魔法使いの相棒契約

たるとたたん

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三章 魔法学園 一年生

✤ 第12話:四つ葉のクローバー

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 ピピピッ、と朝の目覚ましが鳴り響く。
 自分の部屋とは違った音色は、まるで頭に刺さるようだ。夢の中から引きずり出される感覚に、思わず眉をひそめた。
 ベッドにかけられたカーテンの隙間からは、太陽の光が眩しく射し込んでいる。その光は、まるで私の眠りを妨げるかのように、無遠慮に私を照らしていた。


 寮の部屋は基本的に二人組だが、この学年のクラブクラスは事情が異なる。人数的に彼女たちだけが三人部屋になっているため、2段ベッドが二個置いてあり、一つだけ空いているスペースがあったのだ。

 私は稲山いなやまさんの下に空いていたスペースを、一日だけ使わせてもらっていた。


 しかし、この空間はやはり三人のものだ。
 私は同じ寮の違う部屋にすら入ったことがない。だから尚更、本来入れない別の寮に居るだけで部屋で、緊張感が倍増していた。

 普段なら、いつの間にやら慣れきったあの部屋で、何の抵抗感もなく目を覚ますことができる。しかし、今日はなかなかスパッと起き上がることができない。
 慣れない場所にくると、いつもすっきり目を覚ますことが出来ないのだ。


 こうしてベットに転がっていると、この布団でまどろむ時間が、まるで永遠のように感じられる。私の頭は、まだ夢の中の余韻に浸っているのだ。
 今は何も考えたくない、ただこのまま眠っていたいという気持ちが、頭を支配している。

 しかし、そんな思いもつかの間、カーテンの隙間から射し込む光が、私に現実を思い起こさせる。
 そんな光が目に射さり、私はようやく重い体を起こす決意を固めた。


 眠い目を擦りながらカーテンを開けると、向かいのベッドには誰も居なかった。そこは、花柳さんの空間だ。
 私より先に起きていたのだろうか。

 ベッドから降りて上を見上げると、どちらの方向もカーテンは閉まりきっている。耳を凝らしてみると、かすかに「んにゃむにゃ……」「うぅ……」と、二人が寝ぼけているような声が聞こえてきた。彼女たちの寝言に微笑ましさを感じて、思わず口元が緩む。

 まあ、起きられないのも当然だろう。何せ昨日、二人はだいぶ遅くまで起きていたのだから。
 私が半分眠りかけていた時ですら、彼女たちは私に質問攻めだった。


春風はるかぜさん、何色が好き?』
『洋服とか、どういうの着るのっ!?』
『あ、好きな食べ物とかある?』
『好きな教科は~っ?』
『『教えて~~っ』』


 キラキラと目を輝かせながら、二人は次々と問いかけてきた。私の答えをワクワクと待ちわびている。
 彼女たちの期待がこちらに向けられていて、その瞬間、私はまるで……そう、猫カフェでおやつを持ち、そこで猫たちに囲まれた……みたいな気分になっていたのだ。


『あ~、えぇっと~……』
『二人とも……いい加減にしてー!!』


 花柳はなやぎさんの助けもあって、なんとかその場を乗り切ることができた。彼女が二人を無理やり寝かしつけてくれたお陰で、その後無事に眠りに着けたのだから。




 そんな事を思い出していると、三人の机が目に入った。

 ここは皆の私物で部屋は彩られていて、私の部屋とは違った雰囲気がとても楽しい。三人部屋だからか、少し広く感じられ、机が3つ並んでいる光景も新鮮で面白いのだ。
 色とりどりの文房具やお気に入りの本が散らばり、まるで彼女たちの個性が息づいているみたいだ。

 私の部屋は……そう言えば、お互いに何かを置いてこんな風に彩ることは、していなかった。四葉よつばさんも、特に何かを置いている様子はなくて。

 この三人の空間を見たあとだと、なんだかあの場所が余計に寂しく思えてしまう。
 ただ静かで、物が少ない分、思い出のない空っぽな世界だ。


 ふと、三人の机を眺めていると、明らかに本や勉強道具で埋まっている机があった。これは……どう考えても花柳さんの机だろう。

 流石、成績一位の彼女らしいラインナップ。机の上には、教科書が整然と並べられ、その隣には色とりどりのペンやノートが散らばっている。


 この教科書なんて、本当に小学4年生のものなのか……いや、違う!これ5年生のやつだ!!
 やっぱり、奇行を繰り返すトンチキお嬢様じゃなくて、ちゃんと頭がいいんだ!!!!

 ……いや、頭がいいと言うよりは、努力の結晶……と言う方が、彼女には適しているのかもしれない。


 裏面で置かれたその教科書をよく見ると、端の方に「花柳 蒼空そら」と書かれている。
 輝が前に話していた、確か二歳年上のお兄さん……だっただろうか。私には姉しか居ないから、兄がいるというのは少し羨ましく思える。

 それにしても、お兄さんのお下がり教科書まで勉強しているなんて……本当に、彼女の学びに対する熱量は、一体どこから来ているのだろう。
 お嬢様と言っても、他の二人や陽太もそんな様子はないし、同じ家庭で暮らしていた輝だって、こんなに勉強熱心という訳ではない。

 何だか彼女を見ていると、何かに追いかけられているような、焦っているような……そんな風に見えるのだ。まるで、何かに脅されているみたいに。

 ここまで学びに執念があるのは、ただ成績を上げるためだけではないのだろう。

 
 ボーッと教科書を眺めていると、後ろから物音がした。
 その方向は、洗面所。彼女花柳さんは、どうやら洗面所に居るようだ。

 私はその音がする方へと足を進める。部屋を歩くにつれ、耳に飛び込んでくるのは、ジャーっと言う水音だった。


「あ……」


 彼女は、洗面所で顔に水をつけていた。恐らく、顔を洗っていたのだろう。鏡に映る自分を、まるで暗示をかけるように静かに見つめている。

 顔を上げて鏡を見る彼女の表情は、初めて出会った駅で見たあの顔と、まったく同じだ。


『あっ、あの!学園で会ったら、君に話しかけてもいい?』  
『…………申し訳ないけれど、学園で私に話しかけるのは辞めてください』  
『え?どうして?』
『私と関わるという事が……貴女にとって、最大の不幸になるからですよ』


 あの時の、彼女の苦しそうな顔が脳裏をよぎる。
 君はあの時、私が聖女だって知っていたの?それとも、ただ人を遠ざけたかっただけ?

 だから、あんな事を言ったのだろうか……。


「早く見つけなくちゃ……」


 彼女がそう呟くと、顔に残った水滴がポタリと洗面台に落ちた。その瞬間、私はそれが、彼女の涙のように見えた。
 水滴が洗面台に触れる音は、まるで彼女の心の内を隠するように響いて、私の胸に重くのしかかる。

 君は、何を探しているの……? 

 出かかった言葉は胸の奥でつかえて、詰まって、音にはならなかった。
 彼女の中に、何か大きな何かが隠れているような気がして……でもそれは、私が触れてはいけない領域に思えて仕方がなかった。


 彼女はまるで……本で読んだ、深い海の底に沈む宝物みたいだ。

 そこには、きっと何かが眠っている。でもその宝物に触る事が、私には出来ない。絵本の中の主人公みたいには行けないのだ。
 だから、ただその場に立ち尽くすしか出来なくて。

 触れられないから、その宝物に眠る感情がどんなものか……苦しいとか悲しいとか、楽しいとか、嬉しいとか……それすらも、何にも分からないんだ。

 私は、いつもそうやって逃げてきたから。


「……あ、春風さん。おはようございます」  
「ぅぉおおはよう花柳さんっ!!」


 彼女がこちらに振り向くと、いつものポーカーフェイスに顔が戻っていた。
 慌てて出したせいで声がひっくり返ってしまったが、恥ずかしいと感じる前に、彼女が静かに声を放つ。


「どうしたんですか、あまり眠れませんでしたか?昨日も二人があんな調子でしたもんね……すみません、二人は気分が高まるとあぁなってしまうんです」  
「いや違うよ!むしろ沢山眠れて、元気もりもり!」


 私がそう伝えると、彼女はホッと息をつく。心配……してくれていたのだろうか。
 その瞬間、彼女の優しさが心にじんわりと響く。


「それなら良かったです……さぁ、今日は決戦の日ですからね。目が覚めたなら早速準備しましょうか」  
「け、決戦?」


 彼女の言葉に、心臓がドキリと跳ねる。決戦……なんて、一体何をしようとしているのだろう……やっぱり少し不安だ。


「当たり前です。貴女達の喧嘩は、今日で決着を付けるんですから」  
「きょ、今日!?いや、まだ早いって、心の準備が……」  
「……そう言う不本意な喧嘩は、長引かせない方がいいですよ。きっと、酷く後悔しますから」


 彼女の言葉には、どこか重みがあった。まるで、彼女自身が四葉さんと喧嘩したみたいな言い方だ。

 彼女は、どうしてここまで助けてくれるのだろうか。心の奥底で渦巻く疑問が、私の思考を侵していく。

 私は、彼女が最も遠ざけたかった相手で、相棒契約を結んだとは言え、表向きには関わらないとまで言われた存在で……私にとって天敵と言われるように、彼女からしても私は天敵なハズ。


 それなのに、どうして?


「貴女なら、きっと仲直り出来ます」


 彼女の声が、私の思考を現実に引き戻す。

 その冷静な表情には、どこか私を気遣うような優しさが滲んでいる様に見えた。それが彼女の本心なのか、それとも相棒としての義務感から来ているのか……それは分からない。


「ねぇ、花柳さん。どうして、君は私を助けてくれるの?」


 思わず言葉が口をついて出る。その問いに、彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。


「…………貴女が、私の相棒だからですよ」


 私は、彼女の真剣な眼差しを前にして、その考えをただ胸の中に封じ込めるしかなかった。











咲来さくらっ!今度は絶対連れてってよ~!?」  
「はい……」  
「ちゃんと約束覚えててね、春風さん♪」  
「りょ、了解でございます!!」

 二人にそう言われながら、彼女が私と自分に〝目眩まし〟の魔法をかけた。


「わお~、流石闇魔法師だっ!本当に何にも見えない!」
「咲来って私達の前で滅多に魔法使わないもんね~?」
「ね!すごいなぁ、カッコイイなぁ~っ!」


 私が闇魔法を使える事を知ってるのは彼女花柳さんだけ。
 だから私は今回は何もしていない。

 私達は、制服を着て部屋を出る二人の後ろを着いていく。しかし、私たちが着ているのは制服ではない。

 二人が寮を出るのと同時に、私たちも寮の外へ出ることが出来た。そのままゆっくりと、人の居ない方へ歩いていく。


「よし、では行きましょうか」  
「……所で、何でこんな服装なの?」


 そう、私たちが着ているのは男子用の洋服だ。普段の私たちの姿とはまるで異なり、しかしそんな服装も似合っているのが、何とも不思議なところだ。
 
 私は長い髪の毛を帽子にしまい、彼女は髪の毛を上の方で縛っていた。彼女に借りたリュックの中にはスマホと制服が入れられている。

 しかも目の色もカラーコンタクトで変えられているし、前髪の分け目だって変えたりしている。

 つまり、パッと見別人なのである。
 

「花柳は一応、容姿含めて有名です。この髪色や目の色で私だとバレやすいんですよ。それに貴女も〝聖女様〟なんだから、もう私以上に有名人なんですよ?」  
「あぁ……まあそれはそうだけど」


 彼女の言う通り、私たちは目立つ。周囲の視線が常に向けられる存在……しかも対立的な立場だ。
 そのまま二人でホイホイ出歩いていたら、あまりにも注目の的過ぎるだろう。


「とにかくっ、モタモタしてる暇はありません!ほら行きますよ!」  
「行くってどこに?!」


 私の問いに、彼女は少し悪い笑みを浮かべて、私の腕を引きながら答えた。


「決まってるじゃないですか、魔法使い御用達の絶品パン屋……〝YOTSUBAPANよつばパン〟に行くんですよ」


〝YOTSUBAPAN〟……つまり四葉さんの祖父母が営むお店。

 その名前を耳にした瞬間、彼女が昨日、私に言った言葉が、まるで目の前で浮かび上がるように思い出される。「身近な存在から話を聞くのが一番です」と言っていた、あの言葉……。

 
「つまり、そこで四葉さんのお話を聞こうって事?」


 思わず考えを口に出すと、彼女は振り返り頷いた。  


「そうです。あそこの店主さんはとても話好きな人ですから。それとなく聞いてみたら、何かヒントが得られるかもしれませんよ」











 駅に着くと、懐かしいパンの香りが広がっていて、私は思わず立ち止まる。
 嗅いだ瞬間、入学式の日に食べたパンの味が鮮明に蘇り、口の中にじわりと唾液が広がる。温かく、甘い香りが、まるで私をその瞬間へと引き戻すみたいだ。

 しかし、幸せな思い出に浸っている暇もなく、私は大変な事を思い出した。  


「あっ、やばい」  
「なんですか、忘れ物?」  
「私、あの人とこの前喋ったから、声でバレるかも……」


 そう言うと彼女の表情が一瞬驚きに変わった。
 彼女に会ったのはココでパンを食べた後だ。だから店員さんと会話した事を知らないのだろう。


「あー……演技とかはどうですか?」  
「小学校の行事、大根過ぎて動物役しかしてなかった……」


 沈黙が広がる中、彼女はすっと声を上げる。


「……分かりました。では私が今から盲信者を演じるので、貴女は軽く合わせて下さい。」  
「えっ、そんな事出来るの!?」  
「多分……昔、幼馴染に〝本気のおままごと〟に何回も付き合わされたことがあるので、少しは出来るかと」
「わぁ、何それすっごく大変そう」
「是非貴女にも体験して欲しいですね~」
「とてもご遠慮しますっ!!!」


 あの子たちに鍛えられたのか……なんか、想像しただけでちょっと気の毒に思えてしまう。

 しかし、そんなことを気にしている暇はない。私達は、急いでそのパン屋さんへと足を運んだ。

 香りが強く立ち込める道を進むと、店の前にはまだ人が少ない。まだ開店したばかりで時間も早く、駅にも人が少ないのだろう。
 私は心を落ち着けながら、彼女の後に続いて歩く。


「大丈夫、私が何とかしますから」


 彼女が耳元で小さく囁く。
 私は彼女の言葉を信じ、心の奥で高鳴る不安を抑え込む。
 ドキドキする胸の鼓動を感じながら、ついにパン屋のショーケースの目の前に立った。


「あら、こんな時間に珍しいお客さんだ。朝ご飯のお使いかい?」  


 パン屋の女性……もとい、四葉さんのお祖母様は、私たちに優しく微笑む。その表情は、あの日見た顔と同じ優しい笑顔だった。

 しかし、私の頭はすぐに驚きでいっぱいになる。目の前から飛び出す声に、思わず「え」と声を出して固まってしまったのだ。


「うん!僕たちお母さんにおつかい頼まれたんだ!ここのパン屋さんはイチオシだって聞いたから……そうだ!オススメを買ってきてって言われたんだった~!」  


 彼女は、その場にぴったりと収まる子供のような声色で答える。無邪気さと元気さが溢れ、まるで本当にそんな子どもが目の前に居るみたいだ。


「そうかいそうかい!うちのオススメは……コレだよ!」
「わぁ~、すっごく美味しそう!お母さんの言う通りだね!」


 え、えーっと…………この人、誰!?  

 待って、待って待って、私が思っていた何倍も演技が上手いぞこの人。
 なんだこれは……どんだけスパルタで演技指導されたらこんなに演技が上手くなるの!?一体どんなおままごとをしてた訳君達は!?

 多分~、とか謙遜してたのが意味わからないよ!!?


 驚きの余り顎が外れそうになっていると、急に彼女は振り向いてじーっと私を睨んできた。その視線は鋭く、何をぼーっとしているんだ、と言いたげな表情だ。

 私は目をぱちくりさせていると、彼女が小声で「合わせて下さいよ?」と囁いてきた。
 その瞬間、私は心の中で一瞬バタバタと動揺しながらも、彼女の言葉に従うしかないと、頭を縦にブンブンと振って、慌てて口を開く。


「えっと……ソウなんダー、お母サン、スゴくオイシイって言ってテ~ェ~ッッいったぁ!」  
「あら、どうしたんだい?!」
「気にしないで!彼、どうやら舌を噛んじゃったみたいなんだ!」


 お祖母様は「そうかい?」と言って、私たちのためにパンを袋に詰め始めた。その動作はとても手際が良く、熟練の技を感じさせる。

 私は彼女につねられた手を擦りながら、彼女に小声で呟いた。  

「うぅ……何するの~……」
「……すみません、あまりにも嘘くさくて、バレると思って焦りました」  
「酷いな!だから大根なんだってば!」  
「いや、ここまでとは思ってなくて……」  


 彼女は少し申し訳なさそうにしているが、それにしても普通に痛い。思わずやり返したくなってしまったじゃないか。
 しかし協力してくれている手前、彼女にそんな文句を言う訳にも行かなかった。


「でも無言って不自然だよね……?」  
「うーん……じゃあジェスチャーで表現してみて下さい」


 彼女がそう言うと、お祖母様は私たちに温かいパンを渡してくれる。その香ばしい匂いを嗅いでいると、
 今すぐ食べたくなってしまう……が、我慢だ。何せ朝ごはんがまだなもので、今すごくお腹が空いているのだ。
 私は心の中で「もう少しだけ耐えて!」と自分に言い聞かせる。

 そうしている間に、彼女はお祖母様に金額を渡して、遂に本題を話し始めた。  


「ねぇねぇ、僕聖女様と聖君様の事が大好きなんだ!お母さんが、ここのお家も一緒だよ~って言ってたんだけど、本当?」

 その言葉に、お祖母様は少し難しい顔をして話し始める。  

「……そうだねぇ、私達は普通なんだけど、息子夫婦は大好きなんだよ」  
「えーっ!じゃあその人たちの子どもは?!僕、仲良くなりたい!」  
「うーん……」


 彼女がそう言うと、少し唸りながら考え込んでいる。やはり、何かあるんだろうか……。


「息子は聖女様や聖君様が大好きだけど、君と同じ位の娘はそうでも無いんだ」  
「そうなの?」  
「あぁ。この前も相談されたよ、その事で悩んでるってね」


 私はその言葉を聞いて驚いた。だって、四葉さんはそんな事一言も言ってなかったからだ。
 彼女はただ、あの時に自分のことを盲信者だと言っていただけで、その裏にある複雑な感情を何も語っていなかった。


「じゃあ、今学園に居るって言われてる聖女様とも、仲良くないのかな……」  
「いや、あの子は良い子だからね、聖女様もきっと仲良しさ!」  
「そっか!それなら嬉しいね~!」


 お祖母様の言葉が、私の頭の中に深くこびりついて離れなかった。しかし、彼女に「行きますよ」と言われて、我に返る。
 私がお祖母様にお辞儀をすると「またおいで」と手を振ってくれて……。

 私達はパンを手に持って、そのまま歩く。
 でも、私の頭の中はずっと真っ白だ。


「どうです、ヒントはありましたか?」  
「……うん」


 私はそれ以外何も返せなかった。お祖母様の言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
 四葉さんのことや、彼女の家族のこと、そして彼女が抱えてた事……私の中で、言葉にはできないもどかしさが渦巻いている。
 ずっと、迷路の中に居るみたいな、そんな気分だ。

ぼんやりと歩いていると、突然彼女が私の手を掴んだ。  

「えっ、何?!」  
「貴女、あまりこの辺りを知らないでしょう?近くにいい景色があるんです。案内してあげますよ」


 そう言って彼女は、私の手を引き、どこかへと急かすように進んでいく。私はその勢いに圧倒されながらも、彼女の後についていった。




 しばらく歩くと、目の前に広がったのは、見た事も無い様な素晴らしい景色だった。  


「わぁ……すごい……」  


 そこは、少し高台になった場所で、視界を遮るものは何もなかった。
 和風建築の魔法駅が静かに佇み、目の前は魔法によって季節が過ぎても咲き誇る桜が優雅に揺れている。
 季節通りの花々は周りに彩りを添え、少し先には穏やかな海が広がり、晴れ渡る清々しい青空がその全貌を包み込んでいた。

 地元なんかじゃ見られない、本当に美しい光景。


「昔迷子になった時に見つけた場所で、今でもたまに来るんです。この場所を誰かに教えたのは、貴女が初めてなんですよ」  


 そう言いながら、彼女はハンカチを取り出し、地面に敷くと 「座ってください」と言って、その場所をポンポンと叩く。
 彼女の仕草は、何だか森で会ったあの日を思い出させるようだった。

 素直にそこに座ると、穏やかな風が吹き抜け、心地よい感触が肌を撫でる。周囲の静けさと美しさが、私のぐるぐるした感情をすっと正してくれるような気がした。


「気に入った?」


 彼女が私を見て、少しだけ微笑む。


「うん、すごく好き……」  
「それは良かったです」


 その言葉は自然にこぼれ出た。
 だって、本当に美しかったんだ。ため息が出るくらい。
 それに、この場所を知ってるのが私と彼女だけという事実が、何だか幸せだったのだ。


 私はそんな空気に促されるように、ポロポロと口から気持ちが溢れ出した。  


「昨日ね、四葉さんの言葉を最後まで聞けなかったんだ……何でか分からないけど、怖くて……」  
「怖くて?」  
「うん……それに、悩んでる事とかも……本当に、全部何も知らなかった……」


 彼女の優しい問いかけに、思わず昔のことを思い出していた。心の奥にしまい込んだ思い出が、静かに蘇ってくる。


「私さ、昔仲良い子がいて……ウチらは大親友だー!って言ってさ。いつも一緒に遊んでたんだ!」  
「……それは、輝と陽太みたいな関係って事ですね」  
「そうそう、あんな感じ」


 本当に、二人みたいだった。無邪気で、何もかもが楽しかった。最高の大親友……だったけど、


「でも、その子は私のことを大親友なんて、1ミリも思ってなかったんだ」  


 よくある話だ。
 その子は私が学年の人気者だから私と関わっていただけ。だから私と仲良くなって本質をしって行く内に、段々と私の性格が合わなくなったんだろう

 いつの間にか彼女の態度が攻撃的になり、ついには「私の理想の菜乃花じゃない!こんな菜乃花嫌い!」……なんて言われてしまった。

 そんな事で……って思うかもしれないけど、私にはその言葉が、心にトラウマを刻んでしまったんだ。

 私がその子に依存していたのが悪かった。
 大親友だと言われて、そんな友達は初めてだから、嬉しくて、舞い上がって……バッサリと切り捨てられて、胸がえぐれるような悲しみでいっぱいだった。


 学年で人気者の私なんて、そんなのみんなのイメージで作り上げられた、理想の〝善い人〟な私だろう。
 そう、今〝聖女様〟と言われているのと、何も変わらない。
 だってこんなの、同じようなものだろう。


 でも、もう誰にも嫌われたくなかった。あんな気持ち味わいたくなかった。

 だから、それからは誰とでも話すようにして、誰とも同じような態度で接することにした。全員平等に、広く浅く人と接するようになった。  
 ただ……それだけだ。


「……なるほど、貴女のアレはそこから来てたんですね」  
「アレって?」  
「他人がそれを知っているかは私は知りませんけど……貴女は他人と話している時、模範解答を貼り付けたみたいな顔をしてるんです」


 その言葉を聞いて、私は驚いた。まるで心の奥に隠していた秘密を暴かれたような気分だった。

 私はさっきみたいな演技は下手だけど、こういう演技は下手じゃない……むしろ上手い方だと思っていた。
 演技というよりは……環境によって人格を作っている方が近いのかもしれない。その環境に適した自分というか、仕事の時は凄くできる人だけど、プライベートはだらけまくり……みたいな。

 だから、彼女が私のことをそんな風に見ていたなんて、私は思わなかったのだ。


「今みたいな自然な表情の方が、貴女らしくて素敵ですよ。それに、四葉さんの前でも……そんな顔をしてましたから」  
「え……私が……?」  
「そうですよ。自分で気付かなかったんですか?」


 私、四葉さんの前でそんな顔になってた……?  

 同じ部屋で、同じクラスで、行先だって大体同じ。だからよく一緒に行動していた。
 周りには他の人が居る時もあった。でも、四葉さんはずっと一緒に居たんだ。

 でも、私はずっと四葉さんに対して深く踏み込む事が出来なかった。何を考えているのか、本当の気持ちは何なのか、そんな本音を聞くのは怖くて。
 いつも誰にも深入りしないようにしてた。だからいつもなら軽く流して、それで終われた。

 じゃあ、どうして四葉さんには同じように出来なかったの?


 暫く、黙ってしまった。
 考えて、考えて、考えて……そうしてふと、隣を見た。

 横で座る彼女花柳さんは、いつも通りの淡々とした表情で座っている。
 しかしその時、彼女が、幼馴染と居る時の事を、思い出した。

 いつもは見れないあの表情。友達の前だからさらけ出したんであろう素の態度。取り繕わない言葉遣い。


 それで……やっと分かった。




「そっか、私……四葉さんと友達になりたかったのか」  




 その瞬間、ぐるぐると巡っていた思考がさぁっと真っ直ぐになって行く様な気がした。

 そうだ、友達になりたかったんだ。上辺や嘘ではなく、本当の……輝と陽太みたいな、あんな関係に……。

 だから、嫌われるのが怖くて踏み込めなかったんだ。
 いざ踏み込んだ時、傷つくのが怖くて。
 今の関係さえも壊れたらと恐れて、四葉さんの言葉を最後まで聞けずに逃げ出してしまった。


 幼馴染と話す花柳さんの姿を間近で見て、私は……本当は、全てが羨ましくて堪らなかった。


 彼女の普段とは違う様子、幼なじみの二人と楽しそうに盛り上がる姿は、心の奥にある憧れを刺激した。

 三人の過ごす部屋は、まるで温かい陽射しが差し込むような心地よい空間だった。私も、こんな風に四葉さんと部屋を彩りたいと思った。

 彼女たちの笑い声が響き渡り、互いの思い出を語り合う姿は、私にとっての理想の風景だった。
 私も、四葉さんと一緒にそんな空間を作りたい。心から楽しんで、素直に笑い合える瞬間を分かち合いたいと思った。

 こうやって素で楽しくあの子と過ごすことができたら、どれほど素晴らしいだろうか、って……。
 ずっと、本当はずっと……そんなことを考えていたのだ。


 四葉さんの存在が近くにあるほど、私はその距離を縮めることができずにいた。

 彼女が私をどう思っているのか、私が彼女の心にどれだけ近づけるのか、そんな不安が私を縛りつけていたんだ。

 ただ〝聖女様〟の……理想の私だけを求めてるんじゃないか……ただの〝春風はるかぜ菜乃花なのか〟を知ったら離れちゃうんじゃないかって、そう思って。

 私の勇気が無くて、怖かっただけだ。
 心の中に抱える思いを押し込んで……ずっと気が付かない様にしていたんだ。この学園に来る前から、ずっと憧れていたものに。




 私は静かに立ち上がり、花柳さんの前に身を置いた。
 心臓が高鳴り、緊張で口の中が乾く。けれど、もう四葉さんから逃げない。
 だって、彼女花柳さんに誓ったのだ。
 自分の気持ちを大切にして生きると。


「ありがとう!私、もう一回ちゃんとお話して来るよ!!
「そうですか……気持ちが固まって、良かったで」
「待って!……ねぇ、相棒に対して敬語でさん付けなんて他人行儀じゃない?」
「え?」
「前ドラマで見た相棒達は名字で呼びあってたの、かっこいいでしょ!だーかーらー……私の事〝春風〟って呼んでよ。ねっ花柳!」


 その瞬間、彼女の驚きが一層深まった。あまり見た事ないその表情が何だかとても面白くて、私は思わず笑い出してしまった。
 
 笑いすぎて……私の頬には涙が一粒伝って行った。
 穏やかな風は、まるで私を撫でるように吹き続けていた。


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