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60.うちのお坊ちゃんはもう!!
しおりを挟む── いや、始めねぇから。
なに言ってんの、お前。
「消毒なら廊下が先だろ。マッチョのショロロがそのままだろうが」
「ショロロ……?」
何で元凶のお前が、訝しげな顔をしてるんだよ。自分でやった事も忘れたのか?
「俺を捕まえてたマッチョだよ。アイツが漏らした小便の後始末がまだなんだっつの」
あと土足で歩かれた玄関まわりもな。
泥がすごいようなら拭くだけじゃなく、掃かなきゃなんねーかも。
はー…。最悪。考えるだけで疲れてきた。
今日はもう疲れたし、明日でいいかって後回しにするつもりだったけど、悠がこれだもんな。
身体の消毒よりも小便を何とかしてくれよ。
エロい気分だって、小便を拭き終える頃には消えてるだろ。
つーか俺一人で、お漏らしの後始末をするなんて嫌すぎる。
元凶であるこのエロ坊っちゃんにも、拭き掃除を手伝わせなきゃだ。
「消毒したいっつーなら、玄関周りの消毒を手伝ってくれよ。俺だけじゃ大変だしさ」
「ほら行こうぜ」と声をかけながら、上から退くように手で押し返してやると、意外にもあっさりと上体を起こしてくれた。
『お、素直じゃん』と思ったのも束の間、悠が俺の腹に跨がったまま、着ていたラムニットのセーターをガバリと脱ぎ捨てると、俺に渡してくる。
ちょ…っ、いきなりどうした?
まさかとは思うけど…受け取れって言ってる?
「……え? くれるの?」
「ああ」
戸惑いながらもしっかり受け取る。
なんだなんだ?
いきなり気前がいいじゃないか悠さん。
さっき怖がらせた詫びのつもりだって言うなら、遠慮なく貰うぞ。
てか元々貰うつもりだったんだけど。
(へへっ、悠の服だ!)
貰ったセーターが嬉しすぎて、ふへへっとニヤけながら顔を押し付ける。
ふわっと香ってくる悠の匂いがたまんない。
(うー…っ、好き! ほんとこの匂い好き!)
息を吸い込むと恍惚感で頭が痺れてくる。
はぁ、やっぱいい匂い……。
思わず緩んだ口元から涎が垂れそうになって、ハッとする。
いやいやいや。なに服に夢中になってんだよ!
掃除!掃除だっつの!!
慌てて顔からセーターを退けると、悠がスマホを操作している。
賄賂は嬉しいけど、人の上で何やってんだよ。
騎乗位の格好でスマホなんか弄ってないで、さっさと上から退いてくれ。
「悠、あのさ……っ」
「アキ、ズボンが汚れると困るから、脱がせてくれ」
うちのお坊っちゃんたら、本当にもう!!
手元に夢中になりながら言うセリフがそれですか?! とんだワガママ坊っちゃんになっちゃってまぁ!
スマホに夢中になってる暇があるなら、自分で脱げばいいのに。
まぁ今回だけは言うこと聞いてやるけどな。
俺だって掃除の際に、悠のズボンがマッチョの小便なんかで汚れるのは勘弁してほしいし。
汚れたら申し訳ないってのもあるけど。
それよりも……うん!
これも隙を見て、貰えそうなら貰っとくか。
悠コレクションにぜひ加えたい1品だ。
意外と収集癖のある自分にビックリだ。
推しのものは何でも欲しがる、ファン心理みたいなもんか?
よく分からんがまぁいい。欲しいもんは欲しいし。
代わりに悠には、適当なジャージでも渡しとけば大丈夫だろ。
ではさっそくとばかりに、ズボンの縁に手を掛けてやると、悠が気を利かせたように腰を上げてくる。
さすがお坊ちゃん。
脱がされるのも、慣れてらっしゃいますね。
それに合わせるように、ズボンをズリ下げながら脱がしてやるけど……。
おい、お前の足なげーな。
上から退いてくれねーと、手が届かねーぞ。
ああ、はいはい。ズボンを足から抜くのは自分でやるの? そうかいそうかい。
分かったから、はよ退け。
「悠。雑巾用意してくるから、さっさとここから退いてくれ」
ペシペシと跨がったままの太ももを叩いて急かすと、持っていたスマホをベッドに放り投げた悠がこっちを見てくる。
そのまま退くのかと思いきや、んん?
何でこっちに倒れてくんの?
何してんだ?と思いつつ見守っていたら、俺の首元に顔を埋めるようにしながら抱きしめてきたよね。
あー、はいはい。
……退く気ねーな、コイツ!!
「悠さん、掃除は!!」
「ちゃんと手配はしておいた」
「は?」
話が噛み合わねぇ。
つか退けって。素肌が触れ合ってる感覚が、生々しいっつの。
俺が脱がしたとはいえ、パンいち同士でこの態勢は非常にまずい。
ああもうっ。押し退けようと力を込めてんのに、ビクともしねぇ。
どころか耳の後ろあたりに、チュッと音を立てながらのキスまでしてくる余裕っぷり。
そのまま耳の中に、息を吹きかけるように囁きかけてくる。
「清掃業者に手配をしたと言ったんだ。明日の朝に来る」
──は?
なんだこの睦言。頭が狂ってんのか?
「玄関の掃除程度に、業者を手配したってのか?!」
「ああ。掃除が必要だったんだろう?」
「そりゃ必要だけどさ…っ、それだけのために業者なんか呼ぶなよ。金がもったいねぇ!!」
「もう手配済だ。アキだって、漏らしたものの処理なんてしたくなかったんだろう?」
それはまぁ……したくないに決まっている。
ゴム手袋越しにだって触りたくもねぇけど、一時間もかからないような後始末に業者を呼ぶって発想がヤバい。
(……やっぱコイツとは、住む世界が違うよな)
抱きついてくる悠を見つめながら、改めて思ってしまう。
「どうした? そういえば床に光沢もなくなっていたようだし、ついでにワックスがけも追加しとくか」
「いや、それは止めてくれっ」
スマホに手を伸ばそうとする悠に向かって、慌てて否定する。
もう頼んじまったようだし業者は仕方ないとしても、ワックス掛けだけは駄目だ。
ひと目で分かるような変化は困る…!
一晩で床がツルツルのピカピカに変わっててみろ。
帰ってき姉ちゃんに何を言われるか……!!
なるべくなら今日の事件は、姉ちゃんには知られたくねぇんだって。
無茶したことも怒られるだろうけど、俺が誰かの標的になってるって分かったら、絶対心配しちゃうじゃん。
それに……。
俺を残して彼氏の家に行っていたことも、後悔するんじゃねえかって思いそうで……余計今日の事は黙っていたくなる。
せっかく彼氏とうまく行ってんのに、これが切っ掛けでギクシャクされんのだけは嫌だ。
「──なぁ悠」
「どうした?」
突然トーンダウンした俺に気付いた悠が、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
今になって不安が広がってきた。
自分の選択が合っていたのか、聞いてみたくなったんだ。
「あの時はさっさと帰ってほしい一心で、何も聞かずにアイツ等を帰しちまったんだけどさ……やっぱまたこういう事が続いたりすんのかな?」
誰かに依頼されたって言ってたし。
失敗したらまた別の誰かに依頼するって可能性もあるのかも。
あの時は必死だったし帰ってもらうことしか頭になかったけど、俺がバイト中にまた暴漢紛いが家に入り込む可能性だってあることに気づいちまった。
俺の代わりに姉ちゃんが……って考えると、心臓が嫌な音を立てて軋む。
(そんな目に姉ちゃんを遭わせるくらいなら、まだ俺の尻が死ぬ方がマシだ──…!)
「アキ──…」
嫌な想像に強張る俺の頬を、悠の両手が優しく包みこんできた。
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