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三章 魔法学園 一年生
✤ 第19話:完璧なお嬢様
しおりを挟む私から見た花柳咲来は、完璧という文字をそのまま人間にしたような存在だ。
半袖を着ても良くなったと言うのに、こうして今も首元のボタンを1番上まで閉じ、リボンもきっちり綺麗に結ばれている。
品行方正みたいな言葉がピッタリで、勉強も怠らずに成績は常に一位。
礼儀正しい言葉使いで誰に対しても常に敬語。自分の実家は魔法使いでのトップの家門のお嬢様。
ごく普通の家庭で魔法のない世界に生まれて、ボタンも開けてリボンも緩く、ピアスまで空いてる私が隣に立つと……本当にその差にびっくりしてしまう。
私たちはその見た目も佇まいも、お互いに貼られた立場と同じで全部が真逆みたいなものだ。
一応言っておくと、私がピアスをしてるのは、入学前から宝石を身につけて多すぎる魔力を抑える……と言う目的がちゃんとあった訳なので、決して若気の至りとかそういう奴ではない。
それを今も付けてるだけなので、オシャレ目的でもヤンキーになりたいとかでも全然ない。
当時はちょっとオシャレなピアスをテレビで見てワクワクした事はあるけど、基本的にこのルビーのピアスをつけたままで他のは使っていないのだ。
しかし、彼女にはそんなピアスの穴もある訳がなく……まあつまり、私からするとこの人は本当に、ドラマとかでよく見る〝優等生なお嬢様〟ってやつなのだ。
元々通っていた小学校にはそんな感じの人は居なかったから、私はこの学園に来てからお嬢様と言うやつに初めて出会った。
一応他にもお嬢様とかお坊ちゃんみたいな立場の人達は居る。それこそ彼女の幼馴染は皆そんな感じだけど、別に私と同じ感じの振る舞いだ。
だから典型的でわかりやすい彼女の振る舞いを見ているのは、ちょっと面白い。
まぁそんなお嬢様も、私を目の前にすると
「ちょっと、もしかしてまたこの授業寝てた?まだ小学生だからって適当にしてると、中学高校に上がった時に痛い目見る事になるよ」
こーんな正論パンチをかます、鬼教官になるんですけど。
「待って待って花柳先生!いい?あのね、プールの後の国語の授業って、本当に眠くなるものなんだよ?君の双子だって、それはもうスヤスヤと眠ってたんだから!」
この国語のテストは、プールの次の授業だった。
♡クラスの時間割を設定した人は鬼畜だと思う。ただの体育でも眠くなるのに、プールの後なんて……こんなのはもう「寝てください」と言われているようなものだ。
「それは私じゃないし……それに、輝は例え寝ていても、こんな点数にはならないから、まだ良い」
「理不尽だよ、そんなのー!!!」
「じゃあ寝てても良い点数を取ってみなよ。勉強を教えてって言ったのはそっちなんだから、やるならちゃんと完璧にしないと」
そう、私はまた両親にこの前のようなことを言われたのだ。前回は算数で、今回は国語。
前回は彼女の指導のおかげかその成果が実を結び、割と高得点を取れた。なので今回も彼女に先生をお願いしたのだ。
しかし、この人算数の時は結構教え方が優しいんだな~とか思っていたら、今回はなんだか急にスパルタなのだ……いや、前もスパルタだったかもしれない。でも優しい瞬間もあったのだ!
普段もそうだけど、なんと言うか……そう、ジェットコースターのような感じだ。もしくはアメとムチってやつ?
それが意図的なのか無意識なのかは、私には分からない。
まぁそれくらい完璧な状態である自分を望んでるって事だと思うけど……
「ねぇ。君って、どうしてそんなに完璧が好きなの?」
私は、何となく心に引っかかっていた疑問を口に出した。
彼女は出会った頃から学びに対する執念が強い。
他人がどう思っているかは知らないが、私からするとまるで何かに脅されているかのような熱量で、常に完璧を追い求めているように見えるのだ。
突然投げかけた私の問いに、彼女は少し考えてから口を開いた。
「別に好きってわけじゃないけど……私は今の花柳家に生まれるはずがない存在だから、魔法の才能以外では家族に迷惑をかけたくないだけ」
「あぁ~……」
その言葉を聞いた瞬間、妙に納得してしまった。
魔法使いの適性魔力は、両親の影響を強く受けるものらしい。だから、千鶴のように、両親ともに魔法使いでない家庭から生まれる魔法使いは、実は珍しい存在なのだ。
私自身も、魔法使いの家系ではないのに光魔法を扱える才能を持って生まれているから、なおさらレアだと思う。
もしゲームのキャラクターだったら、きっと一番レアな称号を与えられているだろう。
そんな中で、彼女も私と同じくらい……いや、もしかしたらそれ以上にレアな存在ということになる。
しかし、彼女は由緒正しい昔から続く家門の人間だ。家族が許しても、周りがどう思っているのか分からないのだろう。
ドラマや物語で見た様な知識しかないが、多分大人の世界は複雑で、私が想像する何十倍も難しい世界だ。
私にはその全貌がよく分からないけれど、きっと花柳はそういったことも、私より沢山知っている。
彼女はそんな重圧の中で生活してたんだ。私が出会う前からずっと。
「なるほどね、だからそんなに完璧になりたいのか」
「なりたいと言うか……そうじゃないとダメだと私が自分自身に思ってると言うか……」
「花柳、優等生でお嬢様なのに変な所でめっちゃ変だしアホになるもんね!」
「喧嘩売られてる?」
でも、それだけでこんなに熱心になれるものだろうか。
彼女は普通の勉強以上に、〝魔法〟の事をたくさん調べている。私のように「自分を知りたい」という理由があるわけでもなさそうなのに。
でもきっと……今それを聞いたところで、この相棒は適当にはぐらかしてしまうんだろうな。
だから聞きたくても聞けない。きっと彼女の中に「話さない」という強いきもちがあるから、言わないんだ。
彼女の部屋に泊まった次の朝、洗面所で話した時みたいに。
*
「花柳先生~!もう疲れたから、魔法の練習しようよ~」
「えぇ……そっちの方が疲れない?」
「魔法は楽しいから大丈夫!日本語を読むのは苦痛だったから!」
「それは日本人としてどうなの?」
あはは、と私は笑いながら言うと、彼女は「仕方ないな……」と呟きながら教科書を閉じ、魔法の本を開き始めた。
私たちは色々な魔法を試しているけれど、今のところ新しい学びはほとんど得られていない。
分かっているのは、闇魔法を私は使えて、彼女も光魔法を使えるというだけだ。
光の魔法と言えば、代表は治癒魔法らしいけど……
「そういえば私、治癒魔法やったことがないや」
「あぁ、そっか……じゃあやってみる?」
「いいの?」
「うん。光の代表的な魔法だし、慣れておいた方が後々楽になるんじゃない?」
彼女がペラペラと本をめくり、やがてその指が止まる。その本は、私が彼女と森で出会ったときに使っていたもので……そしてこの魔法は、私が初めて見た魔法だ。
その時の思い出が、ふっと蘇る。
あの淡黄色の美しい煌めき……花柳が自然を祝福しているみたいな、素敵な魔法。思い出すだけで朗らかな気持ちになる。
「治癒魔法っていうのは、人や植物、つまり生命が宿っているものに使えるんだけど……自分自身には使えないの」
「えっ、そうなの?!」
その瞬間、私は衝撃を受けた。
てっきり、ゲームのキャラクターのように、自分を含めて回復することができるものだと思っていたのに。私の思い描いていた治癒魔法のイメージが、一瞬にして崩れ去ってしまった。
「な、なんで無理なの!?」
そう私が聞くと、彼女は少し考えてから口を開いた。
「魔法は他者を守る力だから、自分自身を癒すことはできない……っていう説が有力みたい。多分魔法の起源が誰かを守るための力と言われているのと、同じ感じなんだと思うけど」
「はぇ~……」
確かに魔法が誰かを守る力であるなら、自分を癒せないというのも納得できる。
しかし、誰かを守ることが大切であるのは理解できるけれど、まず何よりも守るべき対象は自分自身ではないのだろうか。
誰かのために力を尽くすことは素晴らしいけれど、自分を犠牲にしてしまうような魔法の在り方には、どこか疑問を感じてしまう。
「自分のことも癒せたらいいのにねー」
「まあ、それはそういう仕様だと思って納得しないと仕方ないよ……魔法研究者が、そのうち解明してくれるんじゃない?」
「そーいうもんかぁ」
いくら自分のことを癒せない理屈を理解しようと頭を巡らせても、化学で証明することすらできないこの魔法の力を、今の私が理解することは不可能だ。
何年も付き合っている大人の研究者も分からないのに、私がわかるわけが無い。
だからこそ、私はまずこの力にしっかりと慣れていく必要がある。焦らずじっくりと向き合うことが、魔法の理解する第一歩なんだ!
私はその本に視線を戻し、書かれている文字を一つ一つ丁寧に読み進めた。
「え~……光の治癒魔法は、その対象の状態を回復させる効果があるが、重篤な状態を回復することは極めて難しい。その能力は使用者によって変わる……何となく他の魔法と同じ感じだね」
「魔法って、使う人によって強さが変わるから……大体そんなもんだよ」
前に花柳に聞いた話によると、魔法の性質と言うのは、使用者の資質や経験に大きく依存するらしい。
努力でどうにかなる部分もあるけれど、大抵は生まれ持った才能によって決まるのだ。
それを思うと、私と花柳は恵まれた存在なのかもしれない。私たちは魔力が強いからこそ、二種類の魔法を使いこなすことができる。
光と闇の魔法使いというのは、それだけで魔法の才能がめちゃめちゃある存在というわけだ。
「ここには枯れてる植物もないし、とりあえず私にやってみてよ」
「わ、わかった!やってみる!!」
今までの練習とはまったく異なる緊張感が、私の心を包んでいた。人に魔法をかけるのはこれが初めて。
私はゆっくりと深呼吸をし、ドキドキと鳴り響く心臓の音を落ち着けた。
「〝光の治癒〟」
その言葉を唱えた瞬間、私の周囲に光が広がった。しかし、以前見た光とはまるで異なり、視界をピカピカとした輝きが包み込んだのだ。
花柳の治癒魔法は美しく煌めいていたけれど、今私が放った治癒魔法は、どこか眩しさを感じさせる鋭い光だった。
まるで目に刺さるような感覚が、私の心の中で不安を呼び起こす。
「花柳……どう……?」
私が不安になりながら問いかけると、彼女は眉間に皺を寄せ、何とも言えない困惑の表情を浮かべていた。その姿を見ると、私の胸はざわつく。
「何か……春風の治癒魔法、痛い」
「えっ、ごめん!大丈夫!?ていうか何で!?」
その言葉が耳に入ると、私は慌てて魔法を中断させた。
しかし、彼女はうーんと考え込んでいる様子で、何がどう痛いのかも全然分からない。彼女を傷つけるつもりなんて微塵もなかったのに、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになっていく。
「……ねぇ、ちょっともう一回やってみてよ」
「えぇ、やだよ!痛いんでしょ!?」
「平気だから大丈夫。良いからほら、早く……」
彼女はそう言いながら、私の右手に握られた杖を無理やり掴み上げる。あぁもう全く、このお嬢様は変なところで強引で、それでいて適当だ。
彼女はこうなってしまうと、きっと意地でも私に魔法を使わせる。流石、魔法に関しての行動は全てタカが外れる変人。
私は森で初めて話したあの日の強引さを、何となく思い出してしまった。
本当にやりたくない気持ちが募るが、私はもう一度彼女のために光の治癒魔法を施すことにした。心の中で躊躇いながらも、杖を振り上げ呪文を唱える。
しかし、やはり視界に広がるのは眩しい光。先程と何も変わっていない。つまり彼女は今痛い状態なはず。
私は、一刻も早くこの瞬間が終わることを願った。お願いだから、もう大丈夫だと言ってほしい。心の中で叫びながら、私はその瞬間が来るのをただ待っていた。
うーんと唸っていた彼女は、突然「もう大丈夫」と言い放った。その瞬間、私は即座に治癒魔法を終わらせた。周囲には淡黄色の輝きがピカピカと浮遊し、私たちを包み込んでいる。
「ねぇ……本当に大丈夫?」
「大丈夫。でも今は、他の人にはやらない方が良いかもね」
「やっぱり痛いんだ!?ごめんね……」
「それは大丈夫だから気にしないで、私は平気なの」
「絶対私を誤魔化すための嘘でしょ!?」
「嘘じゃないから!それより春風の治癒魔法のことなんだけど……」
あぁ……やっぱり痛みは感じてしまうんだ。
私の中では「それより」で片付けられることではないのに、彼女の耳にはおそらくこの言葉はもう入らないだろう。
……この魔法バカめ。
「ちょっと、光と闇の魔法どっちも出してみてよ。私も出すから」
「え?うん……」
そう言われて、私は「〝光よ出てこい〟〝闇よ出てこい〟」と唱えた。
この呪文を唱えると、ただその魔力だけがふよふよと出てくるだけで、それ以外は何も起こらない。
私が頭にはてなマークを浮かべていると、彼女も私と同じ呪文を唱えてその魔力をじーっと見つめ始めた。
「お~い、花柳さ~ん?」
「……」
だめだ、私の声が本気で耳に入っていない。うーんと唸りながら何かを考え込んでいる。
一体何なのか……と暫くしていると、彼女は突然口を開いた。
「ねぇ……私が出したどっちの魔法より、春風の方がすごく光が強いと思わない?」
「あ、やっぱりそうなの!?さっきも思って……って、なんで触ってるのさ君は」
「……これ、私のは触っても痛くないけど、春風のは触るとちょっとピリってするの。何か、冬の静電気みたいに」
「え?」
その言葉を聞いて、私もその光に手を伸ばした。すると、確かに指先に静電気のようなピリピリとした刺激が広がって行ったのだ。
「何でこうなるのかは分からないけど……春風の魔法はそういう性質があるから、治癒魔法も痛みが生じるんじゃないかな……」
「そ、そっか……うぅ、でもそんなの治癒魔法じゃなくて、攻撃してるみたいなもんじゃ~ん……」
誰かを癒すはずの魔法が、まるで攻撃のように感じられるなんて……本当に皮肉な話だ。
私は、〝聖女様〟という肩書きは好きではない。でも、光の魔法使いと言うの事実を嫌いなわけじゃない。
だから、本来得意なハズの治癒魔法が使えないのは、私にとってはすっごく悔しい事なのだ。
それにこれは、花柳は私を癒す事が出来るのに、私は彼女を癒すことが出来ない、という事なのだ。
「はぁ、最悪だあ……」
思わず漏らしたため息が、空気の中に消えていく。
自分の無力さに対する苛立ちが、心の奥底でじわじわと膨れ上がり、私は何とも言えない気持ちに包まれていた。
「魔法には向き不向きがあるから、そんなに気を落とさないでよ」
「うん……」
「えーと……ほら、そのピリピリを弱く出来れば、電気治療的な癒しの効果を出せるかもしれないし」
「そんな電流パットみたいな使い方するの嫌だよ!?」
思わず声を上げてしまった。私は癒しを使いたいのであって電気治療をしたい訳では無いんだから。
とは言え、こうして慰めてくれるのはすごくありがたい。
私が魔法を一発で使えるのはすごい事だと教えてもらった。でも、彼女魔法はなんと言うか、本当に完璧だ。それにすごく心地がいい。
勉強も魔法も何もかもが完璧で、どこを見てもまるで隙がない。彼女を見ていると、最早この人に弱点なんて無いんじゃないかと思ってしまう。
「それに春風は、まだ魔法に触れて少ししか経ってないんだし、段々慣れたら出来るようになるんじゃない?」
「魔法って、そういうもんなの?」
彼女が言うことは、きっと正しいのだろう。
だから私は、こうなってしまう理由も何も、あまり気にしないことにした。だって使えないものは使えないし、考えてたって何も出来ないんだから、仕方がない。
そもそもそうやって、グルグル~っと難しい事を考えるのは苦手だ。直感した事を直球でそのままぶつけるほうが、性に合っている。
「むしろ最初から使えまくっているいつもの春風の方が異常なの」
「うーん、そうかぁ……」
その言葉には説得力があった。
確かに、魔法を一発で成功する事ができる魔法使いは多くないらしいから、私だってこれから練習すれば、精度が良くなるのかも。
そう思うと、少しだけ気持ちが楽になった。
ただ、私と真逆で考えたがりな彼女は、そんな話をした後でもずっと、私たちの周囲に漂う淡い光をまじまじと見つめていた。その視線の先では私たちの魔力が無邪気に揺れ動き、まるで彼女の思考を反映するかのようにキラキラと輝いている。
彼女の魔法への探究心は尽きることが無い。
でもその熱意が何から生まれてるのか、結局私にはわからないままだ。
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