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三章 魔法学園 一年生
✿ 第23話:落し物のキーホルダー
しおりを挟む「……遅い」
全く、いくら私が10分早く着いたからって、彼女が来るのが少し遅すぎやしないだろうか。私は一応知らない場所で、彼女にもてなしてもらう側なんだけど。
すっかり暑くなった8月の朝9時、まだ午前中にもかかわらず、まぶしい日差しが照りつけている。
今日は前々から春風話していた通り、彼女の地元で会うことにしていた。だからわざわざ東京の魔法駅から春風の最寄り駅まで来て、此処を集合地点にしたのだ。
なのに、さっき届いたメッセージは……
『楽しみすぎて眠るの遅くなって、いつの間にか二度寝しちゃってた!!』
『本当にごめんなさい、遅くなっちゃうけど、すぐ行くから~!!』
と、可愛らしい犬のスタンプと共に送らていた。
そんなメッセージを見た瞬間、昨日のやり取りを思い出す。私はこれを見越して「早く寝るように」ってメッセージを事前に送っておいたのに、これでは意味が無いじゃないか。
まぁ、今日は会う事以外の予定は特に決めていない。
会ってから決めようとしていたものだから、別に急いでるわけでもないし……まだこんな時間だから、お店もまだ空いているところはマチマチだ。
せっかく知らない街に来たのだから、この景色を堪能しておくのも悪くないかも。
そんな事を考えながら、駅の前にあるスペースに置かれたベンチへゆっくりと腰を下ろした。
此処が知らない場所とは言うものの、完璧に知らない訳でもない。私は小学生の時は東京の魔法駅を利用しているし、名前だけなら聞いた事がある。
私の通っていた小学校は、この『日々華市駅』の隣にある『城南日々華駅』の近くだ。
まさか彼女も同じ市に通っていた、と言うか住んでもいると言うのは、つい最近まで知らなかったけど……。
そう言えば、小学生の頃は同級生たちが「ひびか行きたいなぁ」「なんびは何も無いよな~」なんて話していたことを思い出す。
今思えば、あれはこの駅の付近を指して言っていたのだろう。私は学校帰りは実家に帰ってしまうし、あまり気にしていなかったのだけど。
通っていた地域は自然豊かで、緑が生い茂る美しい場所だった。その分、皆が求めるような商業施設がすぐ近所には無かったと思う。
しかし、この日々華市駅の付近はまるで別世界のように栄えている。
賑やかな街並みにはカフェやショップが立ち並び、人々の笑い声や楽しげな会話が飛び交っている。どこを見ても活気が溢れ、まるで夢の中にいるような気分だ。
学園の最寄り駅にも負けない雰囲気で、良く資料で見る都会と言う雰囲気。
この地域は立ち並ぶお店や街並みが魔法世界とはまるで違っていて、よく教科書に載っている近未来的な都会と言う感じだ。
スマホや本で見たことのある画像そのものが目の前に広がっていて、私の視線と思考は一瞬で奪われてしまう。
個人的には向こうの自然豊かな感じが好きだったけれど、皆からしたらこの華やかな雰囲気こそ「憧れる場所」なのだろう。
遊び場や出かける場所が限られてしまうからこそ、みんなが憧れを抱くのも当然だったのかもしれない。
しかもそれが隣駅。それが余計羨ましい気持ちを掻き立てられそうだ。
そんな感じでベンチから周りを見渡しながら景色を楽しんで居た。
何だか気持ちもホワホワとしていたと思う。視線に入るものを全て知識として蓄えようとしていたから。
……だからだろうか。突然目の前で人が倒れたのにも、直ぐに反応ができなかったのは。
いや、これは倒れたと言うよりも、走って転んだと言う方が正しいかもしれない。
急な事で理解が追いつかず、私は瞬きを数回繰り返す。しかし、そのまま顔を上げた男の子とパチッと目が合ってしまった。
彼の目はうるうるとしていて、今にも泣きそうになっている。私よりは年下……恐らく、妹と同じくらいの年齢だ。
動く様子も無いし、周りに人も今居ない。彼に声をかけるなら私しかいない。
それでも、もしかしたら彼が魔法使いで私を恐れている存在だったら……なんて、考えてしまう。
彼は多分魔法使いではない。それは感覚で分かる。しかし、私は他人から怖がられる存在。無闇に他人に話しかける事はしたくない。
でも、彼は今傷ついているし……
そんなことを考えていると、彼の膝から少しだけ血が出ていることに気がついた。
きっと、転んだ衝撃に地面の石で擦れたんだ。
その瞬間に、色々と考えていた思考がすっかり吹き飛んでいて、私はいつの間にか彼に駆け寄って声をかけていた。
「大丈夫ですか?そこのベンチに座りましょう。痛んで立てないなら、私の手を貸しますよ」
彼が怖がらないように、なるべく優しく言葉をかける。
「う……でも……」
「水もあるし、絆創膏も持っています。傷の応急処置なら出来ますから……痛いままは嫌でしょう?」
「わ、わかった……」
彼は少し戸惑いながらも私が差し出した手を取る。
ほっと胸を撫で下ろすと、そのままベンチへ座らせてから膝にある傷の手当をした。
しかし、その間も彼はぐすぐすと泣いている。
そんなに傷が痛いのだろうか?それとも水が沁みて居るとか……?
理由がわからず、私はまた彼に話しかける為に口を開く。
「まだ痛みますか?」
「ううん……」
「痛い訳では無いんですね……貴方の涙が止まらないから、まだ傷が痛いのかと思ったので」
そう言って隣に座ると、彼はぽつりぽつりと話し始めた。
「僕、お兄ちゃんの大切な物をなくしちゃって……それに気づいて走って戻ってきたんだ。でも無くて、悲しくて泣いてたから目がボヤボヤって……それで走ってたら、転んじゃって……」
なるほど。つまり涙の原因は、単純な痛みだけではなかったのだ。
確かに家族の物をなくすと言うのは、すごく辛いだろう……幼い子なら尚更だ。きっと、自分を責めているに違いない。
下を向く彼の頬からは涙がこぼれ、絶えず足元にぽたぽたと落ちている。こんなに美しい青空が広がっているのに、彼の心は大雨の曇り空。
どうにかして彼を助けてあげられたらいいのに……なんて、その思いを考える間もなく、遠くから叫ぶ声が聞こえてきた。
「~~……!」
よく聞こえない声に意識を向けて、そちらに目を向ける。視線の先には遠くから走って来る誰かが見えた。
だんだんとその姿は鮮明になり、同時に声も耳にスっと入って来る。
「おーい!風真~!」
「お兄ちゃん!」
その瞬間、彼の顔がぱっと明るくなった。どうやら、彼が話にでてきたお兄さんらしい。つまり、彼がなくした物の持ち主と言う訳だ。
彼が弟さんを抱きしめると、そのまま私の方を見て目をぱちぱちと瞬きさせた。
知らない人が隣に居たら不思議に思うに決まっている。私たちは友人でもなんでも無いのだから。もしかしたら、お兄さんに心配させているかもしれない。
何か言わねばと思った瞬間、私よりも先にお兄さんの方が口を開いた。
「えーっと……この人は……?」
「あ、あのね!僕さっき転んじゃったのを、このお姉さんが治してくれたの!」
「そうだったのか?すみません……弟のことを治してくれて、本当にありがとうございます!」
「いえ、大したことは……」
お兄さんは、私と同じくらいの年齢に見える。恐らく年齢の差はあまりないと思うけど……探す前にお兄さんの方から駆けつけてくれて、私は少しホッとした。
何せどうやって探すかなんて思いつかなかったのだ。迷子センターも空いてないし、そもそもこの地域がどんな感じかすらあまりよく分かっていない。
多分このまま探したところで、迷子になるのは私の方だ。
それに「電車に乗ってきました!」なんて言われたら、本気でいよいよお手上げだった。だから向こうから来てくれた方が、私にとっては都合が良かったのだ。
「僕ね、ここら辺で絶対落としちゃったと思うのに、なのに無くて……」
「気にするなって。風真は悪くないからな」
「お兄ちゃん……」
二人はとても仲が良さそうで、お兄さんも激怒している様子はまるで見受けられない。あまりにも泣いているからてっきり怒られたのかと思ったけど、どうやら彼は穏やかな人みたいだ。
しかし、弟さんのなくした物が見つからないのは可哀想だと思う。
彼も色々な場所を探していた様子だったし、それでも出てこないというのは不自然だ。なにか特徴があれば、私も見つけられるかもしれないけれど……。
そんな事を頭の中で考えていると、何とも聞き覚えのある声が目の前から飛び込んできた。
「花柳、居だ、はぁ、ぁああ大変申し訳ございませんっ……全速力で走ったから流石に疲れたぁ」
いつもはまるで疲れません~と言うかのように気楽そうにしている私の相棒。
流石の今日は疲れるほど走って来たようだ。まぁ遅れているのだから、そうするのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
私は彼女と目が合った瞬間、じーっと睨んで口を開く。
「だから早く寝なよって昨日言ったのに……大した予定もないしいいけど」
「うぅ~ごめんなさい~…………って、あれ?何で花柳と裕也がこんな所で一緒に居るの?」
「え?」
私への謝罪より気になる言葉に、思わず間抜けな声が出る。
「あれ、菜乃花?わー!全寮制の私立に行ったんじゃなかったの?!」
「ハハハ……まぁ、夏休みの里帰りと言うやつだよ」
……いくら春風の最寄り駅とは言え、これは世間が狭すぎる。
*
「なるほど~、そりゃあ大変だ」
「俺は気にしてないって言ったんだけど、風真が気にしちゃってさ」
どうやらお兄さんは春風が通っていた小学校の同級生で、弟さんも見た事があるらしい。あっという間に会話が進んで、春風も事の経緯をすぐ理解している。
私は横に座った弟さんとぼけーと2人を眺めていた。しかし、彼は落し物の話をしてからまた暗い表情をしている。
でも、見た目も何も知らない私ができることは……
「えっと、風真さん……何をなくしたのか教えて下されば、発見した時にお渡ししますよ。今日はこの周りにずっと居る予定なので」
「いいの?」
「良いですよ」
そう言うと、彼は顔を輝かせて口を開く。
「あのね、お兄ちゃんのクマキーホルダーなんだ。黒くて、目が黄色くて、お腹に月のマークが入ってるの」
「なるほど……素敵なデザインです。覚えておきますね」
私がそう言うと、彼はニコニコと満面の笑みを向ける。出会ってからずっと泣いていたから、やっと笑った表情が見れた。
私に彼に出来る事は、これしか無い。
でも、これで彼の気持ちが晴れるなら別に良いだろう。ただキーホルダーを探すだけだ。
無い前提で話しているから、あまり期待はしないで欲しいけど……でも、私は魔法使いだ。探し物を見つけるくらいの奇跡なら起こせて欲しいもの。
頭の中にそれが入っていれば、もしかしたら発見できるかもしれない。
「私も今日探してみます。でも、お兄様も平気だと言っていますし……貴方もあまり、気を落とさないで下さい」
「ありがとうお姉さん!」
「どういたしまして」
自分より年下だからか、出会いが泣いた表情からだったからか……なんだかこの笑顔に安心してしまう。
「あの子ほんとに菜乃花の同級生?なんかお嬢様みたい」
「正真正銘、本物のお嬢様だよ。て言うか裕也も同い年だから!」
「そうだった……って、ガチのお嬢様!?」
「春風、余計なこと言わないで……」
少し話してから弟さんは落ち着いた様子になり、手を振り笑いかける彼らに、私達も別れを告げた。
まぁ彼らも一日中ここら辺で遊ぶらしいから、そのうち会うかもしれないけれど。
そうして一息ついていると、隣からじーっと視線を感じた。春風はお兄さんの話を聞いてから、ずっと私を睨んできているのだ。
「……言いたい事があるなら聞きますけど?」
そう言うと、彼女はむーっと頬をふくらませてから口を開いた。
「なんか、風真に甘かったね、花柳。私に対してと態度が違いすぎない?」
「そんな事言われても……仕方ないでしょ。あの子、私の妹と同じくらいに見えたし、出会い頭で転んで泣いてるし……勝手にそうなってたの」
そう伝えると、彼女はすかさず「えー!」と大声をあげた。
しかし、どちらかと言えば春風と接しているこの態度の方が私の素の姿だ。
それに先程の対応は、いつも通りの他人に対してのいつもの態度と、大して変わらないと思うのだけれど……どうやら春風はそう思っていないらしい。
「ぶー、私にはいつも意地悪お嬢様なのにっ!」
「うるさい、この脳筋遅刻聖女様」
「遅刻は申し訳ございませんっ!!」
そんなやり取りをしていると、駅からチャイムのような音楽が流れてきた。「あ、10時だ!」と、彼女が声をあげる。
「10時になるとこの音がするの?」
「そうそう。多分、お店が開く時間だからだと思う!」
ここは魔法駅のように、お店が入っていてビルのような形になっている。よく言う駅ビルと言うやつだ。
しかし、あちらにはこんなチャイムは無い。だから、これもそう言うのがあると言うのを知っているだけで体験したことはない。
色々なものが自分の知っているものと少しずつ違うのは、やっぱり新鮮で勉強になる。
「よしっ、日々華市出身の春風菜乃花さんが、華麗に君のことをエスコートしてみせるよ!」
そう言って彼女は目をキラキラと輝かせながら、胸にポンッと手を当てて見せた。
「……よろしくお願いします」
「ぜぇんぜん期待してなさそう」
「そんな事無いけど?むしろすごく期待してるかも」
「ウソ。逆に緊張してきちゃった!!」
「頑張って下さい、案内人さん」
私は何だかんだ、いつもの日常とは異なるこの環境に、とても心を奪われているのだろう。
だから他人にも、あんなに変な肩入れをしてしまったのだ。
久しぶりの魔法の無い世界。知らない地。
胸が高鳴り期待が膨らんでいくのが、自分でも簡単に分かってしまう。
春風は眠れなかったと言っていたけど、私は逆に早起きしてしまったんだ。その理由は、この人には絶対に言わないけど。
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