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47.体育祭に向けて⑤
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「悠? お前…なんでこっち来てんの?」
向こうで採寸してたよな。
不思議に思って悠の顔を見ながら尋ねてんのに、悠はフイッと俺から視線を外すと、
「槙野さん、それ貸してもらえる?」
「えっ!? あ、はい……?」
俺を無視する形で槙野に声をかけると、突然巻尺を要求し始めた。
何なんだコイツ。
人のこと無視しやがって!
「悠っ。なんでお前がこっち来てんだよって聞いてんじゃん。向こうで三上達が困った顔してるぞ」
「……これが終わったら戻る。槙野さん、肩幅を測ればいいの?」
「は、ははははい…っ」
戸惑う俺達を無視したまま、何故か悠が俺の採寸を測り始める。
ほんと何してんだよ……。
「おい……。自分の採寸ほったらかして、何で俺のサイズなんか測ってんだよ」
「槙野さんの背だと、届かないだろう?」
「いやそうだけどさっ。お前がこっちに来たせいで、すげー向こうから睨まれてんだけど!」
「オレだけ見てればいいだろう。向こうは気にしなければいい」
淡々とそんな風に言われたって、こんな嫌な注目を浴びた中で、自分のサイズなんか測られたくねーわ!
しかも悠がこっちに来たせいで、明らかに三上が苛立った顔になってんじゃん。
横目でチラリと三上に視線を向けると、腕を組みながら俺に向かって『どうにかして』と口パクで文句を言ってくる。無茶を言うな。
俺だってこんなこと、悠に頼んじゃいねぇよ!
「いいって悠! あ、橘っ。橘に測ってもらうから! 俺の事は気にすんなって」
女子の半数以上は後ろに集まってきているけど、他は自分の席に座りながら、近くの奴らと喋っている。
その中から橘を探そうとして──…
……ふわん。
悠の身体から俺に向かって、フェロモンが流れてくる。
「………っ!」
反射的にスン、と匂いを嗅いでしまう自分の身体が憎い。
濃すぎず薄すぎず、もっと匂いを嗅ぎたいと思わせる、この絶妙なバランス感。
こういう微調整をしてくるから、悠はタチが悪いんだよ。
クソがっ。
匂いを出せば、俺が黙るとでも思ってんのか!
(姑息な手を使いやがって……っ)
悔しい! だけど1番効果があるのは確かだ。
悠の傍を離れたくないどころか、うっかり匂いに釣られて、このまま抱きついちまいそう…!
この状況でそんな真似はできねぇけど、二人きりならとっくにしがみついていた。
ぐぅうっ……俺の忍耐が試されている。
俺を大人しくさせることに成功した悠は、槙野に指示を仰いで、下半身の採寸まで手伝い始めた。
(そこは槙野でもいいだろ。頼むからお前はもう、自分の採寸に戻ってくれよっ!)
俺の脳内ではさっきからずっと、悠の服をこの場で無理矢理剥ぎ取ってしまいたい、という欲求に駆られている。
理性で止めているけど、そろそろ色々しんどい。
許されるならトイレに籠もって、ひたすら悠の服の匂いをクンクンと嗅いでいたい。
「えっと、次はここの…太腿の付け根の部分をお願いします。……三由君? 汗すごいよ。大丈夫?」
「全然、全く、すげー平気」
片膝をついて採寸する悠を、据わった目で見下ろしながら、槙野に返事を返す。
とりあえず、あと少しで採寸が終わる。
(それまで我慢、我慢、我慢!!)
もらった服をいつも嗅いでいたせいか、最近は体調に関係なく、少量でも悠の匂いが分かるようになってしまった。
それがここにきて、足を引っ張る結果になるなんてな。
ああ、くそっ。
何でこんなに良い匂いなんだよ!
好みすぎて辛い。
βとして生きるって決めてても、揺らぎそうなんだけど。
しっかりしろって、俺!
Ωの本能になんか、負けてんじゃねーよっ!
唇を噛みしめながら、擦り切れかけた理性を必死で繋ぎ止める。
このままだと、本気で悠の服を追い剥ぎしそう。
爪が食い込むほど拳を握りしめて、衝動に耐える。
「ハ、ハンカチが無いなら、あのっ、これ…っ」
「アキ、これを使え」
槙野がポケットからハンカチを取り出す前に、悠が俺にハンカチを差し出してくる。
受け取ろうと伸ばした手が震える。それに気づいた悠が、手に持っていたハンカチで、素早く俺の額の汗を拭ってくれた。
「これで全部の採寸が終わり?」
「あ、はいっ」
槙野が首を縦に振ると、悠が俺の身体に巻きつけていた巻尺を引き抜いて、槙野に渡している。
そのまま一度も俺を振り返ること無く、額の汗を拭いたハンカチを再びポケットに戻すと、三上達の所に戻って行ってしまった。
(……あ、ハンカチ)
悠が離れた事で緊張感が弛むと、ハンカチを貰いそびれたことに気がついて、がっくりと落ち込む。
そんな落ち込む俺を見て、槙野が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「──三由君、大丈夫? 採寸辛かった?」
「え…? あ、いや。悠のせいで注目がこっちに集まったのが嫌だったくらいかな。……悪ぃ。何ともないよ」
「それならいいんだけど。……あの、変なことを聞いてもいい?」
「変なこと?」
「嫌だったら答えなくてもいいんだけど……。三由君と和南城君って、仲は悪くないんだよね?」
「別に悪くねーけど?」
「え、と…それなら別にいいんだ。変なこと聞いて、ごめんね」
槙野が謝ってくるけど、何か変だな。
別にいいって言ってる割に、表情が曇っている。
「何? 気になる事があるなら言えば?」
「あ…うん。気のせいかもって思ったから言い出しにくかったんだけど。さっきの和南城君、ちょっと怖かったから……」
「悠が?」
「うん。あと三由君の顔も途中から強張ってるように見えたし。
もしかして和南城君に、何か弱みでも握られてるんじゃないかって、心配になったんだけど……。」
弱み…は、握られてると言えば握られてるけど……。
きっと槙野が想像するものとは違うよな。
悠の私物と匂いに、俺が弱いってだけだし。
それに槙野は悠を怖いって言うけど、さっきの悠は槙野に対してすごく丁寧に接していたと思うけど?
なのに怖いって、どういうことだ?
(むしろ……俺に対して冷たくなかったか?)
あんな匂いを出してまで、俺の動きを止めようとしてくるし。
話しかけても無視してくるんだぞ。
しかもハンカチもくれなかったし。
(あれ?)
そう考えるとさっきの悠って、ちょっとおかしかったんじゃね?
何で俺に対してだけ、あんなに冷てぇんだよ。
演舞やカップル競争に巻き込まれたのは俺の方だぞ。なのに何で元凶の悠が不機嫌なんだよ。
わけ分かんねぇ。
俺が眉を寄せながら考え込んでいると、槙野が心配そうに声をかけてくる。
「本当に大丈夫? い、いじめとかだったら…っ」
「はっ? いや、それはない。それはないからっ」
槙野が何か別の勘違いをしている。
さすがにこの誤解はまずい。
悠の名誉の為にも、慌てて否定しておく。
「悠はいじめとかする奴じゃねーよっ」
「ほんとに? 言いにくいだけなら……っ」
「いや、本当だから! 誤解しないであげて。悠とは本当に友達だからさ」
槙野に対して必死に誤解を解いていると、採寸が終わったらしい三上と落田がこっちにやって来た。
「こっちも終わったよー。あれ? 槙ちゃん。三由とずいぶん打ち解けたんだね」
「えっ そ、そんな事ないよ!まだ緊張してるくらいだしっ」
「マッキー、三由相手に緊張することないよ。何言ってもキレたりしないし。文句は言うけどさー」
「お前が言うなよ、落田」
お前らは逆に、気安いを通り越して、失礼なんだって。文句を言っても「ほらねー」とケタケタ笑いやがる。
ほんと関わりたくねぇ。
困ったように笑う槙田が、天使すぎる。
その後は採寸した結果を三人で話し合い始めたから、そそくさとその場から離れることにした。
自分が穿かされるスカートの話題なんか、聞きたくもねぇ。それよりも気になるのは悠だ。
採寸が終わったのに顔を見せないと思ったら、ベストを着ている間に女子に捕まっていたらしい。
演舞のこととか色々聞かれている。
悠と話したくても、あの輪には近づきたくねぇ。
……むむ。
この調子だと、しばらくは話せそうにないな。
話せないどころか俺の席の周りには、悠目当ての女子集まっているから、座れそうにもない。
仕方なく橘の所にでも行くかと考えていたら、悠が俺の視線に気がついた。
そばに集まっていた女子に何か言うと、みんな残念そうにしながらも、大人しく離れていく。
悠に対しては、なんでみんな物分りが良いんだ?
これもイケメン効果か?
くそっ。俺だってバイト先ではイケメンって言われてるんだぞ。
なのにこの差は何なんだ?
むむむ…と女子達の後ろ姿を見送っていると、傍に悠が歩み寄ってきた。
「お疲れ、悠」
「……あぁ」
「なぁ、さっきのアレは酷いんじゃね? 俺さ、前にバースを揺さぶるような真似はすんなって、お前に言ったよな」
「…………」
「お前さ、なんか苛立ってねぇ? 何で巻き込まれた俺が怒られてんの?」
俺がそう言うと、悠が視線を逸らす。
……一体何だってんだよ?
コイツの不機嫌の理由が、全くわからねぇ。
さらに悠を問い詰めようとしたら、落田達がこっちに来るのに気づいて、慌てて言葉を止める。
「どうした?」
「ねーねー。明日って学校休みでしょ。だから布を見繕いに行こうかって話してたんだけど、予定がないなら三由と和南城君も一緒に行かない?」
確かに明日は土曜日だから休みだけど。
いきなりだな。
「バイトがあるから15時までしか付き合えないぞ。でも俺達が行く必要なんてあるのか?」
「あるある! 三由は荷物持ちの予定だし」
「落田さ、さっきから俺の扱いが酷くねぇ?」
「だって和南城君と話すのって緊張するし…。三由のそこそこ整った顔を見ると、なんか安心するんだよ」
「お前やっぱ、三上の類友だよな……」
人を緩衝材代わりにすんなよ。
──まぁいいけど。
俺でも悠に見惚れるくらいなんだし、女子なら尚更か。
「悠はどうする? 俺は荷物持ちらしいけど、お前は無理しなくても……」
「いや、大丈夫。オレも一緒に行くよ」
来るのかよ!?
てっきりこういう集まりには、興味のない奴なのかと思っていたから、正直ビックリした。
あ、でも休日に悠と会うのは、俺も初めてかも。
どんな私服なんだろ。ちょっと気になる。
「じゃあ、明日は駅前に12時集合で、みんな大丈夫?」
全員頷く。
丁度そのタイミングで、LHRを報せるチャイムが鳴った。
はー、これでやっと帰れる。
バイト前に何だか疲れてしまったけど、買い出しとは言えどこかに出かけるのは久しぶりだし、少し楽しみかも。
たまに橘とは遊びに出かけるけど、女子も交えて遊びに行くのは、中学以来かもしれない。
少し浮かれながら、鞄に教科書を詰め込んでいると、悠が何かを差し出してきた。
「アキ、これ」
「っ……!!」
もしやその手に掲げている袋の中身は、昨日俺がオーダーした物でしょうか!?
悠の手から奪い取るようにして、中身を確認。
(よしよし。ちゃんと圧縮袋に入れてあるな)
昨日メッセージに『圧縮袋があるなら~』ってお願いしたんだけど、叶えられてて良かった。
なるべく匂いの鮮度は保っていたい。
ふふふふっ。
今日の俺の癒やしが此処にあるのかと思うと、顔が勝手ににやけてくる。
今日は思う存分、これに癒やされてやる!
紙袋の中身を確認しながらほくそ笑んでいると、悠が小さな声で聞いてきた。
「今日のそれも、この前言っていたように、ベッドの上に広げたりするの?」
「んー、どうかな。このまま嗅いでもいいけど。あ、でも今日姉ちゃん泊まりだったわ。ならこれを広げて寝るって贅沢も捨てがたいな」
「……そうか。なら寝る準備が整ったら、電話して欲しい」
「は? 何で?」
「通話したいから」
「…………」
えぇ…やだ。面倒。
恋人ってわけでもねーのに、寝る前通話なんかさせないでほしい。
俺は思う存分匂いを堪能したいし、没頭したいんだよ!
ゴロゴロしながら眠りたいのに、通話なんかしたくねぇ。
何も答えずにいると痺れを切らしたように、
「通話してくれるなら、今日着ているインナーも、明日渡してもいい」
俺に「否」と言えるわけがなかった。
取引のなんたるかを心得すぎだろ、悠さん。
向こうで採寸してたよな。
不思議に思って悠の顔を見ながら尋ねてんのに、悠はフイッと俺から視線を外すと、
「槙野さん、それ貸してもらえる?」
「えっ!? あ、はい……?」
俺を無視する形で槙野に声をかけると、突然巻尺を要求し始めた。
何なんだコイツ。
人のこと無視しやがって!
「悠っ。なんでお前がこっち来てんだよって聞いてんじゃん。向こうで三上達が困った顔してるぞ」
「……これが終わったら戻る。槙野さん、肩幅を測ればいいの?」
「は、ははははい…っ」
戸惑う俺達を無視したまま、何故か悠が俺の採寸を測り始める。
ほんと何してんだよ……。
「おい……。自分の採寸ほったらかして、何で俺のサイズなんか測ってんだよ」
「槙野さんの背だと、届かないだろう?」
「いやそうだけどさっ。お前がこっちに来たせいで、すげー向こうから睨まれてんだけど!」
「オレだけ見てればいいだろう。向こうは気にしなければいい」
淡々とそんな風に言われたって、こんな嫌な注目を浴びた中で、自分のサイズなんか測られたくねーわ!
しかも悠がこっちに来たせいで、明らかに三上が苛立った顔になってんじゃん。
横目でチラリと三上に視線を向けると、腕を組みながら俺に向かって『どうにかして』と口パクで文句を言ってくる。無茶を言うな。
俺だってこんなこと、悠に頼んじゃいねぇよ!
「いいって悠! あ、橘っ。橘に測ってもらうから! 俺の事は気にすんなって」
女子の半数以上は後ろに集まってきているけど、他は自分の席に座りながら、近くの奴らと喋っている。
その中から橘を探そうとして──…
……ふわん。
悠の身体から俺に向かって、フェロモンが流れてくる。
「………っ!」
反射的にスン、と匂いを嗅いでしまう自分の身体が憎い。
濃すぎず薄すぎず、もっと匂いを嗅ぎたいと思わせる、この絶妙なバランス感。
こういう微調整をしてくるから、悠はタチが悪いんだよ。
クソがっ。
匂いを出せば、俺が黙るとでも思ってんのか!
(姑息な手を使いやがって……っ)
悔しい! だけど1番効果があるのは確かだ。
悠の傍を離れたくないどころか、うっかり匂いに釣られて、このまま抱きついちまいそう…!
この状況でそんな真似はできねぇけど、二人きりならとっくにしがみついていた。
ぐぅうっ……俺の忍耐が試されている。
俺を大人しくさせることに成功した悠は、槙野に指示を仰いで、下半身の採寸まで手伝い始めた。
(そこは槙野でもいいだろ。頼むからお前はもう、自分の採寸に戻ってくれよっ!)
俺の脳内ではさっきからずっと、悠の服をこの場で無理矢理剥ぎ取ってしまいたい、という欲求に駆られている。
理性で止めているけど、そろそろ色々しんどい。
許されるならトイレに籠もって、ひたすら悠の服の匂いをクンクンと嗅いでいたい。
「えっと、次はここの…太腿の付け根の部分をお願いします。……三由君? 汗すごいよ。大丈夫?」
「全然、全く、すげー平気」
片膝をついて採寸する悠を、据わった目で見下ろしながら、槙野に返事を返す。
とりあえず、あと少しで採寸が終わる。
(それまで我慢、我慢、我慢!!)
もらった服をいつも嗅いでいたせいか、最近は体調に関係なく、少量でも悠の匂いが分かるようになってしまった。
それがここにきて、足を引っ張る結果になるなんてな。
ああ、くそっ。
何でこんなに良い匂いなんだよ!
好みすぎて辛い。
βとして生きるって決めてても、揺らぎそうなんだけど。
しっかりしろって、俺!
Ωの本能になんか、負けてんじゃねーよっ!
唇を噛みしめながら、擦り切れかけた理性を必死で繋ぎ止める。
このままだと、本気で悠の服を追い剥ぎしそう。
爪が食い込むほど拳を握りしめて、衝動に耐える。
「ハ、ハンカチが無いなら、あのっ、これ…っ」
「アキ、これを使え」
槙野がポケットからハンカチを取り出す前に、悠が俺にハンカチを差し出してくる。
受け取ろうと伸ばした手が震える。それに気づいた悠が、手に持っていたハンカチで、素早く俺の額の汗を拭ってくれた。
「これで全部の採寸が終わり?」
「あ、はいっ」
槙野が首を縦に振ると、悠が俺の身体に巻きつけていた巻尺を引き抜いて、槙野に渡している。
そのまま一度も俺を振り返ること無く、額の汗を拭いたハンカチを再びポケットに戻すと、三上達の所に戻って行ってしまった。
(……あ、ハンカチ)
悠が離れた事で緊張感が弛むと、ハンカチを貰いそびれたことに気がついて、がっくりと落ち込む。
そんな落ち込む俺を見て、槙野が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「──三由君、大丈夫? 採寸辛かった?」
「え…? あ、いや。悠のせいで注目がこっちに集まったのが嫌だったくらいかな。……悪ぃ。何ともないよ」
「それならいいんだけど。……あの、変なことを聞いてもいい?」
「変なこと?」
「嫌だったら答えなくてもいいんだけど……。三由君と和南城君って、仲は悪くないんだよね?」
「別に悪くねーけど?」
「え、と…それなら別にいいんだ。変なこと聞いて、ごめんね」
槙野が謝ってくるけど、何か変だな。
別にいいって言ってる割に、表情が曇っている。
「何? 気になる事があるなら言えば?」
「あ…うん。気のせいかもって思ったから言い出しにくかったんだけど。さっきの和南城君、ちょっと怖かったから……」
「悠が?」
「うん。あと三由君の顔も途中から強張ってるように見えたし。
もしかして和南城君に、何か弱みでも握られてるんじゃないかって、心配になったんだけど……。」
弱み…は、握られてると言えば握られてるけど……。
きっと槙野が想像するものとは違うよな。
悠の私物と匂いに、俺が弱いってだけだし。
それに槙野は悠を怖いって言うけど、さっきの悠は槙野に対してすごく丁寧に接していたと思うけど?
なのに怖いって、どういうことだ?
(むしろ……俺に対して冷たくなかったか?)
あんな匂いを出してまで、俺の動きを止めようとしてくるし。
話しかけても無視してくるんだぞ。
しかもハンカチもくれなかったし。
(あれ?)
そう考えるとさっきの悠って、ちょっとおかしかったんじゃね?
何で俺に対してだけ、あんなに冷てぇんだよ。
演舞やカップル競争に巻き込まれたのは俺の方だぞ。なのに何で元凶の悠が不機嫌なんだよ。
わけ分かんねぇ。
俺が眉を寄せながら考え込んでいると、槙野が心配そうに声をかけてくる。
「本当に大丈夫? い、いじめとかだったら…っ」
「はっ? いや、それはない。それはないからっ」
槙野が何か別の勘違いをしている。
さすがにこの誤解はまずい。
悠の名誉の為にも、慌てて否定しておく。
「悠はいじめとかする奴じゃねーよっ」
「ほんとに? 言いにくいだけなら……っ」
「いや、本当だから! 誤解しないであげて。悠とは本当に友達だからさ」
槙野に対して必死に誤解を解いていると、採寸が終わったらしい三上と落田がこっちにやって来た。
「こっちも終わったよー。あれ? 槙ちゃん。三由とずいぶん打ち解けたんだね」
「えっ そ、そんな事ないよ!まだ緊張してるくらいだしっ」
「マッキー、三由相手に緊張することないよ。何言ってもキレたりしないし。文句は言うけどさー」
「お前が言うなよ、落田」
お前らは逆に、気安いを通り越して、失礼なんだって。文句を言っても「ほらねー」とケタケタ笑いやがる。
ほんと関わりたくねぇ。
困ったように笑う槙田が、天使すぎる。
その後は採寸した結果を三人で話し合い始めたから、そそくさとその場から離れることにした。
自分が穿かされるスカートの話題なんか、聞きたくもねぇ。それよりも気になるのは悠だ。
採寸が終わったのに顔を見せないと思ったら、ベストを着ている間に女子に捕まっていたらしい。
演舞のこととか色々聞かれている。
悠と話したくても、あの輪には近づきたくねぇ。
……むむ。
この調子だと、しばらくは話せそうにないな。
話せないどころか俺の席の周りには、悠目当ての女子集まっているから、座れそうにもない。
仕方なく橘の所にでも行くかと考えていたら、悠が俺の視線に気がついた。
そばに集まっていた女子に何か言うと、みんな残念そうにしながらも、大人しく離れていく。
悠に対しては、なんでみんな物分りが良いんだ?
これもイケメン効果か?
くそっ。俺だってバイト先ではイケメンって言われてるんだぞ。
なのにこの差は何なんだ?
むむむ…と女子達の後ろ姿を見送っていると、傍に悠が歩み寄ってきた。
「お疲れ、悠」
「……あぁ」
「なぁ、さっきのアレは酷いんじゃね? 俺さ、前にバースを揺さぶるような真似はすんなって、お前に言ったよな」
「…………」
「お前さ、なんか苛立ってねぇ? 何で巻き込まれた俺が怒られてんの?」
俺がそう言うと、悠が視線を逸らす。
……一体何だってんだよ?
コイツの不機嫌の理由が、全くわからねぇ。
さらに悠を問い詰めようとしたら、落田達がこっちに来るのに気づいて、慌てて言葉を止める。
「どうした?」
「ねーねー。明日って学校休みでしょ。だから布を見繕いに行こうかって話してたんだけど、予定がないなら三由と和南城君も一緒に行かない?」
確かに明日は土曜日だから休みだけど。
いきなりだな。
「バイトがあるから15時までしか付き合えないぞ。でも俺達が行く必要なんてあるのか?」
「あるある! 三由は荷物持ちの予定だし」
「落田さ、さっきから俺の扱いが酷くねぇ?」
「だって和南城君と話すのって緊張するし…。三由のそこそこ整った顔を見ると、なんか安心するんだよ」
「お前やっぱ、三上の類友だよな……」
人を緩衝材代わりにすんなよ。
──まぁいいけど。
俺でも悠に見惚れるくらいなんだし、女子なら尚更か。
「悠はどうする? 俺は荷物持ちらしいけど、お前は無理しなくても……」
「いや、大丈夫。オレも一緒に行くよ」
来るのかよ!?
てっきりこういう集まりには、興味のない奴なのかと思っていたから、正直ビックリした。
あ、でも休日に悠と会うのは、俺も初めてかも。
どんな私服なんだろ。ちょっと気になる。
「じゃあ、明日は駅前に12時集合で、みんな大丈夫?」
全員頷く。
丁度そのタイミングで、LHRを報せるチャイムが鳴った。
はー、これでやっと帰れる。
バイト前に何だか疲れてしまったけど、買い出しとは言えどこかに出かけるのは久しぶりだし、少し楽しみかも。
たまに橘とは遊びに出かけるけど、女子も交えて遊びに行くのは、中学以来かもしれない。
少し浮かれながら、鞄に教科書を詰め込んでいると、悠が何かを差し出してきた。
「アキ、これ」
「っ……!!」
もしやその手に掲げている袋の中身は、昨日俺がオーダーした物でしょうか!?
悠の手から奪い取るようにして、中身を確認。
(よしよし。ちゃんと圧縮袋に入れてあるな)
昨日メッセージに『圧縮袋があるなら~』ってお願いしたんだけど、叶えられてて良かった。
なるべく匂いの鮮度は保っていたい。
ふふふふっ。
今日の俺の癒やしが此処にあるのかと思うと、顔が勝手ににやけてくる。
今日は思う存分、これに癒やされてやる!
紙袋の中身を確認しながらほくそ笑んでいると、悠が小さな声で聞いてきた。
「今日のそれも、この前言っていたように、ベッドの上に広げたりするの?」
「んー、どうかな。このまま嗅いでもいいけど。あ、でも今日姉ちゃん泊まりだったわ。ならこれを広げて寝るって贅沢も捨てがたいな」
「……そうか。なら寝る準備が整ったら、電話して欲しい」
「は? 何で?」
「通話したいから」
「…………」
えぇ…やだ。面倒。
恋人ってわけでもねーのに、寝る前通話なんかさせないでほしい。
俺は思う存分匂いを堪能したいし、没頭したいんだよ!
ゴロゴロしながら眠りたいのに、通話なんかしたくねぇ。
何も答えずにいると痺れを切らしたように、
「通話してくれるなら、今日着ているインナーも、明日渡してもいい」
俺に「否」と言えるわけがなかった。
取引のなんたるかを心得すぎだろ、悠さん。
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もう、全部どうでもよく感じた。
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初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
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