魔法使いの相棒契約

たるとたたん

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三章 魔法学園 一年生

✧ 第22.5話:聖女様のお友達

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千鶴ちづる、来たよ~!」


 元気な声が店の前に響いた。私が思わず顔を上げ、その声の主を見ると、その相手はよく知っている私の友達だった。


「わーっ、菜乃花なのか久しぶり!」
「いらっしゃい菜乃花ちゃん」
「おばちゃんもこんにちは~!」


 太陽が登りかけた11時頃。開店から少し時間が経っている。お昼前ということもあって、店内にはゆったりとした空気が流れていた。
 お客さんの数も、この時間帯には落ち着いている。


「これと、これと、これと、これと……う~ん、どっちにするか悩む、けど……これ!お願いしまーす!」


 菜乃花は嬉しそうに指を指しながら、一息に注文を述べる。その様子に私は、思わず驚きの声を上げてしまった。


「え、1回でそんなに食べたら流石にお腹が破裂しちゃうよ?」


 菜乃花は確かに沢山ご飯を食べる。成長期とはいえ、男子と変わらない量を平然と食べているのに、全然太ったりしないのが不思議だ。

 しかし、彼女は毎日筋トレや運動を欠かさず行っている。だったらそのくらい食べている方がむしろいいのかもしれない。

 でも、それにしたって食べ過ぎじゃないか?

 そんな私の疑問を見透かすように、菜乃花はじっと私を見つめ、口を開いた。


「ちょっとちょっと、私の事どんだけ食いしん坊だと思ってるのさ千鶴ちゃん……これは親とお姉ちゃんと弟と食べるの!」
「あーなるほどね!」


 そう言えば、彼女は5人家族だ。5人で食べるとなると、この量にも納得できる。


「は~い、詰め終わったよ。お金を貰えるかい?」
「わお、いつもよりめっちゃ高い!」


 おばあちゃんが指さす値段にそんな事を言うものだから、私は思わず笑ってしまった。


「そりゃそんな買ってたらね!」


 ついそんなツッコミをすると、菜乃花はにっこり笑って「だよね~!」と元気に返し、お財布からお金を取り出した。

 きっと彼女は、このまま家に帰るのだろう。でも、せっかく久しぶりに会えたのに、もうお別れだなんて……なんだか少し寂しい気持ちが胸の奥に広がってきた。

 そんな私の気持ちを察したのか、おばあちゃんはニコニコと笑いながら、私たちに話しかけてきた。


「さっき悩んでいたやつ、私が奢ってあげるよ。久しぶりに会ったんだから、店の中で一緒に食べてお話してみたらどうだい?」
「いいのおばあちゃん?」
「せっかく千鶴のお友達が来たからね。菜乃花ちゃんが良ければだけど……」
「ホントに~!?食べます食べまーす!」


 菜乃花が飛び跳ねるように喜ぶと、私も思わず心が弾む。二人で「わーい!」と手を合わせて喜んでいると、おばあちゃんはパンとジュースをおぼんに乗せて、私たちに手渡してくれた。

 ふわっと漂うパンの香りと、冷たいジュースの感触が、私たちの心をワクワクさせる。
 おばあちゃんに「ありがとう!」と言って、そのまま店内の椅子へと腰掛けた。



「で、7月も明日で終わりますが……千鶴さんは宿題をどのくらいやってるんですかね?」
「いやだな~、全部やってないに決まってるじゃん!」


 そんな事を言われて、私は思わず笑いながら答える。


「だよねーっ、良かった!仲間!」


 菜乃花はそう言うと、安心した様に笑った。

 私は勉強が好きじゃない。苦手というより、嫌いだ。
 多分、好きなことに夢中になったら本領を発揮できるタイプなんだと思う。

 興味があるのは魔法だけど、その授業はまだないし、正直今の学校のモチベーションは授業の中には一切ないのだ。
 そんな私が宿題を進めているなんて……天地がひっくり返ってもあり得ない。

 菜乃花も、恐らく面倒な気持ちが勝っているのだろう。結果的に、私と同じ状況になっているみたいだ。


「昨日ね、あのお嬢様にメッセージ送ったら『もう日記以外は終わらせた。春風も早く終わらせたら?』とか言ってくるんだよー!?」
「それは勉強好きの国から来た妖精だけが許される行為だよ!今すぐ抗議しないと!」
「千鶴もそう思うよね!?」


 私たちはそう言って二人で目を合わせながら、パチパチと瞬きをした。思わず見つめ合っていると、なんだか面白さが込み上げて来る。 
 アハハっと笑いながら、私たちはおぼんに乗ったパンを手に取った。

 こんなくだらない話をしていても、ウチのパンはやっぱり美味しくて、ふわふわのパンをひと口ほおばると、思わず「美味し~」と声が出る。
 ほっぺたが落ちると言うのは、まさにこの事だ。

 そんな大好きなパンを、大好きな友達と一緒に食べられるなんて、本当に嬉しいことだと、心の底から感じてしまう。


「ねえ、千鶴、もっとお話しようよ!」
「うん、いっぱいおしゃべりしよう!」


 二人で笑いながらパンをつまみ、楽しい時間を過ごしていると、もう進んでいない宿題のことなんて、すっかり忘れてしまった。






「ご馳走様でした、おばあちゃん!千鶴もまたね、メッセージするよ~!」
「うん、待ってるね~!」


 そうやって手を振ると彼女は改札の方に向かって歩いて行く。段々と遠くなって、豆粒サイズになった菜乃花を、私はボケーッと見つめていた。


「……千鶴」


 ふと、柔らかな声が耳に届く。顔を上げると、おばあちゃんは穏やかな表情を浮かべていた。


「どうしたの?」


 おばあちゃんも遠くを見つめながら、静かに言葉を紡いだ。


「私は、先代の聖女様に救われたから……どうしても神様みたいに感じる部分があるんだ。息子達ほどではないけどね。でも、あの子はあの人先代聖女様とは違う……千鶴と同じで、可愛い孫みたいなもんだね!」
「おばあちゃん……」


 驚きが胸に広がる。おばあちゃんがそんな風に言うなんて、私は全く予想していなかった。

 おばあちゃんは過去に呪使いに襲われ、その時に聖女様に実際に救われた。本来なら、私の両親よりも盲信者であってもおかしくないはずだ。

 きっと今までは、私のためにそう話してくれていただけで、実際は聖女様を心から神様みたいだと思っていたのだろう。
 だけどそう話していたら盲信者と同じ……私の肩身が狭くなるって、そう思っていたのかもしれない。


「……そうだよ。聖女様だけど、だから好きなんじゃなくて……菜乃花が菜乃花だったから、私は好きになったんだ」


 私は少しずつ言葉を選びながら、そう言った。
 彼女が聖女様でなくても、私は彼女と仲良くなりたいと思っていた。ただ、お互いに素直になれず、すれ違っていただけなのだ。


「私、いつか花柳さんとも友達になりたいの。名前で呼んじゃったりして!」
「おお、そりゃデッカーくでたね!あの子、友達作らないことで結構有名じゃないか」


 彼女花柳さんは魔法使いの世界では有名人だ。私だって小さい時に見た事あるし、お互い顔を合わせて会話をした事だってある。

 だけど彼女は、周りにいる3人と双子以外の同級生とは親しげに話しているのを見た事がない。全員に敬語で、線を引いた態度を取る。
 有名人だから、そういうスタンスみたいなのも広まっているんだろう。

 それが最近崩れた相手と言えば、春風菜乃花ただ1人だ。


「ふふっ、そんな障壁も私にかかればちょちょいのちょいだよ!それでね、仲良くなったらこの店に来て、菜乃花みたいに一緒にパンを食べるんだー!」


 叶わないかもしれない。それでも、私はいつか彼女と友達になりたいと思っている。

 木から降りれなくなって困っていたところを、魔法で助けてくれた花柳さん。今までの過ちを怒ることなく許してくれて、その後も普通に接してくれた。

 いつだったが、ご飯の後に廊下でばったり出くわした時、菜乃花と廊下で喧嘩し始めたのは驚いた。そんな一面があるなんて、今までは全く知らなかったのだ。
 静かに怒るならまだ印象があるけど、割と感情的にズケズケと菜乃花に釘を指していく姿は新鮮で、とても面白かった。

 それから私は、いつか一緒にここのパンを食べてみたいな~、なんて思うようになったのだ。


 聖女様とも闇魔法師とも友達なんて、みんなは夢物語の贅沢者だと思うかもしれないけれど、私にとってはそんなことはない。

 だって私からしたら、あの子たちは肩書きなんて関係なくて、ただの同い年の同級生〝春風菜乃花〟と〝花柳咲来〟でしかないのだから。




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