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店をオープンしよう

4-8 言い逃げはずるい

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「最後でございます。カウンター1名ブルゴ肉苦手男性加工師です。希望は加工バフ」

「はい!」


 加工バフなら大体定番の料理があるのだが、それにはブルゴ肉を使うため難しいか。

 ブルゴ肉が苦手なら、きっとあの独特の臭みとネバつきが嫌なことが多い。

 ということは代わりの肉をモトロという食感だけがブルゴ肉に似ている肉を使うか。
 あとはあのネバつきの再現はもっと軽く、かつ不快じゃないあの野菜にしよう。

 俺はささっとバフ料理を仕上げる。


「ゼフトさん、カウンター。お願いします」

「かしこまりました」


 9時にオープンして、今は14時。
 かなり長く料理をしていたせいでヘトヘトだ。

 俺は自分のための回復料理を作る。
 自分に対してだと効果は半減するが、仕方ない。


「ロイズさま、失礼します。お客様が料理人を呼べとのことです」

「……もしかしてクレームですかね」

「いえ、特に怒っているような空気ではありませんが、内容は料理人にしか分からないからとにかく呼んでくれの一点張りでございます」


 えぇ……もしかして少し変わった厄介な人かな。

 俺はビビりながらもフロアに出る。
 カウンター席の横に長い黒髪を束ねたすらりとした長身の男が腕組みをして立っている。


「お待たせしました。料理人のロイズです」

「おお、貴殿が……一目料理を見た時からどんな御仁だろうと気になっていたでござる」

「ござる?」

「あいや、すまぬ、某の国の言葉でな。なかなか癖は抜けぬのだ。お聞き苦しいと思うが許して欲しいでござる」


 不思議な話し方をする男のお客さんは、独特な仕草で丁寧にお辞儀をした。


「はあ……あの、何か料理に不備などありましたか?」

「不備などござらん! むしろ、完璧すぎるであった。加工ばふと言えばまずぶるご肉を使うのが最も一般的で効率が良いとされているのに、貴殿はそれを無しにしても完璧で、かつ爽やかな料理をつくりあげた。何とも素晴らしい」

「は、はあ。ありがとうございます」


 彼の熱に押され、俺は思わず後ずさりをする。
 すると彼はハッとして1つ咳払いをし、声のトーンを落とした。


「む、すまぬ。自己紹介がまだであった。某の名はフウト。遠い島国の生まれだが、食文化の見聞をより広げるためにこの国にやって来た。今は自らの店で料理人をしているでござる」

「え? 料理人? 加工師だと伺っていましたが……」

「重ね重ね申し訳ない。料理人と言えば警戒されると思い、心苦しいが偽らせてもらったのだ」

「……偵察とか?」

「断じて違うでござる! 信じて貰えぬかもしれんが、某もまだまだ未熟ゆえ、ひたすらに物珍しいおまかせ、というを昨日配られた紙を見てから味わいたくなっただけでござる」


 必死に弁解をするフウトと名乗る男。
 長い髪のせいで分からなかったが、その整った顔立ちはどこかで見たような気がする。

 待てよ。自らの店?

 俺は以前訪れた民族料理店を思い出した。


「もしかして……雅な風?」

「おお! ご存知でござるか! いかにも、某は『雅な風』料理人のフウトと申す」

「偶然飯を雅な風で食べた事があって」

「光栄でござる! 貴殿のような1人前の料理人に食べてもらえるなぞ至高の極み! して、いかがであった?」


 何を言っているのか半分は理解できないし突っ込みたいところは多々あるが、とりあえず感想だけ伝えよう。


「とても美味しかった。料理を食べてあんなに幸せな気持ちになったのは久しぶりだった」

「なんと……感無量…某、もっと精進するでござる! 差し支えなければ、師匠とお呼びしても構わないだろうか?」

「え?」

「頼む! 貴殿の腕前を見込んで、某の更なる飛躍のためにご教授をお願いしたいのだ」

「そ、そんな……そもそも俺は何もしていなくて……」

「あぁ、もちろんすぐに返事はいただかないでござる! また後日別のを注文しに参るので、本日はこれにて! 釣り銭は不要でござる!」


 そう言うなりフウトは1万ペルと小包を置いて退店して行った。
 ほとんど何を言っているのか分からなかったが、とりあえず熱意と圧が凄いことは分かった。
 小包の中身はおにぎりとメモだ。
「疲労回復ばふでござる!」と力強い文字で書かれている。

 お客さんに貰うのは申し訳ないが今はありがたくいただく。
 恩返し代わりに彼の店でまた食べよう。

 うん、美味い。

 彼の腕は確かだったが、俺の料理の何をそんなに気に入ってくれたんだろう


「なかなか変わったお方でしたな」

「あ……すみませんゼフトさん」

「いえいえ、とんでもありません。勝手ながら着替えを拝借して洗い物をさせていただきました。その先の調理場には立ち入っておりませんのでご安心を」


 見るとキッチン含め店内がとても綺麗になっている。
 長々と話し込んでいる間にゼフトさんが掃除、洗い物、皿拭きなど全ての作業を終わらせてくれていた。


「本当にありがとうございます。夜はなんとか1人で頑張れそうです。これ、少ないですが……」


 俺は先程用意した紙入れに15000ペルを入れて差し出す。


「いえ、これはいただけません」

「けど……」

「私はドラカ様の執事ですから。雇い主以外からのお金はいただけません」


 そう言われると何も言えなくなってしまった。
 タダ働きさせてしまっているようで申し訳ない。
 後でドラカにゼフトさんの給与を増やせと言おう。

 え?


 待てよ、ドラカの執事?
 あいつにはこんなに有能な執事がいたのか?
 執事がいるってことはあいつもいいところのお嬢様?

 ドラカがお嬢様だなんて考えただけで恐ろしい。

 いや、ただ普段は豪快だし口も悪いが、意外にマナーはしっかりしていたり、上品な仕草が垣間見えたり、必ずしもありえない話という訳ではないのか?


 ドラカの素性について更に謎が深まる。


 ………まぁ考えても分からないことは仕方ない。
 今日はなんとかゼフトさんのおかげで終わらせられたから良しとしよう。

 まさか昨日のビラの効果が直ぐに出るなんて、繁盛店としての1歩目はクリア出来たんじゃないか?

 流れで他の料理人とも関わることになったが、話に聞いていたより悪い人じゃ無さそうだった。


 ドラカはなぜあんなにも料理人や王族が嫌いなんだろう。


 俺は首を横に振る。
 次々湧いてくる疑問にそろそろ脳が耐えられない。


「ロイズさま。そろそろ私は失礼させていただきます」

「あっ、はい! 本当にありがとうございました!」


 疲れと考えすぎで頭がぼーっとしてきたが、ゼフトさんの声ではっと現実に引き戻される。


「いえいえ……そういえば本日のお礼という訳ではないのですが、個人的なお願いを聞いていただくことは可能でしょうか?」

「お願い? もちろんです。俺に出来ることならなんでも」


 俺が二つ返事で首を縦にふると、ゼフトさんはまっすぐ俺の目を見て静かに言った。


「………ドラカ様を、くれぐれもおひとりにはさせないでください」

「……え?」

「では、どうぞよろしくお願いします。失礼いたします」

「あ、ちょっ」


 お辞儀をして颯爽と出て行ってしまった。
 訳が分からない。
 フウトといいゼフトさんといい、みんな言い逃げが好きなのか?

 少しは俺の返事も待って欲しいもんだ。


「ドラカをひとりにするな……か…」


 どういう意味なのか考えたかったが、そろそろ俺の頭がパンクしそうになってきたので1度仮眠を取りたい。


 ただ、この時俺は何か嫌なことが起こるんじゃないかと少し不安になった。
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