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55.誰……?
しおりを挟む唇まであと僅かっていうタイミングで。
ピンポーン♪
慣れ親しんだ我が家の玄関チャイムの音が、静かな室内に響き渡った。
あまりのタイミングに、思わず「え?」と悠と目を見交わす。
(……今日に限って、随分と来客が多くね?)
こんな時間に誰だよ。
ウチに来る奴なんて、姉ちゃんか悠の関係者か……あー、あとうちの親父もいたな。
そこに思い当たって、ゲーッとなる。
元気に跳ねまわっていたクララまでもが、一瞬で大人しくなる嫌さだ。
まだ玄関にいるのが親父と決まったわけじゃねーけど、出るのが今からすげぇ憂鬱。
何で姉ちゃんがいない日に限って、みんなやって来るんだよ。厄日か今日は。
はぁとため息をつきながら、玄関に向かうために起き上がろうとしたけど……ん?
悠が邪魔で起き上がれねぇ。
「…………」
「…………」
「あの……悠さん? 悪いけど、ちょっと退いてくんない?」
「…………」
「誰か来てるみたいなんだけど」
「……放っておけ」
素気なく一蹴したかと思うと、首筋にキスをしながら覆いかぶさってくる。
ちょっと、悠さん。
なにナチュラルに押し倒してくんの。止めて。
その間にも、玄関のチャイムがしつこく鳴らされ続けている。
分かった。出る。出るから!
悠もいいかげん、退いてくれ!
「……ぁ、…もっ、悠! よせって! 何か来てるから…っ」
「何がキてるの? お尻でも濡れてきた?」
「ギャッ! どこ触ってんだよ、このド変態!!」
もうヤだ、このエロ王子。
こんな会話にさえ、セクハラを挟んでくるよ!
「触んなアホっ。てかやっぱ心配だから、俺ちょっと見てくる」
「必要はないと言ってるだろう。こんな非常識な時間にやって来る人間なんて、いちいち相手にするな」
玄関を気にする俺に向かって、冷たく言い放ってくる悠にカチンとなる。
は…? はぁああああっ!?
何でお前がドヤッてんだよ。
むしろ非常識なのはお前も一緒だからな。
非常識どころかお前の場合、ストーカー疑惑もプラスされてんだ。
完全にアウトなのは、お前の方だぞ。
つーか! ここ、俺ん家。
ここの決定権はお前じゃない!
俺だっつーの!!
「あぁもう、いいかげんにしろってっ! こんだけ鳴らすって事は、姉貴か親父しかいねぇだろ。いいから離せって……!」
悠との間に肘を入れて、無理やり隙間を作ろうと奮闘していたら、玄関のドアがガチャリと開く音が部屋に届いた。
えーと……?
(ドアが開いたってことは、やっぱ外に居たのは姉ちゃんか?)
安堵しかけて、自分と悠の姿に青ざめる。
どう見たって情事の最中にしか見えねぇ。
マズイ! マズイぞ!!
今「ただいま」って部屋の扉を開かれたら、姉ちゃんに衝撃映像を披露することになっちまう。
「悠っ、悠っ、とにかく服を着ろ!」
えーと、服…服……どこだよっ!
まずはこの半裸状態を何とかしねーと。
こんな格好じゃ、言い訳も糞もあったもんじゃねぇ。
とりあえずみっともなく、付け根辺りまでズリ落ちていたパンツだけは、いの一番に直しておいた。
桃部分はこれで良し。後は上にいる悠を退かして服を探そうって所で、姉ちゃんの声とは180度違う、野太い声が玄関先から聞こえてきた。
「留守っぽいのに、鍵開いてんだけど」
「お、ほんとだ。不用心すぎんだろ、危ねぇなぁ。心配だから俺達が代わりに留守番しててやろうぜ」
「だな。ちょっと下の奴らも呼んでくるから、それまで外の様子を見張っててくれよ」
図々しい内容が玄関から聞こえてくるけど……コイツら誰?
いや、その前に鍵が開いてるとか言ってないか?
え? 鍵?
(そういや悠が来たときに、鍵を開けた記憶はあるけど、その後はどうしたんだっけ?)
家に入れよって招いて、それから──……
記憶を手繰るように悠を見れば、何だか苦々しげに眉を歪ませている。
男前は眉を顰めていても顔が崩れねぇな、と思っていたら、視線に気付いた悠が「ごめん」と謝りながら顔を背けてしまった。
ん? 何でお前が謝んの?
一瞬だったけど俺を見て、バツが悪いって顔をしたよな?
「え、と……。どうして悠が謝んの?」
「…………」
口を引き結んだままの悠が、身体の下敷きになっていたブランケットを引っ掴むと、俺の裸の胸を隠すように覆ってきた。
そのままブランケットごと、ギュッと抱きしめられる。
「──すまない。鍵を掛け忘れていた。その……閉じたら勝手に掛かるものだと思いこんでいたんだ」
悠が懺悔するように、苦しげに謝ってくるけど。
ほほぅ、なるほど。なるほど。
おかげで知らない人間が、こんなに安々と家に上がり込めた原因は分かった。
悠…っ、お前な。セレブ過ぎんだろ!
家みたいなボロアパートに、オートロック機能なんてあるわきゃねーだろ。
生活水準の違いで起きた事故なのは分かったけど、もう唖然とするしかねぇ。
はぁ……。セレブを侮っていた。
鍵の確認をしなかった俺も悪いから、悠を責めたりはしないけど……って、おいっ?
(何でお前が、玄関に向かおうとしてんの!?)
ベッドを下りようとしている悠に気づいて、慌てて悠の手を引っ張った。
「どこ行こうとしてんだよ?」
強盗だったらまずいと思っていちおう声は潜めてるけど、頼むからお前は動くな!と怒鳴ってやりてぇ。
家の物を盗まれるくらいなら別に構わねぇ。どうせ大したものなんてないし。
ただこれに『悠』が巻き込まれるのだけはマズイ。コイツは大財閥の跡継ぎなんだ。
何があっても悠だけは無傷で帰さねーと、和南城家の報復が恐ろしすぎる。
ぐっと力を込めて、引き止めるように手首を掴んだ俺を安心させるように「確認してくるだけだから心配するな」と小さな声で悠が答えてくる。
おっまっえっなぁあああ!!
心配してんのはそこじゃねぇよ!
よりによって、一番最悪な返答をしやがってっ。
頭をガリガリ掻きながら、心の中で『このバカ!』と悠を詰る。
自分の立場くらい、しっかり弁えてくれ!
「だから何でお前が行こうとしてんだよ。ここ、俺ん家だぞ」
「あぁ。アキは危ないから、ここに隠れてるんだ」
アホかっ。危ねーのはお前の方だよ!
お前に何かあった時の方が、俺の身がヤバイんだっての!!
和南城家の報復とか報復とか報復とか……。
「いやいやいやいや! ともかくお前はここで大人しくしてろっての」
「駄目だ。危ないからオレが見てくる」
なんで家主の俺を差し置いて、お前が命令してくんだよ。
あーもう、めんどくさっ!
「とにかく家に来たってことは、俺か姉ちゃんに用があんだろ。だから俺が確認に行ってくるけど、何かヤバいなと感じたら、その時はお前がすぐに通報してくれ」
いいな?と確認するように悠を見れば、渋々ながらも頷いてくれた。
よしよし。そのまま大人しく待機しててくれよ。
間違っても助けになんか、来るんじゃねーぞ。
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