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三章 魔法学園 一年生
✤ 第10話:聖女様と盲信者
しおりを挟む花柳咲来と「相棒契約」を結んでから、もう2週間が経過した。
私たちは約束通り、毎週水曜日と金曜日に、あの日の空き教室で密会をしている。
彼女は図書館で定期的に本を借りている。それはすべて私たちの魔法に関するものだった。この学園の図書館は広大で、全貌を理解している人間はほとんどいないと言われている。
魔法学園は、魔法使いの知識と歴史が詰まった場所。彼女はその中に眠る情報を、文字通り全て探し出そうとしているのだ。
ここまでする彼女の原動力は、一体どこにあるのだろう。私には、それが全く理解できなかった。
そして今日は水曜日。今日もこうして彼女と密会している……という訳だ。
「この魔法は……って、ちょっと。ちゃんと聞いてます?」
「あぁ~、ごめん!聞いてる聞いてる!」
私は考え事を隠すかの様に、慌てて彼女に返事をした。
彼女は呆れたようにため息をつき、再び話し始める。
「そもそも春風さん、光と闇の起源についての伝承は覚えているんですか?」
「いや~ぁ、頭の中には軽い記憶しか~」
「貴女……ちゃんと授業受けてるんでしょうね……」
「受けてるよっ!でも記憶から飛んじゃうんだよーっ!」
「はぁ、仕方ないですね……じゃあ説明してあげます」
「ありがとうっ花柳先生♪」
るんっとした声でそう返すと、彼女は「調子に乗らないでください」とツンとした声で返事した。
私は彼女にタメ口で話しかけてみて欲しいなと、心の中で思っているが、この口調は中々崩れてくれない。彼女は幼馴染以外、年上年下関係なく全員に敬語を使うのだ。
「これは伝承……ひとつの仮説と言われています。何せ1000年以上前のことですから、確定できる証拠がありません」
「そうだよね、めっちゃ昔だもんね」
そう、魔法使いは1000年も前から存在している。しかし、これは〝魔法〟という認識が広まったのが1000年前ということに過ぎない。
実際には、それが魔法だとわかる前から不思議な力を持っている人間が存在していた……という話だ。
改めて聞いても、なんとも信じがたい事だ。
もし本当にそうなら、小学校の歴史の授業で出てきてもおかしくはないはずだろう。なのに、そんなことを授業で教わることはない。
この歴史が表に出てこないのは、先代聖女様が施した〝秘密厳守の魔法〟の影響なのか、それともそれよりも前から何か魔法がかけられていたのか……。
多分これも、確定した証拠はない話なのだろう。
「魔法というのは、私たち魔法使いに備わっている〝魔力〟を使役する力のこと。魔力というのは自然の力。つまり魔法使いというのは〝自然に愛され祝福された存在〟……と言う事です」
「じゃあ、私は火と光に自然に愛されてるってこと?」
「そうです。そしてこの〝自然に愛される存在〟が生まれるきっかけに繋がるのが、光と闇の起源伝承です」
彼女はそう言うと、本を広げ、1つのページを見せてきた。そこには、お願いのポーズをしながら昔の服を着ている二人の人間の絵が描かれている。
「昔の人々はある日、自然たちに願ったんです。自分の大切な存在を守りたい、助けたい、救いたい……と」
「お祈りってこと?」
「どうでしょう……当時のことは分からないですが、それこそ神への祈りに近いのかもしれません。時代が時代なので、その背景も様々です。願った人は一人ではありませんからね」
次のページに移ると、人がキラキラしたものを手にする絵に変わった。
「光の魔法は人々の希望の感情から、闇の魔法は人々の絶望から感情から願われた。自然達は、その願いに応えるかのように、彼らに〝何かを守る力〟を分け与えた……と言うのが伝承です」
「へぇ、なんかファンタジーだね」
「何言ってるんですか、私たちが魔法使いな時点で充分ファンタジーでしょう」
「そうだった!私たち魔法使いなんだった!世界一ファンタジーな生き物!」
「そうですよ。世間の娯楽作品に引っ張りだこな存在です」
未だに普通の生活をしていた感覚が抜けないが、彼女に言われて自分が魔法使いであるということを思い出す。
しかし数年前まではそんなものを信じていなくて、アニメやドラマの中の話だと思っていたのだ。私がそう感じるのも、無理はないだろう。
「そしてこの二大魔法に、やがて四元素魔法……つまり私たちのクラス分けの魔法が属するんです」
「ふむ……これってさぁ、なんで光は火・水の魔法で、闇は風・土の魔法が属してるの?理由があるのかな?」
「そこまでは解明されていませんね。まぁ、それは今後の研究者に期待する所です」
彼女はそう言うと、パシッと本を閉じて、私をじっと睨んできた。
私は思わず「うっ」と変な声を出して狼狽える。
「と言うか貴女、本当に授業内容覚えてませんね……ハートクラスでも一度説明されたでしょう」
「う~っ……だって魔法ってなんか複雑で難しいし、小学四年生に教える内容じゃないよ!もっと優しい難易度にして欲しい!」
「私たちは小学4年生でも、魔法学園では1年生です。郷に入っては郷に従えと言うじゃないですか」
「あーあーお嬢様の言葉なんて聞こえません~、私はおバカなので右耳から入った言葉も全て右から出るんです~っ」
「……もしかして、喧嘩をご所望ですか?」
互いに火花をバチバチと鳴らしたところで、スマホのアラームが鳴り響く。つまり、もうすぐ帰寮の時間と言う事だ。
「……さ、今日はもう帰りましょう。日が暮れます」
「わーーん早すぎるよ~!」
「そんな事言われても……仕方ないでしょう、決められたルールですし」
「だから、ルールも校則も破るために……」
「今日の食堂メニューはシチューとふわふわのパン、美味しいリンゴに新鮮なサラダらしいですよ」
「よし!今すぐ帰ろう、私たちの寮に!」
「本当~に食い意地張ってますよね、貴女」
えぇい、うるさいぞっ!この少食お嬢様!
私は食欲に至極忠実に行動する、体に正直な女なんだ!
むしろ毎日ご飯をちまちまと食べている彼女の方が、体に可哀想な生活をしている。いつも彼女が視界に入る度、私は「これも食べなさいっ!あれもそれも!あぁっ甘いものばかり口に入れるなー!」と言いたくなるのだ。
これはあくまで予想だが、彼女はおそらく甘党だ。
カレーを食べる時妙に手つきが遅いのに、同時に着いていたプリンは爆速で食べ終わっていた。しかも、幼馴染全員が彼女にプリンを渡していて……つまり、あの時彼女は一食で5個もプリンを口にしていたのだ!!!
あの日、私は驚きのあまり顎が外れるかと思った。
私たちは教室を出ると〝闇の目眩し〟魔法をそれぞれ自分にかけて棟を出る。
ちなみに棟の鍵はちゃんと閉めている。解錠の魔法と共に施錠の魔法もちゃんと書かれていたのだ。
ただ、これらの魔法を使用する事は本来とても難しいこと……らしい。だから闇魔法のエキスパートである闇魔法師以外はこの魔法を使えないし、そんな闇魔法師でも一発成功は難しい。
そもそも魔法自体がそういうもので、適性魔法であっても何度か練習して扱えるようになるものなのだ。
実際彼女も何度か試してから成功している訳で……どうやら私には〝聖女様〟という馬鹿げた称号を付けられている由縁の、強い魔法の才能があるようだった。
それはつまり私の称号をより強くさせるもので……正直、私には煩わしい才能な訳だけど。
闇と光の魔法は、自分の四元素魔法が属している方ならば魔法使い全員が扱える。しかし、それは極微力な魔法に限られる。せいぜい使えて2個くらいだろう。
だから実質、魔法使いは光と闇の魔法を扱えないに等しいのだ。
つまり、闇や光の魔法は文字通り私たちにしか扱えない魔法……と言う事だろう。
私たちは日の沈む空の下、並木道をゆっくりと歩き始める。
寮に行く……つまり部屋には四葉さんがいる。
花柳さんと四葉さんと言えば……あの表情だ。
私は今でも、二人の間に何かがあるのか……その理由を探ることが出来ずにいた。
あの、普段の様子からは想像できない苦い表情を浮かべる四葉さんの事が、どうしても気になっていたのだ。
私はこの空に助長されるかのように、いつの間にか口を開いていた。
「……あのさ」
「どうしたんですか?」
「言いにくかったらいいんだけど……その、私のクラスに四葉千鶴って子が居るじゃない?」
「あぁ、貴女と良く一緒にいる方ですね」
「そうそう。それでさ、あの~……その~……」
「何ですか?早くしないと答えませんよ」
「あー!言います言いますー!」
さぁ早く物申せと言わんばかりに急かされる。
全く、こちらは覚悟を決めているというのに……とんだ傲慢お嬢様だな。流石の私も困っちゃうよ。
私は深く深呼吸をし、口を開いた。
「君と四葉さんは……何かこう……因縁の相手的な感じなの!?」
「……え?何言ってるんですか?」
「あれ違った!?」
てっきりとんでもない因縁があるのかと思ったら、意外とそんなことはないらしい。
彼女の頭にははてなマークがびっしり浮かんでいる。
しかし、彼女は少し考えてから、静かに口を開いた。
「私と直接的に問題がある訳ではないですけど……」
「ん?やっぱり何かあるの?」
私が詰め寄ると、彼女は微かに視線を逸らし、その表情には何か重いものを抱えているように見えた。
やはり、彼女たちの間には何か特別な事情があるのだろうか。
そう言うと、彼女は左腕をギュッと握りながら口を開いた。
「彼女の御家族は……所謂、聖女に心酔する〝盲信者〟なんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸に仄暗い感情が広がった。
つまり、四葉さんも聖女様という存在にしか目を向けていなくて、彼女にも春風菜乃花は要らない存在なのだろうか。
その感情は、私の心の奥底に影を落とす。
「四葉夫妻は学生の時に、ご両親が呪使いに襲われた事があるんです。その時……当時の〝先代聖女様〟が光魔法で治癒を行って、ご両親は救われました。それから四葉夫妻は盲信者になった……って、昔聞いた事があります 」
つまり、四葉さんの祖父母が聖女様に救われた過去を持つ……という事。でもそんな事情があるなら、盲信者になるのも当然かもしれない。
正真正銘、聖女様に救われているのだから。
「……じゃあ、四葉さんは君の事も敵視してると言うこと?」
「どうでしょう。彼女の祖父母は魔法使いですけど、四葉夫妻とお兄様は魔法使いでは無いんです」
「そうなの……?」
「はい……でも、四葉夫妻の呪使いに対しての憎しみは人一倍強いはずです。それなら……闇魔法師に対して憎しみを感じるのだって、当然の感情ですよ。その気持ちが私に向けられるのも、子どもが同じ気持ちを抱くのも……普通の事です」
そういえば、私は四葉さんにそのような話をしたことがなかった。
いつも私の話を聞いてくれたり、広げたりしてくれた。なのに、私は彼女の家族の話や過去の話は一度も聞いたことがない。
自分が彼女のことを知ろうとせず、ただ彼女の優しさに甘えていたのだ。
今更そんな事に気付くなんて……。
「私も学園に入るまでは光の魔法使いとして生きていましたけど、その頃に魔法使い同士の軽い集まりで少し話しても、別に普通の様子でしたよ。それも入学してからは崩れてしまいましたけど……そんなの、彼女だけじゃありませんから」
「そう……なんだ…………」
「まあ、私は彼女になにかした訳じゃないけれど、彼女は闇魔法師に対して何か思う所があるんだろうな……という感じです」
私は、盲信者という存在がそんなに好きじゃない。
むしろ、どちらかと言うと嫌いだ。
彼らは聖女様という存在しか求めていない。私という存在を無視し、春風菜乃花は要らないと言わんばかりの態度で接してくるのだ。
それに、彼女の事をただ〝闇魔法師〟だからという理由だけで、軽蔑し排斥しようとする。
私を神様のように扱って、彼女を悪魔のように扱う。
聖女様も、闇魔法師も……彼らは肩書きだけでしか、私達の事を見ていない。そんな名前だけで、私達のことを理解したつもりになっている。
私はそれが、この世で一番嫌なのだ。
でも、もし四葉さんが盲信者だったとしたら……私はどうすればいいのだろう。
美味しいご飯のメニューのことなどすっかり頭から抜け落ち、彼女のことだけが心の中を占めている。
胸の中で渦巻く不安と疑問が、静かに私を苦しめた。
*
「おっ春風さんお帰り~!ご飯行く?」
「う……うん……」
寮の部屋では、四葉さんがぐうたらとベッドで寛いでいた。彼女の無邪気な様子を見ていると、私の中で渦巻く疑念が一瞬消えかけた。
心の奥底では、彼女が身勝手に振る舞う盲信者とは思えない自分がいた。
だって、彼女は私のことをちゃんと名前で呼んでくれているじゃなちか。私のことを聖女だなんて、本気で言っていたこと無かったのだ。
でも、でも……。
「おーい、春風さーん?」
彼女が私の目の前に立ったとき、私はずっと心の中に抱え込んでいた疑問を、彼女にぶつける決意を固めた。
「四葉さん。君って……〝盲信者〟なの……?」
「え……」
お願い、お願いだから違うと言って欲しい。
私は、盲信者じゃないよって、笑いながら言って欲しい。
しかし、私の願いは虚しく、彼女はいつもの笑顔とは真逆の冷たい表情で、私に向かって口を開いた。まるで氷のように冷たく、心を凍らせるような言葉が私の胸に突き刺さる。
「……うん。私の親も、お兄ちゃんも、私も……家族はみんな盲信者なの」
「ほ、ほんと……に……?」
それは、私の心に深い絶望をもたらした。
彼女とは、良い関係を築けていると思っていた。でも、その全てが……彼女にとっては嘘だったのだろうか……。
「それじゃあ、君は……私が〝聖女様〟だから、仲良くしてくれて、君が〝盲信者〟だから、私と話してくれてただけなの……?」
「…………」
「だから君は、花柳さんの事も苦しそうな顔をして見るの……?初めて会った時に〝闇魔法師に気をつけろ〟って言ってたのも、君の、敵だから……?」
「それは……」
「お願い、四葉さん……本当の事を、知りたい 」
どうしてだろう。
私はこれまで、誰とでも一定の距離を保ちながら交友関係を築いてきた。誰かに深入りすることはしないで生活してたんだ。そうする度に、私の築いた関係性が音を立てて崩れて行くから。
みんなの好きな理想の私じゃ無くなるから。
なのに、今の私は心が締め付けられてる。痛みと一緒に、その感情が押し寄せてくる。
教えてと言ったのは私なのに、その言葉を聞くことがこんなにも怖いとは思わなかった。
聞きたくない、なんて……。
「……確かにそうだよ。私は家族に『聖女様と仲良くしろ』って言われた。だから、春風さんとも……でも、その…………」
「…………そう、だったんだ」
やっぱり、私は聖女様じゃないとダメなんだ。
聖女様じゃない、求められた形じゃない私を見せたら、その瞬間に君も私を『要らない』と言って捨てるの?
皆みたいに……。
「あの……えっと……」
「君は、私が聖女様じゃないと嫌?」
「そ……それは……」
彼女は酷く戸惑っていて、目は泳いでいる。
それは、本音は私に言うことが出来ない……その事が後ろめたいって事だ。
つまり四葉さんは、私の事が…………。
「あっ待って!」
その言葉の続きを、聞きたくなかった。要らないって捨てられるのが、もう耐えられなかった。
何でだろう、いつもならこんな風にはならない。こんなに胸が苦しくならない。だから、私には分からない。
だって私は、誰にも深入りしないように、皆に平等に過ごしてた、そうだったはず。
逃げ出すつもりなんてなかった。ただ「それは仕方ないね」って笑って、それで、それで……。
「それで、私ってどうしたかったの?」
そんな事を言った所で、誰も何も返事しない。
こんな時どうしたらいいか何て、誰も教えてくれない。
教えてくれる様な人は……。
「はぁ……私らしくない事しちゃったなぁ……」
いつの間にか、私はまた空き教室に来ていた。しかし彼女の居ないこの場所は、暗くて、少し寂しい。
きっと頭の中で、彼女となら答えを見つけられるって……思ってしまったんだろう。それか、助けて欲しかったのかもしれない。
私にはずっと、分からない事だったから。
花柳さんと四葉さんに、それぞれスマホでメッセージを送る。送信できたのを確認すると、いつの間にか暗く冷たい教室の中で、私は一人眠りについてしまっていた。
*
「ちょっと、貴女ココで何してるんですか?」
「んぎゅっ」
急に鼻をつねられて、私は目を覚ました。
ぼんやりと目を開けると、そこには花柳さんが立っていた。彼女の手あるスマホの画面には「20:14」と表示されている。
「全く、空き教室に来て欲しいなんて突然送ってくるから、何かあったのかと思ったじゃないですか。ご飯中に気が付いたから、急いで食べて来てあげたと言うのに……」
「あ……ごめん……」
彼女の言葉に、思わず謝る。
私が送信した後のメッセージには「何でですか」「どうしたんです」「何かありましたか?」という言葉と共に可愛らしいスタンプが送られていた。
そのスタンプに、思わず笑みがこぼれる。
「あんな早い時間にメッセージを送って来て……どうせご飯も食べてないんでしょう。適当に購買で買ったので、これ食べてください」
「えぇっなんで!?そんな、悪いよ……」
「うるさいですね、お腹すいてるんでしょう。生憎お腹を空かせた人を黙って見ている趣味は無いんです。私に帰って欲しくないのなら、大人しくコレを食べてください」
彼女の優しさに、心の中で戸惑いが広がる。
彼女はいつも、私を軽くあしらってくる。しかし、こういう時の彼女は、どこか柔らかくて暖かい。
そんな優しさに甘えているのも、私の悪い所だと自覚している。しかし同時に、嬉しく感じてしまっているのだ。
「で、何で貴女は私の事を、こんな時間に呼び出したんですか?」
「それが……その……四葉さんにね、さっき君が言ってた事が本当か聞いてみたの」
「あぁ……」
「そしたら、盲信者で、私が聖女で、親に言われたから仲良くしてた……って……」
その瞬間、言葉が詰まり、苦しみが胸に広がる。息が苦しくなり、また私の中に絶望が押し寄せてきた。
「それで、つい部屋から出てきちゃった……メッセージも送っちゃったし……」
そう言って、私は四葉さんに送ったメッセージを開く。既読がつかないようにしながら、彼女にその画面を見せた。
画面には「今日は友達のお部屋に行くね。明日はちょっと学校休むかも!ちゃんと自分で電話するから!迷惑かけちゃってごめんなさい!」とだけ送っておいた。私は、彼女から送られたメッセージに、既読を付ける勇気も無かった。
「なるほど、つまり友達と喧嘩しちゃったって事ですね」
「友達と、喧嘩……?」
「友達」と彼女に言われた瞬間、私は不思議な感覚に包まれた。
「……私って、四葉さんと、友達だったのかな…………」
「はぁ?むしろ、貴女の周りは友人だらけじゃないですか」
「だって、あの子は私と聖女だから仲良くしてただけで……でも、私はただ本当の事が聞きたかっただけなのになぁ……」
そう、四葉さんは私が聖女だから仲良くしてくれていただけ。
これって、本当に友達だったと言えるのだろうか。
そもそも、私の周りには浅い関係性の人しかいない。聖女様だから私を好きとか、クラスメイトだから何となく話してくれてるとか……そんな感じ。
だから私には友達なんて、存在しないに等しいんだ……。
すると、彼女は大きなため息をつき、地面に座る私の目の前に同じように座った。
どうしたのかと瞬きを繰り返していると、やがて彼女は私の目を見て話し始めた。
「大口はたいて私に相棒宣言してきたのに、こう言う時には自分の気持ちに気付けないなんて……全く、仕方の無い聖女様ですね」
「なにさ……悪かったね、友達ゼロ人のぼっち極めてて……」
「あぁ、ごめんなさい。別に貴女をいじめたい訳じゃ無いんですから、卑屈にならないでください」
私が不貞腐れながら食べ物の袋をビリッと開くと、彼女は少し意地悪っぽい笑みを浮かべた。
「貴女達の喧嘩は、私が原因みたいなものですからね。春風さんが明日学校をサボるつもりなら、私も一緒に付き合ってあげます」
「えぇ!?君がサボるの!?」
「言っときますけど、ただサボる訳じゃないですよ」
「え、何それ、どういう事?」
「四葉千鶴の事を知りたかったのでしょう?貴女が本人に直接聞けないのなら、まずは彼女の身近な存在から話を聞くのが一番です」
「へ……?」
私はその顔に、なんだかすごく見覚えがある……そうだ。私に「闇魔法をやって」と無茶振りしてきたあの時と同じ顔だ。
感謝の気持ちと裏腹に、私は内心嫌な予感しかしなくって、私は口に含んだ食べ物を誤魔化すように飲み込んだ。
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