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最初のお客さま

5-1 ドラカの仕事

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 その後、仮眠から起きた俺は昼より少し客が減った店を何とか回し、無事に1日を乗り切った。

 次の日からは多少客足は落ち着き、問題なく1人でオーダー取りから提供までできるようになった。

 後で客として店に来たジョニトから聞いた話だが、広場にある掲示板に俺の店が噂の料理店として載っていたらしい。

 取材が来た時のために質問の答えをいくつか用意しておこう。

 なんて考えたりもして、王都の新しい料理店『アルバス』の名はそこそこ浸透していった。


 そうしてオープンから2週間が過ぎた頃――

 俺はいつも通りちらほら来るお客さんのご飯を作りながら慌ただしく過ごしていた。

 先程昼のピークを迎え、ようやく一息つく時間だ。
 表にある看板をclosedに変え、ドカリと席に座る。

 するとタイミングを見計らったように入口のドアが勢いよく開く。

 誰かは見なくても分かる。ドラカだ。


「よぉ、調子はどうだい!」

「……今最悪になった」

「けけ、なんだい休憩中かい?」

「表の看板が見えないのかあんたは。何しに来た」

「特になぁんにもないけどねぇ。順調にアルバスが育ってるみたいだからちょっと寄ってみただけさぁ」

「植物みたいに言うな」

「新規の客も増えて売上も好調みたいだし、感心感心」


 全然顔を出さないのにどこで情報を手に入れているんだ。
 どこかで見てるとか?

 情報と言えば、ジョニトが気になることを言っていた。


「そういえば、ふと思ったんだけどドラカの仕事ってもしかして情報屋か何かか?」


 ドラカの動きがピタリと止まる。

 あ、まずいか?


「……どうしてそう思うんだい?」

「いや……ちょっと前に小耳に挟んで……」

「誰からだい?」


 少し怒っているような圧を感じる。
 どうやら俺は口を滑らせてしまったみたいだ。


「誰っていうより……本当に噂程度だよ。その、欲しい情報を頼めば何でも教えてくれる独特な話し方をする奴がいて、そいつがSランク冒険者だとか……そ、そんなのドラカしかいないだろ?」

「………」


 慌てて誤魔化すが、多分信用されていない。

 ジョニトに1度他国の食材の入手について雑談ついでに愚痴ったことがある。
 その際、ドラカなら仕事の関係でそういう情報も持っていると言われたのだ。
 もちろん内緒にしてくれと言われたので、俺は必死で隠す。


「だから、その、深い意味はなくてだな。もしドラカがそうなら他国の食材についていい入手経路が知りたいなぁって……」

「………はぁ」


 とても大きな溜息をつきながら、ドラカは頭を抱える。
 この反応を見るにきっと正解なのだろう。

 そんなに秘密にしておきたい理由はなんなんだ?
 俺はそう問いかける。

 するとドラカは珍しく真面目な顔つきになり、ゆっくりと話し始める。


「……あたしの仕事はさぁ、かなり危険なんだ。それこそ常に命の危険があるくらいにはねぇ。だからこそ、必要な人間以外にはあんまり教えたくはないんだよぉ。もし巻き込んじまって、万が一そいつが命を落としたら、あたしはきっと平気じゃぁいられない。だから他人ひとと極力深く関わらない、関わらせないがあたしのモットーなのさ」


 聞き終わって、俺はなんとも言えない気持ちになる。
 そして同時に申し訳なくなった。

 軽率に聞いていい話でもなかったし、ドラカという人間の1部に触れてしまったこと、そして弱さが少しだけ垣間見えたことに対してだ。

 俺が知っているドラカは、最大限周りを守ろうとしている表面上のドラカだっただけなのだ。


「………すまない」


 俺が俯き謝ると、ドラカはけけ、と笑って軽く鼻を指で弾いてきた。


「なぁんてなぁ。冗談さ。あたしは至って真面目でまともな仕事をしているよぉ。その噂、誰か別の人間じゃあないのかい?」

「な……」


 あっけらかんと笑うドラカに、先程までの申し訳なさが消える。

 このふざけた女は本当に……。

 と一瞬怒りが湧いたが、ドラカのどこか切なそうな瞳を見て、それが強がりであることが分かる。

 俺に余計な心配をかけないよう、きっと冗談で済ませたんだ。
 その意図を察して、俺は敢えて騙された振りをする。


「……はいはい、別で探してみるよ」

「残念だったねぇ、けけ」


 話題を変え、ドラカに飯を食っていくか聞くと、ドラカは少し悩む素振りを見せていたが、ふと窓の外を見て顔色を変えた。


「……あたし、用事を思い出したから今日は帰る」

「え?」

「じゃあねぇ」

「お、おい!」


 そう言うなりフードを深く被り、表ではなく裏口から走って出て行った。
 なんだんだ急に。

 ドラカが見た窓の外を俺も見てみる。
 すると店の前に王族の馬車が止まっているのが見えた。

 ああ、あれを見たのか。
 俺はドラカの王族嫌いを思い出した。
 流石に避けすぎじゃあないか?

 兵士が数人と、顔は見えないがドレスの女性が降りてくる。
 きっと女性はヒストリアだろう。
 closedの看板を無視してドアが開く。
 数人が店の中に入ってくる。


「ごきげんよう、ロイズ料理人」

「……いらっしゃいませ。セレ……じゃなくてヒストリア王女」

「表に看板が見えました。急に上がり込む御無礼をお許しくださいませ」


そう言いながら、セレス…ヒストリア王女は優雅に頭を下げる。


「そ、そんな滅相もない!……ところで本日は何を召し上がられますか?」

「いえ、本日はここではなく持ち帰り、という形式でこの日替わりメニューというものをお願いいたしますわ」

「持ち帰り?」

「えぇ、実はわたくしの父、国王が1度ロイズ料理人の料理を食べてみたいと仰っていますの」

「国王が!?」


 俺が思わず大声を出すと、すかさず兵士に睨まれる。


「も、申し訳ありません……」


 ヒストリア王女が兵士を止める。


「おやめなさい。……失礼いたしましたわ、ロイズ料理人。いかがでしょう? お作りはいただけますか?」

「それはもちろん、だ、大丈夫です」


 かなり緊張しながら俺はキッチンに入る。
 ふとヒストリア王女がテーブルを見て俺に質問をしてくる。


「もしかして他のお客さまがいらっしゃいましたの?」

「え? あぁ、大丈夫ですよ。オー……仕事の関係者がいたんですが用ができたみたいで、つい先程帰りました」

「まぁ、そうだったのですね……」


 そういえばまだドラカの事をちゃんと紹介できていないな。
 もし店を大きくするのなら遅かれ早かれオーナーの存在を言わなければならない。
 とはいえまだドラカ自身の許可が取れていないし、また今度聞いてみよう。

俺は作り終えた料理を持って王女のもとへ戻る。


「ヒストリア王女、こちらが本日の日替わりメニュー、持ち帰り用です」

「迅速なご協力、ありがとうございますわ」


 周りの兵士に品物を渡すと、すぐさま入口のドアから退散していく。


「急な注文でしたが快くご対応いただきありがとうございましたわ。それではごきげんよう、ロイズ料理人」


 優雅に、そして堂々と帰るヒストリア王女としてのセレスは、顔は同じなのに別人のようだった。


 俺は馬車が離れていくのを確認して店に戻る。
 ドラカや日替わりメニューを作っていたらあっという間に夜のオープン時間だ。

 やれやれ、休む暇もなかったな。
 そろそろ従業員を雇うことも本格的に考えないと。


 俺は夜の仕込みを軽く済ませ、表の看板をOPENに変えた。
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