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初クエストに行こう
2-4 疑問を忘れるくらいの
しおりを挟む俺が身体をすっと避けると、無惨に横たわる母ウサギの下に、まだ動いている小さな生命があった。
あのオオカミはこの子ウサギに目をつけ、持ち帰ろうとしていたのだ。
「まぁ……この母ウサギさんは子を守っていたのですね」
「ああ、オオカミがそっちを向かなければ気が付かなかったよ」
そっと震える子ウサギの子供を抱きながら、セレスは俺をじっと見る。
「……何だ?」
「ロイズさまってば、一歩間違えばご自分の命が危なかったのですよ?」
「……すまない」
「恩恵も見せるつもりはありませんでしたのに」
「……すまない」
「……でも」
ぐうの音も出ない俺に、セレスは優しい表情で「優しいんですのね」とにっこり笑った。
「さぁこの母ウサギさんのお墓を作って差し上げなければ」
「そうだな」
その後俺たちは母子ウサギの亡骸を埋め、特に何の問題もなく近くに群生していたセレスのクエストの薬草を無事に採取し終えた。
辺りはもう暗く、帰りの交通手段も無くなってしまったため、俺はこのまま野宿をしようと提案した。
するとセレスには顔を真っ赤にしながら「破廉恥ですわ!」と全力で拒否された。
ただ、セレス自身も歩いて帰るのは気が引けるらしく、結局近くの村の宿を探すことに。
「ロイズさまってば、女性に対する配慮が足りていませんわ」
「すまない、今までは普通だったから……」
「ふ、普通!? 本当に破廉恥ですわ…!」
「ああいや違う! 変な意味じゃなくて……」
誤解を解くのに時間がかかり、結局村に着くまでその話しかしなかった。
アルテナ森から歩いて15分。王都から1時間半。
ここはニギル村。
駆け出し冒険者は必ずと言っていいほどここに来る。
「2部屋取りたいのですが…」
「はい、空いておりますよ」
村に着くと冒険者が寄りがちなだけあって早々に宿があり、若めの受付の男性が手慣れた手つきで手続きをしてくれる。
どうやらかなり空いているようだ。
「最近はめっきり客足も減ってしまって、久しぶりのお客さんですよ」
「そうだったんですね」
「ロイズさま、何故冒険者という職業は減ってしまったのですか?」
「魔王を討伐したからかな。もう勇者もいるし、誰も残党狩りとかみんなのお使いなんて雑用したくないだろ?」
「そういうものなのですね………羨ましい」
「え?」
「何でもありませんわ」
何か言ったと思い聞き返したが、はぐらかされた。
そうこうしているうちに部屋に着き、また明日受付に集合ということでお互い部屋に入る。
ベッドを見た途端、どっと疲れが押し寄せてきた。
「……身体を洗ってさっさと寝よう」
風呂に浸かってゆっくりと身体を休める。
この瞬間が一番癒されるなぁ。
「あ~………」
明日はギルドに帰って、次のクエストを受けて……そうだ。オオカミの報告もしないと。
あの森にオオカミが出るなんていつ死人が出てもおかしくない。
しかし何故オオカミ出没の報告がなかったんだ?
もしかして出没したばかり?
だとしたらその原因は?
稀にダンジョンが生まれたり、異常生物が湧いて元いた住処を追い出されるなんてこともあるが、あの森の近くでそんな情報は見ていない。
考えれば考えるほど分からなかった。
まあ何にせよギルドに報告して調査をお願いしよう。
湯から上がり、俺は髪も乾かさないままベッドで横になる。
このまま寝よう。
明日も忙しくなる………。
―――――――――――――――――
気がつくと朝になっていた。
こんなにゆっくり休んだのは久しぶりだ。
時間は朝の9時半。
寝た時間は覚えていないがとても眠れた気がする。
やっぱりこのくらいの狭さの部屋に変えてもらった方がいいな。
俺は荷物をまとめ、ひどく広がった髪の毛の寝癖を直すためにもう一度湯を浴びた。
「よし、行こう」
宿の受付まで行くと、もうセレスは座っていた。
「おはようございますロイズさま。とてもいい天気ですわよ」
「あぁ、おはようセレス。すまない待たせたか?」
「いいえ、先程来たばかりですの」
そのまま受付で代金の支払いをしようとすると、奥から年配の男性が現れた。
受付の人と少し似ている。親子だろうか。
「突然すみません。私は村長のヒースと申します。その装備、お客さまは料理人で間違いはないでしょうか?」
「え? まあそうですが……」
一瞬戸惑った。
王都での料理人の様子を聞いたからか、もしかしてぼったくられるのではと不安になる。
と思いきや村長と名乗る男は急に頭を深く下げた。
「無理を承知でお願いがあります。私どもに料理を作ってはくださいませんか?」
「………え?」
「失礼なことは重々承知です。宿のお代はいりませんし、むしろお金もお支払いいたします。村の料理人が出ていってからというもの、もうずっと回復料理を食べておらず、身体の疲れが取れないのです」
目の下にクマ、あまり良くない顔色。
どちらかというと痩せている身体付き。
確かに健康ではない。
ここまで辛そうに頼み込まれると料理人としては断れない。
あとは代金が要らないのは有難いので、ここは引き受けてみる。
「……えぇと、ではキッチンを借りても良いですか?」
「ああ、ありがとうございます!」
保管室を開けると、山のように食材が入っていた。
「とりあえずたくさん作ればいいのか」
人数が正確に分からないが、とにかく回復効果をメインに出来るよう様々な食材を使って作っていく。
1時間ほど経ち、やっと完成した。
「おおお………」
宿の受付には人が集まっていた。
みんな疲れたような顔をしている。
宿の人に手伝ってもらいながらさっそく料理を運び、みんなの前に並べる。
「簡単に説明しますね。
まずメギラの卵とトトセ肉はメリーとヌールのオイルで炒め物にしています。これは回復と安眠効果が得られます。
次に疲労回復でこの村の特産品、カーレ麦をトトセ肉で混ぜて炊き込みご飯に」
説明している間、村人たちのお腹の音が聞こえた。
料理に目が釘付けだ。
「……スープは2種類あって、アタとシラの民族料理風スープ、エメラの葉とチゴリを使用した辛めのスープです。
どちらも筋肉の凝りをほぐし、血行を良くする効果があります。以上です」
「た、た、食べてもいいんですか?」
「どうぞ。ただし火傷や喧嘩には気をつけてください。まだありますから」
俺がそう言うと村人たちはすぐに列になり、自分の番を待っている。
その様子を眺めて休憩していると、セレスがやってきた。
「……ロイズさま、これほどの量をたったあれだけの時間で作りましたの?」
「ああ、料理の恩恵は時間短縮がある上に、作った料理が倍になる事もあるからすごく楽なんだ。楽とはいってもちゃんと疲れるんだけど」
「そうなのですね。お疲れ様ですわ。……ところで、私もいただけたりするのでしょうか」
「少し待ってて」
羨ましそうに村人を見ているセレスを待たせ、俺はキッチンへ引っ込む。
残しておいたセレスの分を持って行くと、ぱぁと嬉しそうな顔をする。
「い、いいんですの!? 私の分まで……」
「もちろん。助けて貰ったお礼にはならないかもしれないけど、召し上がれ」
セレスは上品な仕草で1口、1口と口に入れていく。
「はわわ……お肉がとろけますわ…卵がパサついていなくて、とろとろのままお肉と一緒にと溶けていきます…ご飯と食べたら今度はモチモチのご飯とさらさらした舌触りのお肉がマッチして……さらにそれをチゴリのふわふわさと辛さが不思議な食感の甘辛スープで流し込めば後味スッキリですわ……もう1つのスープは逆に少し固めなのがまた食感の違いを楽しめますわ……」
恍惚とした表情でパクパク食べるセレスは独り言が凄い。
あっという間になくなった。
料理人冥利に尽きるな。と嬉しくなる。
「大変美味でございましたわ。ご馳走様でした」
「それは良かった」
米粒ひとつも残さず綺麗になった器を片付け、俺は再度荷物をまとめる。
「お、お待ちください料理人さま!」
みんなが料理を食べ終わり、片付けモードに入っている中でこっそりと宿を出ようとしていたら、村長に見つかってしまった。
「本当に、本当にありがとうございました。いくらお礼を言っても足りません。自然と力が湧いてきて、これが料理というものを思い出しました」
「いえそんな、保存してあった食材がとても良かったので、楽しかったです。俺の方こそありがとうございます」
そう、ここの食材はどれも状態も品質もよく、作っていて楽しかった。
料理人が在住していないのがもったいないくらいだ。
「これはお礼です。また是非、我が村にいらして下さい。いつでも歓迎いたします」
そう言って村長は包みと、食材がいくつか入った大きな袋を渡してくれた。
「また来ます」
そう言い残して、俺とセレスは宿を出た。
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