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始めよう

1-5 脅しと書いて契約

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―――――――――――――


『美味い!』

『そうか、良かった』

『本当にごめんな。助けて貰った上に飯まで』

『いいんだ、俺は料理人だから。腹を空かせてる人に飯を作るのが仕事さ』

『料理人かぁ、この店、君の店?』

『まさか。だから俺が飯を作ったのは秘密にしてくれよ?』

『そっか、じゃあいつか君が店を持ったら食べに来るよ!』

『ありがとう。ちゃんとお金、忘れないようにな』




――――――――――


「……う……」


 目が覚めた。
 とはいっても目覚めはあまり良くはない。

 懐かしいな。
 ボイドと出会ったばかりの頃の夢。

 確か、王都にきたばかりのボイドが財布を落として行き倒れていたところを偶然見つけたんだ。

 その時はまさか一緒に魔王討伐までするとは思ってもいなかった。



 なぁボイド。本当に資金不足で俺を追い出したのか?

 それとも………


「いや、疑うな俺。親友だろ」


 危うく悪い想像をしてしまいそうだった自分の頬を抓り、顔を洗う。

 今は何時だ?
 昼頃にはギルドに向かいたいが……。


「げっ、11時!?」


 慌てて着替えて準備をする。
 部屋を出ようとした時、とあるものを見てひとつ閃いた。


「あ、そうだ」


 部屋を出てエントランスまで駆け抜ける。
 エントランスでは執事のように並んだ男たちが綺麗に頭を下げている。


「行ってらっしゃいませ、ロイズさま」


 居心地が悪い上にムズムズしてしまう。

 本当になんなんだあの女は。
 絶対にちょっとしたツテなんかじゃない。

 急いで冒険者ギルドに向かう。
 着いた頃には13時を回っていた。


「はぁ、はぁ……」

「おやおやぁ、けけ、さては寝坊したなぁ」


 昨日と何ら変わりのない酔っ払いがカウンターに座っている。
 いや、昨日よりは素面にちかい。


「はぁ…はぁ……悪い遅くなった」

「けけ、いいさ別に」


 息を整えるのを待って、酒女の隣に座る。


「……で、話ってのはなんだ」

「せっかちだなにいちゃん、まだそこまで酔いも回っていないっていうのに」

「いいから本題に入れ」


 俺が急かすと、やれやれと肩を竦めて酒女は不満そうに座り直す。


「……簡単に言うと、この街で1番の料理人になって欲しいんだ」

「1番の料理人?」

「ああ、その為にまずはあんたには冒険者ランクをCに上げてもらって、自分の店を持ってもらう」

「え? いやちょっと待て待て」

「Cにあげる理由は、行ける範囲が増えるからさ」

「おい聞けよ」

「クエストもより難易度が上がるが、レベルも上がる。そうすると、料理の幅も広がるだろう?」

「……」

「そうしたら自分の店を持ってもらう。クエストクリア数と難易度を見たらだいたい1週間くらいかね」

「なぁ」

「おやどうしたんだい?」


 恐ろしく饒舌になった酒女に、俺は呆れた視線を向ける。


「何の目的でそんなこと頼むかは知らないが、断ることも出来るだろ。お断りだ」

「ほう、何故?」


 探るように酒女は俺の顔を見てくる。
 自分の店を持つと聞いて、今朝見た夢を思い出した。


「……1番の料理人になるなんて、俺の実力じゃ無理だ」

「いーや、できる」

「たかが一般的な料理人だぞ」

「勇者パーティの、料理人だ」

「……それも元、だ」


 強い言葉と視線に耐えられなくなり、目を逸らす。
 酔っ払いのくせに、急に真面目になるなよ。


「……あんたがそこまで自分の評価を低くしている理由は自信が無いからじゃないねぇ……さては、解散が理由じゃないな? けけ、勇者パーティから追い出されたか」


 心臓が痛い。
 なんだこの女。


「今では勇者パーティの一員だったことが自分自身への価値と見合ってなかったのではないか、聞きたいが怖くて聞けない。追い出された本当のり理由が分からない。そういう不安と焦燥だね」


 べらべらとよく喋る女だ、気に入らない。
 一言一言が心臓に刺さっているみたいに痛い。痛い。痛い。


「そして王都の様子を見ちまったから、面倒事からは目を背けたいのに料理人としての自分が反対している。ってところかい」

「…うるせぇな」


 殴っ…………たつもりだったが、この女は人差し指で止めた。
 力が強すぎる。

 と思ったら拳が軽くなり、身体が前のめりになる。


「あ、」


 倒れると思った瞬間、額に熱を感じて勢いよく吹っ飛んだ。


「悪いねぇ、あたしの悪い癖だ。落ち着いてくれよ」

「痛……?! え、? 血……?」


 今、何をされた?
 額がジンジンと痛み、頭が痛い。
 血がじんわりと滲んでいる。

 倒れるどころか後ろに飛んだ。
 衝撃で身体も痛い。
 しかも、テーブルや椅子が数個壊れた。

 まさかあの人差し指で弾いたのか?



 いや、押された?


 困惑していると、目の前に酒女……ドラカがしゃがむ。
 後ろには白い顔をしたルシアさんが見える。
 申し訳ない。


「別に傷つけるつもりはないのさ。ただあんたには資格がある。あたしは人を見る目だけは自信があるんだよねえ」

「……」

「昨日、王都の様子は見ただろう? この国には料理人が必要なんだ。でも誰でもいいってわけじゃぁない。ロイズ、あんたはいい料理人だろう?」


 その目は、まるで「見捨てるのか?」と言っているように感じた。


「……断る、と言ったら?」

「何故?」

「……あんたがムカつく」

「それなら昨日の宿代払ってもらおうかねぇ。今すぐにでも」


 立ち上がり、わざとらしく嘆くドラカ。


「は?」

「当たり前だろう? これは契約なんだ。あたしは宿提供、あんたは望みを叶える。そういう契約だ。断るってんならあたしも宿提供はできないさぁ」

「……ちなみに、いくら?」

「うーん、このぐらいかねぇ」


 そこには、俺が一生をかけても払えないであろう金額が記載されていた。
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