃花姉ちゃん!」
「湊斗……ありがとう、終わったら一緒にゲームしよう」
「えーほんと!負けないぞーっ!」
「私も負けないよっ!」
「は~い、その為にも頑張りなね~」
……まぁ、この休みでの苦しい思い出は、トップレベルでこの宿題をこなす時間だろうな。
*
あの日花柳と遊んだ次の日、私は裕也と風真に〝クマキーホルダー〟を返していた。
『はい、これキーホルダー!』
『わ……わざわざごめんな』
『ありがとう……よがっだ……』
『全然良いんだよ~』
その時の風真は本当に心の底から安心していて、裕也も凄くほっとしていた。
本当なら、キーホルダー探そうとも思ってなかった私よりも、花柳にこの表情を見て欲しかったけど……次の日はもう魔法世界に居たから、その為だけに彼女に来てもらう事は出来なかった。
それに私はキーホルダーを見ていると、あの時の記憶が蘇ってきてしまって、正直もうそれどころでは無かったのだ。
心の中に嫌なものが集まるような、不安で、よく分からないような寒さがあるような、そんな感覚。
私にもなんて表現したらいいか分からない……それが、私が〝呪い〟に初めて触れた感想だ。
とにかく生理的に受け入れられない。
個人的には、そんな表現がピッタリな感覚だった。
私はあれから呪いの事が気になって、離れていながらも彼女にメッセージを送ったものだ。
「呪いって闇魔法とは、本当に全然感覚が違うんだね!?」
と言えば
『闇魔法と呪いって言うのは、似てるけど違うから』
『呪いは魔力を感じられないのに同じような力を使えるから、私達からすると気持ち悪いものなの』
と丁寧に帰って来るし、
「魔法使いじゃないとよく分からないの?」
と言えば
『この世界で魔法って認められてないだけで、呪いは闇魔法を改造したものなの』
『だからこの気持ち悪さは、人間には分からない。とは言っても、これは魔法使いでも私と春風ぐらいしか分からないと思う』
『私達みたいな強い光か闇の魔力がある人は、そう言う魔法の感覚に他人よりすごく敏感らしいから』
と、まるで専門家のような返事が来た。本をそのまま書き写してきたみたいな情報量が即帰ってくるのだ。
このやり取りを繰り返すと、もう流石魔法バカだなとしか言えなくなる。
彼女は魔法のこととなると、普段は絶対にしない校則違反を平気で繰り返す。その姿は、もう私の中ではすっかり有名だ。
それを知っているとすれば、多分あの幼馴染だけだろう。
それにしても、この膨大な知識を頭の中に詰め込んでいるというのは……私からすると、未だに信じられない。本当に同い年なんだろうか、なんて定期的に思ってしまうほど。
花柳の頭の中には、魔法に関するあらゆる情報がぎっしり詰まっている。まるで頭の中に辞書が埋まっているみたいに。
私はその知識の深さに、ただ圧倒されるばかりだ。
そんなことを考えながら、机に向かってぼーっとしていると、突然、スマホが鳴り始めた。「うわっ、ビックリした」と、思わず声を漏らす。
夕方の静けさの中で、突然の音はまるで夕焼けチャイムように部屋へ響き渡る。一体誰だと画面を覗くと、そこには「ひかる」という見慣れた名前が表示されていた。
私は緑色の通話開始ボタンをタップする。すると、画面の中からワチャワチャとした楽しげな声が響き渡った。
『あっ、出た~。お久しぶり菜乃花~』
「久しぶり……って言うか、通話かけるなんて初めてだからビックリしたよ!」
『いや~何してるかなって思って!』
「宿題サボってた所だけど~……でも、急にどうしたの?」
私がそう言うと、彼は『ビデオ見れるようにして!』と、明るい声で指示を出す。言われた通りに画面をタップすると、目の前に三人の人影と、遠くに一人の人影が映し出された。
『あ、春ちゃーんっ!』
『菜乃花だー!』
『春風さん、こんにちは~』
「わぁー!みんなも久しぶりだね!」
画面の中には、ちょうどさっき考えていた花柳の幼馴染たちがぎゅうぎゅうと詰まっている。彼らの元気な姿が見えると、思わず笑みがこぼれる。
『今日すずのお家に遊びに来てるんだけど、咲来がキッチンでスイーツ作ってるんだよ』
「え?花柳が?」
あの甘党さん、遂に自分で作る所まで着手し始めたの?
……いや、まぁその内やるだろうとは思ってたけど。むしろやらない方が不自然だ、あの甘い物大好き人間が自分で作る事を考えない訳が無い。
輝がスマホを持って歩き始めると、遠くに見えていた彼女の人影が段々と鮮明になっていく。エプロンを見に包み髪の毛をひとつに括っているのは、普段の装いと雰囲気が違って新鮮だ。
いつもより可愛い雰囲気が倍増している。
『咲来、今菜乃花が見てるよ』
『え、何で春風?』
はてなマークを浮かべている花柳に、私は何を言うか考えてからとりあえず今思っている事をパッと口に出した。
「花柳ー!!私には夜ご飯作ってー!!!」
『うわ、図々しいな……て言うか宿題は終わったわけ?』
「急に現実突きつけるの辞めてよ、今サボり中なんだから」
ほら、画面の端っこで唸ってる人が約二名見えますよ!花柳は今私を刺したと同時に陽太と稲山さんの事を突き刺してるぞ!!
『……陽太、りん。二人はちゃんとやってる上で終わってないから春風とは違う、安心していいよ』
「どわー!聞き捨てならん!」
『今の今まで全てを放り投げてた人は黙ってて』
あ、二人の顔が輝き出した……片桐さんに微笑まれているのが、逆に私の胸に突き刺さってくる。
いいよ、二人の笑顔を私は守っただけ……あー!フフフって笑ってる輝の声が丸聞こえだよ!マイク近いから隠せてないよ!!
花柳はそんな会話をしながらも、手元をずっと動かしている。ふたつの事を同時にやるなんて、何とも器用なものだ。
その様子をただ眺めていると、彼女の手元に立てかけられたタブレットに「いちごのレアチーズケーキ」と書かれているのが目に入った。
「レアチーズケーキって作れるんだ」
私がポロッと声を上げると、輝はその言葉にすぐ答えてくれた。
『去年、親と兄妹が、俺たちの誕生日に作ってくれたんだよ』
「そうなの!?」
『うん。それから咲来の大好物はレアチーズケーキ』
「ちょっと、余計な事言わないでよ」
花柳はただ甘い物が好きなだけ、と思っていたけれど、大好物なんて存在するんだなぁ……なんて、私は少し失礼なことを考えてしまう。
『皆が宿題終わってないって苦しんでたから暇潰しに作ってるだけで、』
『咲来は俺たちに美味しい物を食べて欲しかったんだよね~♪』
『……何かイラッとするから、輝にはあげない』
『えぇ~、ココはお兄様へ一番最初にちょーだいよ~~』
『都合良い時だけ私をお姉様にしてくるお兄様なので、嫌です』
カメラの前で双子の戦いが勃発しているのを見ていると、私は思わず笑みがこぼれた。学園で二人がオンリーで会話している姿はあまり見かけないから、なんだか新鮮で面白い。
典型的な堅物のお嬢様と緩々飄々お坊ちゃんて感じなのに、この2人も兄妹喧嘩とかするんだなぁ。
『咲来!俺は欲しいー!』
『私もっ!!』
『じゃあ私が貰ったのを輝にあげようかな~』
『やった、俺の勝ち』
『あ~はいはい、分かったよもう……』
あ、喧嘩が終わった。爆速で終了した。
こうやって2人の喧嘩……?は、終息するんだ。うちだったらもう少し続くのに。
流石長年の幼馴染。まぁこれは、喧嘩と言うよりは双子のじゃれ合いなのかもしれないけど。
『このままだと春風が宿題終わらせない口実になりそうだから切ったら?』
「わ、私だってお姉ちゃんが宿題手伝ってくれたし!」
私が思わず叫ぶと、彼女はボウルの物をカシャカシャと回しながらフッと嘲笑うように悪い笑みを浮かべる。
『じゃあ春風も弟さんに教えてあげなよ』
「もう終わってた」
『弟さんの方が、春風より数倍偉いね』
「いやいや、湊斗は裏切り者だから!花柳なんてすぐ終わらせてるんだから、もっと私の宿題を手伝って欲しいくらいだよ!」
『すごく嫌だ。自分でやって』
「いじわるめーーっ!」
私がぶーぶー言い返していると、また輝はケラケラと笑い出した。
彼は、花柳と私が言い争っているのを楽しんでいる節がある……気がする。
別に私は良いけど、君の妹さんはめちゃめちゃ君を睨みこんでるよ?大丈夫そう??
まぁ、私もまだ宿題は残っているし……残念だけど、そろそろ通話は切るべきだろうな。そう思いながら、私は「仕方ないから、お嬢様が言う通りにちゃんと宿題をやって来ますよ」と言葉を投げる。
すると、花柳は『私と言うより、先生が言った事だから』と、至極当たり前のことを言い返してきた。
このやろう、7月で速攻宿題終わらせたからって……こんなキュートな服装でキュートなスイーツ作っている人に言われても、いつもより憎さが減少しているんだからなーっ!
と、私は心の中で小さなツッコミを入れる。
『菜乃花、また明後日に学校でね~』
「うん!輝も、みんなもまたね!」
『またね~』
『じゃあね春ちゃん!』
『またな!』
輝は自撮りのポーズにして、皆のことを映し出している。手を振る四人は微笑ましいが、真顔で一生かき混ぜながら画面見てる花柳がすごくシュールだ。
そんなシュール映像のまま、私は赤い通話ボタンをポチッと押した。
それにしても休日に家に遊びに行っているなんて、ほんとに仲が良いんだなぁ。
私は彼らの友情に、憧れのような羨ましい気持ちを抱いていたこともあった。しかし、今はそんな感情を一切感じない。
きっと、千鶴の存在がこの気持ちを消し去ったんだろう。彼女は私の大事な、初めての友達だから。
「あー、私も早く千鶴に会いたーいー!」
思わず私は声を上げる。家族と離れるのは、やっぱり寂しい。けれど、それと同じくらい友達と離れるのも寂しいんだ。
こんな気持ちは今まで知らなかったのに……いつの間にか私の中にも生まれていたみたい。
魔法の世界へ行くことに対してだって、数ヶ月前は強い抵抗感があったはず。
なのに学校が待ち遠しくなるなんて思いもしなかった。
「……ん?」
ふと、手に持ったままのスマホの画面が明るくなり、再び通知の文字が浮かび上がった。その瞬間、私は顎が外れそうになるほどの衝撃を覚える。
『本日、宿題が全部終わりましたー!』
「う、裏切り者2号だ……!」
ひどい、一昨日までは何もやってないって言っていたのに……もー!やっぱり学校が始まるの、もう少し待ってて欲しいよ~!!!
魔法世界に行くまで後30時間もない中で、私はひたすら紙の山と脳みそを格闘させた。
そうして、もはや今が30日か31日か、それか1日になっているのかすらも分からなくなりかけるのでした。
でも、弟とゲームをする約束は、姉としてしっかり果たした。だからそれだけでも良しとしよう。
たとえ宿題が全部終わっていなくてもね!
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