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第1章 狂気の家庭生活

第14話 不思議な人たち

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 契約社員をしていた会社でのこと。
 二十人余りの契約社員の中で、印象的な男女二人がいた。

 同じ部署にいた二十六歳の男性。背は低いけど、V6の岡田くんの顔を少し縦に伸ばしたような感じで、割と男前だった。ハキハキと話すタイプで、仕事ができそうな第一印象。
 でも、その第一印象はあっさりと裏切られた。
 入社後すぐの彼からの頼み事は、「帰るのが同じ時間だから、バス停まで車で送ってもらえませんか」だった。同じ道でもないのに、毎日バス停まで彼を送る理由が分からなかった。そのうち、「定期代が無駄なので、家まで送ってもらえませんか」と言い出しそうな口ぶりだった。
 ワードやエクセルでのデータ入力では、すごいスピードでガシャガシャと音を立ててキーを打つため、上司からは「速いなぁ」と驚かれていたが、実際は、文字の打ち間違いが多く、チェックを頼まれて修正するのは同じ契約のメンバーであり、その事実を知っていたのも契約社員だけ。ワードはページごとにミスがあったし、エクセルの表は列ごと間違えたりしていたため、彼のデータを修正するより、自分で打ち直したほうが早いくらいで、修正させられる他のメンバーにとっては、ガシャガシャという音はただ耳障りなだけだった。
 彼曰く「文字打ちが得意だから、どこかの会社で正社員としてデータ入力がしたい」。他の人の修正の苦労を彼は知らないし、ただテキストを見ながらキーを打つだけの仕事を正社員がしていない実情も、彼は理解していなかった。

 私は彼と一緒に現地調査に出かけることが多く、直接的な被害も甚大だった。家屋の調査のため、現地まで車で向かい、市役所の駐車場で止めたら、それぞれの区域を歩いて調査する仕事だった。
 まだ秋口の日差しの強い時期。毎日、彼は車を独占し、車で調査に回った。帰りの車中、徒歩の調査であることを説明したら、歩いて作業している私が調査から戻ってくるのが遅いと逆ギレし、大声でわめき立てたため、彼とは一切まともに話をするのをやめてしまった。
「部長から怒られるのも、会社を辞めさせられるのも、全然恐くないんですよ!」
 彼は大声で自慢していたが、私には、彼の社会人としての感覚が異常に思えて恐かった。こういう人間は、気に障ることがあると家まで来て、小さな娘に復讐するんじゃないかとさえ思えた。
 あまりに体力的にきついので、彼と話し合い、午前午後に分けて車を使用することに決めると、車のない時間、彼は市役所のロビーや図書館など、エアコンの効いた場所で、読書をして涼んでいた。
 車の運転も荒く、現地まで向かう時、車の少ない右側車線を快適に走り続け、そのうち右折車で動けなくなると、前の車にクラクションを鳴らし、左側を快適に走りすぎる車をバックミラー越しに睨みながら、舌打ちを繰り返す。普通なら一度、右折帯で動けなくなったら、次からは学習して早めに車線変更するものだが、彼の場合は毎朝、同じ場所で同じ行動を続けた。
 見た目が良いからか、最初は女性に人気だった。社内での昼食の際、女性数人と楽しく弁当を広げていたが、そのうち彼一人で食べるようになった。
 二十一歳の女性の話では、日曜にニセ岡田くんから携帯電話に連絡があり、一時間くらい話したら、「俺から電話するのは不公平だから、そっちからかけて」と言われ、一度電話を切って、彼女からかけ直すと、そこから数時間、一方的に話が続き、その月の通話料が大変なことになったそうだ。
 また、別の四十代の女性は、休みの日に彼と電話で話していたら、何が原因かは知らないが、「あなたには幻滅しました!」と怒鳴られたそうだ。
 私が風邪をひいて高熱で休んだ朝、彼が怒って電話してきた。会社には休みの連絡をしていたが、彼はそれを聞く前に車に乗り、私の出社を三十分車中で待っていたと、大声でわめき立てた。
 そんな彼の数多くの問題行動が、契約社員の中で話題となり、私は「皆で『被害者の会』を作りましょうか」と冗談を言って、彼へのストレスを解消した。
 契約満了で退職する際、彼は部長から「有給休暇をあまり使わないでくれ」と言われたことについて総務にクレームを言ったそうだが、仕事をさぼり有給休暇を使い切ったにも関わらず、それを言える神経が不思議だった。

 もう一人の問題社員は、四十代ぐらいの女性で、別の部署にいた。
 ある日、同じ部屋で合同で作業をしていたところ、その女性が正社員に怒って大声を出し始めた。あとで聞いた話では、パソコン作業の説明で正社員の口調が馬鹿にしているように感じて怒り出したとのことだった。
 その女性は、結局、別の場面でも大声を出し、それをその場にいた取締役に目撃されて、即日解雇になった。パソコン作業をしながら、彼女が隣の人に個人的な話を続けたため、話しかけられていた人が我慢できなくなって「迷惑です」と注意したことに腹を立て、「迷惑って何ですかっ!」と大声でわめき立てたそうだ。

 二十人余りの契約社員の中で二人、理解不能な人がいたことは、確率的に多いのか少ないのか分からない。半年余りの短期間に、同じ場所で出会ったことで、「世の中にはこういう人もいるんだ」と気づかされること自体が不思議だった。
 二人の話を妻に話したら、「私の場合、家の中だけだから、マシやな」と笑った。それを聞きながら私は、「おかしいことをしていることが自分でも分かっているだけ、彼らよりマシかもしれない」と思った。
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