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47.体育祭に向けて⑤
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「悠? お前…なんでこっち来てんの?」
向こうで採寸してたよな。
不思議に思って悠の顔を見ながら尋ねてんのに、悠はフイッと俺から視線を外すと、
「槙野さん、それ貸してもらえる?」
「えっ!? あ、はい……?」
俺を無視する形で槙野に声をかけると、突然巻尺を要求し始めた。
何なんだコイツ。
人のこと無視しやがって!
「悠っ。なんでお前がこっち来てんだよって聞いてんじゃん。向こうで三上達が困った顔してるぞ」
「……これが終わったら戻る。槙野さん、肩幅を測ればいいの?」
「は、ははははい…っ」
戸惑う俺達を無視したまま、何故か悠が俺の採寸を測り始める。
ほんと何してんだよ……。
「おい……。自分の採寸ほったらかして、何で俺のサイズなんか測ってんだよ」
「槙野さんの背だと、届かないだろう?」
「いやそうだけどさっ。お前がこっちに来たせいで、すげー向こうから睨まれてんだけど!」
「オレだけ見てればいいだろう。向こうは気にしなければいい」
淡々とそんな風に言われたって、こんな嫌な注目を浴びた中で、自分のサイズなんか測られたくねーわ!
しかも悠がこっちに来たせいで、明らかに三上が苛立った顔になってんじゃん。
横目でチラリと三上に視線を向けると、腕を組みながら俺に向かって『どうにかして』と口パクで文句を言ってくる。無茶を言うな。
俺だってこんなこと、悠に頼んじゃいねぇよ!
「いいって悠! あ、橘っ。橘に測ってもらうから! 俺の事は気にすんなって」
女子の半数以上は後ろに集まってきているけど、他は自分の席に座りながら、近くの奴らと喋っている。
その中から橘を探そうとして──…
……ふわん。
悠の身体から俺に向かって、フェロモンが流れてくる。
「………っ!」
反射的にスン、と匂いを嗅いでしまう自分の身体が憎い。
濃すぎず薄すぎず、もっと匂いを嗅ぎたいと思わせる、この絶妙なバランス感。
こういう微調整をしてくるから、悠はタチが悪いんだよ。
クソがっ。
匂いを出せば、俺が黙るとでも思ってんのか!
(姑息な手を使いやがって……っ)
悔しい! だけど1番効果があるのは確かだ。
悠の傍を離れたくないどころか、うっかり匂いに釣られて、このまま抱きついちまいそう…!
この状況でそんな真似はできねぇけど、二人きりならとっくにしがみついていた。
ぐぅうっ……俺の忍耐が試されている。
俺を大人しくさせることに成功した悠は、槙野に指示を仰いで、下半身の採寸まで手伝い始めた。
(そこは槙野でもいいだろ。頼むからお前はもう、自分の採寸に戻ってくれよっ!)
俺の脳内ではさっきからずっと、悠の服をこの場で無理矢理剥ぎ取ってしまいたい、という欲求に駆られている。
理性で止めているけど、そろそろ色々しんどい。
許されるならトイレに籠もって、ひたすら悠の服の匂いをクンクンと嗅いでいたい。
「えっと、次はここの…太腿の付け根の部分をお願いします。……三由君? 汗すごいよ。大丈夫?」
「全然、全く、すげー平気」
片膝をついて採寸する悠を、据わった目で見下ろしながら、槙野に返事を返す。
とりあえず、あと少しで採寸が終わる。
(それまで我慢、我慢、我慢!!)
もらった服をいつも嗅いでいたせいか、最近は体調に関係なく、少量でも悠の匂いが分かるようになってしまった。
それがここにきて、足を引っ張る結果になるなんてな。
ああ、くそっ。
何でこんなに良い匂いなんだよ!
好みすぎて辛い。
βとして生きるって決めてても、揺らぎそうなんだけど。
しっかりしろって、俺!
Ωの本能になんか、負けてんじゃねーよっ!
唇を噛みしめながら、擦り切れかけた理性を必死で繋ぎ止める。
このままだと、本気で悠の服を追い剥ぎしそう。
爪が食い込むほど拳を握りしめて、衝動に耐える。
「ハ、ハンカチが無いなら、あのっ、これ…っ」
「アキ、これを使え」
槙野がポケットからハンカチを取り出す前に、悠が俺にハンカチを差し出してくる。
受け取ろうと伸ばした手が震える。それに気づいた悠が、手に持っていたハンカチで、素早く俺の額の汗を拭ってくれた。
「これで全部の採寸が終わり?」
「あ、はいっ」
槙野が首を縦に振ると、悠が俺の身体に巻きつけていた巻尺を引き抜いて、槙野に渡している。
そのまま一度も俺を振り返ること無く、額の汗を拭いたハンカチを再びポケットに戻すと、三上達の所に戻って行ってしまった。
(……あ、ハンカチ)
悠が離れた事で緊張感が弛むと、ハンカチを貰いそびれたことに気がついて、がっくりと落ち込む。
そんな落ち込む俺を見て、槙野が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「──三由君、大丈夫? 採寸辛かった?」
「え…? あ、いや。悠のせいで注目がこっちに集まったのが嫌だったくらいかな。……悪ぃ。何ともないよ」
「それならいいんだけど。……あの、変なことを聞いてもいい?」
「変なこと?」
「嫌だったら答えなくてもいいんだけど……。三由君と和南城君って、仲は悪くないんだよね?」
「別に悪くねーけど?」
「え、と…それなら別にいいんだ。変なこと聞いて、ごめんね」
槙野が謝ってくるけど、何か変だな。
別にいいって言ってる割に、表情が曇っている。
「何? 気になる事があるなら言えば?」
「あ…うん。気のせいかもって思ったから言い出しにくかったんだけど。さっきの和南城君、ちょっと怖かったから……」
「悠が?」
「うん。あと三由君の顔も途中から強張ってるように見えたし。
もしかして和南城君に、何か弱みでも握られてるんじゃないかって、心配になったんだけど……。」
弱み…は、握られてると言えば握られてるけど……。
きっと槙野が想像するものとは違うよな。
悠の私物と匂いに、俺が弱いってだけだし。
それに槙野は悠を怖いって言うけど、さっきの悠は槙野に対してすごく丁寧に接していたと思うけど?
なのに怖いって、どういうことだ?
(むしろ……俺に対して冷たくなかったか?)
あんな匂いを出してまで、俺の動きを止めようとしてくるし。
話しかけても無視してくるんだぞ。
しかもハンカチもくれなかったし。
(あれ?)
そう考えるとさっきの悠って、ちょっとおかしかったんじゃね?
何で俺に対してだけ、あんなに冷てぇんだよ。
演舞やカップル競争に巻き込まれたのは俺の方だぞ。なのに何で元凶の悠が不機嫌なんだよ。
わけ分かんねぇ。
俺が眉を寄せながら考え込んでいると、槙野が心配そうに声をかけてくる。
「本当に大丈夫? い、いじめとかだったら…っ」
「はっ? いや、それはない。それはないからっ」
槙野が何か別の勘違いをしている。
さすがにこの誤解はまずい。
悠の名誉の為にも、慌てて否定しておく。
「悠はいじめとかする奴じゃねーよっ」
「ほんとに? 言いにくいだけなら……っ」
「いや、本当だから! 誤解しないであげて。悠とは本当に友達だからさ」
槙野に対して必死に誤解を解いていると、採寸が終わったらしい三上と落田がこっちにやって来た。
「こっちも終わったよー。あれ? 槙ちゃん。三由とずいぶん打ち解けたんだね」
「えっ そ、そんな事ないよ!まだ緊張してるくらいだしっ」
「マッキー、三由相手に緊張することないよ。何言ってもキレたりしないし。文句は言うけどさー」
「お前が言うなよ、落田」
お前らは逆に、気安いを通り越して、失礼なんだって。文句を言っても「ほらねー」とケタケタ笑いやがる。
ほんと関わりたくねぇ。
困ったように笑う槙田が、天使すぎる。
その後は採寸した結果を三人で話し合い始めたから、そそくさとその場から離れることにした。
自分が穿かされるスカートの話題なんか、聞きたくもねぇ。それよりも気になるのは悠だ。
採寸が終わったのに顔を見せないと思ったら、ベストを着ている間に女子に捕まっていたらしい。
演舞のこととか色々聞かれている。
悠と話したくても、あの輪には近づきたくねぇ。
……むむ。
この調子だと、しばらくは話せそうにないな。
話せないどころか俺の席の周りには、悠目当ての女子集まっているから、座れそうにもない。
仕方なく橘の所にでも行くかと考えていたら、悠が俺の視線に気がついた。
そばに集まっていた女子に何か言うと、みんな残念そうにしながらも、大人しく離れていく。
悠に対しては、なんでみんな物分りが良いんだ?
これもイケメン効果か?
くそっ。俺だってバイト先ではイケメンって言われてるんだぞ。
なのにこの差は何なんだ?
むむむ…と女子達の後ろ姿を見送っていると、傍に悠が歩み寄ってきた。
「お疲れ、悠」
「……あぁ」
「なぁ、さっきのアレは酷いんじゃね? 俺さ、前にバースを揺さぶるような真似はすんなって、お前に言ったよな」
「…………」
「お前さ、なんか苛立ってねぇ? 何で巻き込まれた俺が怒られてんの?」
俺がそう言うと、悠が視線を逸らす。
……一体何だってんだよ?
コイツの不機嫌の理由が、全くわからねぇ。
さらに悠を問い詰めようとしたら、落田達がこっちに来るのに気づいて、慌てて言葉を止める。
「どうした?」
「ねーねー。明日って学校休みでしょ。だから布を見繕いに行こうかって話してたんだけど、予定がないなら三由と和南城君も一緒に行かない?」
確かに明日は土曜日だから休みだけど。
いきなりだな。
「バイトがあるから15時までしか付き合えないぞ。でも俺達が行く必要なんてあるのか?」
「あるある! 三由は荷物持ちの予定だし」
「落田さ、さっきから俺の扱いが酷くねぇ?」
「だって和南城君と話すのって緊張するし…。三由のそこそこ整った顔を見ると、なんか安心するんだよ」
「お前やっぱ、三上の類友だよな……」
人を緩衝材代わりにすんなよ。
──まぁいいけど。
俺でも悠に見惚れるくらいなんだし、女子なら尚更か。
「悠はどうする? 俺は荷物持ちらしいけど、お前は無理しなくても……」
「いや、大丈夫。オレも一緒に行くよ」
来るのかよ!?
てっきりこういう集まりには、興味のない奴なのかと思っていたから、正直ビックリした。
あ、でも休日に悠と会うのは、俺も初めてかも。
どんな私服なんだろ。ちょっと気になる。
「じゃあ、明日は駅前に12時集合で、みんな大丈夫?」
全員頷く。
丁度そのタイミングで、LHRを報せるチャイムが鳴った。
はー、これでやっと帰れる。
バイト前に何だか疲れてしまったけど、買い出しとは言えどこかに出かけるのは久しぶりだし、少し楽しみかも。
たまに橘とは遊びに出かけるけど、女子も交えて遊びに行くのは、中学以来かもしれない。
少し浮かれながら、鞄に教科書を詰め込んでいると、悠が何かを差し出してきた。
「アキ、これ」
「っ……!!」
もしやその手に掲げている袋の中身は、昨日俺がオーダーした物でしょうか!?
悠の手から奪い取るようにして、中身を確認。
(よしよし。ちゃんと圧縮袋に入れてあるな)
昨日メッセージに『圧縮袋があるなら~』ってお願いしたんだけど、叶えられてて良かった。
なるべく匂いの鮮度は保っていたい。
ふふふふっ。
今日の俺の癒やしが此処にあるのかと思うと、顔が勝手ににやけてくる。
今日は思う存分、これに癒やされてやる!
紙袋の中身を確認しながらほくそ笑んでいると、悠が小さな声で聞いてきた。
「今日のそれも、この前言っていたように、ベッドの上に広げたりするの?」
「んー、どうかな。このまま嗅いでもいいけど。あ、でも今日姉ちゃん泊まりだったわ。ならこれを広げて寝るって贅沢も捨てがたいな」
「……そうか。なら寝る準備が整ったら、電話して欲しい」
「は? 何で?」
「通話したいから」
「…………」
えぇ…やだ。面倒。
恋人ってわけでもねーのに、寝る前通話なんかさせないでほしい。
俺は思う存分匂いを堪能したいし、没頭したいんだよ!
ゴロゴロしながら眠りたいのに、通話なんかしたくねぇ。
何も答えずにいると痺れを切らしたように、
「通話してくれるなら、今日着ているインナーも、明日渡してもいい」
俺に「否」と言えるわけがなかった。
取引のなんたるかを心得すぎだろ、悠さん。
向こうで採寸してたよな。
不思議に思って悠の顔を見ながら尋ねてんのに、悠はフイッと俺から視線を外すと、
「槙野さん、それ貸してもらえる?」
「えっ!? あ、はい……?」
俺を無視する形で槙野に声をかけると、突然巻尺を要求し始めた。
何なんだコイツ。
人のこと無視しやがって!
「悠っ。なんでお前がこっち来てんだよって聞いてんじゃん。向こうで三上達が困った顔してるぞ」
「……これが終わったら戻る。槙野さん、肩幅を測ればいいの?」
「は、ははははい…っ」
戸惑う俺達を無視したまま、何故か悠が俺の採寸を測り始める。
ほんと何してんだよ……。
「おい……。自分の採寸ほったらかして、何で俺のサイズなんか測ってんだよ」
「槙野さんの背だと、届かないだろう?」
「いやそうだけどさっ。お前がこっちに来たせいで、すげー向こうから睨まれてんだけど!」
「オレだけ見てればいいだろう。向こうは気にしなければいい」
淡々とそんな風に言われたって、こんな嫌な注目を浴びた中で、自分のサイズなんか測られたくねーわ!
しかも悠がこっちに来たせいで、明らかに三上が苛立った顔になってんじゃん。
横目でチラリと三上に視線を向けると、腕を組みながら俺に向かって『どうにかして』と口パクで文句を言ってくる。無茶を言うな。
俺だってこんなこと、悠に頼んじゃいねぇよ!
「いいって悠! あ、橘っ。橘に測ってもらうから! 俺の事は気にすんなって」
女子の半数以上は後ろに集まってきているけど、他は自分の席に座りながら、近くの奴らと喋っている。
その中から橘を探そうとして──…
……ふわん。
悠の身体から俺に向かって、フェロモンが流れてくる。
「………っ!」
反射的にスン、と匂いを嗅いでしまう自分の身体が憎い。
濃すぎず薄すぎず、もっと匂いを嗅ぎたいと思わせる、この絶妙なバランス感。
こういう微調整をしてくるから、悠はタチが悪いんだよ。
クソがっ。
匂いを出せば、俺が黙るとでも思ってんのか!
(姑息な手を使いやがって……っ)
悔しい! だけど1番効果があるのは確かだ。
悠の傍を離れたくないどころか、うっかり匂いに釣られて、このまま抱きついちまいそう…!
この状況でそんな真似はできねぇけど、二人きりならとっくにしがみついていた。
ぐぅうっ……俺の忍耐が試されている。
俺を大人しくさせることに成功した悠は、槙野に指示を仰いで、下半身の採寸まで手伝い始めた。
(そこは槙野でもいいだろ。頼むからお前はもう、自分の採寸に戻ってくれよっ!)
俺の脳内ではさっきからずっと、悠の服をこの場で無理矢理剥ぎ取ってしまいたい、という欲求に駆られている。
理性で止めているけど、そろそろ色々しんどい。
許されるならトイレに籠もって、ひたすら悠の服の匂いをクンクンと嗅いでいたい。
「えっと、次はここの…太腿の付け根の部分をお願いします。……三由君? 汗すごいよ。大丈夫?」
「全然、全く、すげー平気」
片膝をついて採寸する悠を、据わった目で見下ろしながら、槙野に返事を返す。
とりあえず、あと少しで採寸が終わる。
(それまで我慢、我慢、我慢!!)
もらった服をいつも嗅いでいたせいか、最近は体調に関係なく、少量でも悠の匂いが分かるようになってしまった。
それがここにきて、足を引っ張る結果になるなんてな。
ああ、くそっ。
何でこんなに良い匂いなんだよ!
好みすぎて辛い。
βとして生きるって決めてても、揺らぎそうなんだけど。
しっかりしろって、俺!
Ωの本能になんか、負けてんじゃねーよっ!
唇を噛みしめながら、擦り切れかけた理性を必死で繋ぎ止める。
このままだと、本気で悠の服を追い剥ぎしそう。
爪が食い込むほど拳を握りしめて、衝動に耐える。
「ハ、ハンカチが無いなら、あのっ、これ…っ」
「アキ、これを使え」
槙野がポケットからハンカチを取り出す前に、悠が俺にハンカチを差し出してくる。
受け取ろうと伸ばした手が震える。それに気づいた悠が、手に持っていたハンカチで、素早く俺の額の汗を拭ってくれた。
「これで全部の採寸が終わり?」
「あ、はいっ」
槙野が首を縦に振ると、悠が俺の身体に巻きつけていた巻尺を引き抜いて、槙野に渡している。
そのまま一度も俺を振り返ること無く、額の汗を拭いたハンカチを再びポケットに戻すと、三上達の所に戻って行ってしまった。
(……あ、ハンカチ)
悠が離れた事で緊張感が弛むと、ハンカチを貰いそびれたことに気がついて、がっくりと落ち込む。
そんな落ち込む俺を見て、槙野が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「──三由君、大丈夫? 採寸辛かった?」
「え…? あ、いや。悠のせいで注目がこっちに集まったのが嫌だったくらいかな。……悪ぃ。何ともないよ」
「それならいいんだけど。……あの、変なことを聞いてもいい?」
「変なこと?」
「嫌だったら答えなくてもいいんだけど……。三由君と和南城君って、仲は悪くないんだよね?」
「別に悪くねーけど?」
「え、と…それなら別にいいんだ。変なこと聞いて、ごめんね」
槙野が謝ってくるけど、何か変だな。
別にいいって言ってる割に、表情が曇っている。
「何? 気になる事があるなら言えば?」
「あ…うん。気のせいかもって思ったから言い出しにくかったんだけど。さっきの和南城君、ちょっと怖かったから……」
「悠が?」
「うん。あと三由君の顔も途中から強張ってるように見えたし。
もしかして和南城君に、何か弱みでも握られてるんじゃないかって、心配になったんだけど……。」
弱み…は、握られてると言えば握られてるけど……。
きっと槙野が想像するものとは違うよな。
悠の私物と匂いに、俺が弱いってだけだし。
それに槙野は悠を怖いって言うけど、さっきの悠は槙野に対してすごく丁寧に接していたと思うけど?
なのに怖いって、どういうことだ?
(むしろ……俺に対して冷たくなかったか?)
あんな匂いを出してまで、俺の動きを止めようとしてくるし。
話しかけても無視してくるんだぞ。
しかもハンカチもくれなかったし。
(あれ?)
そう考えるとさっきの悠って、ちょっとおかしかったんじゃね?
何で俺に対してだけ、あんなに冷てぇんだよ。
演舞やカップル競争に巻き込まれたのは俺の方だぞ。なのに何で元凶の悠が不機嫌なんだよ。
わけ分かんねぇ。
俺が眉を寄せながら考え込んでいると、槙野が心配そうに声をかけてくる。
「本当に大丈夫? い、いじめとかだったら…っ」
「はっ? いや、それはない。それはないからっ」
槙野が何か別の勘違いをしている。
さすがにこの誤解はまずい。
悠の名誉の為にも、慌てて否定しておく。
「悠はいじめとかする奴じゃねーよっ」
「ほんとに? 言いにくいだけなら……っ」
「いや、本当だから! 誤解しないであげて。悠とは本当に友達だからさ」
槙野に対して必死に誤解を解いていると、採寸が終わったらしい三上と落田がこっちにやって来た。
「こっちも終わったよー。あれ? 槙ちゃん。三由とずいぶん打ち解けたんだね」
「えっ そ、そんな事ないよ!まだ緊張してるくらいだしっ」
「マッキー、三由相手に緊張することないよ。何言ってもキレたりしないし。文句は言うけどさー」
「お前が言うなよ、落田」
お前らは逆に、気安いを通り越して、失礼なんだって。文句を言っても「ほらねー」とケタケタ笑いやがる。
ほんと関わりたくねぇ。
困ったように笑う槙田が、天使すぎる。
その後は採寸した結果を三人で話し合い始めたから、そそくさとその場から離れることにした。
自分が穿かされるスカートの話題なんか、聞きたくもねぇ。それよりも気になるのは悠だ。
採寸が終わったのに顔を見せないと思ったら、ベストを着ている間に女子に捕まっていたらしい。
演舞のこととか色々聞かれている。
悠と話したくても、あの輪には近づきたくねぇ。
……むむ。
この調子だと、しばらくは話せそうにないな。
話せないどころか俺の席の周りには、悠目当ての女子集まっているから、座れそうにもない。
仕方なく橘の所にでも行くかと考えていたら、悠が俺の視線に気がついた。
そばに集まっていた女子に何か言うと、みんな残念そうにしながらも、大人しく離れていく。
悠に対しては、なんでみんな物分りが良いんだ?
これもイケメン効果か?
くそっ。俺だってバイト先ではイケメンって言われてるんだぞ。
なのにこの差は何なんだ?
むむむ…と女子達の後ろ姿を見送っていると、傍に悠が歩み寄ってきた。
「お疲れ、悠」
「……あぁ」
「なぁ、さっきのアレは酷いんじゃね? 俺さ、前にバースを揺さぶるような真似はすんなって、お前に言ったよな」
「…………」
「お前さ、なんか苛立ってねぇ? 何で巻き込まれた俺が怒られてんの?」
俺がそう言うと、悠が視線を逸らす。
……一体何だってんだよ?
コイツの不機嫌の理由が、全くわからねぇ。
さらに悠を問い詰めようとしたら、落田達がこっちに来るのに気づいて、慌てて言葉を止める。
「どうした?」
「ねーねー。明日って学校休みでしょ。だから布を見繕いに行こうかって話してたんだけど、予定がないなら三由と和南城君も一緒に行かない?」
確かに明日は土曜日だから休みだけど。
いきなりだな。
「バイトがあるから15時までしか付き合えないぞ。でも俺達が行く必要なんてあるのか?」
「あるある! 三由は荷物持ちの予定だし」
「落田さ、さっきから俺の扱いが酷くねぇ?」
「だって和南城君と話すのって緊張するし…。三由のそこそこ整った顔を見ると、なんか安心するんだよ」
「お前やっぱ、三上の類友だよな……」
人を緩衝材代わりにすんなよ。
──まぁいいけど。
俺でも悠に見惚れるくらいなんだし、女子なら尚更か。
「悠はどうする? 俺は荷物持ちらしいけど、お前は無理しなくても……」
「いや、大丈夫。オレも一緒に行くよ」
来るのかよ!?
てっきりこういう集まりには、興味のない奴なのかと思っていたから、正直ビックリした。
あ、でも休日に悠と会うのは、俺も初めてかも。
どんな私服なんだろ。ちょっと気になる。
「じゃあ、明日は駅前に12時集合で、みんな大丈夫?」
全員頷く。
丁度そのタイミングで、LHRを報せるチャイムが鳴った。
はー、これでやっと帰れる。
バイト前に何だか疲れてしまったけど、買い出しとは言えどこかに出かけるのは久しぶりだし、少し楽しみかも。
たまに橘とは遊びに出かけるけど、女子も交えて遊びに行くのは、中学以来かもしれない。
少し浮かれながら、鞄に教科書を詰め込んでいると、悠が何かを差し出してきた。
「アキ、これ」
「っ……!!」
もしやその手に掲げている袋の中身は、昨日俺がオーダーした物でしょうか!?
悠の手から奪い取るようにして、中身を確認。
(よしよし。ちゃんと圧縮袋に入れてあるな)
昨日メッセージに『圧縮袋があるなら~』ってお願いしたんだけど、叶えられてて良かった。
なるべく匂いの鮮度は保っていたい。
ふふふふっ。
今日の俺の癒やしが此処にあるのかと思うと、顔が勝手ににやけてくる。
今日は思う存分、これに癒やされてやる!
紙袋の中身を確認しながらほくそ笑んでいると、悠が小さな声で聞いてきた。
「今日のそれも、この前言っていたように、ベッドの上に広げたりするの?」
「んー、どうかな。このまま嗅いでもいいけど。あ、でも今日姉ちゃん泊まりだったわ。ならこれを広げて寝るって贅沢も捨てがたいな」
「……そうか。なら寝る準備が整ったら、電話して欲しい」
「は? 何で?」
「通話したいから」
「…………」
えぇ…やだ。面倒。
恋人ってわけでもねーのに、寝る前通話なんかさせないでほしい。
俺は思う存分匂いを堪能したいし、没頭したいんだよ!
ゴロゴロしながら眠りたいのに、通話なんかしたくねぇ。
何も答えずにいると痺れを切らしたように、
「通話してくれるなら、今日着ているインナーも、明日渡してもいい」
俺に「否」と言えるわけがなかった。
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