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三章 魔法学園 一年生
✤ 第13話:友達
しおりを挟む授業が全て終わり、放課後を告げるチャイムが響く。
その瞬間、私は一つに結んだ髪を揺らしながら、皆が歩き帰る廊下を、まるで今から授業に行く学生かの様に駆け出した。
あぁ……それにしても、ブレザーを着たままで走るのは少し動きづらい。でも、今の私にそんなことを気にしている余裕はなかった。
もし誰かに学校を休んだ理由を聞かれたら、体調不良が治ったと答えればいい。どうして休んだのに学校にいるのかと問われたら……うん、それはその時に考えよう!!なるようになる!!!
しかし、今の私に話しかける人は、誰一人としていないだろう。話しかける隙もないほど、私は走り続けていたのだから。
とにかく、走って、走って、走りまくって、彼女を探していた。ネイビーカラーの髪をした、あの女の子を。
クラスに行っても彼女はもう居なくて、図書館に行っても影も形も見当たらなかった。一体どこにいるのか……体育館?他学年?探しても探しても見つからない。
私はとうとう、途方に暮れてしまった。
「わーーん!一体何処にいるの~!」
その声が廊下に響き渡る。周囲の静けさに包まれた中で、私の心の叫びだけが虚しく響いた。
どこかに、彼女はいるはずなのに……。
「…………へこたれている暇はない、よしっ!!」
私はばちんと自分の頬を叩いた。そうだ、こんなところでへこたれている場合ではない。
気持ちを引き締め、誰もいない廊下でしゃがんでいた自分の体をすぐに立ち上がらせる。
しかしその瞬間、視界の端にネイビーカラーの髪が見えた。あれは、四つ葉のクローバーが付いた髪ゴムで2つに縛られたあの髪の毛は、絶対に彼女だ!
彼女は曲がり角から姿を現し、すぐにまた見えないところへ歩いて行こうとしている。
ダメだ、このままじゃ見失ってしまう……。
「四葉さん!!!」
思わず叫び声を上げた。声が廊下に響き渡り、私の気持ちが彼女に届くことを願う。
その声が彼女に届いていると信じて、振り向いたか?とかそんなのを確認をする前に、全速力で彼女の後を追った。
「は、春風さん!?どうして学校に……」
彼女の声には驚きが混じっていた。それはそうだ。昨日LINEで学校を休むと伝えていたのだから、ここに居るのは疑問だろう。
でもその質問に答える余裕は、今の私には無いのだ。
少し申し訳なさそうに顔を逸らすその姿を見て、私は昨日の出来事を思い出す。
きっとあの時、彼女は何かを言おうとしていた。
言い淀む彼女の言葉を私は恐れ、その先を聞くことができずに突き放して、逃げ出してしまった。本当に……なんて酷いことをしたのだろう。
私は深呼吸をし、心を落ち着けてから口を開いた。
「昨日は……本当にごめんなさい!」
私が頭を下げると、彼女は手を差し伸べながら「春風さん!?気にしてないから、顔を上げて」と優しく言ってくれた。しかし、そんな言葉に従う訳にはいかない。
私には、伝えなければならないことがあるのだから。
「私……私は、四葉さんの本音を聞きたくて、でも……それで、もし『聖女の貴女しか求めていない』って言われたらどうしようって、怖くて……それで、逃げた。君の言葉を最後まで聞かずに」
そう告げて顔を上げると、彼女は驚いたような、何とも言えない表情を浮かべていた。その目は私を捉え、瞳の中に私の姿が映る。
そこに映っている顔には、いつもの笑顔は見当たらない。汗が止まらず、呼吸は乱れ、酷く切羽詰った表情をしている。
いつもの〝聖女様〟という善人の仮面は、彼女の前ではとっくに壊れていた。ずっと前から、そうだった。
私が、気付いてなかっただけで。
今は彼女を〝盲信者〟とも、自分を〝聖女様〟とも思ってはいない。私たちの間にそんな肩書きは必要ない。
ただの〝四葉千鶴〟と〝春風菜乃花〟として、互いに向き合っているのだ。
私は彼女の目をまっすぐに見つめながら、言葉を続けた。
「今度は、もう逃げない。だから、君が私に言いたかったこと……教えて欲しいんだ。私も、私が言いたかったことを、ちゃんと君に伝えたい!」
沈黙が続く。彼女の目は、何だか濁っているように見えて、見つめているのが不安で……とても怖い。
彼女が何を伝えたいのか、私が何を言われるのか、本当に全く分からない。
でも、もう逃げない。
だから私は、彼女からずっと目を逸らさなかった。
『貴女なら、きっと仲直り出来ます』
花柳のあの言葉を、ふと思い出した。
この言葉に、私は自然と勇気を貰っていたのだろう。
あの高台で感じた風は、今も私の背中を押してくれるように吹いている。まるで、この風は彼女の風魔法なのではないかと、勘違いしてしまいそうだ。
「私、春風さんに盲信者だと思われたくなかったの」
彼女は、ぼつりぽつりと話し始めた。
「家族のことは大好きだよ。歴史上の聖女様や聖君様も尊敬しているし、それは今も変わらない。闇魔法師が怖いのも本当……だけど……」
そう言って、彼女は私の手を優しく握った。その温もりが、私の心にじんわりと滲む。
「春風さんは、盲信者に困ってたでしょ。私は何だか……貴女のことを〝聖女様〟と言ったら、仲良くなれないかもって思っちゃったの。それに私は、聖女様を尊敬してはいるけど、神様みたいに崇めようなんて思ってなかったから……」
「……」
そんなことない、と否定することが出来ない。彼女の言っている事は本当だ。実際には私は今も盲信者のことで困っているのだから。
仮に「友達になろう!」と言われても、「君が求める聖女様には、私はなれない」と言って、突き放していたかもしれない。
そうは伝えなくとも、きっと無意識のうちに……彼女との間に線を引いていただろう。
「昨日も、否定できなくて……だから、もう春風さんに嫌われると思って、それで何も言えなかった……ごめんね」
その言葉を聞いた瞬間、なんだか恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。
私は本当に自分勝手だ。ずっと、自分のことしか考えられていなかったのだ。彼女の気持ちを考えずに……それなのに彼女に頼っていた。
私は……「私を頼って!」なんて、一言も言ってなかった。
本当に、最低だ。
「……私も、君に聖女って思われたくなかったみたい。それがどうしてなのか自分でも全然分からなかったけど……やっと分かったんだ」
私は彼女が握ってくれた手を、ギュッと更に強く握った。
「聖女様である私しか求めていないんじゃないかって……怖かったんだ。私は君と、ずっと友達になりたかったから……!」
その瞬間、彼女の目が揺らりと揺れたのを感じた。彼女の心が私の言葉に反応しているのが分かる。
「君が盲信者とか私が聖女様だとか、全部どうでもいいの!ただ君と、心から笑えるような……そんな関係になりたい!!」
「ほ、ほんとに……?私のこと、嫌いになってないの?」
「なってないよ!ただ私が臆病者で、怖くなっちゃっただけ……だから、本当にごめんなさい。」
「そんな、私もずっと言わなかったし……」
そうして、じっと見つめ合っていた。
ふと、どちらからともなく笑いが込み上げてきて、思わず私たちは笑い始める。
その瞬間、私たちの間にあった緊張が一気に和らぎ、心の中に温かい光が満ちていくのを感じた。ずっと互いにあった壁は、全部崩れ落ちていた。
互いの心が通じ合い、今まで感じたことのない安堵感が広がっていく。
誰もいない廊下に響き渡る私たちの笑い声は、まるでその静けさを打ち破る祝福の音楽だ。
彼女の目がキラキラと輝き、私たちの笑顔が交わると、世界が一瞬だけ明るくなる。その目は、もう濁りを感じさせないほどの美しさで……あの高台で見た空みたいな澄んだ色をしていた。
彼女とはいつも笑い合っていたはずなのに、こんなに幸せな気持ちになったのは初めてな気がする。
「すごく今更になっちゃったけど、私と……友達になって貰えませんか……?」
思わずその言葉が口をついて出た。
あぁ、大変だ。私は友達になろうと、誰かに提案した経験がない。
今まで私がしたことがあるのは、「よろしくね!」という軽い挨拶か、「相棒になろう!」という提案くらいで…………ラインナップがおかしいけど、とにかくそういう経験がない。
だからこれが普通の事なのかも分からない。
どうしよう、不自然じゃないかな!?
そもそも友達になるって、こんな風に提案することなの!?
……なんて、心の中で考えがぐるぐると渦を巻き、焦りが広がっていく。
しかし、彼女はそんな私の心の葛藤を見抜くように、ふふっと笑って口を開いた。
「私もずっと友達になりたかった。改めて、これからよろしくね……菜乃花!」
彼女の言葉が、私の心に深く染み込んでいく。
なんだか、泣きそうで仕方がなかった。
君と、ずっとそんな風になりたかったから。
心から笑い合える友達に。
学園に入学する前から、無意識に憧れていた本当の友達。肩書きも立場もすべて関係なく、お互いを見つめ合える関係。
私の心の奥底で、ずっと、ずっと求めていた。
彼女となら、何をしても楽しめるだろうと思った。これからの学園生活がどれほど輝かしいものになるのか、想像するだけで心が躍る。
「うん!よろしくね、千鶴!」
嬉しさが溢れ出し、どうにかなってしまいそうだった。
まるで心の中に小さな花が咲き乱れるように、幸福感が私を包み込む。これまでの不安が一瞬で消え去り、彼女との新たな関係が私の未来を照らしている。
彼女との友情が、私にとってどれほど大切なものになるのか、今はまだ分からない。
でも、心の中に広がる幸福な気持ちを、今は確かに感じている。それが……そう思える事が、私はすごく嬉しいのだ。
花柳が居なかったら、絶対に分からなかった。花柳と幼馴染が話している姿を見たから、私もこんな風になりたいと思ったんだ。
一度は逃げてしまったけど、彼女とちゃんと向き合えて、本当に良かった。
今まで見ないようにしていた気持ちに、ちゃんと気付けてよかった。
この幸福な気持ちを、私は大切に抱きしめた。
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