魔法使いの相棒契約

たるとたたん

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序章 入学前の二人

✿ 0-2話:闇の魔法を扱う少女

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ひかる咲来さくらっ!おはよ~っ!」
「急に来ちゃったけど、大丈夫?」
「まぁ、昨日の夜に決めたもんなぁ」
「おはようみんな。来てくれて嬉しいよ!」



 三者三葉な友人の言葉に、双子の兄・花柳はなやぎひかるは、朗らかに返事をした。


 外は花嵐が穏やかな太陽の暖かさを遮っていて、少し肌寒く感じる。桜はもう大分散り始めていて、玄関前には花弁の絨毯が出来上がっていた。

 今日は、春休み最後の日。魔法学園へ入学する前に、最後に穏やかに過ごせる時間だ。



「外、寒いでしょ。早く上がって暖まって」



 私はそう言って、玄関の中へと3人を促した。するとみんなは「お邪魔します」と言いながら、玄関に足を踏み入れる。各々靴を脱ぎながら、ほっと一息を着いていた。



「それにしても、やっと魔法学園に通えるな!」



 友人の1人、蓮村はすむら陽太ようたが呟くと、輝はあははと笑いながら返事をした。



「小4まで待つのって長い気がしてたけど、意外とあっという間だったね」

「でも、今まで普通の学校に通ってたの、ちょっと変な感じしない?」
「わかるっ!みんな魔法のこと知らないし、私たちだけこっそり隠してたの、不思議な感じだったもんっ!」



 輝の言葉に、片桐かたぎり鈴音すずね稲山いなやまりんが、頷く様に言葉を返す。私は皆の会話を、ドアの鍵をガチャリと締めながら耳に入れていた。


 魔法学園への入学は小学4年生から。

 それまでは、普通の学校に通って人間社会を学ぶのが、魔法使いの生活の流れ。私たち5人はそこで出会った、いわゆる幼馴染と言うやつだ。

 そして明日からは、魔法学園の同期生。

 だからもう、今まで通っていた小学校には戻ることがないだろう。




「私たち……やっぱりクラス、別れちゃうのかなぁ」
「そうだねぇ……あっ、でも制服の色が違うのって、ちょっと面白いよねっ!」



 鈴音がそう言うと、りんは少し寂しい顔をした後に、あからさまに話題を逸らした。
 その話に、陽太と輝も頷く様に返事をする。



 魔法使いが個人で使える魔法属性は限られている。その個人の適性は、親からの遺伝が主だ。後は自分の天性の才能で決まるとも言われている。
 どの魔法を使えるかで、その後の人生は大きく変わると言っても過言ではない。それくらい、魔法の適性を知るのは重要な事だ。

 とは言っても、私たちはまだ適性検査をしていない。だからこの予想は親の遺伝だったり、自分の感覚だったりする。


 適性検査が行われるのは、入学式のクラス分け。魔法学園のクラス分けは、魔法適性で決まる。
 それに合わせて制服の色も変わるから、外見を見ただけで、その人がどんな魔法を使えて、何寮の何クラス所属なのかが分かる仕組みだ。



「便利だよな。どの魔法を使うか、一目で分かるし」
鈴音すずねのお兄さんは黒い制服だったよね?」
「うん。風魔法だから、黒のブレザーに黄緑のネクタイ!」



 きっと、みんなお互いが離れる事を少なからず悲しんでいるんだろう。今まで5人で居た時よりも、距離が離れるのは確実だから。

 それでも笑って話してる。別に永遠のお別れじゃないし、会おうと思えば会えるだろうから。


 けど、私は……自分がどんな制服を着ることになるのかなんて、正直考えたくもなかった。自分が真っ黒な制服を着ている未来から、目を逸らしたかったから。



「はい、こっちが客室」
「どうぞ入って~」



 手洗いうがいを済まさせて長い廊下を歩き、私と輝はお客様用のお部屋へ案内した。
 室内にはテーブルと椅子、控えめなテレビにゲーム機。壁紙と天井は眩しいくらいに白くて、床には明るめのフローリングが敷かれている。
 


 それぞれ椅子に腰かけると、置かれていたおやつを口へ頬張りながら各々お喋りを始めた。と言っても、大した話じゃない。昨日の夜ご飯が美味しいとか、学校が楽しみだとか、そんな他愛のない話だ。

 だけど、こんな話をするのが、私たちらしくて良いと思う。私だって、こうしてゆったりする時間は……嫌いじゃないから。



「あっ、そうだ。この前お父さんが新しいゲーム買ってたんだった」
「買ってたね。予約したってお母さんに言ってたっけ」
「今日みんなが家に来るって話したら、やって欲しいって言ってたんだよ。みんなで一緒にやらない?」



 私と輝がそう言った瞬間、3人は「ほんとに!?」と言いながら、目をキラキラと輝かせていた。

 みんなの家庭には、人間世界のゲーム機が私の家より少ないらしい。今の時代、スマートフォンがあれば事足りてしまうからだとか。
 しかし我が家は、父が向こう人間世界で仕事をする事が多い事と、単純にゲーム好き……なので、向こうのゲーム結構あるのだ。



 選んでいたのが4人でプレイするゲームだったので、私はそれを4人に譲って、少し離れた所からぼーっと眺めていた。

 そのゲームはすごろくパーティゲームのようなもので、みんなが止まったマスの色で2対2のミニゲームが始まっていた。それは丁度、男子同士と女子同士。つまり、光の家門vs闇の家門の対決と言ったところだった。

 輝もそれに気が付いたのか、ミニゲームの説明画面を見ながらポツリと呟いた。



俺たち双子と陽太は光の家門で、りんと鈴音は闇の家門で……入学前からこんなに仲が良いなんて、学園じゃ珍しいかもね」



 その言葉を聞くと、鈴音は「学園の光と闇って、一部は昔から対立してるって言うもんね」と言いながら、ゲーム機のボタンを押していた。




「うちの親たちはそういうの、気にしなかったらしいけどなぁ」
「私もだよっ!『家門も魔法も関係ない』って、いつも言ってるし!」



 堅苦しい家門の人たちからすれば、学園の入学前からこんな関係なのは有り得ないのかもしれない。


 でも、私たちにはこれが〝普通〟だった。


 私たちの家門は、魔法世界でも名家なんて言われる事が多い、名の知れた一族だ。要は、魔法世界に貢献している家門ということ。

 特に花柳は、その中で最も一目置かれている。

 だから私は、生まれた時から「立派な魔法使い」であることを求められていた。家族がそれを求めなくたって、世間がそうある事を望んでいたから。

 
 それでも仲良くなれたのは、自分達の親が学生時代に親しい関係性で、そういう対立的な古いしきたりが大嫌いだったから。
 そして、みんな友人が……私にはもったいないくらい……とても良い人たちだったから。



 私たちの親は、学生時代から『堅苦しい家門なんて関係無い』と思っていたらしい。しかしその考えに対して周りの理解を得る事は非常に難しい事だった。

 何せ〝 先代聖女様せいじょさま 〟が亡くなった時、親は魔法学園生で後輩。
 彼女の護衛を担っていた闇魔法師やみまほうしが、聖女様殺しの犯人だと言う可能性が高い……と言うショッキングな出来事は、多感な時期に影響を与えてしまった。

 光と闇の対立思想をより強く植え付けるには、充分な出来事だったのだ。



 だからこそ親は、私たちが関わり合う事を否定しなかった。むしろ、私たち交流する様子を見て、深い喜びに浸っていたに違いない。




 魔法学園の入学前は、上下を意識する家門の意向に強く影響されるから、へりくだった態度を取らずに友人として関わってくれる人は少ない。
 そんな中、家門や立場も関係なく対等に接してくれた3人は、私たち双子にとって……本当に数少ない、大切な友人だった。

 私はそんな3人だからこそ、嘘を付きながら共に居ることが嫌になってしまった。

 誠実で、純粋で、暖かく美しい心を持っている友人に、魔法学園に入学するまでずっと隠し事をし続ける事が、段々耐えられなくなって__







「私、闇魔法師なの」







 なんでもない日の小学校帰り。ランドセルを背負って、木道を歩く帰り道。
 左腕をギュッと握りしめながら、私はそう呟いた。

 皆は唖然とした表情で私を見ている。



 ……やっぱり、言わなければよかったかもしれない。



 神様と崇める人も居るくらい崇拝されている人聖女様を、殺めたと言われる人物闇魔法師……そんな人と、私が同じ魔法を使えるんだから。

 こんなのがずっとそばに居たなんて、きっと……怖いに決まっている。




「咲来……ほんとうに、闇魔法師なの?」



 一瞬の沈黙の後、りんが目を丸くしてそう言った。

 でも、私が「そうだ」と言う為に口を開こうとした、その次の瞬間__



「えーっ!!じゃあ咲来って、難しい二大魔法でも、闇魔法しゅしゅ~って使えるってコト!?カッコイイ~っ!!!」




 ……返って来たのは、思っていたのと全然違う反応だった。




「ちょ、りん!こんな所でそんな叫んだら、流石に怒られるぞ?!」
「大丈夫だよっ、こんな木の道私たちくらいしか居ないもん~っ!!!」



 陽太が慌ててりんをなだめると、鈴音はその様子を見て、少し笑いながら声を上げた。



「でも、分かるよ~。生きてる間に本物の闇魔法師が見れるなんて、すごすぎて叫びたくなっちゃう。咲来はいつも頑張ってる人だから、なんか納得しちゃうなぁ」

「それはそうなんだよっ、本当にすごいな咲来!光の家門から生まれるなんて、もしかして初めてなんじゃないか?!」

「わっ確かに!!咲来すごーーいっ!!」



 いつもと変わらない声で、3人は各々言葉を投げる。だけどその全てが、私を肯定してくれる言葉だった。

 それどころか、闇魔法を目にして、純粋な憧れが目からキラキラと零れ落ちるばかり。微塵も偏見を感じさせないその反応は、私の肩に乗っていた不安感を全て吹き飛ばすには、充分すぎるものだった。

 予想外すぎる反応と、3人のマシンガントークに狼狽うろたえている私を見て……双子はお腹を抱えながら、大声上げて笑っていた。






 そんな事があったのも、もう何ヶ月も前の話だ。



 しかし、友人だけには打ち明けたものの、私の境遇が大変になる事は分かっていた。由緒正しき光の家門で生まれた闇に闇魔法師……本来の遺伝なら、絶対に有り得ない適性だ。

 多くの魔法使いからは、噂の的や格好の餌食になるだろう。

 自分のせいで家族や友人が面倒事に巻き込まれるなんて……そんなの絶対に、あってはならない事。
 だから私は、入学するまでこの魔法を世間に隠す事にした。その提案を、私の家族は一度も否定しなかった。








「俺は学園に行っても、咲来とは今まで通りでいたいんだよね~」



 突然輝にそう言われた時、私は酷く動揺した。
 何せ私は、クラスが離れた瞬間から、もう輝と陽太には近づかないようにしようと思って居たから。

 これは、例え私が鈴音やりんと同じクラスだとしても、同じ事。
 誰からも離れて、ずっと一人で居ようと思っていた。そうするべきだと思っていたから。
 離れる事で4人を守れるって……そう、考えていたから。



「……どうして?私たち、クラスも寮もどうせ違うのに。 」



 何も気にしていないみたいに、私はいつも通りのポーカーフェイスで聞き返した。きっと、表情は崩れていないはずだ。
 我ながら、冷たい言い方だと思う。嫌われたって当然の言葉選びだ。でも、こんな風に接するのが癖になってしまっているから、きっと今後もこれは変えられないんだろう。

 私は大切な人たちに、嫌われたいみたいなものだから。



「別にそんなの関係ないよ。俺たち双子だし」
「それは、そうだけど……」



 私がそれ以上何も言わないでいると、輝が先に言葉を放った。



「それに、俺だけじゃない」
「……え?」
「みんな、ずっと一緒にいたいって……思ってるよ」



 どうやらこれは、友人たちも賛成している事だったらしい。


 逃げようと思った。


 適当に誤魔化して「私は1人で居る」と言ってしまおうって。でも、4人はそれを許してくれない。

 このまま学園に入っても、きっと変わらず関わろうとしてくる。私が闇魔法師だと言っても、笑って肯定してくれた、みんなだから。


 だったら__




「咲来も、同じ気持ちでしょ?」




 あの時「違う」「そんな訳が無い」と言えば、楽になれるはずだった。「1人でいる方がいい」と、何度も言えば良かった。
 それなのに、喉が動かなくて。

 そう言って優しく笑いかける輝に、私は何も言い返すことが出来なかった。



 そうして私たちは、変わらない友情を約束した。









「あっ、落っこちちゃった」


 
 私は、輝に反論できない自分の弱さが嫌だった。あの時否定していれば……なんて今でも思う。
 だから、この選択をして良かったと思える様に生きて行かなくちゃいけないんだ。

 ゲームオーバーで落ち込んでいる輝に、私はからかう様に「輝、弱すぎ」と呟いた。
 そんなからかいに対して、輝は「酷いなぁ~」と言いながらも、実際には悔しさなんて1ミリも感じてなさそうな、暖かい笑顔を浮かべていた。
 
 




 *

 



 
「お姉ちゃ~ん、もうすぐ夜ご飯だって~!」
「もうそんな時間……わざわざごめん。ありがとう、優梨ゆり
「えへへ……私、先に行って待ってるねっ!」



 時刻はもうすぐ17時。新学期前に家族全員が揃った食事は、これが最後だ。
 私は読んでいた本を閉じて、自室から出た。明るい木材を基調とした床が、廊下を明るい印象にしてくれている。壁には、ロウソクのような形をした灯りが点っていた。

 少し長い廊下を突き当たって階段を降りると、すぐそこにはリビングがある。ドアを開くと、中からは賑やかな話し声が聞こえて来た。



「お、咲来!やっと来たか!」
蒼空そらがずっと待ってたよ」
「輝だって待ってただろ~?」
「ごめん、本を読んでて……ちゃんと時間を見れてなかった」



 私は2人に謝罪をしながら椅子を引き、静かに腰を下ろす。父と母、妹も席に着いて皆で食卓を囲む。こんな風に家族と『美味しいね』と言い合いながら食べる食事は、温かくて心地いい。



「明日から学校かぁ。やっと2人は一緒だな!優梨ゆりとも早く一緒に通いたいな!」
「私も早く大きくなりた~い!」



 蒼空そらはそう言いながら、食材を口に運ぶ。私たち双子より2歳年上で長男である兄は、容姿端麗・成績優秀・文武両道・そして、魔法使い随一の家門の長男でありながら、豪快で接しやすい性格をしている。

 それはもう、魔法学園でも人気者のムードメーカーらしい。

 難点を上げるとするなら、魔法学園全体で『ブラコン』と知れ渡っている所だろうか。
 授業中でも何かと私たちの話を出したり、試合では『俺は輝と咲来と優梨のために優勝する!』と堂々と宣言しているだとか……あぁ、今思い出しても最悪だ。


 なんで入学もしてないのにこの話を知っているのかと言うと、幼馴染の中で鈴音すずねだけ、1歳上のお兄さんが居るからだ。



『すっごく有名らしいよ?流石2人のお兄さんだね~!』



 その話を聞いた瞬間、輝も私も固まっていた。


 2歳年下の優梨が学園に通うのは、あと2回春を過ぎた頃。将来学園に入学した優梨が恥ずかしい思いをしない為にも、蒼空のブラコンが多少は落ち着くと良いんだけど……。



「分からない事があったらなんでも聞いてくれ!この兄が全て答えて見せるぞ!」
「じゃあ、食堂で新学期最初に出てくるメニューは何?」
「……それ以外なら答えて見せるぞ!」



 輝に返すその言葉に、思わずみんなは吹き出していた。私はその様子を眺めながら、全て答えるとは一体なんだったのか……と言う言葉ごと、ご飯と一緒に飲み込んだ。
 





 花柳家は、千年以上の歴史を持つ、魔法世界に貢献し続けて来た、名家と呼ばれる家門だ。
 この家はそんな昔から〝完璧な光属性の家門〟を維持している。

 代々、〝火〟か〝水〟の光属性を持つ者との婚姻を続け、完璧な血筋を守ってきた。
 中でも〝火〟の魔力を保有する事が多く、その自然の生命力には長く愛されているらしい。



 長く続く家門だからこそ、そのしきたりも厳しかったらしい。父の世代までは、結婚する相手も必ず〝光属性〟が求められた。

 これは花柳だけに限った話ではなく、そのような方針を取る光の家門は少なくない。そして、こんな家門の意思から外れていく子孫も居る。
 父と、父の弟妹……つまり、私の叔父と叔母に当たるその人たちも、家門の意思から外れた人たちだ。



 花柳家は男女問わずに相手側に嫁いでもらう立場……と言うのが今までの常識。父兄妹は、その方針に反対意識を持っていたのだ。
 だから父は立派に家門を継ぎ、名家としての責務を全うする事を約束した。実際にその成果を掲示し、条件として「自分達を自由にして欲しい」と、取引をしたらしい。

 そうして叔父と叔母は、晴れて愛する〝闇属性〟のパートナーと生涯を共にすると誓い合えたのだ。



 父や母のお陰で、この家門は恐らく歴代一平和だ。全員がお互いを愛し、個々の意思を尊重している。とても良い関係性を築けている。それは事実。

 だけど、家族が気にしないからと言って、周りがそれを許すとは限らない。今日までは誤魔化せたこの〝闇魔法〟も、明日からは絶対にバレてしまうから。





 カチャ、とフォークが指を離れ、静かに響いた。




  家族の会話が弾むほど、その温かさが遠ざかる。自分だけが少しずつ切り離されていく気がして、フォークを置く音がやけに耳に残った。

 明日のことを考えると、フォークを握る指に力がこもる。まるで胸の奥に、冷たい針が刺さるみたいな……そんな感覚。
 家族の会話は弾んでいるのに、私の中では違う時間が流れているみたいだ。



 すると、父が微笑みながら、私の方を見る。

 きっとそれは私だけじゃなくて、私たち双子に向けられた視線なんだろう。



「不安もあるだろうけど、輝と咲来なら大丈夫。だから、安心して学園へ行くんだよ」
「そうよ!2人は自慢の双子なんだから。もしも無礼な人がいたら、そうね……いっその事、一発パンチでもしちゃいなさいっ!」
「おいおいつぼみ、親が子どもに暴力行使を教えちゃダメじゃないか……?」
「あら、ごめんなさいね。つい♪」



 父にツンと腕をつつかれて、母は焦った顔をしながら顔に手を当てて「ふふっ」と笑う。もしかしたら、母が学生だった時は、そんな風に対応していたのかもしれない。
 そうだとしたら、父の苦労が伺える。今みたいな光景が、きっと当時も繰り広げられていたのだろう。

 私が学生時代の2人の様子を想像していると、隣に座る輝がパッと口を開いた。


 
「あははっ、ありがとね!でも、俺らなら平気だよ。ね?」
「……大丈夫。お母さんとお父さんも、蒼空と優梨も……みんな、心配する必要ないから」
「あれ、俺は?」
「輝は別に、何にも心配してないでしょ?」
「あはは、その通りで~す」



 また適当に言っているな……と、私はじろーっと輝の顔を見た。

 双子だし顔の造形は似ているけれど、ポーカーフェイスかしかめっ面の私より、輝の方が優しい表情で人当たりもいい。だけど、そんな可愛い顔と態度をしておいて、この男は本当に策士なのだ。

 私も人の事は言えないけれど、地味に性格が悪い。例えるなら悪魔……言うよりは、小悪魔だろうか。
 兄と妹に良心を分けすぎて、私たちはお互い性格が悪いんだろう。そこが逆に、人間らしくて良いのかもしれないけど。




 しかし、輝の顔を眺めたところで性格が変わる訳じゃない。私は「はぁ」とため息をついて、そのままテーブルに乗った料理達へと視線を落とした。



 私はさっきの「大丈夫」という言葉に同意をしたものの、実際は一ミリも大丈夫だと感じられていない。だけどその事は、家族には悟られないようにしていた。

 重く黒ずんだ不安感は胸の中でつっかえ続けている。

 家族の声が弾むたびに、それがますます浮き彫りになって行く。まるで、自分だけがそこに居ないみたいに。


 フォークを握る手は冷たくなっているのに、掌だけがじんわりと汗ばんでいる。息をするたびに、喉の奥がひりつくような感覚がした。





 *





 それぞれ「おやすみなさい」と就寝の挨拶を交わし、家族は自室へと入っていく。私は物の少ない自室の中で、先程まで読んでいた本にそっと手を伸ばした。



 その本の表紙に書いてある言葉は〝二大光・闇魔法〟……私はこの魔法について、何年も調べ続けていた。




 〝闇の魔法〟__それは〝風〟と〝土〟の魔法が属している、光と対をなす魔法。一般的には「破壊を得意とし、光をも飲み込む魔法」と記されている。

 でも、実際は大半の魔法使いが、光と闇の力を微かにしか持たない。せいぜい光を灯すか闇を少し染める程度……つまり、“使える”とは名ばかりの存在で、ほとんど使えないみたいなものだ。



 だからこそ、闇魔法師みたいな二大魔法の適性がある魔法使いが生まれるのは、すごく珍しい事だ。

 四元素火・水・風・土魔法に比べ、二大光・闇魔法は世界でも適性者が極端に少ない。そのせいで、いまだに解明されていない能力も多い。今後私は、少なからずその事で苦労していく事になるだろう。

 

 

 深く解明されてないものの、歴代の〝聖君様・聖女様光魔法師〟が、世間に貢献し続けていた事実は存在する。代表的なのは、やはり〝光の治癒魔法〟だろうか。

 しかし、その一方で、比例する様に闇魔法師は怖がられるようになったらしい。

 魔法使いにとって、生命は何よりも大切なもの。だからこそ、破壊を得意とする闇魔法を本能的に恐れるのだろう。
 人間が猛獣を恐れるように、魔法使いは闇魔法師を忌避する。きっと、同じ様なものだ。
 


 それに、今の時代にはもう一つ、恐れられる理由がある。それは、使った者は魔法犯罪者となる〝のろい魔法まほう〟が、闇魔法の延長線上にあるからだ。

 のろい魔法は、闇魔法を改変した異質な力。魔力を持たない〝普通の人間〟でも使えてしまうもので、人の“寿命”や”生命力”を糧にして扱う力だ。


 闇魔法には、自分の生命力も重ねて使用する事で、魔法の力を増幅させる能力がある……という事が、先代聖女様の死後に解明されたらしい。
 つまりのろい魔法は、闇魔法のこの力を悪用している訳でその本質は、そもそも自然の生命力を扱う〝魔法〟ではないという事だ。

 だからこそ、のろい魔法も〝呪いのろい〟と呼ばれ、呪いを使う者は魔法使いではなく”のろい使いつかい”なんて言われているのだ。

 そして、そののろい使いつかいたちが他者や自分を傷付ける前に、魔法省が常々捜査や確保を行っているらしい。詳しい事は知らないけれど、同じ魔法省で働いてる父から、たまに話を聞いた事がある。




 先代聖女様の亡くなった地には〝闇魔法の痕跡〟があったらしい。しかしそれは〝呪い〟ではないかと、後に提唱される様になっている。

 今となってはどちらか分かる術はほとんど無い。しかし、どちらにしても〝闇魔法〟に関連した人物が、当時の〝聖女様〟を殺めた可能性が高い。

 だから、当時に彼女の護衛をしていた、行方不明の〝闇魔法師〟が第一候補の犯人とされ居てる。




 元々大衆から怖がられ易い存在だった闇魔法師が、〝先代聖女様〟の亡くなった地から〝闇魔法の痕跡〟が検出されて。
 その事が発表されてから、さらに悪い印象へと変わり果てて……そして、こんな風に言われるようになった。


『 闇魔法師は、聖君様・聖女様を殺し得る存在 』


 ……と。

 





 私が自分に光属性の適性が無いと実感したのは5歳の頃。日常を過ごす中で、その感覚は顕著に現れた。



 魔法使いは、適性のない魔法は扱う事が出来ない。だから感覚が現れると、学園のテストをする前に、自分が何の適性なのか何となく分かってしまう。


 兄や妹も5歳頃から火魔法の影響を受け始めて、体温が高くなったり、熱が出る事が極端に増えた。これは火の魔力が発現し始める子どもによく現れる症状だ。

 しかし私は全く違うものだった。それも、四元素魔法ですらなくて。闇魔法の力だと自分が確信した後、家族もそれに気付いた。



 日中であるのに夜の様な暗さを感じたり、逆に夜では視界が明るいような冴えているような、そんな不思議な感覚に陥る事が増えた。
 仮にこれが風や土の魔力であれば、走ると足が軽くて早くなったり、地を撫でると土がぽこっと湧き上がるくらいだっただろう。
 

 その事実を知った瞬間、私は底なしの暗闇に閉じ込められた気がした。目を瞑ると、そこに広がるのは深い闇。
 沼みたいに重く、どこへ向かっても光はない。

 花柳という名において、これが如何に足枷になるか……なんて、聞くまでも無い事だ。そんなの分かりきっている。



 一部では〝聖君様・聖女様〟を神様の様な存在と崇める〝盲信者〟が居る光の家門だってある。
 そんな彼らにとって、闇魔法師が『人殺し』という評価を買っていることは、私が一番良く理解していた。



 自分が対象になるだけで済むなら良かったのに、それが家族へも矛先が向いてしまうなんて、そんなのは耐えられない。


 私から、深い絶望と虚脱感が拭われる事は無かった。






 それから私は、光と闇の魔法について、片っ端から調べた。そしてせめて、入学するまでこの力が発現したことをバレないようにしようと考えた。



『花柳家門は、光の魔法使いを破滅させようとしている』



 そんな馬鹿げた噂が立つかもしれないから、その原因を根本から無くした。入学前に知られてしまえば、有る事無い事を言われて、家族が悲しい思いをするかもしれないから。

 もしかしたら、友人も……。

 だから、私は絶対に隠したかった。隠さなくちゃ、いけなかった。




 一度、火や水の魔法を無理矢理扱おうとして倒れた事がある。その時は、生まれて初めて両親にこっ酷く怒られた。

 適性が無い魔法を扱う事が魔法使いにとってどれほど危険な行為であるかを身を持って知れた事は、素晴らしい学びだ。
 けれど、まるで自分達が痛みを覚えたかのように顔を歪ませる両親を見て、私はもう同じ過ちを犯す事は、出来なかった。

 

 しかし、魔法の事を本で調べるにも限界がある。古い家門と言えど、書物は家にそこまでない。あっても光の知識の事ばかり。
 街へ繰り出しても、その本には一般的な事しか書かれていなかった。


 しかし、それが仕方の無い事なのは、私だって理解している。一般の魔法図書館では、古い物やマイナーな書物は貯蔵されて居ないから。
 そういうものは大体が魔法学園に貯蔵されているのだ。

 人間に認知出来ないだけで、日本の中で一番大きな書庫である魔法学園の図書館。
 兄に以前その広さを聞いた時は……



『9年間毎日通っても、全部読むのは無理だろうな!』
『……そうなんだ。それって、魔法の本もあるの?』
『むしろ、魔法関連の本が多いんじゃないか?俺も全部見た事は無いから、確実じゃないがな!』



 と言っていた。



 だから私は、そこに賭ける事にした。今は分からない様なことも、学園に居たら分かるかもしれないから。
 一生続くこの暗闇から、どうにかして開放される方法が知りたかったから。

 大切な人達を守れず、むしろ傷つけてしまうかもしれない闇魔法なんて……そんな力、どうにかして手放したい。



 闇の適性があると自覚したその日から、私の世界には太陽も灯りも、何も無くなった。まるで、光が届かない深海に沈められたみたいに。


 水面は遠く、手を伸ばしても届かない。


 どれほどあがいても、私はこの暗闇の底から抜け出せない。



 どれだけ誓ったところで、いつか本当に誰かを殺してしまうのではないか。なんて、そんな疑念すら拭えなくなっていた。
 



 守りたい大切な人をこの手で殺めてしまう夢だって、もう何回も見てしまった。

 こんな状態で5歳から今まで過ごしていたんだから、多少卑屈に成長したって何もおかしくないだろう。むしろ、ここまでしか卑屈になっていない事を褒めて欲しいくらいだ。
 



 でも、弱音を吐いている暇は私には無い。

 この呪いのような闇魔法を、何としてでも自分の中から消し去らなくちゃいけないんだから。



 家族も、友達も。

 みんなが幸せなら、それだけでいい。




「……大丈夫、私が守ればいいんだから」




 本を閉じ、そっとカバンに滑り込ませる。そして自分を閉じ込めるように、布団を深くかぶった。

 冷たい夜の空気が肌を刺す。


 そうして、少し冷たい布団に身体を震わせながら、ゆっくりと瞼を閉じた。





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