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三章
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最悪。最悪だ。思ったよりはさっぱりしているけれど、気分的には最悪の一言だ。朝、特に予定はないけれど。習慣で早起きした僕は。台所でただ、湧き出る不満を何の罪もない具材達に包丁でザクザクと切り刻み、晴らそうとしていた。それで晴れるかと言えば、全く、と言えるのだけれど。
後方で衣擦れがして、それを立てた者が誰であるか知っている僕は。恨めしそうな表情を隠しもせず、振り返る。そうすると、ベッドの上で上半身を起こし。大欠伸している狼の顔があって。人の気も知らないで、本当に呑気なものだ。ガルシェは起きても、暫くは布団で下半身を隠したまま。眠そうな瞳を意味もなく壁に注いでいるのだった。
発情期に入ってからというもの、彼が夢精して。汚れた衣服を洗う為に、お風呂場に行く光景がそういえば最近見てないなと思った。ただ、それもそうかと納得してしまえる。だって溜まる前に、今は処理しているのだし。僕が。という不名誉な貢献の賜物であったが。
「ガルシェ、起きたならアーサーにご飯お願い」
今の僕は朝ごはんを二人分作ってるのだし。手が離せないからと、起きた銀狼にさっそく一つ仕事を依頼した。まだ寝ぼけているのか、返事といえば間延びした声がするだけで。大丈夫かなと心配になるが、あれはあれで。一応理解はしていると思う。朝がとても弱い男であるから。二重の意味で起きてすぐさま、行動に移せないだけで。
調理を続けていると、見なくても。のしのしと、とてもゆっくりとした動作で。フローリングの上を移動する足音が聞こえた。おまけで、足先にある爪がカチカチと硬質な音まで。その歩みはそのまま、扉を開ける音がして。途端に、鶏と狼の騒がしい声がしだした。
暗く沈んていた気持ちが、早朝には喧しいであろうそれを聞いて。思わず、苦笑してしまう。まったく、静かにできないものか。無理だろうな。二人、というか彼とペットの雌鶏であるアーサーは犬猿の仲と言えるぐらい。顔を合わせると喧嘩めいた騒動を起こす。だいたいアーサーの勝ちに終わるのが面白い所であったが。
ガルシェ曰く、なんども食おうとしたらしい。ぜんぜん懐かないお姫様に対して悪態をつくわりに、本気で捕まえようとすればいくらでも手段はあるだろうに。それをしないという事は、まぁ、そういう事なのであろうな。
二度目、ドアの開閉音で。頼んだ依頼を済ませて来た優秀な狼を労う意味でも、手元を注視していた視線を上げ。また後方へと振り返る。そこには、鳥の羽を一枚。肩に引っ付けている体格の大きな男が不機嫌そうに立っていた。手には、産みたてであろう。卵が一つ。
「ありがとう、ガルシェ」
朝一からお姫様の癇癪を受けて、受け流す心の余裕がないのであろう。僕の言葉を聞いた彼は、小さく舌打ちしてこちらへと歩み寄り。そうして、手に持っていた卵を手渡してくる。それを受け取り、軽く水洗いしていると。ジーンズの隙間に指を入れ、引っ張り。中を覗き込む変な姿。
何をしているのか。そのような奇行を突然するのだから。変態でも見る目で、声を掛けずそのまま見つめていると。軽く首を傾げて、そうして何か納得したのか。頷いていた。お尻から垂れた彼の尻尾は、緩やかに揺れている。変わった占いであろうか。ラッキーアイテムは朝立ちのちんちんとか。馬鹿か。
「発情期、終わったぞルルシャ!」
なんだ、そうなのか。良かったね。うん、良かった。って。聞いている内容を反芻していると。包丁を持った手が狂い、危うく自分の指を切りそうになった。危ない。調理中に余所見はあまりしてはいけない。静かにまな板の上に、握っていた物を置く。
「えっ、終わったの?」
「おう!」
僕の疑うような目線に対し、嬉しそうな狼の顔。どうりで、そんな尻尾が揺れているわけだ。だいたい、一週間ぐらいだろうか。長いようで短かったようにも感じる。強制的にガルシェの独断で、お互い休みを取っていたから。僕はずっと軟禁されていたわけではないが。家に居たのだから。日がな一日。ガルシェがムラムラしたら付き合うという、酷く欲に濡れた堕落した生活だったと思う。それは朝であったり、昼間であったり、夜であったり。発情の波しだいで、時間帯は関係なく。ある程度は我慢してくれているようだが、それでもどうしようもなく彼が堪えきれない程になると。僕が手伝うようにしていた。自分一人ですれば良いのにとは思うのだが、最初に手伝うからと僕が言ったのを。そのまま真に受けた狼は、必ず僕に頼った。行動がエスカレートして、関係のない僕まで絶頂に導かれるのは想定外だったのだが。僕が気をやると、嬉しそうにする男の顔があって。なし崩し的にされてしまう僕もいけなかったが。
発情の波が強くなった時の目安として、本能的な行動が多く出たり。唸り声をさせ始めると。ああ、限界なのかなって。こちらも察せられるぐらいには。慣れても来ていた。
そういえば、昨日。一度射精した後のガルシェの反応は、かなり理性的だったのを思い出す。あれが、終わりの兆候だったのかもしれない。発情期が始まってから、前期部分は一度射精しても興奮が残り。理性が少し欠けている印象があったから。そのせいで、こちらが聞いてるだけで恥ずかしくなってくるような事も平気で言ってくるのだが。それを、後で落ち着いたら。記憶は綺麗に残っているから、自分で言った内容に自己嫌悪してる姿がよく見られたのだが。正直とても見苦しい。
「えっと、おめでとう? とはちょっと違うけれど、良かったね」
「原因はともかく、ルルシャのおかげで誰かを傷つけずに済んだ。あのまま、狂って目に入った雌を強姦でもしたらやばかった。ありがとう」
調理を再開した人間の背後にしれっと立った男が、後ろから前へとお腹辺りに腕を回してくる。僕が包丁を持って、大きく動けないのを良い事に。さらに頭頂部に、狼の顎が乗る。何するのと、小さく身を捻っていると。彼の口から強姦とか、そんな恐ろしい言葉が飛び出してくる。そんなに。とは思うけれど、僕を対象として見せていた彼の繁殖欲求を全面に出した姿を見ていると、その台詞に妙に納得してしまえて。あのまま、僕がただ看病だけで。彼もまた、我慢をそれでも続けていたら。一匹の野獣になって、外へと飛び出す未来もあったのかと思うと背筋が凍る。
彼もまた、他のレプリカントの男達に取り押さえられ。そうして、罪に問われ。烙印を押されてしまっていたのだろうか。あの、素直じゃない彼のように。
この体勢では、ガルシェは僕の表情など見えないだろう。頭上からは無事に発情期を終えられて、心底嬉しそうな声がしていたから。暗い顔している人の顔など。誰かを傷つけず、と彼は言った。でも、僕の身体には少なくない。咬み跡や痣があるのだけれど。最初、力加減ができなかったから。興奮で昂ったまま、彼にその馬鹿力で掴まれたせいで、こしらえたものであった。それを見て、早々改善はされたから多くはないのだが。咬み跡は、口輪を持って来た最後の日だけ一回咬まれただけで済んだが。そうか、僕の傍を離れる事もしたくないみたいであったから。発情期の終わり際であったからこそ、外へと。一人で出かけられたのか、と納得する。
どうやら、性的対象が見える範囲に居ないと不安になるようで。ガルシェは僕と家に居る間、傍に居たがった。子孫を残そうと、雄が雌を探す本能的な行動だろうか。ソファーやベッドで一緒に並んで座ったり。僕がトイレに入って出てくると、毎回扉のすぐ傍に待機していたり。ずっとそわそわとして、落ち着きをなくしていた。繁殖欲求に、頭の中はパニックになると彼なりにどんな状態か教えてくれたから。そういうものなんだなと、そこまで邪険にはしなかったけれど。ただ、ずっとべったりだったので。これで僕も安心できる。便器に座ったまま外の気配を窺うと、変な威圧感がずっとこちらへと。早く出ろとばかりに垂れ流しにされているのだから。トイレぐらい落ち着いてさせて欲しかった。
本来は、発情期を迎えた雌のにおいを嗅いで。狼の雄は発情するらしいから。想定外の状況に、彼も困ったのだろう。普通は雌のにおいでその気になって、なったらそのまま。ようは交尾を受け入れてくれる相手が居る前提で、そうなるのだから。居ない状態で発情状態になるなんて、身体の仕組みができていないのだから。ある意味で事故であるとも言えた。
じゃあ、同族の。狼の女の人はどうするのと。興味本位で聞いたら、もしも好みの相手や番がいない場合。家の中に閉じ籠るらしい。不用意に刺激しないように。という事は、そうやってルオネも。自衛してきたのかなって。ちょうど知り合いに、ガルシェの幼馴染で。そして狼のレプリカントで、女性であるから。例題として頭で思い描いて。勝手に例に出されるのは、失礼かな。こんど会ったら謝るべきか。何に謝られてるか、ルオネは不思議がるだろうけれど。
ただ、この問題は一応解決したように見えて。原因はそのままであったから。懸念がどうしても付きまとう。ガルシェは、僕の発情臭を嗅いで。そうなったのだから。極度の禁欲も手伝ったのだろうが。
解決策を考えるとすれば。そうだな、と抱き着かれてやり難いながらも。具材を刻む動きを再開させながら、物思いに耽る。
一つ。僕がえっちな事を考えないようにする事。今抱いている感情が、どういったものか。狼の嗅覚は嗅ぎ取ってしまうようであるし。
一つ。一番手っ取り早い方法として。やはり定期的に、彼に自慰をしてもらう事。居候である僕の目があるから、どうしても恥ずかしがってずっと我慢して、そうなったようであるし。どうにかしてしてもらうしか。
お互いに話し合って、自衛をしていくしかなかった。ガルシェの一人の時間を作るように、僕もそういった形で。当初僕が手伝うって言ったのはそういう意味で言ったのだから。でないとまた、倒れでもしたらそっちの方が問題だ。
具材を熱したフライパンに移しながら、そう考えていると。頭の上にあった加重がなくなり。そうして、横からマズルが突き出てくる。どうやら背後から、何を作ってるのか気になったのか。覗き込んでいるようであった。やり辛いから、普通に隣から見ていて欲しいのだが。
発情期中はそういうものだと割り切っていたが、終わったらしい今。こうして密着してくるのに違和感が襲う。別に恋人でもないのに、妙に近い。もう少し、前はもっと。距離感は遠かったと思うのに。背に、彼の体温を感じながら。野菜の海に、産みたての卵を割り。中身を投下して、簡単な野菜炒めを作っていく。
この家で、居候として生活しだして。だいぶ家事スキルは上達したと思う。背後に居る男が、家事ができなさ過ぎるから。自然と僕が担当になって、やる回数が多いのだから自ずと伸びたとも言えたが。野菜と卵に火が通り、湯気と一緒に上昇してくる芳ばしいそれ。人の頬のすぐ傍にあった、狼の鼻が待ちきれなさそうに匂いを嗅いでいた。体格に相応しく、とても食欲旺盛な彼を満足させるには。朝といえどそれなりの量が必要であった。お互いの稼ぎは基本食費に消えるのが常で、物価が高いこの街ではしかたがなかった。
食べ物はとても値が張る。命がけで外で狩猟してくるか、街全体を賄いきれない。少ない土地で取れた作物や畜産品しかないのだから。後は、外部からやってくる行商人。この男は家の中ではどうしようもない役立たずではあるが。戦闘力は高く、外で護衛等を請け負いそれなりに高収入の部類に入るらしい。特に、凶暴な野生動物もそうだが。この世界には人間一人分かそれよりも大きな機械の化け物達が、無差別にレプリカントを狩っているのだから。
この街がぐるりと、鉄の壁で覆われている最たる理由であった。こうしなければ安全を確保できないぐらい、今は平穏とは程遠い。退廃した光景が街周辺に広がってるのだから。荒野ばかりの土地で。そんな場所でも水があるのは本当に幸運と言えた。学校の跡地を中心に、この街は広がっていて。元は学校の設備であるプールの施設を改修し、汲みあげた水をろ過し、街の一部地域へ運んでいるのだから。
そう水だ。一夜明けた今も、台所の蛇口からも。そしてお風呂場でも、依然として水が出ないのである。断水なのは、まず間違いなく確定であった。ろ過設備に何かあったのか、それとも汲みあげてる地下水がとうとう枯れたか。きっと既に問題になり、街は大騒ぎではないのだろうか。まだ家から一歩も出ていないのだから、人々の反応はわからないけれど。
街の中で生活しだして、ガルシェと違い。街の外に出る事はない僕は、比較的安全に暮らせていた。問題は、それなりにあったが。命を取られるという程。は、あったな。未遂で終わったけれど。
家にある物で食いつないでいたけれど、冷蔵庫の中はすっからかんだ。碌に買い物も行けていないのだから、それは当然ではあるのだけれど。今日は、やっと行けそうだ。彼も、仕事に復帰できるだろう。にしても、よく一週間も休みを貰えたな。発情期がある種族だから、そういう制度でもあるのだろうか。
一応、ガルシェが直接。僕が働かせてもらっている店長に連絡をして、同じように休んでいるけれど。これって、傍から見たら。そういう事をする為に二人共休みますって見られないだろうか。それは、嫌だな。僕自身が他人に、プライベートな事を知られたくないというのもあったが。ガルシェの方にも、僕とそういう関係を持っているという噂が立つのはよろしくなかった。
彼は、番を求めて。資格を得ようと、努力しているのだから。査定はマイナスから始まっているから、本来ならとっくの昔に得られていたかもしれないのに。だから、もし他の、女の人と一緒になるのを想定すると。いらぬ噂話が流れるのは好ましくなかった。彼にとって不名誉なものは特に。
ただでさえ、あまり僕が彼の元で暮らしているのはよく思われていないのだから。僕を逮捕しようと、やってきた軍人らしき人達が。それを物語っていた。店長や、銀狼の幼馴染である二人は。数少ない僕を受け入れてくれている人ではあったが。でも、結局はそれまでだ。やはり、この街で人間は僕だけというのは。
そんな奴を飼っている酔狂な奴。そこに、異種族相手にそういう事をしたとなれば。ガルシェはあまり、自分のにおいが僕から薄れる事に良い顔はしないけれど。早急に落としたかった。そういう性の残り香は特に。だからこそお風呂に入りたかったのに。水が、出ないなんて。
あの後、顔だけじゃなく、身体中を銀狼に舐め回され形式上だけ綺麗にされた僕。どんな羞恥プレイだろうか。確かに汚したのは全部後ろから抱きしめて、朝ごはんはまだかなと呑気に鼻歌まで湿らせた鼻から奏でている馬鹿狼であるのだけれど。責任の取り方がズレている。かなり変態な方向に。だから今日、起き抜けからずっと気分が急降下気味であったのだ。変な臭いしないだろうか。
動物の顔をしている嗅覚に優れた、彼らレプリカントにこれは誤魔化せるだろうか。無理そう。飲み水として確保している、貴重なボトルの中身を使うかとも思うが。さすがにそれをするのは憚られる。たぶん、ガルシェに止められるだろうし。主に水がもったいない、そういった理由で。変は奴に絡まれない為に、強い雄である彼のにおいを纏うのは非力な僕にとって数少ない。この街での自衛手段ではあったけれど。さすがに、今のこの身に纏うそれは。度が過ぎている。
この男とヤりましたみたいな看板を、首から下げているようなものだ。ヤってないのに。ぶっかけられはしたけれど。考えていると頭が痛い。鍋を振りながら、片手で額を押さえていると。ガルシェが心配そうに顔を覗き込んで来る。誰のせいだ、誰の。やはり、今日は外出など控えて。もう少しにおいが薄れてからの方がいいだろうか。最悪彼におつかいを頼むという手もある。
たぶん、このまま出かけて。働いてるこの街唯一のゲートである、集会所でいつも仕事の内容を聞いてるのだから。あそこに、もう出られると報告に行くのだろうし。そのついでに、市場の方へ食料を入手して来てもらうのが名案のように思えた。僕は家の掃除をして、また暇を持て余してればよい。
後ろの彼が、どのように言って休みを取ったのかは謎だが。いい加減店長である、サモエドのおばちゃんにも顔を出さなければいけなとも思うが。まさか、俺が発情期だからルルシャと一緒に休みますとか馬鹿正直に言ってないだろうか。それはないと思いたいけれど、その可能性を捨てきれないのが。この街の男どもに共通するデリカシーのなさだった。もしそうであったら、店長とも顔を合わすのが嫌になる。目を逸らされながら、お休みの間大変だったのね。と気を遣われでもしたら、発狂する自身がある。
ぼすり。纏わりつく狼が邪魔で。背後の胸板を後頭部で叩く。寝る時彼は上半身は裸だから、そこには天然の鎧でもある筋肉と、毛皮からなる多重装甲。思いっきりやったわけではないから痛くはないと思う、首を逸らした事で。何を勘違いしたのか、ガルシェが嬉しそうに額に頬擦りしてきた。邪魔なのだけれど。
ドアップで視界を占領する狼の顔。埒が明かない。お皿を用意してと、冷めた声で言えば。渋々、手が腰から離れ。分厚い身体と距離ができる。この時間帯は涼しいのに、暑苦しいぐらいだった。正面からは、火を使ってるのだからコンロによる熱気。背後には体温の高い、男の抱擁。汗ばむのは遠慮したい。
この家にある唯一のテーブル。小皿が二つ両サイドに置かれ。そして中央には耐熱用の布。準備万端だとばかりに、ガルシェはお気に入りのソファーに座って待っていた。匂いを嗅いで、舌がはしたなくも自身の口元を舐めている。たぶん、無意識。
机の真ん中に、フライパンごと。豪快に置いて、それで今日の朝食はできあがり。野菜と卵を使った、味付けは塩だけのシンプル野菜炒め。調味料は貴重である。そんな中でも塩は一番手に入りやすく、安価だ。海が近いのだろうか。逆に砂糖といったものは、市場で見かけはするけれど。手軽に買おうという気分になる値段をしていなかった。
本当は見栄えを気にするなら、フライパンで炒めた料理を大皿に盛り付けるべきなのだろうけど。洗い物を少なく、そして水の節約を考えると。とても合理的だ。インスタントラーメンを鍋で作って、そのまま啜るずぼら飯となんら変わらないけれど。無頓着な奴で一人暮らしならそんなものだろう。僕には同居人が居たが。そんな事をガルシェが気にするような人には思えない。
たぶん、一生懸命綺麗に盛り付けても。豪快に端の方からフォークですくいあげ、僕の握りこぶしぐらいありそうな塊をばくりと齧り付いて。無心で咀嚼し続けるだろうから。
失礼かもしれなかったが。それが僕の彼に対する食事に向き合う印象だった。食べる事は好きみたいだが、見た目や味にはそこまで拘りがない。強いて言えば、パンがパサパサして狼の口では食べ辛く。好んで食べようとはしない程度か。料理を作る側からすると、とても楽であった。美味しいとか、見た目を見て、美味しそうとか。そんな感想を期待する気持ちはここで暮らし始めて早々消えた。逆に割り切ってしまえば、気が楽とも言える。
気合を入れて、凝った物を作ろうにも。食材も、調味料も不足しがちな環境において。そもそも無理が出てくるのだが。だから料理の姿勢に関しては肩の力を抜いて抜いて、抜きまくってよい。ほっといたら肉ばかり食べそうであったから、野菜を意識して出す程度だ。
一番好きなのは肉類なのだろう。その時は自分の分を食べてしまうと、だいたい僕の方が食べるペースは遅いから。まだ残っている僕の分の肉をじっと見つめている事が多いし。小食だから、それをそのままガルシェのお皿の方へ移すのも日常になってしまった。ああ、そうだな。その時は控えめに、尻尾がソファーを叩いたりするだろうか。
かと言って、あまり極端に彼の方へと料理を盛っても。食費は僕も出しているからと、量は公平にと言われてしまうのだった。でもどうせ、僕が彼と同じ量は食べきれないというのに。
そういえば、あの幼馴染二人と食事会をした時から。ガルシェが先に食べるのを試しに待つようにしてみた。狼は縦社会で、社会性を築く犬科の中でも特に厳しいらしいし。社会勉強は大事だと思った僕は、さっそく実践してみたのだった。
外で、僕が知らず。彼と一緒の時にもし無作法な事をすれば、恥じをかくのは僕よりもどちらかというと銀狼であるだろうと考えたからだ。ユートピアと呼ばれる、この街で。たった一人の人間を飼っている。そういう認識のようだし、なら僕を教育する義務はガルシェにあるわけで。市長との顔合わせの時、僕が何かやらかしたら殺処分しろという会話も交わされていたのだから。びっくりするぐらい、この街で僕の命は軽い。治安の悪い裏通りへ行けば、それは顕著に感じられて。
資格を得る事。その足を引っ張る真似だけは避けたかった。もう既に、十分すぎる程彼の足を引っ張っている自覚もあったから。ならどうするか。もっと彼らの生活を知るべきで。この街で暮らして、働いて、一人で表通りなら買い物ぐらいできるから。多少は知れたとも言えたが。でも、細かい礼儀作法はまだまだであった。まさか、犬科だから挨拶にお尻を嗅ぎ合うとか。そんなのはたとえあったとしても、やりたくないけれど。できる範囲でなら。だから僕の彼らの暮らしに向き合う姿勢は、好ましいと思うのだけれど。そうすると、ガルシェは。複雑そうな顔をして。でも何か言うわけでもなく。僕の好きにさせていた。間違ってるか聞いても、ただ。いや。そう短く返されるだけであった。
銀狼の発情に関しても、理解を示す事は大事だ。できれば、またあんなふうにならないように。
朝食を食べてしまうと、予想通り。彼は身支度を整えだした。タンスを開けて、新しいシャツを取り出そうとしていたけれど。その背を眺めていて、目についた毛の跳ね方。寝ぐせであろうか。人間である僕は頭だけであるけれど、毛皮がある彼は全身に。
「ガルシェ、ちょっと待って」
タンスの中を漁る手を止めて。素直に振り返った狼。だから僕は、手に持った物を軽く揺らした。人が使うにはちょっと大きめの櫛。家の掃除をしていると、たまたま見つけたものであった。そこまで使い込んだ感じがしないから。本当に、僕が来る前からあまりお風呂に入らなかった事を考えると。手入れはだいぶ疎かにされていたのだろうな。せっかく綺麗な毛の色をしているのに。
床に座るように促したら、そのまま毛先が跳ねに跳ねた男の背中に。櫛を背後から宛がい、そのまま毛の流れに逆らわぬようにして。流していく。一回上から下へと手を動かしてみると、櫛にある隙間に絡んだ抜けた毛の大群。気持ちよさよりも、その取れた量に若干引いた。掃除していると、あっちこっちに毛がよく飛んでいた理由を今知った。そうか、元凶がそのままであった。排水口が詰まらないように、受け皿となっている蓋。ガルシェと共に入った後お風呂場を掃除する時にもそこには、多く残されていたから。ある程度一緒に流れ落ちているものと思っていた。どうやら、思った以上にしぶといらしい。
手を動かしただけ、取れる取れる。換毛期、ではないと思うのだけれど。季節とかわからないから。今がそうかも、そうじゃないかも定かではない。ただ取れる量と、ちょっと昼間でも肌寒くなって。そして日照時間がだんだんと少なくなっている気がしないでもない。
「痛くない?」
「ああ」
「凄く取れるね。毛皮があるって大変そう、もっとケアしないとだめだよ」
僕の言葉に、めんどくさそうなのを隠しもせず。そっぽを向く狼の頭。本当に身だしなみに関しては無頓着であった。この男は。服装と牙には拘るのに。そうやっていると、首の後ろに違和感を感じた。櫛を通しているのだけど、そこだけ手応えが少ない。軽く、指先で掻き分けてみると。そう苦労もせず、地肌が見えた。
「どうした?」
「あ、いや、なんでもないよ!」
急に手が止まった人の手に、狼が訝しんだのか不思議そうに声が掛けられて。慌ててグルーミングを再開する。明らかに、周辺が毛の量が多い部位だから。意図して毛を掻き上げない限り、誰も気づかないだろうが。実際、一緒に暮らしている僕も気づかなかった。円形脱毛症であろうか。そういえば、彼が困った時とか、不機嫌な時。癖でここらへんをよく乱暴に掻いていた気がする。
ストレス性だとすると、これもまた。発情期による影響であろうか。ホルモンバランスが普段と違うから、それでストレスを感じやすかったり。同じ個所ばかり、毛繕いに舐めたり、ひっかいたりすると一部だけ禿げたりするらしい。といっても、それは動物で起こりうる現象であって。必ずしも、似ているからと一応は人である彼にそれが該当するかといえば。そうではないのだが。
でも、ここ最近ガルシェの動物的側面を多く見た僕は。それが一番近いのかなって、櫛で不要になった毛を落としながら。そう考えていた。これも、僕のせいなのかな。元に戻るとは思うけれど、あまり。心配をかけないようにしないといけない。ガルシェがハゲちゃう。
そして、フローリングに。毛の山ができあがる頃。胡坐をかいて、退屈そうにしている銀狼の手を取った。僕のする事に特に何も言わない男は、ただじっと何をするのか見つめながら。せっかく集めた毛の山を、うちわのように尻尾が横薙ぎに散らそうとしている。
自分よりも大きな手のひらを掴んで、持ち上げて。よく観察してみると。指先には黒光りする、鋭い爪。これもまた手入れされてないのだから、伸びたまま長い。だから思いっきり掴まれた時、僕の肌に食い込んで傷を作るのだった。
「ガルシェ、爪も切っていい?」
一応、動物だと戦う為の武器であったから。そうお伺いを立てていた。必要ないかもしれないし、種族的に大切してるかもしれないと。そう考えての発言。そこまで考えたけれど危惧した要素はなかったのか、ただ無言で。暫し逡巡した後。狼の頭が頷いたのを見て。これもまた、使っていなさそうな爪切りを櫛と一緒に保管しておいた場所から持ってくる。こういうケア用品はあるのに、なんで使わないのだろうか。
ゴミ屋敷みたいな部屋を掃除する前。見つけた時。床に転がってたりしたから、失くしたからなのも要因の一つかもしれない。
切ろうとして、片手で彼の手を保持し。そうして指先に爪切りを持っていこうとして、思ったより安定させるのに疲れると。二つ切った段階で気づいた。どうしたものか。楽な姿勢を考えて。胡坐をかいて座る、彼の丁度よさそうな空間を発見。逞しい太腿は、体格差もあって椅子の代わりになりそうであった。だから、断りも入れず遠慮なく座り。そして僕の足の上に、手のひらを上向きにして。爪切りを再開させた。
その際、小さく驚いたような男の声がしたが。別に振り落とされやしなかったので、さっさと切ってしまう。五本ある指先。残り三つある爪を、パチンッ、パチンッと。あまり根本まで切り過ぎると、血管が走っていて痛みを感じたりするから。当たっても痛くない程度に切って、削り、丸みを与え整える。肩にガルシェの顔が乗せられた。どうやら、切られる自身の爪を物珍しそうに見ているようであった。
「よし。もう片方の手もかして」
「……んっ」
終わった方の手を、膝から下ろし。手招きするように、フローリングに手をついていた方の。狼の腕を呼ぶ。そうしたら、細かく指示しなくても。同じように反対側から、まだ切っていない手が乗せられて。作業はとてもスムーズに運ぶ。
初めてやったにしては、出来栄えは。まぁまぁと言えるのではないか。満足気に、男の膝の上で。人が頷いて。手を開いて、閉じて。違和感がないか確かめたガルシェは。そのまま終わったからと立ち上がろうとする僕を、背後から抱きしめる事で。中途半端に浮いたお尻が、また彼の太腿の上に沈む。
首を逸らして、銀狼の名を呼んでいた。された行動の意図が読めなくて。巨体の檻に捕らわれると、胸元から見上げるしかなくて。ただ、無表情で見下ろす。狼の顔がそこにあった。
爪を切ったばかりの、僕の親指よりも太い人差し指が。頬に触れる。軽く押し込まれて、そうしても。人の肌を傷つける事はなかった。それで暫し間が開いた後。僕を離すと。自身の手を見つめていた。
咬むのを気にして、口輪を持って来るぐらいだし。爪も切ったら、そう気にせず。僕に触れられるであろう。のだが、そういえば。もう発情期は終わったのだから、いらぬ世話だったような気がする。どうして僕が突然こんな事をしたのか。理由を考えていたのだろう。立ち上がった僕に対して、目を細めた狼は。
「もしかして誘ってんのか?」
「んなわけないでしょ」
その結論は違うよと。即答したのだった。揺られていた尾が、静まり。溜息のような、鼻息が。狼の鼻から吐き出されていた。口輪も、使わない事にこしたことはないのだし。しまっておかなくちゃな。元通りとはいかないまでも、家主と居候。友達という雰囲気に戻れるように。そうしなくちゃ、いけない気がしたから。
人の手によって、見た目が整った銀狼は。シャツを着て、そして靴下も履くと。玄関の方へと歩いていく。そんな姿を目で追っていた僕は、男の手が。お気に入りである。玄関の傍にある、壁掛けハンガーに掛けられた。革製のジャンパーをそのまま、いつもの流れで着ようとしたのだけは止めに入った。
「なんだよ」
「あ、いや、ガルシェ。それまだ洗ってないし、着ていくのはやめて欲しい、かな」
だって、それには。その。昨夜、彼のが。乾いてそのままであったから。拭き取ってはあるけれど、洗ってないから。僕のはぐらかした言い方に、だいたい察したのか。持ったジャンパーを、そのまま僕の方へと投げてよこした。慌てて、放物線を描いて飛んで来た物を、抱きかかえるようにして受け取る。汚物みたいに扱うのもどうかと思うが、密着してるのが嫌で、身体からすぐに離した。断水だし、洗うにしてもどうしよう。革製品って、そのままにしておくとカビとか生えてくるような。
少し出かけてくると。そう言いながら、ブーツを履くその背に。事前に考えていた、買い出しを頼む。もう食料が心許ないのだから。言いながら、僕が行けばいいじゃないかと。そう言われるかと思ったけれど。意外な程素直に、ガルシェはおつかいを頼まれてくれたのだった。
玄関よりも先、外へと。太陽の光を浴びて、眩しい毛を靡かせながら消えていった相手を見送った頃。よくよく考えれば、僕があまり無防備に出歩く事に関して。良い顔をしないガルシェにとって。不安の種である人間は外出しない方が良いのかもしれなかった。家から出なければ、問題も起きないだろうと。さすがに表通りの商業区で何かあるとは、思えないけれど。彼はとても過保護なのだから。そんな気がした。
それにしてもどうしよう。水が使えないとなると。掃除も限られてくる。昨日、ガルシェに手伝させて一緒に拭いた床を見つめていた。情事の痕跡は綺麗さっぱり残ってはないけれど、乾拭きした程度であったから。床に鼻が触れるぐらい、近づくと僕でも何かしら嗅ぎ取れそうで。自身の顔が険しくなるのを感じる。
拭いた布は洗濯籠にそのままであったし。思った以上に、打撃を受けていた。毎日軽くは掃き掃除もしているけれど。この場合、埃というより、毛玉の塊が住んでるのだから。主に掃除の敵は抜け毛であったのだが。
断水前に洗って干してあった、洗濯物をたたみながら。何をするか考える。僕も、ガルシェも、お互いの衣服はオシャレできるほど多くはないから。これも十分とかからず、終わってしまうから。答えが出る前に、眼前にはたたまれて小さくなった服。かの銀狼が夢精しなくなってから、パンツとズボンの洗う枚数が毎日倍だったのに。今は通常通り上下セットでローテーションできている。だが、それ以上にバスタオルに使ってる布の消費が激しかった。それは、お風呂に入る回数が増えれば。毛は水分を大量に含んでしまうから、銀狼を拭くのに浪費されるからで。発情期の煽りで、どうしても洗濯物が溜まっていた。
一度に洗える、洗濯機とか。乾燥もできる乾燥機も欲しい。手洗いと、天日干しか、ベランダに干しきれなかったら部屋干ししかないこの家は。ないものねだりしてもしょうがないのだけれど。記憶にある、科学文明の力を発揮していた時代だったなら。きっと、布ではなく。ガルシェ専用の全身ドライヤーとかあったかもしれないな。同じ方向に毛並みが全部、倒れてしまったマヌケな姿は見てみたい気もした。
そんな時代に、彼らのような獣の姿をした人など。存在はしていなかったけれど。どこから来たのだろうか。そして、僕も。どこから。
ここでの日常に慣れていく程、こびりついた残滓のような。淡い記憶を探っては、黄昏てしまう。知っているというのは。毒であった。美味しい食べ物とか、便利な道具とか。ここでは、それらはどれも下位互換の、劣化品でしかなく。美味しいと、食べ物を口にしても。次の瞬間には、もっと精巧に調理された。人間の食べ物が浮かぶのだから。
さっきみたいに、生活用品だってそうだ。スイッチ一つで、なんでも入れといたらやってくれる環境を。ただ知っているだけなんて、生殺しだった。いっそ全部。真っ白に頭の中をリセットしてくれたら。もっと、同性同士の事とか。彼らレプリカントの事とか、簡単に受け入れる事ができたのではないだろうか。
だいぶ、肉体的な接触に関しての恐怖心は薄れつつはある。自分よりも身体が大きくて、牙も、爪もある相手に。全くなくならないわけではないが。彼ら独自の生態や、習慣にも。ガルシェという男と、共に暮らして。学び、困惑しつつも。拒絶とまではいかず。まず第一に、彼の人となり。性格が好きになったのだから。その前提があったからこそ、今こうして。あんな性的な接触をしても、傍に変わらず居れるのだろうな。
もしも別の誰かだったなら、受け入れる事など到底できなかった気もする。自分が同性愛者になったわけではない。ただ、ガルシェが好きなのだ。それだけであった。けれど、自分は彼の隣に相応しくないとも思っていて。現実的な自分が、ただそこに居た。
居辛い空気のまま、この街で暮らし続けるのには。いつか限界が来るのだろう。その時。ガカイドに頼る事になるのか、ルネアに頼る事になるのかはまだ、わからないけれど。
そして、酔った銀狼の言葉を。今一度思い返してもいた。このままでいい。出て行くなと。あの男はそう言った。発情期で人肌恋しくなり、正常な判断力を欠き、そしてアルコールも入った男の言葉をだ。抱きしめられ、そう言われた時。素直に、嬉しかった。とても。僕でも、僕は、ここに居て良いんだと。そう一時でも思えたのだから。
でも、日数が経過すればするほど。その嬉しさは薄れて、ただ言いようのない、もどかしさだけが。這い出てくる。
どこまで、その言葉を。信じていいのかまるでわからなかった。正常になった、彼に、今一度聞く事もできなかった。実際に、彼も、その話題には触れないようにしている素振りを感じた。資格の事と、僕の事。その話題を、お互いが、いつの間にか避けていたのだった。
正座したまま、これ以上特にする事も見つけられず。フローリング独特の、冷たい床の感触が。僕の体温でじんわりと温かくなって。足先が痺れて来た頃。ガチャリ。背中から玄関が開く音がして。考えてるようで、ただただベランダより先、誰かの家の屋根を眺めているだけとなっていた僕は。驚きに立ち上がろうとして、そのまま横へと倒れた。びりびりと、電気でも流されているような刺激が。足の表面から内部へかけて走る。立とうにも、力が入らなかった。しかたなく、手をついて起き上がり。扉を開けただろう人を、出迎えようと。せめて向きだけ変えた。
買い物袋を携えた、銀狼がそこに居て。内心、知らない誰かじゃないかと。彼が出て行った時に鍵を閉め忘れていたから、その姿に安堵した。でもその男の表情を見て、はてと、首を傾げてしまう。出て行く時は普通だった筈なのに、帰って来たら三白眼をいつもよりきつく歪め。眉根に力が入ってるのだろう、ぐっと近く寄っていた。
「おかえり、ガルシェ」
いってらっしゃいも、おかえりも。言った回数はきっと、だいぶ多くなったのではないだろうか。最初、戸惑いしか覚えなかったその台詞に。今では、素直にそう言えるようになったのだから。日数は数えていないけれど、もう半年は彼と一緒に暮らしているような気もした。
僕の不自然な姿勢を一瞥しただけで、行儀悪く、踵を踏みながらブーツを脱いだガルシェは。そのまま倒れた靴を直しもせず、抱えた袋を持ったまま。冷蔵庫へと直進した。ちゃんと、頼んだ食料品は買って来てくれたらしい。袋の中に手を突っ込んで、冷蔵庫の中へと移す作業は。赤い色が多かったから、また肉ばかり買い込んでいそうだなと。申し訳程度に、野菜も入れてはいたから。小言を何か言うのは止めておいた。お礼を口にしようと。ようやく立ち上がれた僕は、足の感覚を確認しながら。冷蔵庫の前に屈んだ男に近付いて。
でも、乱暴に冷蔵庫の扉を閉めたガルシェは。勢いよく立ち上がると、手に持った物をそのままマズルへと押し付けていた。喉を何か通る度に、膨らむ喉仏。そして、狼の顔の前で傾けられていたのは。酒瓶だった。あれは確か、配給所で貰った支給品の中にあった。お酒だった筈だ。ガルシェ、喜ぶかなって冷蔵庫の奥に隠していたのだけれど。どうやら見つかってしまったらしい。それはそうか、ずっと料理は僕が担当で。主に冷蔵庫を開けるのは人間で、狼はソファーで大人しく基本待っていたのだから。そう大きくもないそこを、それも殆どすっからかんになった今、覗き込んだら隠れてすらいなかっただろう。
お酒にそんな強いわけではなかったけれど、飲む事自体は好きらしいガルシェは。けれど、険しい表情のまま。美味しそうとはかけ離れて、どちらかと言うと、とても不味い薬酒でも呷っているようだった。
息が続くまで、瓶の中身が半分ぐらい消費されたら。少々口元から零れた液体を、手の甲で拭う男に。
「なにか、あったの?」
そう聞いていた。不躾な質問だったようにも思う。雰囲気が放って置けと語っている気もした。けれど、それで怒って。銀狼が怒鳴りつけて来たりしないのは、何となくわかるから。だから、黙ったまま。質問した人間を、横目に。荒い呼吸が整うまで、待っていた。
「親父に、会った」
「お父さん?」
ガルシェのお父さん。ちゃんと説明されたわけでもないし、紹介されたわけでもなかったが。一度だけ、会った。この街に来て最初に顔合わせされた、市長の顔が脳裏によぎる。灰色にくすんだ毛を纏った、狼の顔を。時間が経過した今、一度会っただけの男の顔を。そう綺麗に思い出せる筈もなく、ガルシェと顔が似ていたのかすらわからなかったけれど。ああ、そうだ。煙草を吸う時、天井へ向けて息を吐く仕草は。似ていたなと、ぼんやりと思い出した。
言うか迷っていたのだろう。言ってしまった今でも、お父さんの事を話題に出した自分を。後悔しているふうに感じてそうな、目の前の男もまた。森で、焚火を挟んで向き合っていた時。そのまま煙を吐くと、僕に掛かるのを気にしてか。誰もいない空へと、息を吐いていたのは覚えていた。あの時は、親子だって知らなかったから。校長室だった、今は市長である彼のお父さんが使ってる部屋から退出する時。何も引っ掛かりを覚えなかった仕草であったけれど。
「久しぶりに、家族と話せたんだね」
僕には、家族がいるのか、いないのか。わからないから、つい無意識に出た言葉であった。もう少し、考えて言えば良いのに。それで相手を逆撫でるとも知らずに。良かったねと、続こうとした僕は。向き直った男の表情を見て、固まってしまった。
「母さんが死んでから、碌に帰って来なくなったあんな奴。家族でもなんでもねぇよ!」
吐き捨てるように、そう言う彼の姿に。呆気に取られていた。急に大声を出されたから、その時。空気が震えた気もする。ガルシェの声は、低いから。腹によく響いた。怒鳴った後に、何も言えなくなってしまった僕を見て。やってしまったと、唇を噛んでいた。
別に僕は、驚きはしても。迂闊に踏み込んだのはこちら側であったから、それも機嫌の悪い相手に。だから、特に何か思ったわけじゃなかった。ここに居ないお父さんに対して、激情を吐き出したに過ぎない。ただ、出された大声にびっくりした。その筈だ。
僕の表情を見ていた狼の顔が、逸らされて。また酒瓶の中身が減る。できれば、楽しく飲んで欲しかったのになと。減っていく内容物を見ながら、そんな事を思っていた。
「悪い。気が立ってた。まだ、発情期の影響が残ってるのかもしれない。感情の制御が上手く、できない。悪かった」
「あ、うん。別に気にしてないよ」
空になった酒瓶を玄関の方へ持って行った後、煙草を取り出したガルシェを見ながら。これまでの見聞きした情報から、お父さんである市長の事を考える。生まれてすぐ、母親が死んでしまったと言っていた。それから、全く帰ってこない父親。とすると、どうやって彼は生きて来たのだろうか。ずっと、一人で?
窓を開け、そこから身を乗り出した銀狼は。火を付けた煙草から煙を吸い、外へと吐き出していた。そういえば彼が煙草を家で吸うのは初めて見る気がする。尾は揺れているが、それは喜びから来るものではなく、苛立ちから来るものだと。その表情から窺い知れて。煙草を吸う時、決まって彼は何か考えたり、苛立ったりした場合であったなと思う。
家族の事、これまでどうやって生きて来たのか。聞きたいけれど、その背から漂う雰囲気が。僕に聞くのを躊躇させた。また怒鳴られやしないかという、そんな予感も二の足を踏む要因であった。びっくりしただけ。そうだと言えたけれど、思った以上に彼の怒鳴り声が耳に残っていた。別に僕に怒ったわけでもないのに。一度倒れた時も、あんな感じだったのに。
そっとしておいた方が良い時もあるだろう。でもやっぱり後ろ髪引かれてしまう。一緒に暮らして、父親の話が一度もこれまで話題に上がらなかったのだから。それがおかしいと。ただ外の風景に思案顔な銀狼に、掛ける言葉のない人間が踏み込んではいけない明確な壁を感じた。
上半身は裸になっていたから、煙草の臭いが身体に付きそうだな。そういえば、着ていたTシャツはどこだろうか。軽く見渡せば、ソファーの陰。彼が歩いた道中に、無造作に捨て置かれていた。まったく。そんな言葉が出かけるも、それは喉までで止まる。拾い上げた彼の衣服。まだ人肌を感じさせる温かいそれ。
ずっと距離は縮まったように最近は感じていたけれど、それに僕は危機感を抱いていて。これ以上仲良くなりすぎるのは、別れる時に辛くなるのに。僕がそう思ってるだけで、実際はそこまで彼との心の距離は狭まってなかったのかもしれない。
だって、自分の事。あまり話してくれた事、ないから。僕も、記憶がないせいで、話せる過去なんてなかったけれど。好きだけれど、好きになり過ぎないようにしようと思っても。それでも、相手に好きになって欲しいなんて。傲慢過ぎるだろう。彼が番を得た時、出て行こうと決めている僕は。持った服の皴が、僕が握りこんだ手によって増える。
それ以降、ずっと僕とガルシェに会話はなかった。晩御飯を食べてる時だって。元々彼は口数が多い方ではなかったし、僕も必要以上に喋るタイプでもなかったから。そう普段と変わらない筈なのに。
「それ取ってくれ」
もそもそと、自分の分の食事に手を付けている時。気まずいなって、そう思いながら食べる物は。こうも味がしないものか。机の反対側、フォークを使い厚切りの肉を食べ進めていた狼から。不意にそんな要求が飛んで来て。条件反射的に、小瓶を掴んではガルシェの方側へと寄せていた。
主語もないのに、自分でも良くわかったなと。咄嗟に動けた自分自身の行動に驚いていた。俯いて、お皿を見ていたから。彼の目線すら見えていなかったのに。正解かどうかは、寄せた小瓶をすぐに狼の手が掴んだ事でわかっていた。数少ない、この家にある調味料である岩塩を削って入れてある小瓶であった。ガルシェは逆さにすると、まだあまり食べ進んでいない肉に対して。乱暴に振りながら雪の粉のように、粉末状になった塩をパラパラと振りかけていく。味、薄かっただろうか。彼と全く同じ調理法で焼いた、肉をもう一度咀嚼して。注意深く味を確かめるけれど、そうでもないなと。ちょっと掛け過ぎじゃないかなと思う、そんな肉に再び齧りついた狼を横目に。そう結論を出していると。数回口を動かした後、咽ていた。やっぱり塩辛かったのだろうか。目を瞑って手を彷徨わせているから、水をなみなみと注がれたコップを手渡すと。砂漠で彷徨い、水不足で行き倒れた人みたいに、勢いよく飲み干していた。もし本当にそうであったなら、急に飲むとショック死するらしいけれど。幸いここは砂漠ではないし、ただ彼は食べ物で咽ただけだ。現在、断水状態であるから。ちょっと近い気もしたが。飲み水は一応ストックがまだあった。それも断水が改善されなければ、近い未来。僕らもきっと、砂漠でオアシスを見つけられなかった冒険者みたいになるのであろうな。
「そういえば、街の方は大丈夫だった? この家だけなのかな、断水してるの」
今日一日。じっとしていたから、情報は外へ買い出しに出たこの男しか知らない。どう会話をきり出すか、迷っていた僕は丁度いいと。その事を話題に出す。半分ぐらいまだ残っている自分のお肉、とてもとても塩辛くなってしまったそれを。もう食べられないのかと、気落ちしている耳が水平に動いていたのが、人の声で垂直に戻る。なんでそんなになるまでお塩、掛けたのだろうか。
「いや、ここだけじゃなく。街全体が大騒ぎだったから全部だろうな。それで一度親父……市長のところに顔を出したんだけど原因は解明中だとさ。断言はしていなかったが、恐らく設備になにかあったんだろ。学校の前は人でごった返してたよ」
「よく会えたね」
やっぱり、皆が大騒ぎになっていたんだ。家の中に居ると、外の騒がしさなんてここまで届いてこない。辛うじて、近くの広場から子供達の遊ぶ声が聞こえて来たりするけれど。そういえば今日はそれすらなかった。水は生物にとってなくてはならない、とても大切な要素の一つだ。その供給が途絶えたとなれば、それは一大事であろう。僕も溜まる一方の洗濯物が悩みの種であった。お風呂も入れていない。ガルシェと違い、数日入らなければ髪の毛がべたついて来る。その点、汗を掻かない全身毛むくじゃらのこの男は。数日お風呂に入らなくてもそう変わらないし、本人は全然気にならないみたいだ。元々風呂嫌いであったから、僕に入れ入れと言われないだけましなのかもしれない。
珍しく食べ残す気なのか、まだ手が付けられていない物が存在しているお皿を横へと寄せながら。そんな人混みを掻い潜ってでも会えた事に、ちょっとな。そう言いながら意味深に肩を竦めていた。市長の息子だから、特別に会えたのだろうか。それか、自慢の肉体を駆使して押し通ったか。それとも、秘密の抜け道か。二番目がこの男ならやりそうだなと。かってに思う。
食べ物はこの街、というよりこの世界でとても貴重なのに。狼の目の前から避けられた、彼の分のお皿を見つめる。いつもなら、僕よりも先に食べ終わるのに。ペースも落ちていたんだなと。その量から察する。僕も半分をようやっと食べきったぐらいなのに。
もう食事は終えたと、頬杖ついて。こちらを見ないようにする男を尻目に。相手の満腹具合を知っている僕は、そっと彼と自分のお皿を入れ替えた。そうすれば当然、目が飛び出しそうなぐらい開ききった。とっても間抜けな狼の顔がこちらに向く。
「お、おい」
「どうせ、まだお腹空いてるでしょ」
僕の取った行動の意図を考えている相手に。ばっさりと言い切ると、彼の食べくさしに自身のフォークを横にして撫でる。上部の、それも表面にしかお塩は掛かっていないのだから。こうすれば多少は除去できるだろう。そう思い、これくらいで大丈夫かなと。試しに食べてみたが。ちょっと、塩辛かった。それでも露程も顔には出さず、そのまま食べ進めるけれど。
僕が食べきると、せっかく交換したお肉を食べないまま。ずっとこちらの顔を凝視しているガルシェが居た。僕の視線とかち合うと、しゅんと頭を下げていたけれど。食べないの。そう声を掛けると、おずおずと、フォークを握り直した狼が。猫背になったまま、咀嚼しだした。その姿を見て、抱いた感想は。悪さをして怒られた子供みたいだった。自分よりも大きな男であったけれど。
食事会で、大人びたとルオネ達は評価していたけれど。僕と一緒に暮らすこの男は、本当にそう見えるのだろうか。ずっと一緒に居るから、その変化に気づけないだけだと思っていたけれど。本当だろうか。片付けのできない身体だけ大きな子供。が僕の家の中のガルシェに対する評価だった。外では、まぁ、確かに頼りになるのだけれど。
子供相手ににおいを上書きされて、嫉妬心を剥き出しにしたりするから。総合的な評価はそれだった。他人に見せず、僕にしか見せない一面であったなら。それはマイナス的な要素ではなくプラスへと働くから。僕もだいぶ、やられている。恋は盲目になるとはよく言ったものだ。こうやって、彼を甘やかしたくなるのだし。
小さな声で。ありがとうと、僕の耳に男の声が届いたから。塩辛い舌も、そんなに気にならなかった。いや、嘘だ。お水が美味しい。本当はコップの中身をおかわりしたいけれど、我慢する。だって断水だし。
「そういえば、店長にも復帰しますって挨拶しないと……」
ずっと休んでいたから。いい加減明日にでも、顔を出そうかなって。そう思って独り言のように呟いていたのだった。家に居るだけの生活は気が滅入りそうだし、早くお金も貯めたいし。そしてこの男に、装備の代金も弁償しないと。忘れたはけではない。入って来るお金に対して、出て行くお金がそれ程変わらないだけだ。世知辛い。
「ああ、水が使えないから。おばさんも店閉めてたぞ、ルルシャちゃんによろしくねだとさ」
「えっ!?」
僕の独り言に、投げ返された言葉に。思わず大声を出してしまう。これは、盲点だった。そうか、飲食店もお水を使う。特に食器等の洗い物が多い。どうしよう。働けないと、本当にヒモになってしまう。食費は辛うじて出していたのに、それができないとなると。僕の人権に関わる。居候の身で、さらに肩身が狭くなるなどと。でもこの断水を解決できる技術的な能力もない僕は、ただ待つしかできなくて。それがいつ、改善されるかも定かではない。修理用の部品が簡単に手に入らないのは僕でも想像がつく。そんな部品を製造している工場なんて、この世界にはもうなさそうだ。知らないだけで、地平線の遥か先まで歩いて行くと実は復活した文明があって。こことは違い、もっと豊かに暮らしている可能性も否定できないが。
この街に限って言えば、そうだった。住宅区と商業区が主に区別されて呼ばれているけれど。工業区なんて存在しない。小さなパーツぐらいなら手作業で加工している職人みたいな人も居るらしいけれど。ろ過施設と言うぐらいだし、大きな機械だろうから。もっとプレス機とか、研磨機とかで製造された大がかりな部品が必要だと思う。
今すぐに、記憶が戻って。その中にそんな使えそうなパーツが残ってそうな、建物がある場所とか。思い出さないかな。頭を捻ろうとも、都合よく蘇るわけでもない。そんな状況でありながら、これまで稼働できていたのだから。この街の人達は本当に凄いな。
二人分の食器を流しに置きながら、これからどうしようと悩む。この食器も、洗えないままだと。いずれコバエが湧くだろう。異臭も放つだろうし。
「ねぇ、ガルシェ。お水って、どこかから汲んでこれる場所ってあるの?」
家の家事を全て請け負ってる僕は、取り合えず妥協案として。汲みに行ける所があるのなら、そこへ行き。あわよくば洗濯物とかも洗いたいなと、そう思いながら。食休みにもうソファーの上でごろごろしている男に対して、声を掛けていた。食べてすぐ横になると、牛になるよガルシェ。狼だけれど。
あー。そう間延びした声がする。天井を寝っ転がりながら見つめて、脳内から該当する場所を検索しているらしい。彼に、呆れながら近づくと。手が伸びて来て、そのまま引っ張られる。仰向けの相手に、突然だったから特に逆らえず。胸の上へとうつ伏せで乗っかってしまって。そうしたのはガルシェであったけれど、僕の体重がそのままのしかかっても痛くなかったのかな。そんな心配が過るけれど、特に苦しそうにしなかったから大丈夫みたいであった。厚みのある胸板は伊達ではないらしい。
僕まで彼のせいで食べたばかりだというのに、横になってしまった。彼はソファーに、僕は彼の上にという違いはあったけれど。
「一応、俺らで掘った井戸はあるけど。泥水しか出ないから、あんまりオススメしないぞ。そもそもそれをろ過して街に流していたしな。後は、そうだな。荷運びを生業にする奴から、外から汲んで来たのを買うか。ぐらいか」
となると、やっぱり待つ事しかできないのだろうか。僕自身で外に出るなんて論外だし、たぶん野生動物に襲われて死ぬ。死ななくても、水って量を運ぼうとするとかなり重くなるし。そんな物を抱えて、長距離を非力な僕が移動できるとも思えない。彼に頼むとしても、ガルシェは基本護衛といった戦いに携わる仕事だ。管轄外だろう。もう一つ、提示された外のお水を汲んでくるように依頼して。買うという一番現実的なもの。ただ、僕の財布の中を思うと。それはとても選ぶとしたら最終手段であった。そもそも、人を雇う相場すら知らないし。でも屈強なレプリカントを大勢雇い、こき使うのはちょっと面白そう。消費される金額を考えなければ。遊び感覚で雇う気もさらさらなかったけれど。
そっか。そう落胆を滲ませながら、ちょうど良い所に狼の顔が目の前にあったから。両手を伸ばし、遠慮なく頬の毛へと指を埋めると。そのままわしゃわしゃと、撫でるというより、掻き混ぜ始めた。鬱憤晴らし、動物の毛並みを触るのはとても気晴らしによい。狼の顔をした人だけれど。ガルシェは、僕が触るのはむしろ歓迎なのか。気持ちよさそうに、目を細めていた。食後というのもあって、どこか眠そうだ。自然と、彼の手が腰にまわっていた。そうしたら、彼に対して横向きに乗っていた僕は。彼と同じ向きになるように、抱きかかえられてしまって。ただ、それ以上別に銀狼が何もしてこなかったから。より撫でやすくなったなと、僕も特に何も言わなかった。頬を揉むように触っていると、ぐにぐに一緒に動くこの黒い部分、ゴムパッキンみたいで面白いし。ちょっとだけ、犬歯が露出したりする。
さっきまで、気まずかったのに。なんだか今は、えらく穏やかな時間が流れていた。アニマルセラピーって凄い。人だけど。
「もう寝ちゃう?」
「んー……」
これといって娯楽がないので、早めに寝るのも手ではあった。僕もできる家事がないし。収音性の高いガルシェの耳は、僕の問いかけに聞こえているのだろう。けれど問いに対して、明確な返答はなかった。眠い、撫でられるの気持ちいい、どうしようかな。そんな思考の割合が均等といった所だろうか。こうしていると、本当にでっかい犬に思えてくる。狼で、人だけど。
横になってるから、ずっと着けている彼のネックレスがソファーの方へと転がっていた。普段は胸の毛に隠れているか、Tシャツの中へと押し込まれているそれ。ぼんやりと、閉じられていた獣の瞳が開き。その視線が天井から、やがて、胸の上に乗っている人へと移る。背に彼の太い腕があるので、僕も身動きが取れない。傍から見たら、状況的にまるで恋人同士みたいだな。違うけど。
「寝るなら布団に行こうよガルシェ」
撫でていた手を、そのまま狼の頬をぺちぺちと軽く叩く。毛皮があるから痛くはないだろう。顔を揺らす程振りかぶったわけでもないし。のそりと、彼が上半身を起き上がらせると。自然と抱かれてる僕も、向かい合わせで座る形となる。この姿勢、対面座位でガルシェの手でされたあの状況を連想させられて。ちょっと嫌だな。あの時も、彼の胡坐をかいたその上に座っていたから。何を考えているか、読み取れない。眠そうな瞳のまま、狼の顔が人の首筋に埋まる。咄嗟に逃げようとして、胸板を押すけれど拘束はびくともしなかった。
「ルルシャから、俺のにおいがする……」
僕の首元に鼻先を寄せた男が、次に何をするかだいたいパターンから察していたけれど。吐息が感じられる距離で、そんな事を言われて。思わず眼前にある彼の突き出た耳を引っ張った。お陰様で、大変貴方の唾液なりなんなりで身体中汚されて、洗い流せなかったので。それはそうでしょうという、無言の意思表示でもあった。皮膚が繋がってるから、睨まれても目尻まで伸びて。普段見えない瞼の裏まで露出したその顔では迫力に欠けた。
さすがに、耳を引っ張られたら痛かったらしい。グルッ、そう狼が一つ唸った。叩いても僕の力じゃ有効打を与えられない、意外な弱点を発見したかもしれない。金的とか鍛えようのない
、同じ性別だから僕でも痛そうだと思う箇所へはさすがにダメだと思うけれど。いい気味だと、内心ほくそ笑んでいると。ソファーに触れていた足の感触がなくなる。それはガルシェが僕を抱えたまま立ち上がったからで。本当に、人を一人抱えていても何の苦でもないのだなと。その筋力に関心していると。ベッドへと到達するやいなや、そのままガルシェは僕を抱えたまま横になった。ふんすと、満足そうに鼻息を吐きながら。狼の顎が、頭頂部に置かれて蓋をされる。完全に抱き枕にして、寝る気らしい。
暑苦しいから、声を掛けるけれど。何を勘違いしたのか。足で手繰り寄せた掛け布団を、さらに上から被される。毛皮のある腕で抱き寄せられ、なんなら目の前にも毛皮の海が広がっているから。それは必要ないぐらいであるのに。
「おやすみルルシャ」
それだけ言うと、ガルシェは一人かってに。夢の中へと旅立ってしまった。あまり、彼に抱きしめられて寝るのはいい思い出がなかった。朝立ちを押し付けられたり、そのまま僕が寝ているのを良い事に人の手を使って自慰したり。本当に碌な記憶がないな。できれば避けたいのだけれど、残念ながら人外の拘束は容易に抜け出せない。耳を引っ張って実は怒って、そうしたとも取れるし。眠った狼を起こして交渉を持ちかけても、放しそうにない気がしたが。反撃できる唯一のポイントかと思ったけど、それをするには自分の退路を確保した上でやるべきであったと。狼の胸の中で猛省する。
暴れてみようかなと思ったけれど、存外。彼の隣は安心するから、ベッドに居るとなれば自然と空腹が満たされたのもあり、僕にも眠気が襲う。布団の上へと共に横になると、寝る習慣ができてしまっていた。まだそんなに眠くなかった筈なのにな。
全身に櫛は通していないから、今顔を埋めている胸の部分も。きっといらない毛が大量に残ってそうだな。僕の介入があって、お風呂に入る頻度が上がったからか。頬に当たる毛先の感触は柔らかいのだけは救いだが。でも、懸念の通り。やっぱりちょっと、煙草の臭いが付着していた。焼肉とか、想像以上に服に炭火の臭いとか付くような場所に行ったとしたら。全身毛皮のレプリカントの人って、一緒に外食したら。帰ったら身体中からそんな臭いがしそう。そんな妄想から、連想すると。もっと香辛料をふんだんに使った食べ物とか、甘味が恋しいな。ラーメンとか。ないけど。
森に暮らす部族的な種族じゃないから、それよりはマシと言えたけれど。民族衣装的な服装をしたガルシェを想像すると、とても似合いそうではあったが。槍とか持って、崖際に立ったらそれでもう主役をはれる。今だと、彼含めユートピアの街の人々は服装がちょっとくたびれて。ロックとか、パンクファッションに近いから。夜の街で、薄暗い路地から月明りを背に現れれば狼男としても行けそう。月の満ち欠けに関係はなく、人間には戻れないけど。それだと、だいたい悪役だろうか。近所の子供達にしてたような吠え方だと、映画監督さんから怒られそうだな。特殊メイクとか、着ぐるみとか用意しない分撮影費用は浮きそうだとか。文明が栄えていた時に、彼が一緒に居たらを考えてみていた。
そもそも、大騒ぎになって。警察とか、それこそ映画で見るような防護服を着た研究員に連れていかれてしまうのだろうけれど。入れないって思うと、余計に入りたくなる。嗚呼、お風呂が恋しい。特にお湯。冷たい水のシャワーだけだから、お湯で洗いたい。小さい鍋でお水を沸かして、ガルシェが毎回使ってる巨大なタライに何回も移せば。近い事はできそうであったが。ガスがもったいないな。
思考はないものねだりばかりで、実際に彼にこれが欲しい、あれが欲しいとは言った事はなかったけれど。主に要求するのは、洗濯物は籠に入れろと、お風呂にもっと入れぐらいで。口煩いのかな、僕。違うと思いたい。
僕って、ガルシェの事。何を知っているんだろ。ちょっと怒りっぽくて。すぐ舌打ちするし、あんまり笑わないけれど。異種族の僕に対して、常に味方で居てくれて、それが自分の立場を悪くする恐れがあっても。番を得る資格を欲してるのに。助ける事に躊躇しない。過保護で、大事な事先に言ってくれないし。スケベだし。デリカシーないし。三大欲求に凄く正直だし。こっちが嫌って言っても、言う事聞いてくれないし。
靴下、毎回左右別々の履こうとするし。穴開いてても気にしないし。でも、どこまでも優しい。不意に見せる、子供っぽい笑い方とか。不器用ながらも、彼なりに甘やかそうとしてくるし。大事に、されてるんだなって。感じる。廃墟で拾った人間を。こっちの事子供扱いばかりするけど。ガルシェだって、まだまだ餓鬼じゃんと言ってやりたい事一緒に暮らしているとたくさんある。そりゃ、外に出ると。親みたいに、こちらを抱き上げたり。手を繋いで来たり、庇ってくれるけど。
友達だったり、お兄さんみたいだったり、親みたいだったり。不思議な人だな。犬みたいにべたべた甘えて来たり。それは発情期で人恋しいってのがあったのかもしれないけれど。じゃあ、今日は?
もう終わった筈なのに、妙に近いままだった。今もこうして、抱き枕よろしく。一緒に寝ているし。前は、一緒に寝てもただ隣に寝そべるだけだったのに。距離感が迷子になってしまう。そうされてしまうと。彼にそうされるのは、表面上は嫌と言いつつ。結局されるがまま、満更じゃないのは明白だった。彼のダメな一面も、素敵な一面も。つらつらと思いついたのを上げつらってみても。なんか彼女の惚気みたいになってしまうのが、釈然としない。なんでだ。顔が熱い。きっと体温の高い、全身もっふもふの人に抱きしめられているからだ。そうに違いないと、無理やり結論付けて。他人の腕の中で、身体の力を抜く。この街に来て、ずっと一緒に寝ているから。もし独り暮らしをする時が訪れたら。ちゃんと寝られるだろうか。それだけが、心配だな。
煙草臭い。断水が直ったら、この毛皮念入りに洗わないと。そう決意しながら、襲い掛かる睡魔に身を任せた。耳をそっと彼の胸に当てると、聞こえる心音を。子守歌にしながら。
後方で衣擦れがして、それを立てた者が誰であるか知っている僕は。恨めしそうな表情を隠しもせず、振り返る。そうすると、ベッドの上で上半身を起こし。大欠伸している狼の顔があって。人の気も知らないで、本当に呑気なものだ。ガルシェは起きても、暫くは布団で下半身を隠したまま。眠そうな瞳を意味もなく壁に注いでいるのだった。
発情期に入ってからというもの、彼が夢精して。汚れた衣服を洗う為に、お風呂場に行く光景がそういえば最近見てないなと思った。ただ、それもそうかと納得してしまえる。だって溜まる前に、今は処理しているのだし。僕が。という不名誉な貢献の賜物であったが。
「ガルシェ、起きたならアーサーにご飯お願い」
今の僕は朝ごはんを二人分作ってるのだし。手が離せないからと、起きた銀狼にさっそく一つ仕事を依頼した。まだ寝ぼけているのか、返事といえば間延びした声がするだけで。大丈夫かなと心配になるが、あれはあれで。一応理解はしていると思う。朝がとても弱い男であるから。二重の意味で起きてすぐさま、行動に移せないだけで。
調理を続けていると、見なくても。のしのしと、とてもゆっくりとした動作で。フローリングの上を移動する足音が聞こえた。おまけで、足先にある爪がカチカチと硬質な音まで。その歩みはそのまま、扉を開ける音がして。途端に、鶏と狼の騒がしい声がしだした。
暗く沈んていた気持ちが、早朝には喧しいであろうそれを聞いて。思わず、苦笑してしまう。まったく、静かにできないものか。無理だろうな。二人、というか彼とペットの雌鶏であるアーサーは犬猿の仲と言えるぐらい。顔を合わせると喧嘩めいた騒動を起こす。だいたいアーサーの勝ちに終わるのが面白い所であったが。
ガルシェ曰く、なんども食おうとしたらしい。ぜんぜん懐かないお姫様に対して悪態をつくわりに、本気で捕まえようとすればいくらでも手段はあるだろうに。それをしないという事は、まぁ、そういう事なのであろうな。
二度目、ドアの開閉音で。頼んだ依頼を済ませて来た優秀な狼を労う意味でも、手元を注視していた視線を上げ。また後方へと振り返る。そこには、鳥の羽を一枚。肩に引っ付けている体格の大きな男が不機嫌そうに立っていた。手には、産みたてであろう。卵が一つ。
「ありがとう、ガルシェ」
朝一からお姫様の癇癪を受けて、受け流す心の余裕がないのであろう。僕の言葉を聞いた彼は、小さく舌打ちしてこちらへと歩み寄り。そうして、手に持っていた卵を手渡してくる。それを受け取り、軽く水洗いしていると。ジーンズの隙間に指を入れ、引っ張り。中を覗き込む変な姿。
何をしているのか。そのような奇行を突然するのだから。変態でも見る目で、声を掛けずそのまま見つめていると。軽く首を傾げて、そうして何か納得したのか。頷いていた。お尻から垂れた彼の尻尾は、緩やかに揺れている。変わった占いであろうか。ラッキーアイテムは朝立ちのちんちんとか。馬鹿か。
「発情期、終わったぞルルシャ!」
なんだ、そうなのか。良かったね。うん、良かった。って。聞いている内容を反芻していると。包丁を持った手が狂い、危うく自分の指を切りそうになった。危ない。調理中に余所見はあまりしてはいけない。静かにまな板の上に、握っていた物を置く。
「えっ、終わったの?」
「おう!」
僕の疑うような目線に対し、嬉しそうな狼の顔。どうりで、そんな尻尾が揺れているわけだ。だいたい、一週間ぐらいだろうか。長いようで短かったようにも感じる。強制的にガルシェの独断で、お互い休みを取っていたから。僕はずっと軟禁されていたわけではないが。家に居たのだから。日がな一日。ガルシェがムラムラしたら付き合うという、酷く欲に濡れた堕落した生活だったと思う。それは朝であったり、昼間であったり、夜であったり。発情の波しだいで、時間帯は関係なく。ある程度は我慢してくれているようだが、それでもどうしようもなく彼が堪えきれない程になると。僕が手伝うようにしていた。自分一人ですれば良いのにとは思うのだが、最初に手伝うからと僕が言ったのを。そのまま真に受けた狼は、必ず僕に頼った。行動がエスカレートして、関係のない僕まで絶頂に導かれるのは想定外だったのだが。僕が気をやると、嬉しそうにする男の顔があって。なし崩し的にされてしまう僕もいけなかったが。
発情の波が強くなった時の目安として、本能的な行動が多く出たり。唸り声をさせ始めると。ああ、限界なのかなって。こちらも察せられるぐらいには。慣れても来ていた。
そういえば、昨日。一度射精した後のガルシェの反応は、かなり理性的だったのを思い出す。あれが、終わりの兆候だったのかもしれない。発情期が始まってから、前期部分は一度射精しても興奮が残り。理性が少し欠けている印象があったから。そのせいで、こちらが聞いてるだけで恥ずかしくなってくるような事も平気で言ってくるのだが。それを、後で落ち着いたら。記憶は綺麗に残っているから、自分で言った内容に自己嫌悪してる姿がよく見られたのだが。正直とても見苦しい。
「えっと、おめでとう? とはちょっと違うけれど、良かったね」
「原因はともかく、ルルシャのおかげで誰かを傷つけずに済んだ。あのまま、狂って目に入った雌を強姦でもしたらやばかった。ありがとう」
調理を再開した人間の背後にしれっと立った男が、後ろから前へとお腹辺りに腕を回してくる。僕が包丁を持って、大きく動けないのを良い事に。さらに頭頂部に、狼の顎が乗る。何するのと、小さく身を捻っていると。彼の口から強姦とか、そんな恐ろしい言葉が飛び出してくる。そんなに。とは思うけれど、僕を対象として見せていた彼の繁殖欲求を全面に出した姿を見ていると、その台詞に妙に納得してしまえて。あのまま、僕がただ看病だけで。彼もまた、我慢をそれでも続けていたら。一匹の野獣になって、外へと飛び出す未来もあったのかと思うと背筋が凍る。
彼もまた、他のレプリカントの男達に取り押さえられ。そうして、罪に問われ。烙印を押されてしまっていたのだろうか。あの、素直じゃない彼のように。
この体勢では、ガルシェは僕の表情など見えないだろう。頭上からは無事に発情期を終えられて、心底嬉しそうな声がしていたから。暗い顔している人の顔など。誰かを傷つけず、と彼は言った。でも、僕の身体には少なくない。咬み跡や痣があるのだけれど。最初、力加減ができなかったから。興奮で昂ったまま、彼にその馬鹿力で掴まれたせいで、こしらえたものであった。それを見て、早々改善はされたから多くはないのだが。咬み跡は、口輪を持って来た最後の日だけ一回咬まれただけで済んだが。そうか、僕の傍を離れる事もしたくないみたいであったから。発情期の終わり際であったからこそ、外へと。一人で出かけられたのか、と納得する。
どうやら、性的対象が見える範囲に居ないと不安になるようで。ガルシェは僕と家に居る間、傍に居たがった。子孫を残そうと、雄が雌を探す本能的な行動だろうか。ソファーやベッドで一緒に並んで座ったり。僕がトイレに入って出てくると、毎回扉のすぐ傍に待機していたり。ずっとそわそわとして、落ち着きをなくしていた。繁殖欲求に、頭の中はパニックになると彼なりにどんな状態か教えてくれたから。そういうものなんだなと、そこまで邪険にはしなかったけれど。ただ、ずっとべったりだったので。これで僕も安心できる。便器に座ったまま外の気配を窺うと、変な威圧感がずっとこちらへと。早く出ろとばかりに垂れ流しにされているのだから。トイレぐらい落ち着いてさせて欲しかった。
本来は、発情期を迎えた雌のにおいを嗅いで。狼の雄は発情するらしいから。想定外の状況に、彼も困ったのだろう。普通は雌のにおいでその気になって、なったらそのまま。ようは交尾を受け入れてくれる相手が居る前提で、そうなるのだから。居ない状態で発情状態になるなんて、身体の仕組みができていないのだから。ある意味で事故であるとも言えた。
じゃあ、同族の。狼の女の人はどうするのと。興味本位で聞いたら、もしも好みの相手や番がいない場合。家の中に閉じ籠るらしい。不用意に刺激しないように。という事は、そうやってルオネも。自衛してきたのかなって。ちょうど知り合いに、ガルシェの幼馴染で。そして狼のレプリカントで、女性であるから。例題として頭で思い描いて。勝手に例に出されるのは、失礼かな。こんど会ったら謝るべきか。何に謝られてるか、ルオネは不思議がるだろうけれど。
ただ、この問題は一応解決したように見えて。原因はそのままであったから。懸念がどうしても付きまとう。ガルシェは、僕の発情臭を嗅いで。そうなったのだから。極度の禁欲も手伝ったのだろうが。
解決策を考えるとすれば。そうだな、と抱き着かれてやり難いながらも。具材を刻む動きを再開させながら、物思いに耽る。
一つ。僕がえっちな事を考えないようにする事。今抱いている感情が、どういったものか。狼の嗅覚は嗅ぎ取ってしまうようであるし。
一つ。一番手っ取り早い方法として。やはり定期的に、彼に自慰をしてもらう事。居候である僕の目があるから、どうしても恥ずかしがってずっと我慢して、そうなったようであるし。どうにかしてしてもらうしか。
お互いに話し合って、自衛をしていくしかなかった。ガルシェの一人の時間を作るように、僕もそういった形で。当初僕が手伝うって言ったのはそういう意味で言ったのだから。でないとまた、倒れでもしたらそっちの方が問題だ。
具材を熱したフライパンに移しながら、そう考えていると。頭の上にあった加重がなくなり。そうして、横からマズルが突き出てくる。どうやら背後から、何を作ってるのか気になったのか。覗き込んでいるようであった。やり辛いから、普通に隣から見ていて欲しいのだが。
発情期中はそういうものだと割り切っていたが、終わったらしい今。こうして密着してくるのに違和感が襲う。別に恋人でもないのに、妙に近い。もう少し、前はもっと。距離感は遠かったと思うのに。背に、彼の体温を感じながら。野菜の海に、産みたての卵を割り。中身を投下して、簡単な野菜炒めを作っていく。
この家で、居候として生活しだして。だいぶ家事スキルは上達したと思う。背後に居る男が、家事ができなさ過ぎるから。自然と僕が担当になって、やる回数が多いのだから自ずと伸びたとも言えたが。野菜と卵に火が通り、湯気と一緒に上昇してくる芳ばしいそれ。人の頬のすぐ傍にあった、狼の鼻が待ちきれなさそうに匂いを嗅いでいた。体格に相応しく、とても食欲旺盛な彼を満足させるには。朝といえどそれなりの量が必要であった。お互いの稼ぎは基本食費に消えるのが常で、物価が高いこの街ではしかたがなかった。
食べ物はとても値が張る。命がけで外で狩猟してくるか、街全体を賄いきれない。少ない土地で取れた作物や畜産品しかないのだから。後は、外部からやってくる行商人。この男は家の中ではどうしようもない役立たずではあるが。戦闘力は高く、外で護衛等を請け負いそれなりに高収入の部類に入るらしい。特に、凶暴な野生動物もそうだが。この世界には人間一人分かそれよりも大きな機械の化け物達が、無差別にレプリカントを狩っているのだから。
この街がぐるりと、鉄の壁で覆われている最たる理由であった。こうしなければ安全を確保できないぐらい、今は平穏とは程遠い。退廃した光景が街周辺に広がってるのだから。荒野ばかりの土地で。そんな場所でも水があるのは本当に幸運と言えた。学校の跡地を中心に、この街は広がっていて。元は学校の設備であるプールの施設を改修し、汲みあげた水をろ過し、街の一部地域へ運んでいるのだから。
そう水だ。一夜明けた今も、台所の蛇口からも。そしてお風呂場でも、依然として水が出ないのである。断水なのは、まず間違いなく確定であった。ろ過設備に何かあったのか、それとも汲みあげてる地下水がとうとう枯れたか。きっと既に問題になり、街は大騒ぎではないのだろうか。まだ家から一歩も出ていないのだから、人々の反応はわからないけれど。
街の中で生活しだして、ガルシェと違い。街の外に出る事はない僕は、比較的安全に暮らせていた。問題は、それなりにあったが。命を取られるという程。は、あったな。未遂で終わったけれど。
家にある物で食いつないでいたけれど、冷蔵庫の中はすっからかんだ。碌に買い物も行けていないのだから、それは当然ではあるのだけれど。今日は、やっと行けそうだ。彼も、仕事に復帰できるだろう。にしても、よく一週間も休みを貰えたな。発情期がある種族だから、そういう制度でもあるのだろうか。
一応、ガルシェが直接。僕が働かせてもらっている店長に連絡をして、同じように休んでいるけれど。これって、傍から見たら。そういう事をする為に二人共休みますって見られないだろうか。それは、嫌だな。僕自身が他人に、プライベートな事を知られたくないというのもあったが。ガルシェの方にも、僕とそういう関係を持っているという噂が立つのはよろしくなかった。
彼は、番を求めて。資格を得ようと、努力しているのだから。査定はマイナスから始まっているから、本来ならとっくの昔に得られていたかもしれないのに。だから、もし他の、女の人と一緒になるのを想定すると。いらぬ噂話が流れるのは好ましくなかった。彼にとって不名誉なものは特に。
ただでさえ、あまり僕が彼の元で暮らしているのはよく思われていないのだから。僕を逮捕しようと、やってきた軍人らしき人達が。それを物語っていた。店長や、銀狼の幼馴染である二人は。数少ない僕を受け入れてくれている人ではあったが。でも、結局はそれまでだ。やはり、この街で人間は僕だけというのは。
そんな奴を飼っている酔狂な奴。そこに、異種族相手にそういう事をしたとなれば。ガルシェはあまり、自分のにおいが僕から薄れる事に良い顔はしないけれど。早急に落としたかった。そういう性の残り香は特に。だからこそお風呂に入りたかったのに。水が、出ないなんて。
あの後、顔だけじゃなく、身体中を銀狼に舐め回され形式上だけ綺麗にされた僕。どんな羞恥プレイだろうか。確かに汚したのは全部後ろから抱きしめて、朝ごはんはまだかなと呑気に鼻歌まで湿らせた鼻から奏でている馬鹿狼であるのだけれど。責任の取り方がズレている。かなり変態な方向に。だから今日、起き抜けからずっと気分が急降下気味であったのだ。変な臭いしないだろうか。
動物の顔をしている嗅覚に優れた、彼らレプリカントにこれは誤魔化せるだろうか。無理そう。飲み水として確保している、貴重なボトルの中身を使うかとも思うが。さすがにそれをするのは憚られる。たぶん、ガルシェに止められるだろうし。主に水がもったいない、そういった理由で。変は奴に絡まれない為に、強い雄である彼のにおいを纏うのは非力な僕にとって数少ない。この街での自衛手段ではあったけれど。さすがに、今のこの身に纏うそれは。度が過ぎている。
この男とヤりましたみたいな看板を、首から下げているようなものだ。ヤってないのに。ぶっかけられはしたけれど。考えていると頭が痛い。鍋を振りながら、片手で額を押さえていると。ガルシェが心配そうに顔を覗き込んで来る。誰のせいだ、誰の。やはり、今日は外出など控えて。もう少しにおいが薄れてからの方がいいだろうか。最悪彼におつかいを頼むという手もある。
たぶん、このまま出かけて。働いてるこの街唯一のゲートである、集会所でいつも仕事の内容を聞いてるのだから。あそこに、もう出られると報告に行くのだろうし。そのついでに、市場の方へ食料を入手して来てもらうのが名案のように思えた。僕は家の掃除をして、また暇を持て余してればよい。
後ろの彼が、どのように言って休みを取ったのかは謎だが。いい加減店長である、サモエドのおばちゃんにも顔を出さなければいけなとも思うが。まさか、俺が発情期だからルルシャと一緒に休みますとか馬鹿正直に言ってないだろうか。それはないと思いたいけれど、その可能性を捨てきれないのが。この街の男どもに共通するデリカシーのなさだった。もしそうであったら、店長とも顔を合わすのが嫌になる。目を逸らされながら、お休みの間大変だったのね。と気を遣われでもしたら、発狂する自身がある。
ぼすり。纏わりつく狼が邪魔で。背後の胸板を後頭部で叩く。寝る時彼は上半身は裸だから、そこには天然の鎧でもある筋肉と、毛皮からなる多重装甲。思いっきりやったわけではないから痛くはないと思う、首を逸らした事で。何を勘違いしたのか、ガルシェが嬉しそうに額に頬擦りしてきた。邪魔なのだけれど。
ドアップで視界を占領する狼の顔。埒が明かない。お皿を用意してと、冷めた声で言えば。渋々、手が腰から離れ。分厚い身体と距離ができる。この時間帯は涼しいのに、暑苦しいぐらいだった。正面からは、火を使ってるのだからコンロによる熱気。背後には体温の高い、男の抱擁。汗ばむのは遠慮したい。
この家にある唯一のテーブル。小皿が二つ両サイドに置かれ。そして中央には耐熱用の布。準備万端だとばかりに、ガルシェはお気に入りのソファーに座って待っていた。匂いを嗅いで、舌がはしたなくも自身の口元を舐めている。たぶん、無意識。
机の真ん中に、フライパンごと。豪快に置いて、それで今日の朝食はできあがり。野菜と卵を使った、味付けは塩だけのシンプル野菜炒め。調味料は貴重である。そんな中でも塩は一番手に入りやすく、安価だ。海が近いのだろうか。逆に砂糖といったものは、市場で見かけはするけれど。手軽に買おうという気分になる値段をしていなかった。
本当は見栄えを気にするなら、フライパンで炒めた料理を大皿に盛り付けるべきなのだろうけど。洗い物を少なく、そして水の節約を考えると。とても合理的だ。インスタントラーメンを鍋で作って、そのまま啜るずぼら飯となんら変わらないけれど。無頓着な奴で一人暮らしならそんなものだろう。僕には同居人が居たが。そんな事をガルシェが気にするような人には思えない。
たぶん、一生懸命綺麗に盛り付けても。豪快に端の方からフォークですくいあげ、僕の握りこぶしぐらいありそうな塊をばくりと齧り付いて。無心で咀嚼し続けるだろうから。
失礼かもしれなかったが。それが僕の彼に対する食事に向き合う印象だった。食べる事は好きみたいだが、見た目や味にはそこまで拘りがない。強いて言えば、パンがパサパサして狼の口では食べ辛く。好んで食べようとはしない程度か。料理を作る側からすると、とても楽であった。美味しいとか、見た目を見て、美味しそうとか。そんな感想を期待する気持ちはここで暮らし始めて早々消えた。逆に割り切ってしまえば、気が楽とも言える。
気合を入れて、凝った物を作ろうにも。食材も、調味料も不足しがちな環境において。そもそも無理が出てくるのだが。だから料理の姿勢に関しては肩の力を抜いて抜いて、抜きまくってよい。ほっといたら肉ばかり食べそうであったから、野菜を意識して出す程度だ。
一番好きなのは肉類なのだろう。その時は自分の分を食べてしまうと、だいたい僕の方が食べるペースは遅いから。まだ残っている僕の分の肉をじっと見つめている事が多いし。小食だから、それをそのままガルシェのお皿の方へ移すのも日常になってしまった。ああ、そうだな。その時は控えめに、尻尾がソファーを叩いたりするだろうか。
かと言って、あまり極端に彼の方へと料理を盛っても。食費は僕も出しているからと、量は公平にと言われてしまうのだった。でもどうせ、僕が彼と同じ量は食べきれないというのに。
そういえば、あの幼馴染二人と食事会をした時から。ガルシェが先に食べるのを試しに待つようにしてみた。狼は縦社会で、社会性を築く犬科の中でも特に厳しいらしいし。社会勉強は大事だと思った僕は、さっそく実践してみたのだった。
外で、僕が知らず。彼と一緒の時にもし無作法な事をすれば、恥じをかくのは僕よりもどちらかというと銀狼であるだろうと考えたからだ。ユートピアと呼ばれる、この街で。たった一人の人間を飼っている。そういう認識のようだし、なら僕を教育する義務はガルシェにあるわけで。市長との顔合わせの時、僕が何かやらかしたら殺処分しろという会話も交わされていたのだから。びっくりするぐらい、この街で僕の命は軽い。治安の悪い裏通りへ行けば、それは顕著に感じられて。
資格を得る事。その足を引っ張る真似だけは避けたかった。もう既に、十分すぎる程彼の足を引っ張っている自覚もあったから。ならどうするか。もっと彼らの生活を知るべきで。この街で暮らして、働いて、一人で表通りなら買い物ぐらいできるから。多少は知れたとも言えたが。でも、細かい礼儀作法はまだまだであった。まさか、犬科だから挨拶にお尻を嗅ぎ合うとか。そんなのはたとえあったとしても、やりたくないけれど。できる範囲でなら。だから僕の彼らの暮らしに向き合う姿勢は、好ましいと思うのだけれど。そうすると、ガルシェは。複雑そうな顔をして。でも何か言うわけでもなく。僕の好きにさせていた。間違ってるか聞いても、ただ。いや。そう短く返されるだけであった。
銀狼の発情に関しても、理解を示す事は大事だ。できれば、またあんなふうにならないように。
朝食を食べてしまうと、予想通り。彼は身支度を整えだした。タンスを開けて、新しいシャツを取り出そうとしていたけれど。その背を眺めていて、目についた毛の跳ね方。寝ぐせであろうか。人間である僕は頭だけであるけれど、毛皮がある彼は全身に。
「ガルシェ、ちょっと待って」
タンスの中を漁る手を止めて。素直に振り返った狼。だから僕は、手に持った物を軽く揺らした。人が使うにはちょっと大きめの櫛。家の掃除をしていると、たまたま見つけたものであった。そこまで使い込んだ感じがしないから。本当に、僕が来る前からあまりお風呂に入らなかった事を考えると。手入れはだいぶ疎かにされていたのだろうな。せっかく綺麗な毛の色をしているのに。
床に座るように促したら、そのまま毛先が跳ねに跳ねた男の背中に。櫛を背後から宛がい、そのまま毛の流れに逆らわぬようにして。流していく。一回上から下へと手を動かしてみると、櫛にある隙間に絡んだ抜けた毛の大群。気持ちよさよりも、その取れた量に若干引いた。掃除していると、あっちこっちに毛がよく飛んでいた理由を今知った。そうか、元凶がそのままであった。排水口が詰まらないように、受け皿となっている蓋。ガルシェと共に入った後お風呂場を掃除する時にもそこには、多く残されていたから。ある程度一緒に流れ落ちているものと思っていた。どうやら、思った以上にしぶといらしい。
手を動かしただけ、取れる取れる。換毛期、ではないと思うのだけれど。季節とかわからないから。今がそうかも、そうじゃないかも定かではない。ただ取れる量と、ちょっと昼間でも肌寒くなって。そして日照時間がだんだんと少なくなっている気がしないでもない。
「痛くない?」
「ああ」
「凄く取れるね。毛皮があるって大変そう、もっとケアしないとだめだよ」
僕の言葉に、めんどくさそうなのを隠しもせず。そっぽを向く狼の頭。本当に身だしなみに関しては無頓着であった。この男は。服装と牙には拘るのに。そうやっていると、首の後ろに違和感を感じた。櫛を通しているのだけど、そこだけ手応えが少ない。軽く、指先で掻き分けてみると。そう苦労もせず、地肌が見えた。
「どうした?」
「あ、いや、なんでもないよ!」
急に手が止まった人の手に、狼が訝しんだのか不思議そうに声が掛けられて。慌ててグルーミングを再開する。明らかに、周辺が毛の量が多い部位だから。意図して毛を掻き上げない限り、誰も気づかないだろうが。実際、一緒に暮らしている僕も気づかなかった。円形脱毛症であろうか。そういえば、彼が困った時とか、不機嫌な時。癖でここらへんをよく乱暴に掻いていた気がする。
ストレス性だとすると、これもまた。発情期による影響であろうか。ホルモンバランスが普段と違うから、それでストレスを感じやすかったり。同じ個所ばかり、毛繕いに舐めたり、ひっかいたりすると一部だけ禿げたりするらしい。といっても、それは動物で起こりうる現象であって。必ずしも、似ているからと一応は人である彼にそれが該当するかといえば。そうではないのだが。
でも、ここ最近ガルシェの動物的側面を多く見た僕は。それが一番近いのかなって、櫛で不要になった毛を落としながら。そう考えていた。これも、僕のせいなのかな。元に戻るとは思うけれど、あまり。心配をかけないようにしないといけない。ガルシェがハゲちゃう。
そして、フローリングに。毛の山ができあがる頃。胡坐をかいて、退屈そうにしている銀狼の手を取った。僕のする事に特に何も言わない男は、ただじっと何をするのか見つめながら。せっかく集めた毛の山を、うちわのように尻尾が横薙ぎに散らそうとしている。
自分よりも大きな手のひらを掴んで、持ち上げて。よく観察してみると。指先には黒光りする、鋭い爪。これもまた手入れされてないのだから、伸びたまま長い。だから思いっきり掴まれた時、僕の肌に食い込んで傷を作るのだった。
「ガルシェ、爪も切っていい?」
一応、動物だと戦う為の武器であったから。そうお伺いを立てていた。必要ないかもしれないし、種族的に大切してるかもしれないと。そう考えての発言。そこまで考えたけれど危惧した要素はなかったのか、ただ無言で。暫し逡巡した後。狼の頭が頷いたのを見て。これもまた、使っていなさそうな爪切りを櫛と一緒に保管しておいた場所から持ってくる。こういうケア用品はあるのに、なんで使わないのだろうか。
ゴミ屋敷みたいな部屋を掃除する前。見つけた時。床に転がってたりしたから、失くしたからなのも要因の一つかもしれない。
切ろうとして、片手で彼の手を保持し。そうして指先に爪切りを持っていこうとして、思ったより安定させるのに疲れると。二つ切った段階で気づいた。どうしたものか。楽な姿勢を考えて。胡坐をかいて座る、彼の丁度よさそうな空間を発見。逞しい太腿は、体格差もあって椅子の代わりになりそうであった。だから、断りも入れず遠慮なく座り。そして僕の足の上に、手のひらを上向きにして。爪切りを再開させた。
その際、小さく驚いたような男の声がしたが。別に振り落とされやしなかったので、さっさと切ってしまう。五本ある指先。残り三つある爪を、パチンッ、パチンッと。あまり根本まで切り過ぎると、血管が走っていて痛みを感じたりするから。当たっても痛くない程度に切って、削り、丸みを与え整える。肩にガルシェの顔が乗せられた。どうやら、切られる自身の爪を物珍しそうに見ているようであった。
「よし。もう片方の手もかして」
「……んっ」
終わった方の手を、膝から下ろし。手招きするように、フローリングに手をついていた方の。狼の腕を呼ぶ。そうしたら、細かく指示しなくても。同じように反対側から、まだ切っていない手が乗せられて。作業はとてもスムーズに運ぶ。
初めてやったにしては、出来栄えは。まぁまぁと言えるのではないか。満足気に、男の膝の上で。人が頷いて。手を開いて、閉じて。違和感がないか確かめたガルシェは。そのまま終わったからと立ち上がろうとする僕を、背後から抱きしめる事で。中途半端に浮いたお尻が、また彼の太腿の上に沈む。
首を逸らして、銀狼の名を呼んでいた。された行動の意図が読めなくて。巨体の檻に捕らわれると、胸元から見上げるしかなくて。ただ、無表情で見下ろす。狼の顔がそこにあった。
爪を切ったばかりの、僕の親指よりも太い人差し指が。頬に触れる。軽く押し込まれて、そうしても。人の肌を傷つける事はなかった。それで暫し間が開いた後。僕を離すと。自身の手を見つめていた。
咬むのを気にして、口輪を持って来るぐらいだし。爪も切ったら、そう気にせず。僕に触れられるであろう。のだが、そういえば。もう発情期は終わったのだから、いらぬ世話だったような気がする。どうして僕が突然こんな事をしたのか。理由を考えていたのだろう。立ち上がった僕に対して、目を細めた狼は。
「もしかして誘ってんのか?」
「んなわけないでしょ」
その結論は違うよと。即答したのだった。揺られていた尾が、静まり。溜息のような、鼻息が。狼の鼻から吐き出されていた。口輪も、使わない事にこしたことはないのだし。しまっておかなくちゃな。元通りとはいかないまでも、家主と居候。友達という雰囲気に戻れるように。そうしなくちゃ、いけない気がしたから。
人の手によって、見た目が整った銀狼は。シャツを着て、そして靴下も履くと。玄関の方へと歩いていく。そんな姿を目で追っていた僕は、男の手が。お気に入りである。玄関の傍にある、壁掛けハンガーに掛けられた。革製のジャンパーをそのまま、いつもの流れで着ようとしたのだけは止めに入った。
「なんだよ」
「あ、いや、ガルシェ。それまだ洗ってないし、着ていくのはやめて欲しい、かな」
だって、それには。その。昨夜、彼のが。乾いてそのままであったから。拭き取ってはあるけれど、洗ってないから。僕のはぐらかした言い方に、だいたい察したのか。持ったジャンパーを、そのまま僕の方へと投げてよこした。慌てて、放物線を描いて飛んで来た物を、抱きかかえるようにして受け取る。汚物みたいに扱うのもどうかと思うが、密着してるのが嫌で、身体からすぐに離した。断水だし、洗うにしてもどうしよう。革製品って、そのままにしておくとカビとか生えてくるような。
少し出かけてくると。そう言いながら、ブーツを履くその背に。事前に考えていた、買い出しを頼む。もう食料が心許ないのだから。言いながら、僕が行けばいいじゃないかと。そう言われるかと思ったけれど。意外な程素直に、ガルシェはおつかいを頼まれてくれたのだった。
玄関よりも先、外へと。太陽の光を浴びて、眩しい毛を靡かせながら消えていった相手を見送った頃。よくよく考えれば、僕があまり無防備に出歩く事に関して。良い顔をしないガルシェにとって。不安の種である人間は外出しない方が良いのかもしれなかった。家から出なければ、問題も起きないだろうと。さすがに表通りの商業区で何かあるとは、思えないけれど。彼はとても過保護なのだから。そんな気がした。
それにしてもどうしよう。水が使えないとなると。掃除も限られてくる。昨日、ガルシェに手伝させて一緒に拭いた床を見つめていた。情事の痕跡は綺麗さっぱり残ってはないけれど、乾拭きした程度であったから。床に鼻が触れるぐらい、近づくと僕でも何かしら嗅ぎ取れそうで。自身の顔が険しくなるのを感じる。
拭いた布は洗濯籠にそのままであったし。思った以上に、打撃を受けていた。毎日軽くは掃き掃除もしているけれど。この場合、埃というより、毛玉の塊が住んでるのだから。主に掃除の敵は抜け毛であったのだが。
断水前に洗って干してあった、洗濯物をたたみながら。何をするか考える。僕も、ガルシェも、お互いの衣服はオシャレできるほど多くはないから。これも十分とかからず、終わってしまうから。答えが出る前に、眼前にはたたまれて小さくなった服。かの銀狼が夢精しなくなってから、パンツとズボンの洗う枚数が毎日倍だったのに。今は通常通り上下セットでローテーションできている。だが、それ以上にバスタオルに使ってる布の消費が激しかった。それは、お風呂に入る回数が増えれば。毛は水分を大量に含んでしまうから、銀狼を拭くのに浪費されるからで。発情期の煽りで、どうしても洗濯物が溜まっていた。
一度に洗える、洗濯機とか。乾燥もできる乾燥機も欲しい。手洗いと、天日干しか、ベランダに干しきれなかったら部屋干ししかないこの家は。ないものねだりしてもしょうがないのだけれど。記憶にある、科学文明の力を発揮していた時代だったなら。きっと、布ではなく。ガルシェ専用の全身ドライヤーとかあったかもしれないな。同じ方向に毛並みが全部、倒れてしまったマヌケな姿は見てみたい気もした。
そんな時代に、彼らのような獣の姿をした人など。存在はしていなかったけれど。どこから来たのだろうか。そして、僕も。どこから。
ここでの日常に慣れていく程、こびりついた残滓のような。淡い記憶を探っては、黄昏てしまう。知っているというのは。毒であった。美味しい食べ物とか、便利な道具とか。ここでは、それらはどれも下位互換の、劣化品でしかなく。美味しいと、食べ物を口にしても。次の瞬間には、もっと精巧に調理された。人間の食べ物が浮かぶのだから。
さっきみたいに、生活用品だってそうだ。スイッチ一つで、なんでも入れといたらやってくれる環境を。ただ知っているだけなんて、生殺しだった。いっそ全部。真っ白に頭の中をリセットしてくれたら。もっと、同性同士の事とか。彼らレプリカントの事とか、簡単に受け入れる事ができたのではないだろうか。
だいぶ、肉体的な接触に関しての恐怖心は薄れつつはある。自分よりも身体が大きくて、牙も、爪もある相手に。全くなくならないわけではないが。彼ら独自の生態や、習慣にも。ガルシェという男と、共に暮らして。学び、困惑しつつも。拒絶とまではいかず。まず第一に、彼の人となり。性格が好きになったのだから。その前提があったからこそ、今こうして。あんな性的な接触をしても、傍に変わらず居れるのだろうな。
もしも別の誰かだったなら、受け入れる事など到底できなかった気もする。自分が同性愛者になったわけではない。ただ、ガルシェが好きなのだ。それだけであった。けれど、自分は彼の隣に相応しくないとも思っていて。現実的な自分が、ただそこに居た。
居辛い空気のまま、この街で暮らし続けるのには。いつか限界が来るのだろう。その時。ガカイドに頼る事になるのか、ルネアに頼る事になるのかはまだ、わからないけれど。
そして、酔った銀狼の言葉を。今一度思い返してもいた。このままでいい。出て行くなと。あの男はそう言った。発情期で人肌恋しくなり、正常な判断力を欠き、そしてアルコールも入った男の言葉をだ。抱きしめられ、そう言われた時。素直に、嬉しかった。とても。僕でも、僕は、ここに居て良いんだと。そう一時でも思えたのだから。
でも、日数が経過すればするほど。その嬉しさは薄れて、ただ言いようのない、もどかしさだけが。這い出てくる。
どこまで、その言葉を。信じていいのかまるでわからなかった。正常になった、彼に、今一度聞く事もできなかった。実際に、彼も、その話題には触れないようにしている素振りを感じた。資格の事と、僕の事。その話題を、お互いが、いつの間にか避けていたのだった。
正座したまま、これ以上特にする事も見つけられず。フローリング独特の、冷たい床の感触が。僕の体温でじんわりと温かくなって。足先が痺れて来た頃。ガチャリ。背中から玄関が開く音がして。考えてるようで、ただただベランダより先、誰かの家の屋根を眺めているだけとなっていた僕は。驚きに立ち上がろうとして、そのまま横へと倒れた。びりびりと、電気でも流されているような刺激が。足の表面から内部へかけて走る。立とうにも、力が入らなかった。しかたなく、手をついて起き上がり。扉を開けただろう人を、出迎えようと。せめて向きだけ変えた。
買い物袋を携えた、銀狼がそこに居て。内心、知らない誰かじゃないかと。彼が出て行った時に鍵を閉め忘れていたから、その姿に安堵した。でもその男の表情を見て、はてと、首を傾げてしまう。出て行く時は普通だった筈なのに、帰って来たら三白眼をいつもよりきつく歪め。眉根に力が入ってるのだろう、ぐっと近く寄っていた。
「おかえり、ガルシェ」
いってらっしゃいも、おかえりも。言った回数はきっと、だいぶ多くなったのではないだろうか。最初、戸惑いしか覚えなかったその台詞に。今では、素直にそう言えるようになったのだから。日数は数えていないけれど、もう半年は彼と一緒に暮らしているような気もした。
僕の不自然な姿勢を一瞥しただけで、行儀悪く、踵を踏みながらブーツを脱いだガルシェは。そのまま倒れた靴を直しもせず、抱えた袋を持ったまま。冷蔵庫へと直進した。ちゃんと、頼んだ食料品は買って来てくれたらしい。袋の中に手を突っ込んで、冷蔵庫の中へと移す作業は。赤い色が多かったから、また肉ばかり買い込んでいそうだなと。申し訳程度に、野菜も入れてはいたから。小言を何か言うのは止めておいた。お礼を口にしようと。ようやく立ち上がれた僕は、足の感覚を確認しながら。冷蔵庫の前に屈んだ男に近付いて。
でも、乱暴に冷蔵庫の扉を閉めたガルシェは。勢いよく立ち上がると、手に持った物をそのままマズルへと押し付けていた。喉を何か通る度に、膨らむ喉仏。そして、狼の顔の前で傾けられていたのは。酒瓶だった。あれは確か、配給所で貰った支給品の中にあった。お酒だった筈だ。ガルシェ、喜ぶかなって冷蔵庫の奥に隠していたのだけれど。どうやら見つかってしまったらしい。それはそうか、ずっと料理は僕が担当で。主に冷蔵庫を開けるのは人間で、狼はソファーで大人しく基本待っていたのだから。そう大きくもないそこを、それも殆どすっからかんになった今、覗き込んだら隠れてすらいなかっただろう。
お酒にそんな強いわけではなかったけれど、飲む事自体は好きらしいガルシェは。けれど、険しい表情のまま。美味しそうとはかけ離れて、どちらかと言うと、とても不味い薬酒でも呷っているようだった。
息が続くまで、瓶の中身が半分ぐらい消費されたら。少々口元から零れた液体を、手の甲で拭う男に。
「なにか、あったの?」
そう聞いていた。不躾な質問だったようにも思う。雰囲気が放って置けと語っている気もした。けれど、それで怒って。銀狼が怒鳴りつけて来たりしないのは、何となくわかるから。だから、黙ったまま。質問した人間を、横目に。荒い呼吸が整うまで、待っていた。
「親父に、会った」
「お父さん?」
ガルシェのお父さん。ちゃんと説明されたわけでもないし、紹介されたわけでもなかったが。一度だけ、会った。この街に来て最初に顔合わせされた、市長の顔が脳裏によぎる。灰色にくすんだ毛を纏った、狼の顔を。時間が経過した今、一度会っただけの男の顔を。そう綺麗に思い出せる筈もなく、ガルシェと顔が似ていたのかすらわからなかったけれど。ああ、そうだ。煙草を吸う時、天井へ向けて息を吐く仕草は。似ていたなと、ぼんやりと思い出した。
言うか迷っていたのだろう。言ってしまった今でも、お父さんの事を話題に出した自分を。後悔しているふうに感じてそうな、目の前の男もまた。森で、焚火を挟んで向き合っていた時。そのまま煙を吐くと、僕に掛かるのを気にしてか。誰もいない空へと、息を吐いていたのは覚えていた。あの時は、親子だって知らなかったから。校長室だった、今は市長である彼のお父さんが使ってる部屋から退出する時。何も引っ掛かりを覚えなかった仕草であったけれど。
「久しぶりに、家族と話せたんだね」
僕には、家族がいるのか、いないのか。わからないから、つい無意識に出た言葉であった。もう少し、考えて言えば良いのに。それで相手を逆撫でるとも知らずに。良かったねと、続こうとした僕は。向き直った男の表情を見て、固まってしまった。
「母さんが死んでから、碌に帰って来なくなったあんな奴。家族でもなんでもねぇよ!」
吐き捨てるように、そう言う彼の姿に。呆気に取られていた。急に大声を出されたから、その時。空気が震えた気もする。ガルシェの声は、低いから。腹によく響いた。怒鳴った後に、何も言えなくなってしまった僕を見て。やってしまったと、唇を噛んでいた。
別に僕は、驚きはしても。迂闊に踏み込んだのはこちら側であったから、それも機嫌の悪い相手に。だから、特に何か思ったわけじゃなかった。ここに居ないお父さんに対して、激情を吐き出したに過ぎない。ただ、出された大声にびっくりした。その筈だ。
僕の表情を見ていた狼の顔が、逸らされて。また酒瓶の中身が減る。できれば、楽しく飲んで欲しかったのになと。減っていく内容物を見ながら、そんな事を思っていた。
「悪い。気が立ってた。まだ、発情期の影響が残ってるのかもしれない。感情の制御が上手く、できない。悪かった」
「あ、うん。別に気にしてないよ」
空になった酒瓶を玄関の方へ持って行った後、煙草を取り出したガルシェを見ながら。これまでの見聞きした情報から、お父さんである市長の事を考える。生まれてすぐ、母親が死んでしまったと言っていた。それから、全く帰ってこない父親。とすると、どうやって彼は生きて来たのだろうか。ずっと、一人で?
窓を開け、そこから身を乗り出した銀狼は。火を付けた煙草から煙を吸い、外へと吐き出していた。そういえば彼が煙草を家で吸うのは初めて見る気がする。尾は揺れているが、それは喜びから来るものではなく、苛立ちから来るものだと。その表情から窺い知れて。煙草を吸う時、決まって彼は何か考えたり、苛立ったりした場合であったなと思う。
家族の事、これまでどうやって生きて来たのか。聞きたいけれど、その背から漂う雰囲気が。僕に聞くのを躊躇させた。また怒鳴られやしないかという、そんな予感も二の足を踏む要因であった。びっくりしただけ。そうだと言えたけれど、思った以上に彼の怒鳴り声が耳に残っていた。別に僕に怒ったわけでもないのに。一度倒れた時も、あんな感じだったのに。
そっとしておいた方が良い時もあるだろう。でもやっぱり後ろ髪引かれてしまう。一緒に暮らして、父親の話が一度もこれまで話題に上がらなかったのだから。それがおかしいと。ただ外の風景に思案顔な銀狼に、掛ける言葉のない人間が踏み込んではいけない明確な壁を感じた。
上半身は裸になっていたから、煙草の臭いが身体に付きそうだな。そういえば、着ていたTシャツはどこだろうか。軽く見渡せば、ソファーの陰。彼が歩いた道中に、無造作に捨て置かれていた。まったく。そんな言葉が出かけるも、それは喉までで止まる。拾い上げた彼の衣服。まだ人肌を感じさせる温かいそれ。
ずっと距離は縮まったように最近は感じていたけれど、それに僕は危機感を抱いていて。これ以上仲良くなりすぎるのは、別れる時に辛くなるのに。僕がそう思ってるだけで、実際はそこまで彼との心の距離は狭まってなかったのかもしれない。
だって、自分の事。あまり話してくれた事、ないから。僕も、記憶がないせいで、話せる過去なんてなかったけれど。好きだけれど、好きになり過ぎないようにしようと思っても。それでも、相手に好きになって欲しいなんて。傲慢過ぎるだろう。彼が番を得た時、出て行こうと決めている僕は。持った服の皴が、僕が握りこんだ手によって増える。
それ以降、ずっと僕とガルシェに会話はなかった。晩御飯を食べてる時だって。元々彼は口数が多い方ではなかったし、僕も必要以上に喋るタイプでもなかったから。そう普段と変わらない筈なのに。
「それ取ってくれ」
もそもそと、自分の分の食事に手を付けている時。気まずいなって、そう思いながら食べる物は。こうも味がしないものか。机の反対側、フォークを使い厚切りの肉を食べ進めていた狼から。不意にそんな要求が飛んで来て。条件反射的に、小瓶を掴んではガルシェの方側へと寄せていた。
主語もないのに、自分でも良くわかったなと。咄嗟に動けた自分自身の行動に驚いていた。俯いて、お皿を見ていたから。彼の目線すら見えていなかったのに。正解かどうかは、寄せた小瓶をすぐに狼の手が掴んだ事でわかっていた。数少ない、この家にある調味料である岩塩を削って入れてある小瓶であった。ガルシェは逆さにすると、まだあまり食べ進んでいない肉に対して。乱暴に振りながら雪の粉のように、粉末状になった塩をパラパラと振りかけていく。味、薄かっただろうか。彼と全く同じ調理法で焼いた、肉をもう一度咀嚼して。注意深く味を確かめるけれど、そうでもないなと。ちょっと掛け過ぎじゃないかなと思う、そんな肉に再び齧りついた狼を横目に。そう結論を出していると。数回口を動かした後、咽ていた。やっぱり塩辛かったのだろうか。目を瞑って手を彷徨わせているから、水をなみなみと注がれたコップを手渡すと。砂漠で彷徨い、水不足で行き倒れた人みたいに、勢いよく飲み干していた。もし本当にそうであったなら、急に飲むとショック死するらしいけれど。幸いここは砂漠ではないし、ただ彼は食べ物で咽ただけだ。現在、断水状態であるから。ちょっと近い気もしたが。飲み水は一応ストックがまだあった。それも断水が改善されなければ、近い未来。僕らもきっと、砂漠でオアシスを見つけられなかった冒険者みたいになるのであろうな。
「そういえば、街の方は大丈夫だった? この家だけなのかな、断水してるの」
今日一日。じっとしていたから、情報は外へ買い出しに出たこの男しか知らない。どう会話をきり出すか、迷っていた僕は丁度いいと。その事を話題に出す。半分ぐらいまだ残っている自分のお肉、とてもとても塩辛くなってしまったそれを。もう食べられないのかと、気落ちしている耳が水平に動いていたのが、人の声で垂直に戻る。なんでそんなになるまでお塩、掛けたのだろうか。
「いや、ここだけじゃなく。街全体が大騒ぎだったから全部だろうな。それで一度親父……市長のところに顔を出したんだけど原因は解明中だとさ。断言はしていなかったが、恐らく設備になにかあったんだろ。学校の前は人でごった返してたよ」
「よく会えたね」
やっぱり、皆が大騒ぎになっていたんだ。家の中に居ると、外の騒がしさなんてここまで届いてこない。辛うじて、近くの広場から子供達の遊ぶ声が聞こえて来たりするけれど。そういえば今日はそれすらなかった。水は生物にとってなくてはならない、とても大切な要素の一つだ。その供給が途絶えたとなれば、それは一大事であろう。僕も溜まる一方の洗濯物が悩みの種であった。お風呂も入れていない。ガルシェと違い、数日入らなければ髪の毛がべたついて来る。その点、汗を掻かない全身毛むくじゃらのこの男は。数日お風呂に入らなくてもそう変わらないし、本人は全然気にならないみたいだ。元々風呂嫌いであったから、僕に入れ入れと言われないだけましなのかもしれない。
珍しく食べ残す気なのか、まだ手が付けられていない物が存在しているお皿を横へと寄せながら。そんな人混みを掻い潜ってでも会えた事に、ちょっとな。そう言いながら意味深に肩を竦めていた。市長の息子だから、特別に会えたのだろうか。それか、自慢の肉体を駆使して押し通ったか。それとも、秘密の抜け道か。二番目がこの男ならやりそうだなと。かってに思う。
食べ物はこの街、というよりこの世界でとても貴重なのに。狼の目の前から避けられた、彼の分のお皿を見つめる。いつもなら、僕よりも先に食べ終わるのに。ペースも落ちていたんだなと。その量から察する。僕も半分をようやっと食べきったぐらいなのに。
もう食事は終えたと、頬杖ついて。こちらを見ないようにする男を尻目に。相手の満腹具合を知っている僕は、そっと彼と自分のお皿を入れ替えた。そうすれば当然、目が飛び出しそうなぐらい開ききった。とっても間抜けな狼の顔がこちらに向く。
「お、おい」
「どうせ、まだお腹空いてるでしょ」
僕の取った行動の意図を考えている相手に。ばっさりと言い切ると、彼の食べくさしに自身のフォークを横にして撫でる。上部の、それも表面にしかお塩は掛かっていないのだから。こうすれば多少は除去できるだろう。そう思い、これくらいで大丈夫かなと。試しに食べてみたが。ちょっと、塩辛かった。それでも露程も顔には出さず、そのまま食べ進めるけれど。
僕が食べきると、せっかく交換したお肉を食べないまま。ずっとこちらの顔を凝視しているガルシェが居た。僕の視線とかち合うと、しゅんと頭を下げていたけれど。食べないの。そう声を掛けると、おずおずと、フォークを握り直した狼が。猫背になったまま、咀嚼しだした。その姿を見て、抱いた感想は。悪さをして怒られた子供みたいだった。自分よりも大きな男であったけれど。
食事会で、大人びたとルオネ達は評価していたけれど。僕と一緒に暮らすこの男は、本当にそう見えるのだろうか。ずっと一緒に居るから、その変化に気づけないだけだと思っていたけれど。本当だろうか。片付けのできない身体だけ大きな子供。が僕の家の中のガルシェに対する評価だった。外では、まぁ、確かに頼りになるのだけれど。
子供相手ににおいを上書きされて、嫉妬心を剥き出しにしたりするから。総合的な評価はそれだった。他人に見せず、僕にしか見せない一面であったなら。それはマイナス的な要素ではなくプラスへと働くから。僕もだいぶ、やられている。恋は盲目になるとはよく言ったものだ。こうやって、彼を甘やかしたくなるのだし。
小さな声で。ありがとうと、僕の耳に男の声が届いたから。塩辛い舌も、そんなに気にならなかった。いや、嘘だ。お水が美味しい。本当はコップの中身をおかわりしたいけれど、我慢する。だって断水だし。
「そういえば、店長にも復帰しますって挨拶しないと……」
ずっと休んでいたから。いい加減明日にでも、顔を出そうかなって。そう思って独り言のように呟いていたのだった。家に居るだけの生活は気が滅入りそうだし、早くお金も貯めたいし。そしてこの男に、装備の代金も弁償しないと。忘れたはけではない。入って来るお金に対して、出て行くお金がそれ程変わらないだけだ。世知辛い。
「ああ、水が使えないから。おばさんも店閉めてたぞ、ルルシャちゃんによろしくねだとさ」
「えっ!?」
僕の独り言に、投げ返された言葉に。思わず大声を出してしまう。これは、盲点だった。そうか、飲食店もお水を使う。特に食器等の洗い物が多い。どうしよう。働けないと、本当にヒモになってしまう。食費は辛うじて出していたのに、それができないとなると。僕の人権に関わる。居候の身で、さらに肩身が狭くなるなどと。でもこの断水を解決できる技術的な能力もない僕は、ただ待つしかできなくて。それがいつ、改善されるかも定かではない。修理用の部品が簡単に手に入らないのは僕でも想像がつく。そんな部品を製造している工場なんて、この世界にはもうなさそうだ。知らないだけで、地平線の遥か先まで歩いて行くと実は復活した文明があって。こことは違い、もっと豊かに暮らしている可能性も否定できないが。
この街に限って言えば、そうだった。住宅区と商業区が主に区別されて呼ばれているけれど。工業区なんて存在しない。小さなパーツぐらいなら手作業で加工している職人みたいな人も居るらしいけれど。ろ過施設と言うぐらいだし、大きな機械だろうから。もっとプレス機とか、研磨機とかで製造された大がかりな部品が必要だと思う。
今すぐに、記憶が戻って。その中にそんな使えそうなパーツが残ってそうな、建物がある場所とか。思い出さないかな。頭を捻ろうとも、都合よく蘇るわけでもない。そんな状況でありながら、これまで稼働できていたのだから。この街の人達は本当に凄いな。
二人分の食器を流しに置きながら、これからどうしようと悩む。この食器も、洗えないままだと。いずれコバエが湧くだろう。異臭も放つだろうし。
「ねぇ、ガルシェ。お水って、どこかから汲んでこれる場所ってあるの?」
家の家事を全て請け負ってる僕は、取り合えず妥協案として。汲みに行ける所があるのなら、そこへ行き。あわよくば洗濯物とかも洗いたいなと、そう思いながら。食休みにもうソファーの上でごろごろしている男に対して、声を掛けていた。食べてすぐ横になると、牛になるよガルシェ。狼だけれど。
あー。そう間延びした声がする。天井を寝っ転がりながら見つめて、脳内から該当する場所を検索しているらしい。彼に、呆れながら近づくと。手が伸びて来て、そのまま引っ張られる。仰向けの相手に、突然だったから特に逆らえず。胸の上へとうつ伏せで乗っかってしまって。そうしたのはガルシェであったけれど、僕の体重がそのままのしかかっても痛くなかったのかな。そんな心配が過るけれど、特に苦しそうにしなかったから大丈夫みたいであった。厚みのある胸板は伊達ではないらしい。
僕まで彼のせいで食べたばかりだというのに、横になってしまった。彼はソファーに、僕は彼の上にという違いはあったけれど。
「一応、俺らで掘った井戸はあるけど。泥水しか出ないから、あんまりオススメしないぞ。そもそもそれをろ過して街に流していたしな。後は、そうだな。荷運びを生業にする奴から、外から汲んで来たのを買うか。ぐらいか」
となると、やっぱり待つ事しかできないのだろうか。僕自身で外に出るなんて論外だし、たぶん野生動物に襲われて死ぬ。死ななくても、水って量を運ぼうとするとかなり重くなるし。そんな物を抱えて、長距離を非力な僕が移動できるとも思えない。彼に頼むとしても、ガルシェは基本護衛といった戦いに携わる仕事だ。管轄外だろう。もう一つ、提示された外のお水を汲んでくるように依頼して。買うという一番現実的なもの。ただ、僕の財布の中を思うと。それはとても選ぶとしたら最終手段であった。そもそも、人を雇う相場すら知らないし。でも屈強なレプリカントを大勢雇い、こき使うのはちょっと面白そう。消費される金額を考えなければ。遊び感覚で雇う気もさらさらなかったけれど。
そっか。そう落胆を滲ませながら、ちょうど良い所に狼の顔が目の前にあったから。両手を伸ばし、遠慮なく頬の毛へと指を埋めると。そのままわしゃわしゃと、撫でるというより、掻き混ぜ始めた。鬱憤晴らし、動物の毛並みを触るのはとても気晴らしによい。狼の顔をした人だけれど。ガルシェは、僕が触るのはむしろ歓迎なのか。気持ちよさそうに、目を細めていた。食後というのもあって、どこか眠そうだ。自然と、彼の手が腰にまわっていた。そうしたら、彼に対して横向きに乗っていた僕は。彼と同じ向きになるように、抱きかかえられてしまって。ただ、それ以上別に銀狼が何もしてこなかったから。より撫でやすくなったなと、僕も特に何も言わなかった。頬を揉むように触っていると、ぐにぐに一緒に動くこの黒い部分、ゴムパッキンみたいで面白いし。ちょっとだけ、犬歯が露出したりする。
さっきまで、気まずかったのに。なんだか今は、えらく穏やかな時間が流れていた。アニマルセラピーって凄い。人だけど。
「もう寝ちゃう?」
「んー……」
これといって娯楽がないので、早めに寝るのも手ではあった。僕もできる家事がないし。収音性の高いガルシェの耳は、僕の問いかけに聞こえているのだろう。けれど問いに対して、明確な返答はなかった。眠い、撫でられるの気持ちいい、どうしようかな。そんな思考の割合が均等といった所だろうか。こうしていると、本当にでっかい犬に思えてくる。狼で、人だけど。
横になってるから、ずっと着けている彼のネックレスがソファーの方へと転がっていた。普段は胸の毛に隠れているか、Tシャツの中へと押し込まれているそれ。ぼんやりと、閉じられていた獣の瞳が開き。その視線が天井から、やがて、胸の上に乗っている人へと移る。背に彼の太い腕があるので、僕も身動きが取れない。傍から見たら、状況的にまるで恋人同士みたいだな。違うけど。
「寝るなら布団に行こうよガルシェ」
撫でていた手を、そのまま狼の頬をぺちぺちと軽く叩く。毛皮があるから痛くはないだろう。顔を揺らす程振りかぶったわけでもないし。のそりと、彼が上半身を起き上がらせると。自然と抱かれてる僕も、向かい合わせで座る形となる。この姿勢、対面座位でガルシェの手でされたあの状況を連想させられて。ちょっと嫌だな。あの時も、彼の胡坐をかいたその上に座っていたから。何を考えているか、読み取れない。眠そうな瞳のまま、狼の顔が人の首筋に埋まる。咄嗟に逃げようとして、胸板を押すけれど拘束はびくともしなかった。
「ルルシャから、俺のにおいがする……」
僕の首元に鼻先を寄せた男が、次に何をするかだいたいパターンから察していたけれど。吐息が感じられる距離で、そんな事を言われて。思わず眼前にある彼の突き出た耳を引っ張った。お陰様で、大変貴方の唾液なりなんなりで身体中汚されて、洗い流せなかったので。それはそうでしょうという、無言の意思表示でもあった。皮膚が繋がってるから、睨まれても目尻まで伸びて。普段見えない瞼の裏まで露出したその顔では迫力に欠けた。
さすがに、耳を引っ張られたら痛かったらしい。グルッ、そう狼が一つ唸った。叩いても僕の力じゃ有効打を与えられない、意外な弱点を発見したかもしれない。金的とか鍛えようのない
、同じ性別だから僕でも痛そうだと思う箇所へはさすがにダメだと思うけれど。いい気味だと、内心ほくそ笑んでいると。ソファーに触れていた足の感触がなくなる。それはガルシェが僕を抱えたまま立ち上がったからで。本当に、人を一人抱えていても何の苦でもないのだなと。その筋力に関心していると。ベッドへと到達するやいなや、そのままガルシェは僕を抱えたまま横になった。ふんすと、満足そうに鼻息を吐きながら。狼の顎が、頭頂部に置かれて蓋をされる。完全に抱き枕にして、寝る気らしい。
暑苦しいから、声を掛けるけれど。何を勘違いしたのか。足で手繰り寄せた掛け布団を、さらに上から被される。毛皮のある腕で抱き寄せられ、なんなら目の前にも毛皮の海が広がっているから。それは必要ないぐらいであるのに。
「おやすみルルシャ」
それだけ言うと、ガルシェは一人かってに。夢の中へと旅立ってしまった。あまり、彼に抱きしめられて寝るのはいい思い出がなかった。朝立ちを押し付けられたり、そのまま僕が寝ているのを良い事に人の手を使って自慰したり。本当に碌な記憶がないな。できれば避けたいのだけれど、残念ながら人外の拘束は容易に抜け出せない。耳を引っ張って実は怒って、そうしたとも取れるし。眠った狼を起こして交渉を持ちかけても、放しそうにない気がしたが。反撃できる唯一のポイントかと思ったけど、それをするには自分の退路を確保した上でやるべきであったと。狼の胸の中で猛省する。
暴れてみようかなと思ったけれど、存外。彼の隣は安心するから、ベッドに居るとなれば自然と空腹が満たされたのもあり、僕にも眠気が襲う。布団の上へと共に横になると、寝る習慣ができてしまっていた。まだそんなに眠くなかった筈なのにな。
全身に櫛は通していないから、今顔を埋めている胸の部分も。きっといらない毛が大量に残ってそうだな。僕の介入があって、お風呂に入る頻度が上がったからか。頬に当たる毛先の感触は柔らかいのだけは救いだが。でも、懸念の通り。やっぱりちょっと、煙草の臭いが付着していた。焼肉とか、想像以上に服に炭火の臭いとか付くような場所に行ったとしたら。全身毛皮のレプリカントの人って、一緒に外食したら。帰ったら身体中からそんな臭いがしそう。そんな妄想から、連想すると。もっと香辛料をふんだんに使った食べ物とか、甘味が恋しいな。ラーメンとか。ないけど。
森に暮らす部族的な種族じゃないから、それよりはマシと言えたけれど。民族衣装的な服装をしたガルシェを想像すると、とても似合いそうではあったが。槍とか持って、崖際に立ったらそれでもう主役をはれる。今だと、彼含めユートピアの街の人々は服装がちょっとくたびれて。ロックとか、パンクファッションに近いから。夜の街で、薄暗い路地から月明りを背に現れれば狼男としても行けそう。月の満ち欠けに関係はなく、人間には戻れないけど。それだと、だいたい悪役だろうか。近所の子供達にしてたような吠え方だと、映画監督さんから怒られそうだな。特殊メイクとか、着ぐるみとか用意しない分撮影費用は浮きそうだとか。文明が栄えていた時に、彼が一緒に居たらを考えてみていた。
そもそも、大騒ぎになって。警察とか、それこそ映画で見るような防護服を着た研究員に連れていかれてしまうのだろうけれど。入れないって思うと、余計に入りたくなる。嗚呼、お風呂が恋しい。特にお湯。冷たい水のシャワーだけだから、お湯で洗いたい。小さい鍋でお水を沸かして、ガルシェが毎回使ってる巨大なタライに何回も移せば。近い事はできそうであったが。ガスがもったいないな。
思考はないものねだりばかりで、実際に彼にこれが欲しい、あれが欲しいとは言った事はなかったけれど。主に要求するのは、洗濯物は籠に入れろと、お風呂にもっと入れぐらいで。口煩いのかな、僕。違うと思いたい。
僕って、ガルシェの事。何を知っているんだろ。ちょっと怒りっぽくて。すぐ舌打ちするし、あんまり笑わないけれど。異種族の僕に対して、常に味方で居てくれて、それが自分の立場を悪くする恐れがあっても。番を得る資格を欲してるのに。助ける事に躊躇しない。過保護で、大事な事先に言ってくれないし。スケベだし。デリカシーないし。三大欲求に凄く正直だし。こっちが嫌って言っても、言う事聞いてくれないし。
靴下、毎回左右別々の履こうとするし。穴開いてても気にしないし。でも、どこまでも優しい。不意に見せる、子供っぽい笑い方とか。不器用ながらも、彼なりに甘やかそうとしてくるし。大事に、されてるんだなって。感じる。廃墟で拾った人間を。こっちの事子供扱いばかりするけど。ガルシェだって、まだまだ餓鬼じゃんと言ってやりたい事一緒に暮らしているとたくさんある。そりゃ、外に出ると。親みたいに、こちらを抱き上げたり。手を繋いで来たり、庇ってくれるけど。
友達だったり、お兄さんみたいだったり、親みたいだったり。不思議な人だな。犬みたいにべたべた甘えて来たり。それは発情期で人恋しいってのがあったのかもしれないけれど。じゃあ、今日は?
もう終わった筈なのに、妙に近いままだった。今もこうして、抱き枕よろしく。一緒に寝ているし。前は、一緒に寝てもただ隣に寝そべるだけだったのに。距離感が迷子になってしまう。そうされてしまうと。彼にそうされるのは、表面上は嫌と言いつつ。結局されるがまま、満更じゃないのは明白だった。彼のダメな一面も、素敵な一面も。つらつらと思いついたのを上げつらってみても。なんか彼女の惚気みたいになってしまうのが、釈然としない。なんでだ。顔が熱い。きっと体温の高い、全身もっふもふの人に抱きしめられているからだ。そうに違いないと、無理やり結論付けて。他人の腕の中で、身体の力を抜く。この街に来て、ずっと一緒に寝ているから。もし独り暮らしをする時が訪れたら。ちゃんと寝られるだろうか。それだけが、心配だな。
煙草臭い。断水が直ったら、この毛皮念入りに洗わないと。そう決意しながら、襲い掛かる睡魔に身を任せた。耳をそっと彼の胸に当てると、聞こえる心音を。子守歌にしながら。
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