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三章 魔法学園 一年生
✿ 第22話:花柳家の四兄妹
しおりを挟む「咲来があいつら以外の子と向こうの世界で会う~!?!?!?」
「声、大きいから……」
夏休み。家族全員が実家に集まり、久しぶりに長い時間を共に過ごす特別な期間。
両親が仕事で留守にしている間、私が思わず口にした言葉に、兄妹たちがそれぞれの反応を示していた。
「な、何か変な奴とかじゃないよな?大丈夫だよな!?」
ひたすらに慌てふためいているのは、2つ上の兄、花柳蒼空。
蒼空は自他ともに認めるブラコン……それは学園でも有名な話だ。だからこれも、私を心配している気持ちから来る発言なのは分かっている。
それにしたって声が大きいけれども。
「お姉ちゃん、新しいお友達出来たんだね~!」
キラキラと目を輝かせているのは、2つ下の妹、花柳優梨。
優梨は本当に可愛くて優しい、それでいて芯のある自慢の妹だ。それでも、年相応にこうやって笑顔を浮かべているのを見るのは癒される。
「へぇ~、そっかそっかぁ♪」
そして、ニコニコと私を見つめているのは、双子の兄、花柳輝。
彼は、私が向こうの世界で誰かと会うと言った瞬間、相手が彼女であることを察しているに違いない。まるで私をからかうかのように微笑んでいる。
夏休みに入ったとて、いつも通りの小悪魔状態は相変わらずだ。
「大丈夫だから落ち着いて。友達ではないけど……同級生の知り合いと……」
「お、お兄ちゃんも行こうか!?」
「蒼空は知らない人……いや、知ってるけど……とにかく来なくて大丈夫」
「知ってる人、知ってる。え?知ってる同級生なんて、お前らの幼馴染くらいしか……」
「あーーとにかく大丈夫だから」
まずい。この事を知っているのは、今ここにいる兄妹の中で輝だけだというのに、余計なことを口にしかけた。
おかげで一緒に行くのが彼女だとバレるところだった……やっぱり、家にいると気が緩んでしまうのだろうか。
家族と過ごすこの安らぎは、私にとって良いことのようにも思えるけれど、同時に悪いことのようにも感じてしまう。
私は常に冷静で、理性的に、完璧でいるべきだから。
そうでないと、いつ何がどうなって聖女様を危険にさらしてしまうかわからない。そしてそれは彼女だけでなく、この家族をも巻き込んでしまう可能性が高い。
だから、私は家であっても、気を緩めるなんてあってはいけない……と考えているんだけど、こうも勝手に気が緩まれると、私にもどうしようも無いな。
そもそも、私が聖女様を殺すと言われる存在なのは、先代聖女様が亡くなった際に他殺された可能性が高いからだ。
現在は『護衛の闇魔法師が聖女様を殺した』という説が最も有力だと言われているけれど、肝心の闇魔法師は現在行方不明。
だからその真相が確定することはなく、いつまでも謎のままで10年以上経っている。
聖女様が殺されたのは〝闇魔法〟によるものだという説もあれば、違法の〝呪い〟が原因だと言う説もある。しかし、当時その場にいたのは護衛の闇魔法師のみ……そのため、矛盾点が生じてしまうのだ。
全ての理由と言う訳では無いけど、私の恐れられてる原因の半分以上はこの事件がきっかけだろう。
いっそ本人が私の目の前にパッと現れて、真実を教えてくれればいいのに……なんて、そんな願いはただの理想に過ぎないことは分かっている。
それでも、心のどこかでその可能性を探し求めている自分がいる。スグにその原因が分かれば、私がこの先どうするべきかの道標になるはずだ。
だけど今は、そこまでの道のりどころか、ゴールすら何だか分からない場所を彷徨い続けている。だから行き当たりばったりだ。
答えを知ってる護衛さんからすると、私はすごく遠回りをしているのだろう。
本当なら今すぐにでも近道をしたいけど、それも無理な話だ。
「でもさ、ほんとに気をつけないとダメだぞ?最近俺のクラスでも噂を聞いたんだよ!」
「噂?」
蒼空が呟くと、その言葉に輝はすぐに反応した。この噂は、彼の周りでしか広まっていないものだと思う。私も、多分輝も、噂のようなものは聞いたことがない。
強いて言うなら、噂になってるのは私と聖女様の事だろうし。
優梨も一緒になって、三人で首を傾げていると、蒼空は目を閉じながら真面目な顔つきで話し始めた。
「何か、呪使いが向こうに増えているらしいんだ。それで集団になっているとか何とか……まぁ、あくまで噂なんだけどな!」
「それってどういうこと?」
「呪いは闇魔法を人間でも使えるようにした違法の魔法でしょ?それが向こうに沢山居るってことは……」
つまり魔法使いではなく〝普通の人間〟が呪いの力に染まっているということだ。
呪いもまた魔法の一種ではあるけれど、闇魔法が持つ生命力を利用した危険な力。最悪の場合は自分の命を奪うことにもなる。
魔力が無くても使用できるため、その力は非常に危険だ。私たちが扱う事すら危ない力だって言うのに、魔法に憧れる人々がこの力に手を伸ばしてしまったら……。
「でも呪いって、俺たちに攻撃するとかそういう訳じゃないでしょ?」
「そーだけどさ。でも、呪いが発展したのだって、お母さんとお父さんが学園生の時期からだろ?これから何があるかだって、分からないからな!」
「わぁ……なんだかちょっと怖いね……」
不安がる妹に、私は優しく頭を撫でながら言葉を紡いだ。
「大丈夫、これは魔法省が常に対応している案件だろうし……優梨のことは私が守ってるから」
「お姉ちゃんっ……!!!」
「えー、俺はー?」
輝が不満げにむーっと声を上げる。
「定期的に兄を自称するんだから、そこは〝俺が守るよ〟でしょ、輝お兄様」
「え~、ひどーい!」
「大丈夫だ!3人まとめて俺が守ってやるからなー!!」
「あはは、苦しいよ蒼空お兄ちゃん~っ!」
平和だ。心の底から、そう思う。
私の兄妹は、本当に仲が良い。彼らの笑い声や、無邪気なやり取りが、家の中に温かな空気をもたらしている。
まるで、穏やかな風がそっと吹き抜けるように、私の心を包み込んでくれる。
もし、この穏やかな日々がいつまでも続くのなら、私はそれだけで幸せだ。他には何も求めることはない。
いつか私がその場所に居られなくなるとしても……三人が、両親が、笑顔でいられるのなら、それだけで……。
蒼空に抱きしめられたせいか、なんだか息苦しくなった。強く抱き締めすぎだと言ったら、彼は笑いながら「ごめんな咲来~!」と、無邪気な声で返された。
いつも輝が全然悪びれてなさそうな態度をしているのは、きっとこの兄譲りのものなんだろうな……なんて、つい私は、少し嫌な兄弟の共通点を見つけてしまって、思わずため息をついた。
*
夏休みの宿題と言っても、私たちはまだ小学生。だから、内容は大したことがないだろうと、心のどこかで安易に考えていた。
しかし、それとは裏腹に、面倒なものはやはり面倒だ。夏休みの宿題は、さっさと終わらせてしまうに限る。
その中でも、最も厄介なのは毎日の日記を書くという課題だ。日付や天気を自分で記入しなければならないため、何気に手間がかかる。先に終わらせる事も出来ない。
絵を描かなくて済むのだけが、不幸中の幸いだ。
そして、読書感想文……そういえば、私はこれに必要な本を持っていない。
この家には本がたくさんあるけれど、ほとんどは参考書だ。しかもすでに読み尽くしている。借りている本は魔法に関するもので、それは宿題には使えない。
魔法の知識は楽しいけれど、読書感想文には適さないのだ。
「本屋さんに行かないとか……」
面倒な宿題ではあるけれど、今日はまだ初日だ。
そんなに焦る必要はないと自分に言い聞かせ、私は黙々と作業を進めることに決めた。
日が落ちるにつれ、静かな部屋の中でペンを走らせる音だけが響いている。課題を一つ一つクリアしていくたびに、少しずつ気持ちが楽になっていくのを感じた。
1時間、2時間、3時間と、気がつけば長い時間が経っていた。その間、私は周囲の音も忘れ、宿題の世界に没頭した。集中していると、時間の感覚がどこか遠くへ飛んでいったかのように、私の意識は宿題の文字に吸い込まれていたのだ。
すると突然部屋のドアをノックする音が響き、私はハッと我に返る。心の中で誰かと疑問が浮かぶが、その答えは直ぐに出た。
「咲来、起きてる?入ってもいいー?」
その声の主は双子の兄、輝だ。
私はすぐにドアを開けて「どうしたの?」と尋ねた。輝はニコニコとした表情で立っている。
「ちょっとお喋りしたくて。宿題してたの?」
「してたけど……ずっとやってたから、休憩するよ」
そう答えると、輝はその言葉を聞いて嬉しそうに「やった~!」と声を上げた。
輝は私の部屋に入ると、周囲を見渡しながら「咲来の部屋も久々だな~」と言い、椅子に腰掛ける。
お互い寮住まいだから、そもそも自分の部屋にいること自体が久しぶりだけど。
部屋に持ってきていたお茶をコップに注いでいると、輝はじっと机を見つめてから、ぼつりと呟いた。
「……魔法の勉強、沢山してるんだね」
「まぁ、学園には本が多いし」
「偉いな~、流石学年一位」
「別にそういう理由では無いけど……」
私がコップをテーブルに置くと、輝は「ありがと~」と言いながら、ごくごくとお茶を飲み干していく。ほとんどカラになったガラスコップが、窓から差し込む太陽の光を受けてキラキラと輝いているのが目に入る。
「で、菜乃花とはいつ会うの?」
……危ない、飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになった。
突然彼女の名前が口に出るなんて、流石に予想外だ。私は輝に、彼女と相棒契約を結んだことは話していたけれど、彼女に関する具体的な話題が出るのは初めてだ。
みんなと居る時ならともかく、1対1の状況なら尚更だ。
私は平然を装い、軽く咳払いをしてから口を開く。
「向こうの予定が空いてる日」
「決まってなかった?」
「だって、メッセージが来てな……あれ」
来てない、とそう言いかけた瞬間、スマホの画面にメッセージ通知がピョコっと表示された。2人で画面を覗き込むと、そこに映し出されていたのは、〝なのか〟から届いたメッセージ……つまり、この相手は春風だ。
画面を開くと、彼女の明るい言葉が目に飛び込んできた。「8月中ならいつでも空いてるよ!!毎日でも行ける~!!!」と、送られている。
暇な日を教えてとは言ったものの、いくら何でもそれはアバウトすぎるだろう。
「良かったね!毎日会えるよ?」
「そんなに会うわけ無いでしょ……」
私がため息を着くと、彼はコップに反射してキラキラと輝く光を見つめる。
「いいじゃん。俺は菜乃花と咲来が相棒になって嬉しいよ?」
「それは……」
きっと、彼の言葉は本当だ。本当に、嬉しがっている。
だから何だか、私は何にも言い返せなくなってしまった。
「俺はさ、咲来が何をしてもどこに居ても、一生味方だから……何してたって別にいいんだ」
「……大袈裟」
「あはは、でも本当だから」
そう言うと、彼はコップに向けていた視線を私の顔に向け直した。私とまったくそっくりな顔立ちでありながら、全然似ていないニコニコの表情が、彼の心の底からの思いを物語っている。
「もし咲来が世界中の人が否定されても、俺はいつも後ろに立って、咲来を肯定し続けると思うんだ」
太陽がゆっくりと沈みかけ、私たちの周りはオレンジ色の光に包まれていく。まるで、私と輝の瞳の色が混ざり合ったかのように、柔らかくて温かい色。
私は彼の言葉に対して、心の中で何かが揺れ動くのを感じながらも、「そう」……なんて言う素っ気ない返事しかできなかった。
それ以外になんて言ったらいいか分からず、ただその場の静けさに身を任せるしかなかったのだ。
ただ一つだけ、確かな思いがあった。
それは、もし私たちが反対の立場だとしたら、私もきっと輝と同じ言葉を言うだろうということ。
こんな内容で同じ思考をしているなんて、私たちにしては珍しく双子らしいかもしれない。
外から入る柔らかな光が壁を暖かく染め上げる。宿題に追われていた時とは違って、なんだか時間がゆっくりと流れていく様な気がした。
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