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星の大樹と、その時の勇者たち
しおりを挟むとりあえずトリグラフ山頂を拠点にすることを決めたローランは、一度故郷に戻り、これまで世話になった人や友人、両親が亡くなってから家の一室を貸してくれていたジョニーとセリカに引越しの挨拶をした。
「いつでも帰ってきなさい。君はもう、私たちの息子のようなものなんだから」
「体には気を付けて、ちゃんとご飯食べるのよ?」
「……向こうに行ってからも、手紙書きます。両親の命日とかにも帰ってきますんで、小父さんと小母さんもどうかお達者で」
故郷の町の人々は激励を送ってくれたり心配してくれたりと、道具屋として成り上がるために新天地へ向かうローランに温かい言葉をかけてくれて、不覚にも少し泣きそうになったが、それを悟られないように人目に付かずこっそりと涙を拭う。
いつか店が大きくなったら、父の代までシャルバーツ家が見守り続けたこの町にも支店を置いて発展に貢献しようと誓い、ローランは再びトリグラフ死火山の山頂にある箱庭……超広大な庭付きの新住居へと移った。
元々荷物は服と作成道具くらいで少なかったことが幸いし、二回も往復することなく引っ越しを終えたローランは、まず引っ越し先に無事に到着したことを手紙にしたため、ジョニーたちへ送る。
「よし、行ってこい」
父の遺言状を届けた鳥型ゴーレムに取り付けられていた魔核に付加されていた魔術を改良、増産した物を小父夫婦や友人たちとローランの間を行き来出来るようにした。人が寄り付かない山の山頂に住むローランとの手紙のやり取りは、主に鳥形ゴーレムが行うことになるだろう。
(さて、と。とりあえず、次は工房の外を探索してみるか)
工房の中にある星龍の鍋に対する、製作者や材質、作成方法といった疑問はあるが、現状工房の中は全て調べ尽くし、手掛かりが発見できなかったローランは一旦星龍の鍋の事は忘れて、次の疑問に思考を巡らせ、ウインドブーツを使って移動する。
(普通ミスリルが地表にポンポン落ちてること自体あり得ねぇし、そもそもこんな寂れた山に出てくる鉱石じゃない)
鉱石とは様々な条件が重なって地層に出来上がる自然物だ。溶岩が冷えて出来上がったトリグラフにミスリルがあること自体がおかしい。
(しかもこのデカい結晶体……よく見れば全部宝石の原石なんだよな)
宝石類は、最高品質の魔核の材料だ。箱庭の各所に地面から突き出る、赤、青、翠、黄、白の巨大な結晶体はそれぞれ、ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズ、ダイヤモンドで、草を抜いて土を掘ってみればミスリルがゴロゴロと出てくる。
(どう考えてもこの箱庭は人工物だな……それも超大掛かりな)
こんな多数の希少鉱石が密集する土地など、明らかに自然物ではない。この巨大結晶一つでも売れば、一生遊んで暮らせるだろう。
しかしローランの目標は、シャルバーツ道具店の復興と成り上がりだ。ただ売って悠々自適の生活するだけでは、もう一つの目標である勇者たちに土下座させて頭を踏んで高笑いするだけの権力を得られない。富だけではなく、周囲への影響力を身につけなくては。
(土地の関係上、雑草は少ないのは分かるとして、なんでエイドの花が群生してるんだ? これって基本、秋に開花するもんだろ? しかもこっちには冬に咲くルルカの花が群生してるし!)
掛けるだけで傷を塞ぐ回復の魔法薬、グリーンポーションの原材料である、黄緑色の花弁が特徴のエイドの花に、飲むだけで体内の魔力を回復させるブルーポーションの原材料であるルルカの花。
完全に時季外れといえる、あらゆる方面から重宝される草花がそこらかしこに生えているのだ。鉱物だけではなく、この箱庭の中は草花まで異常であるということが一目で理解できる。
「そしてなんで淡水に海水魚が普通に泳いでるんだよ……頭痛くなってきた」
アユやイワナ、コイといった代表的な淡水魚に混ざって、タコやホタテ、タイにサンマといった海に生息する生物が平然と湖に生息しているなど、生物の理に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えない。
海沿いに位置する山なので、ここは生簀の役割を果たしているのかもしれないが、本来共存が出来ない種類が共存する湖は、神秘的通り越して得体の知れない不気味さがある。
(まぁ、食料に困ることが無いのが幸いなんだけども)
中央の大樹以外は、食用の果実が生る木ばかりで、魚は湖に山ほどいる。今の季節では流石に冷たい水温を考慮し、倒木で作った即席の小舟に乗って、これまた即席の釣り竿で釣った魚を、セリカから餞別に貰ったバターと塩で調理。フライパンなどの器具は一通り持ってきており、火は魔道具があれば事足りるので、料理する分には問題はない。
「……味は普通に美味い。出世したら専属料理人みたいなのを雇って、ここで獲れた魚介を調理してもらうのもありだな」
いつかそうなるように夢見る未来を考えながら、腹ごしらえを済ましたローランは最後に中央の大樹の元に辿り着いた。
近くまでくれば壁と見間違えそうな巨大な樹の木陰は非常に広々としており、夏になれば平野を吹き抜ける風も相まって心地良い場所となるだろう。その分、立地も相まって冬は厳しそうだが。
「で、だ。この石板は何?」
大樹の根元には巨大な石板が突き立てられていた。高さと横幅が三メートルほどの正方形で、心なしか金色に変化する前の星龍の鍋と似た色をしていた。まさかと思い、ローランが手で触れてみると、灰色の石板は金色に変わり、眩いまでに発光し始めた。
『正式な所有者を認識しました。初めまして、創星樹の二代目所有者、ローラン様。この魔道具の使用方法についての説明をご覧になられますか?』
「またかーっ!?」
星龍の鍋の時と同じように紫色の文字が石板に浮かび上がる。何となく予想はしていたが、信じられないことに、この樹は魔道具の一種らしい。とりあえず説明を聞くと答えると、石板に文字がびっしりと表示された。
『この創星樹はトリグラフの箱庭全体に根を張り、一体化した魔道具です。使い方は至ってシンプル、創造したい素材を創星樹の根本にある石板にローラン様が手ずから未登録の鉱物、もしくは植物系の素材を当てるだけで吸収されます。あとは半日ほどで素材が箱庭の指定された場所に任意の量を創造できます。登録済みの素材の確認は、ローラン様が石板に手を付けて念じてくだされば確認が出来ます。なお、一度に創造される素材には上限がありますのでご注意ください。創造された素材が箱庭からなくなった場合は、この石板に触れていただければ、登録済みの素材は好きに創造できます』
「……こ、これはまた胡散臭い。でも前例があるからなぁ」
等価交換もクソもない、これまた自然の理に反する魔道具だ。胡散臭いことこの上ないが、星龍の鍋の事を考えれば、この創星樹のこともあながち嘘ではないのかもしれない。
それに期待もあった。魔道具作りで一番量を使用するのは鉱石類、薬系のなら植物類なのだ。それを一気に解決するどころか、希少な素材まで創造してくれるというのなら、ローランの野望にまた一歩近づくことが出来る。
とりあえずどれだけの素材が登録されているのか確認するため、ローランは石板に手を当てた。
「……思ったより少ないな」
石板に浮かんだ素材は、全てローランがその目で確認した物ばかりだ。確かに希少な物ばかり揃っているが、その分どこにでもあるような素材が見当たらない。
(とりあえず、こいつで試してみるか)
ローランは背負っていたリュックサックから、以前鍛冶屋の見学をした時にもらった玉鋼を取り出す。刀剣を作る時の原材料として使用される高純度の鋼は、石板に触れた途端に、水に沈むかのように吸収される。
「あとはこれで半日も待てば、箱庭の指定した場所に創造されるって話だな…………その間に、荷物の整理しよう」
最後に石板に表示された箱庭の全体図に、鋼の創造場所を指定し、ローランは一度工房に戻るのであった。
その後、いったん工房を住処とすることを決めたローランは、工房の中を掃除して荷物を取り出し、見分けがつきやすいように整理する。暗くなった時の為のランプも取り付け、陽光の熱が籠っていた空気を換気するために、工房の壁の一部に穴を開けた時には、日が傾き始めていた。
「半日経ったから探しに来たけど……本当に出来てるし」
ウインドブーツを履いて指定しておいた場所に行ってみると、本当に地面から鋼の塊が天に向かって突き出ていた。高さは元々あった他の巨大な結晶体の半分ほどだが、しばらく見つめていると、徐々に大きくなっているのが分かる。
「…………やべぇ、ニヤニヤが止まらん」
星龍の鍋に創星樹。こんな道具屋運営者にとって夢のような代物が、今自分の掌中にあるのだ。これで邪な笑みを浮かべなければ嘘というものだろう。
「これさえあれば、アレが出来るんじゃなかろうか」
ローランは欲望に歪む表情で鋼の塊の手のひらを向ける。その瞬間、空中に魔法陣が浮かび上がった。
父、リーガルから教えて貰った鉱石採掘用の分離魔術だ。対象の鉱物の構造を解析、結合の一部を分解することでどのような強度の鉱石でも簡単に加工することが出来る、シャルバーツ家の秘伝魔術である。
魔法陣から放たれた光によって、もはや塔と評してもいい大きさの鋼の一部が分解、ローランの腕の中で分子が結集し、一抱えほどの鋼の塊を再構築した。
「……我ながら良いこと思いついちまったぜ」
悪い笑顔を浮かべるローランは、その鋼の塊を抱えて工房へと戻っていった。
アステリア王国の首都、ヘリオロス。立派な煉瓦造りの建物が並び立ち、活気溢れる街の中央に聳え立つ王城。その謁見の間で、アステリア王国国王、バザルド一世は、玉座から今代の勇者を見下ろしていた。
「勇者よ。我が娘の婚約者殿よ。この一年ほど、魔国領への侵攻が遅々としているらしいが、何かあったのか?」
「……いえ、どうやら奴らも本腰を入れてきているようでして……」
「そうか……ここ最近、そなたの旅の雑務をこなす従者が連続で辞めているのでどうした事かと思っているのだが、過酷な激戦地に連れて行くには相応の実力を持つ者でなければならないか。……すまんな、そういった人材は探しても中々いない。勇者であるそなたには苦労を掛けるが、しばらくの間はそなたたちで雑務をこなしながら魔族討伐を進めてほしい」
「……仰せのままに」
立ち上がり、謁見の間から出た勇者……アレンは苛立ちが抑えきれないとばかりに壁を強く蹴った。
「クソ……! どいつもこいつも役に立たねぇな……!」
自分を中心とした美少女ハーレムパーティーにしたいと願い、国王たちを納得させるために悪評付きでローランをパーティーから追放してからというもの、アレンたち勇者パーティーの旅の効率は大幅に下がった。
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テントをまともに張れないのは当たり前、冒険に必要な各種道具の買い出しもまともに出来ず、野外での道具作成やポーション類の調合もままならない。その上、料理や洗濯にも不自由し、自然界に生える有害な植物や菌類の被害を何度も被った。
ただ強い者だけの者に冒険をする資格はない。本当の意味で冒険が出来る者というのは、あらゆる知識と技術をどん欲に溜め込める者の事を言うのだ。その役割を担っていたローランを身勝手な理由で追放したアレンたちの旅が滞るのは当然と言えるだろう。
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美少女だけで構成されたハーレムパーティーにしたいからローランを追い出したのに、そこに男が加わっては意味がない。そんなアレンの心情が表に現れ、男が加入する度に諍いを起こしては、男が嫌気をさして脱退する、騎士はローランにしたように悪評を流して脱退させるという事が連続で起こり、今アレンのパーティーに入れる者は極端に限られていた。
「あー、くそっ! イライラするっ! ちょっと気分転換に暴れるか」
かといって技術や知識を得るための努力をするのも面倒臭い。結局ダラダラと人間の領土に踏み込んできた魔族や魔物を倒してばかりでバザルドに呼び出しを食らったアレンは、気分転換とばかりに騎士団の訓練所に向かった。
「あ! アレン!」
「アレン様!」
王城に隣接する庭の一部に設けられた広い訓練所に入ると、聖女である四人の美少女たちの内の二人、ローランから寝取ったアリーシャとファナが嬉しそうに表情を緩ませながらアレンにすり寄ってきて、ささくれた心が癒されていくのを自覚する。
「お疲れだったな、主殿」
「お父様の用事はもう済んだのかしら?」
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その光景に、真面目に訓練に取り組んでいた騎士たちは顔を思いっきり顰めるが、その事すら優越感に変えてすっかり機嫌を直したアレンは、彼女たちの肩や腰を抱き寄せた。
「なんだ? お前らも来ていたのか?」
「はい! アレン様のお役に少しでも立ちたくて、少し訓練を」
「我らも主殿の伴侶に相応しい女にならなければならないからな」
「くくくく……健気じゃねぇか。今夜もお前ら全員俺の部屋に来いよ。可愛がってやる」
「やだぁ~、こんな昼間からそんな~」
「もう……皆見てるわよ。でも、そんな豪胆なところも素敵……」
聖女と呼ばれる四人の美少女を侍らせるアレンの姿は、男所帯の騎士団から見れば非常に面白くないだろう。ましてその中に、主君の娘であるエリザ姫がいれば尚更だ。
「よぉし! 今日は特別に俺たちがお前ら雑魚共の訓練に付き合ってやるよ!」
「まぁ! 勇者直々にだなんて、貴方たちは幸運ね! ありがたく指導を受けなさい」
雑魚共と言いながら上から目線で自分たちの訓練に割り込んできた勇者に、騎士たちは一様に渋い顔を浮かべるが、エリザの鶴の一声で承諾せざるを得なくなって、内心溜息を吐く。
訓練内容は模擬戦。勇者パーティー対騎士団全員の白兵戦が行われたのだが、その結果は誰もが予想していた通り凄惨なものだった。
そもそも勇者や聖女の加護というのは、体の何処かに現れる紋章が特徴で、それは光と戦の女神アテナから授けられたという五つの神器、言い換えれば所有者を選ぶ戦闘用魔道具を扱える証のようなものだ。
五つ全てがオリハルコン製であり、現代のエンチャント技術ではとても再現できないほど高度なダイヤモンド製の魔核が埋め込まれ、その性能は装備した者の身体能力と魔力を百倍まで引き上げ、内蔵されている百の魔術を無詠唱で発動可能にするというのが、五つの神器に宿る基本性能だ。
「無駄ですよ。貴方たちの攻撃は決して届くことはありません」
聖杖を手にした治癒の聖女、ファナ。杖に宿った回復魔法と結界の力を極限まで高める付加能力により、騎士たちの攻撃は勇者たちを包む防護膜を破ることが出来ない。
「ほらほら、ちゃんと避けないと怪我するわよ!」
聖典を手にした魔術の聖女、アリーシャは、手に持つ本型の魔道具に宿る、攻撃魔法の威力極限化と魔術自動取得によって多種多様な魔術を無詠唱で放つ。
「脆弱な……。貴様らそれでも男か!? 気概があるのなら、一度でも我が矢を凌いでみせよ!」
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「遅い、遅すぎるわ! 貴方たちは普段どんな訓練をしているのかしら!?」
騎士たちの鎧を紙のように裂くのは、聖剣を手にした剣の聖女エリザ。神器に宿る切断力極限化と、全方角に自由に光の斬撃を飛ばすことが出来る力によって、彼女はさながら台風のようだ。
「はははははは! どうしたどうした、その程度かぁっ!?」
そして勇者の加護を持つ者だけが装備することが出来る聖鎧は、神器の基本性能に加えて与えるダメージを二倍にし、受けるダメージを半減させる。その上、背中から生える光の翼で飛行すら可能という代物。
どれだけ凡庸な者でも装備するだけで強者となれる、現代のバランスブレイカー。それが勇者と聖女たちが持つ神器だ。その圧倒的な力の前に、最後まで立っていた騎士団長が力なく地面に倒れるのを見て、アレンは気持ちよさそうに哄笑を上げる。
「ははははははは! お前ら弱すぎだろ!? 俺たちはかすり傷どころか、息も乱してないぜ!?」
「駄目ですよ、アレン様。私たちは特別……アレン様はもっと特別なのですから、比べたら可哀そうというものです」
「おっと、そうだったな。あははははははは!」
「いくら替えの利く兵士だからって、その言い方は可哀想だもの。むしろ、私たちを相手に五分持ち堪えられただけでも称賛しなくちゃ」
他の誰にも作ることが出来ない強大な神器を手にした彼らの人生は、まさに最盛期と言っても過言ではないだろう。歴戦の勇士たちが束になっても敵わない自分たちを、一体誰が止められるというのか。
四人の聖女のクスクスという笑いと、勇者の高笑いが何時までも訓練所に響く。その笑い声を、騎士団長は屈辱と共に聞いていた。
結局のところ、訓練などというのは名目に過ぎない。自分たちはアレンの憂さ晴らしと武威を見せつけるための道具にされたのだ。その事を察していた彼は、ただ手に負えないほど強い武器を手にした、女神に選ばれた若造たちを苦々しく睨みながら意識を闇に沈めることしかできなかった。
一方その頃。トリグラフの箱庭にある工房では、ローランが真ん丸と太ったドラゴンを模した星龍の鍋、その尻に位置する部分から飛び出た金属製の杖、経典、弓、剣、鎧にダイヤモンド製の魔核をはめ込み、軽く息を吐いた。
「出来たぞ。誰にでも装備可能な勇者と聖女の神器一式。オリハルコンが無いから鋼と魔力の伝導率が良いミスリルの合金で代用した分強度は劣っているけど、付加されている魔術は全部同じだ。案外簡単に作れたし、これなら量産できるけど……正直、俺ならもっと強くてカッコいいのが作れるな。試作品置き場に置いておこう」
誰にも作ることが出来ない神器の魔核。それを易々と作り出した男の存在を、世界はまだ知らない。
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