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第3章 現代の魔女裁判

第75話 間接強制審尋の日

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 平成二十五年四月十九日、間接強制の審尋の場で、裁判官から娘の三歳児健診についての話が出た。
「病院で注射を打つのでさえ、父親の私が抱っこしてたくらいなのだから、私が行きます。父親ではなく、母親が来てくださいなんて指定はないですよね」
 淡々と答えた。
 同日、相手弁護士から意見書が出されていた。
「神代メイについては、本年五月に三歳児健康診査が予定されているところ、神代メイを健康診査に連れていけるのは、現在のところ仮の監護者である債権者のみである(非監護権者たる債務者は、健康診断に連れていける立場にはない)。債権者は、早ければ本年五月八日には、神代メイを三歳児健康診査に連れて行かなければならないところ、債務者が神代メイを引き渡さないことによって、このことも疎外されることになる。
 その他にも予防注射など、神代メイに関しては、監護者たる債権者が、その心身への配慮のために行うべきことが数多くある。しかし債務者が引き渡しを履行しないことによって、そうしたことも実現できなくなる恐れがある。」
 これに関して、冒頭の裁判官への一言で終わった。
 非監護者であっても、健康診断には連れて行けるし、予防注射も問題ない。もし祖父母であっても、保護者であれば何の問題ない。
 まるでチンピラの言いがかりのようだ。
 文章の書き方について、こちらの弁護士に聞いたところ、「会社組織のような上下関係の中で教えてくれる上司がいるわけでなく、こういう文章が正解というものもないままに、すべて実地で学んでいくため、弁護士それぞれのオリジナルな書き方になっている」という答えだった。

 ここで、ハタと気づく。
 なんで、向こうは三歳児健診の日程を知ってるんだ?
 調べてみて、すぐに分かった。娘が私の元にいるのに、娘の郵便物は妻の実家へ転送されていたのだ。
 妻にとって、娘本人のことなどどうでもいいのだろう。
 娘は手元にいないのに、娘宛ての郵便だけが妻の元へ送られ続けるという、郵便局のシュールな転送届。
 実は、前年の連れ去り時にも、同様のことがあった。娘を病院へ連れていったあとで、市役所へ保険証の再交付に行き、連れ去り当日に住民票が転出されていたことを知って驚愕し怒りに震えた。
 用意周到なのか、将来のことは見越していないのに、目先の手続きだけは着々と進めていく。結婚以前も、手順や段取りに関して病的なまでのこだわりがあった。約束事を順序通りに行うことにこだわるのは、こういう人間特有の傾向かもしれない。
「本人がここにいるのに、住民票がないってどういうことですか!」
 思わず、市役所の窓口で怒った。
 職員の説明では、家庭内暴力の夫から逃げるために、世帯主に黙って住民票も移動できるそうだ。
 もし妻にとって娘と一緒にいることが大事なら、手続き的なことは後回しでもいいはず。そこまで娘が大事なら、なぜ乳飲み子の段階で「娘がかわいく見えない」「幼児を監禁して殺した犯人の気持ちが分かる」とまで言って、父親の私が会社を辞めて育児をすることになったのだろう。
 こういう人種の考えることは、よく分からない。娘の将来について、真剣に考えているのかも疑わしい。
 どちらかと言うと、「あっ、もう嫌だ。実家、帰ろうっと。育児はジジババにやらせればいいし」ぐらいの感覚で、目の前の出来事に対して、好悪の感情だけで反応して反射的に行動する原子生物的な感覚ではないだろうか。
 三歳児健診も、手元に戻ったあとに転送手続きをすればいい話で、本当に娘のことを考えるなら、大事な健診のお知らせを娘のいない場所へ送ってはダメでしょう。

 審尋からの帰り、裁判所前の横断歩道を、弁護士さんと渡る。
「次に結婚する時は、裁判なんてしない人がいいですね」
 即座に弁護士さんが答えた。
「普通は、裁判なんてしません。話し合いで解決します」
 弁護士さんは、ボソッと言葉を続けた。
「彼女は、話し合いができる人じゃなかったんでしょうね」
 横断歩道を渡り終えた時、気になっていたことを尋ねた。
「徹底抗戦したら、裁判官の心証も悪いんでしょうね」
「仕方ありません。裁判所がこちらの言うことを一切聞かないんですから」
 思わず二人で苦笑した。

 全国の家裁の裁判官に言いたい。
 もういい加減、事実から目を背け続けるのはやめにしましょう。
 もっと真剣に、子の福祉について考えてください。
 そして、あなた方も、民法の信義誠実の原則に従ってください。
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