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43.謎のアプリ
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「失礼しまーす。幸子先生?」
放課後に悠を伴って保健室に入ると、衝立の向こう側から幸子先生が顔を覗かせてきた。
目が合うと、朗らかな顔で笑いかけてくれる。
「あら、三由君。今日は元気そうね」
「うん、おかげさまで。あ、隣にいるのがクラスメートの和南城。前に言ってた『α』の友人」
「初めまして、和南城です」
「初めまして、養護教諭の石川です。体調以外にも何かバースで困った事があれば、いつでも相談しに来て下さいね」
「はい。その時はよろしくお願いします」
2人の挨拶が終わった所で、俺は幸子先生に駄目元で頼んでみた。
「幸子先生。ちょっとでいいからさ、奥の部屋を使わせてもらったら駄目かな? 悠にバースの事で聞きたい事があるんだけど、教室だとなかなか話しにくいんだ」
「え、奥の部屋? 三由君のバースなら一応構わないけど。……αと一緒なんて大丈夫? 今は他に生徒もいないし、ドアを開けたままにしておくなら……」
「閉めたままだとマズイ? ほら、こいつって目立つからさ。一緒に入っている所を見られて、変な詮索とかされても嫌だし。あと先生、そんなに心配しなくても俺まだβだから平気だって」
「んー…、なら閉めたままでも構わないけど、その代わり30分だけね」
心配そうにしながらも俺達を奥に案内すると、暗証番号と指紋認証で扉を解除してくれた。
相変わらずここのドアって厳重だよなぁ。
俺も何かの弾みで『Ω』になった場合は、ここに指紋登録をされるらしいけれど、出来れば使う機会がないまま卒業したい。
先生が扉を閉めると、室内が静寂に包まれる。
中に入った悠は、部屋の配置を確認するように周りを見回していた。
「──この学校にも、こんな部屋があったんだな」
「αなんだろ。転校してきた時に、ここの説明とかされてんじゃねーの?」
「いや。多分ここは、Ω用の隔離部屋……だと思う。出入りの用心さから見ても、Ωや一部の人間以外には明かしていないんだろうな」
そっか。バース関係の部屋っていう大まかな認識でいたけど、ここってΩ専用だったか。
言われてみれば幸子先生から、似たような説明を受けてた気がする。
なるほど。むしろΩにとって危険分子になるαなんかに、いちいち説明したりしねーか。
「それで? バースについて聞きたいらしいが、何か不安に感じる部分でも出てきたのか?」
「あー、それな。聞きたいことはあるけど、バースの事じゃねぇよ」
30分しか猶予がないけど、用事自体はすぐに終わるし問題ないだろ。
近くにあるベッドによいしょっと腰掛けると、足元に置いた鞄からスマホを取り出して悠に見せる。
「悠。俺とさ、連絡先交換しねぇ? 」
「連絡先? 構わないけど……。それなら教室でも良かったんじゃないのか?」
「悠ってアホなの? 教室でそんな目立つような真似、恐ろしくて出来るわけねーじゃん。後でお前の連絡先を教えろってアホな女子に、俺が呼び出しくらうだけだっつーの」
「呼び出されても、教えなければいいだけだろう?」
「女の集団って結構怖いんだぞ。それに途中で泣き出す奴もいるから、マジで面倒なんだって」
あ、コイツ……。
こんなに切々と訴えてんのに、全然分かりませんって顔してんな。
女子の物欲舐めんなよ。
お前の情報なら、金を出してでも欲しいって輩がいっぱいいるんだからな!
そんなハイエナがいっぱいいるような場所で、気軽に連絡先交換なんか出来るわけねーだろ。
「ならここじゃなくても、この前みたいにトイレでも良かったんじゃないのか?」
「トイレは……あそこは鬼門だから近づきたくねぇ……」
思わず苦々しい口調と顔になってしまう。
だって最近のトイレの記憶って言ったらさぁ、ほんとヤベー記憶しかなくて思い出すのも辛いんだって。
その全てにこのイケメン様が大なり小なり関係してるんだから、もう鬼門の場所と言ったっていいと思う。
「鬼門?」
「……言わなくても分かるだろ。あそこはあんまり二人で行きたい場所じゃないんだって。つーか、ここ貸してもらえたんだから、それでいいじゃん」
「──あぁ、そういう意味か。確かにあの時のアキは……」
「あー!あー! あの時の話は一切禁止! 俺、ダメってちゃんと言った!」
「聞いた覚えはないが──分かった。気をつけるよ」
顔は無表情のくせに、何となく笑われている気がする。くそっ。
「次に蒸し返すような真似したら、絶交だからなっ。あと、たまにも思い出すな!!」
「善処するよ」
頷いた悠が俺の隣に腰掛けてきた。
ふわりと香るいい匂い。悠の匂いとはちょっと違うから、多分これは柔軟剤の匂いか何かかな?
匂いに意識が行っている間に、悠が取り出したスマホを目の前に翳してきた。
(あ、そうだ番号!)
慌てて表示された番号を打ち込む。
うむ。番号交換からスタートする関係性。
実に清くて素晴らしいじゃないか!
悠との仲を改めて再スタートするにしても、まずは清いお付き合いから始めるべきだと思う。
異性として見れるかどうかは別として、俺自身もバースに振り回されないよう、強い心で悠と向き合いたいし。
「あ、悠。ついでにRINEのアドレスも教えて」
「RINE?」
「うん。メッセージでやり取りする方が楽だろ。電話だと時間とかタイミングとか、色々気になるじゃん」
「好きな時間にかければいいよ。もしタイミングが合わなかったら、オレから掛け直す」
「そ? まぁ今回はリクエストもしたいし、メッセージの方が正直助かるかな」
「リクエスト?」
少し首を傾げるようにこっちを見てくる悠。
その顔を見ながらニッコリと微笑んでやる。
「おぅ! あんだけガブガブ噛まれて痛い思いもしたんだから、今回はスペシャルなものが欲しいなぁ──ってか、頂戴、悠さん!」
「別に必死にならなくても、ちゃんと約束は覚えてる。いいよ、アキは何が欲しい?」
よし、悠のお許しが出た。
もしも渋られるようならハンカチで妥協するしかねぇと思っていたけど、今日の悠は何でも許してくれそうな包容力を感じる。
いいぞ。俺はお前のそういうスパダリな面を、高く評価したい。
「あ、ちょっと待ってな。欲しいもんはいっぱいあるんだけど、ありすぎて選ぶのが難しいかも。夜までにちゃんと吟味しとくから、決まったら直ぐにRINEにメッセージ飛ばすな」
「……RINEか」
「何? やっぱ電話の方が良かった?」
「いや、そうじゃなくてセキュリティー面が心配で、そのアカウント自体持ってないんだ。悪いが別のアプリを使ってもらってもいいか?」
メッセージアプリなら何でもいいかと思って気軽に頷いてしまったが、何だか特殊なアプリっぽい。
操作に必要だからとスマホを貸すように言われてしまう。
まぁ渡しても特に問題はないから、別にいいけど。
ほら、と言って悠に手渡すと、何か変な場所からアプリをダウンロードしている。
(つーか何でアプリを入れるだけなのに、こんなに何度もパスコードを聞かれてるわけ?)
その都度、悠が何かを打ち込んでいる。
ヤバい。だんだん不安になってきた。
これって変なアプリとかじゃないよな? ちょっと聞いてみようかな。
「なぁなぁ。そのアプリって何? 変な所からダウンロードしてるわけじゃねーよな?」
「うちの子会社が作ったアプリなんだ。一般向けじゃないから、ちょっと特殊な場所からダウンロードしなきゃいけないけど、アプリ自体は他のメッセージアプリと似たようなものだよ。ほら、後はインストールが終わるのを待つだけだ」
そう言って、悠がインストール画面が開かれたままのスマホを渡してくる。
素直に受け取ったものの、何気なく画面を覗きこんで……思わず絶叫してしまった。
「うっっわ! 何だよ、この容量っ! はぁああああっ!? くっそ激重じゃねーか!? インストールに何分かかんのこれっ!」
ゲーム並に重くて怖ッ! いや、ゲーム以上か?
怖い怖い怖い怖い。普通じゃねぇって、このアプリっ。
コミュニケーションツールでこの重さって、糞アプリとしか思えねぇっ。
「セキュリティーを何重にもかけているから少し重いが、我慢してほしい」
「我慢って……まぁもうDLしてるし、終わるのを待つしかないけどさ」
そういや悠って、どっかの会社のご子息だっけ。
情報漏えいの為に、自社のコミュニケーションツールしか使えないって言うなら、俺が合わせるしかねーのか。
今月のギガ数の残りを心配する俺の腰に、その時スルリと絡んでくる腕の感触。
思わず悠に視線を向けると、文句を言う前に背後から回った腕に抱き込まれて──そのまま流れるように横向きに寝転ばされてしまう。
ほんとコイツは…………。
「……おい? 何やってんの、悠さん」
「少し疲れた。インストールが終わるまで、ちょっと横になろう」
「寝たいたなら勝手にすればいいけど……って、ちょっ。ほんと何してんのお前っ!」
疲れたといいつつ、俺のネクタイを緩めようとしてくる、この手は何だよ。
あっ、嘘だろ。シャツのボタンまで外そうとすんなっ。
言ってることとやってることが、メチャクチャなんだってお前!!
「悠っ!」
「まだ噛み痕が残ってる──」
緩めた襟首を見た悠が、嬉しそうに息を吐きながら、ゆっくりと噛み痕に指を滑らせてくる。
ゾクッとした感覚は……無理やり脇に追いやった。
とにかく暴走しそうな悠を止めねーと。
「触んなよ。その噛み痕、帰ってから鏡で確認して見たけど、すげー腫れ上がってたんだからな。どんだけ容赦なく噛み付いたんだよお前。少しは反省しろよ」
「ん。ごめん」
ごめんといいながら、首元に顔を押し付けてくんなバカ。
本能に流され過ぎてて、全く反省の色が見えねーよ。
「……そのまま噛みついてきたら、悠でも遠慮なく蹴っ飛ばすからな」
「大丈夫。噛んだりしないから、少しだけこのままでいさせて」
そう言われても信用出来なくて、ビクビクしてしまう。
しばらくは身体を硬くしたまま、後ろの気配に怯えていたけど、悠は動かないまま静かにしている。
項に息がかかるせいでちょっとばかり擽ったさは残るものの、これなら別に警戒する必要もなかったかもしれねぇ。
ホッとしたら何だか余所事を考える余裕まで出てきた。
(何でαってこんなに項が好きなんだろ? そういう習性なのか?)
「何か匂いでもしてんの?」
「いや。 今はどちらかと言うと、アキの匂いの方が強いかな。……でも、嗅いでいると胸がしめつけられるような気分になる」
「へえー…」
何だか大変な気分を味わっているらしい。
悠とは逆に、俺の方は背中から漂ってくる優しい香りと、温かい体温に眠くなってくる。
変なことをされないなら、悠とこうしてくっついてんのは、結構気持ちいいかも。
俺が凭れかかってもビクともしない悠のガタイも、安定感があってなかなか良い。
香りにリラックス効果でもあるのか、とろとろと目蓋が重くなってきた。
互いの息遣いを感じたまま、微睡むように悠に身を預けていると、腹に回っていた腕に徐々に力がこもってくるのに気がついた。
(ん?)
さっきまで穏やかに背中に張り付いていた悠の身体が、発熱したみたいに熱くなっているような……?
お腹に優しく回されていたはずの腕は、今や拘束していると言っても過言じゃない絞まり方を見せている。
(……おいおいおい。何でいきなり興奮し始めてんだよ……?)
流石にマズイと思って腕から逃げ出そうとした頃には、身動きをとることさえ困難なほどに抱き込まれていた。
「は、離せって…っ、こらっ、…あ!」
そのまま露出している肩口に、悠が齧り付いてくる。
甘噛みだったけど、興奮した悠がそこら中に歯を立ててきた。
「おいっ、噛まないって言ってなかったか!?」
「……噛むフリだけ。それだけ。本気では噛まないよ」
なにその苦しい言い訳!?
さっきから悠の息遣いが獣みたいに荒くなっているし、このままだと本気で噛まれるのも時間の問題って気がしてきた。
それになにより、俺のこの尻に当たっている部分が……。
悠の股間付近にどんどん熱が溜まってきているのが、なおさら恐怖心を煽っていく。
「悠っ、悠!! いいか、落ち着け。落ち着いて、まずは深呼吸だっ。な!!」
「……ん。好きだよアキ」
「あほっ、なんで息を吸ってんだよ! 吐け! 吐くだけにしとけよっ」
焦って無茶な要求を突きつけている間にも、悠のいたずらな指が、途中までボタンを外されていたシャツの中に潜り込んでくる。
そのまま俺の胸を撫で回すように愛撫しながら、指先に引っかかった先端をキュッと摘んできた。
ひッ、あっ、あっ、あ──~~…っ!!
「アキのおっぱいの先っぽ、ガチガチで可愛いね。こんなに尖らせて……ずっと期待していたの? いっぱい苛めて哭かせてあげようか?」
耳元に吹き込まれる悠の艶っぽい声に、背中がゾクリと痺れる。
俺の反応に気づいた悠が、耳の中にクチュリ…と舌を挿し込んできた。
「ふぁ…っ」
うぶ毛までそそり立つようなその濡れた音と感触に、抑えようとしても勝手に身体がわなないた。
くすぐったいのか気持ちいいのかさえ、もう分かんねぇ……っ。
ギュッとシーツを握りしめながら、悠の下で震えているしかない。
耳を犯しながら、悠が俺の乳首に爪を立ててくる。
「い……ッッ!」
「痛い? 嘘は駄目だよ、アキ。 アキはこうやって少し痛くされた後に、優しく乳輪付近を撫でてもらうのが大好きだったろう? あの時もここをビシャビシャに濡らしながら、オレの手の中で喜んでいたじゃないか」
ここ、と言いながら悠が俺の下腹部を、ズボンの上からスゥーッとなぞってくる。
うっぎゃあああああああっっ!!
「そこまでっ!ちょお待てって!! 終わった!
インストール終わった!! この後はどうすんだよっ!」
乳首を摘む悠の手を服の上から必死に押さえつけながら、インストールが終わったばかりのスマホを、悠の顔の前に翳す。
突然目の前に現れたスマホに脳がついて行けないのか、画面をぼんやりと見つめたまま、悠が動きを止めている。
そんな悠の挙動に神経を尖らせながらも、バクバク言う心臓を落ち着かせるように、震える息を吐いた。
「インストール……?」
パチパチと瞬きを繰り返していた悠が、俺の手からゆっくりとスマホを抜き取る。
そのまま軽く頭を左右に振りながら、俺の腰に回していた腕を解いてくれたので、その隙に慌ててベッドから距離を取った。
(あっぶねぇええ! 絶対意識飛んでただろコイツ!)
乱れた制服を直しながらも、自分の迂闊さに今更ながらに汗が吹き出てきた。
危機感はあるのに、どうしても悠の匂いを嗅ぐと無意識に擦り寄ってしまう。
……これはやっぱりアレだろうか。
寝る前のリラックスタイムに、悠のTシャツの匂いを嗅いでいたのが悪かったのかも。
身体の力が抜けるって、もうそれパブロフの犬みたいじゃん。
(と、とりあえず今回は仕方ない。次こそっ、次こそは気をつけようっ!)
俺が新たな誓いを立てている間に、スマホを操作し終わった悠が、俺にスマホを返してくる。
「──はい、アキ。オレの登録は済ませておいたから、後は家に帰ってから自分の分を登録してくれ」
渡し終わった悠は、ぐったりと疲れた様子でベッドに座り込んでいる。
そのまま顔を手で覆うと、動かなくなってしまった。
悠らしくない姿に、少しだけ心配になる。
「えーと、悠……? 大丈夫か?」
「……あぁ。さっきはごめん。途中から記憶が飛んでいる」
「もしかして、ラット状態とかいうやつ?」
「そこまで強いものじゃない。ただ急に暴走を止めたせいで、少し反動がきているだけだ」
眉間を揉みながら、重い息を吐き出す悠を見ていたら、何だか可哀想になってきた。
うっかり匂いに欲情しちゃったんだろうけれど、むしろこの状況で良く我慢出来たと思うぞ?
本能に抗っただけでも十分エライと思うし。
ちょっとだけ見直したから、悠の頭を労るように自分の腹に抱き寄せてやった。
そのまま大人しく俺に身を預けたままの、悠の頭を撫でてやる。
「まぁ、未遂で済んで良かったよ。これに懲りたらあんまり俺の項の匂いなんて嗅がない方がいいぞ? 俺もお前とくっつくのが気持ち良いせいで、うっかり流されそうで危ねーし」
「──そのまま流されれば良いだろう?」
悠が唆すように言ってくる。
「やだよ。バースに抗うって言ったじゃん俺。いくらΩ性がαを求めてたって、絶対最後はβとして生き残ってやるって決めてるし」
「じゃあ、もっと求めてもらえるように、アキを追い込んでいくしかないな」
「また怖いこと言う。今でも演舞に巻きこんだりしてんじゃん。これ以上の追い込みはいらねーよ」
唇を尖らせる俺に、悠が小さくふふっと笑ってくる。
悠の雰囲気も、だいぶ落ち着いてきたっぽい。
安心していると、突然部屋の中にブザーの音が鳴り響いた。
音にビックリして、思わず悠の頭をギュッと抱きしめてしまう。
『三由君。時間だけど、話し合いは終わったの?』
ドア横のインターフォンから、幸子先生の声が聞こえている。
あ、中に入らなくても返答が出来る仕様なのね。
今ドアを開けられると、ちょっとアウトだ。
慌てて悠から身体を離すと、急いでドアに駆け寄った。
インターフォンに向かって、幸子先生に返答する。
「あ、終わりました! 今出ます」
幸子先生に声をかけながら、チラッと腕時計を確認すると、45分もこの部屋の中にいたらしい。
そりゃ心配になって呼び出しもするよな。
──むしろ途中で入って来られなくて、本当に良かった……。
あの情けない姿を見られていたら、本気で泣いていたかも。
くそっ。自制心!
自制心を俺も鍛えてやる!
放課後に悠を伴って保健室に入ると、衝立の向こう側から幸子先生が顔を覗かせてきた。
目が合うと、朗らかな顔で笑いかけてくれる。
「あら、三由君。今日は元気そうね」
「うん、おかげさまで。あ、隣にいるのがクラスメートの和南城。前に言ってた『α』の友人」
「初めまして、和南城です」
「初めまして、養護教諭の石川です。体調以外にも何かバースで困った事があれば、いつでも相談しに来て下さいね」
「はい。その時はよろしくお願いします」
2人の挨拶が終わった所で、俺は幸子先生に駄目元で頼んでみた。
「幸子先生。ちょっとでいいからさ、奥の部屋を使わせてもらったら駄目かな? 悠にバースの事で聞きたい事があるんだけど、教室だとなかなか話しにくいんだ」
「え、奥の部屋? 三由君のバースなら一応構わないけど。……αと一緒なんて大丈夫? 今は他に生徒もいないし、ドアを開けたままにしておくなら……」
「閉めたままだとマズイ? ほら、こいつって目立つからさ。一緒に入っている所を見られて、変な詮索とかされても嫌だし。あと先生、そんなに心配しなくても俺まだβだから平気だって」
「んー…、なら閉めたままでも構わないけど、その代わり30分だけね」
心配そうにしながらも俺達を奥に案内すると、暗証番号と指紋認証で扉を解除してくれた。
相変わらずここのドアって厳重だよなぁ。
俺も何かの弾みで『Ω』になった場合は、ここに指紋登録をされるらしいけれど、出来れば使う機会がないまま卒業したい。
先生が扉を閉めると、室内が静寂に包まれる。
中に入った悠は、部屋の配置を確認するように周りを見回していた。
「──この学校にも、こんな部屋があったんだな」
「αなんだろ。転校してきた時に、ここの説明とかされてんじゃねーの?」
「いや。多分ここは、Ω用の隔離部屋……だと思う。出入りの用心さから見ても、Ωや一部の人間以外には明かしていないんだろうな」
そっか。バース関係の部屋っていう大まかな認識でいたけど、ここってΩ専用だったか。
言われてみれば幸子先生から、似たような説明を受けてた気がする。
なるほど。むしろΩにとって危険分子になるαなんかに、いちいち説明したりしねーか。
「それで? バースについて聞きたいらしいが、何か不安に感じる部分でも出てきたのか?」
「あー、それな。聞きたいことはあるけど、バースの事じゃねぇよ」
30分しか猶予がないけど、用事自体はすぐに終わるし問題ないだろ。
近くにあるベッドによいしょっと腰掛けると、足元に置いた鞄からスマホを取り出して悠に見せる。
「悠。俺とさ、連絡先交換しねぇ? 」
「連絡先? 構わないけど……。それなら教室でも良かったんじゃないのか?」
「悠ってアホなの? 教室でそんな目立つような真似、恐ろしくて出来るわけねーじゃん。後でお前の連絡先を教えろってアホな女子に、俺が呼び出しくらうだけだっつーの」
「呼び出されても、教えなければいいだけだろう?」
「女の集団って結構怖いんだぞ。それに途中で泣き出す奴もいるから、マジで面倒なんだって」
あ、コイツ……。
こんなに切々と訴えてんのに、全然分かりませんって顔してんな。
女子の物欲舐めんなよ。
お前の情報なら、金を出してでも欲しいって輩がいっぱいいるんだからな!
そんなハイエナがいっぱいいるような場所で、気軽に連絡先交換なんか出来るわけねーだろ。
「ならここじゃなくても、この前みたいにトイレでも良かったんじゃないのか?」
「トイレは……あそこは鬼門だから近づきたくねぇ……」
思わず苦々しい口調と顔になってしまう。
だって最近のトイレの記憶って言ったらさぁ、ほんとヤベー記憶しかなくて思い出すのも辛いんだって。
その全てにこのイケメン様が大なり小なり関係してるんだから、もう鬼門の場所と言ったっていいと思う。
「鬼門?」
「……言わなくても分かるだろ。あそこはあんまり二人で行きたい場所じゃないんだって。つーか、ここ貸してもらえたんだから、それでいいじゃん」
「──あぁ、そういう意味か。確かにあの時のアキは……」
「あー!あー! あの時の話は一切禁止! 俺、ダメってちゃんと言った!」
「聞いた覚えはないが──分かった。気をつけるよ」
顔は無表情のくせに、何となく笑われている気がする。くそっ。
「次に蒸し返すような真似したら、絶交だからなっ。あと、たまにも思い出すな!!」
「善処するよ」
頷いた悠が俺の隣に腰掛けてきた。
ふわりと香るいい匂い。悠の匂いとはちょっと違うから、多分これは柔軟剤の匂いか何かかな?
匂いに意識が行っている間に、悠が取り出したスマホを目の前に翳してきた。
(あ、そうだ番号!)
慌てて表示された番号を打ち込む。
うむ。番号交換からスタートする関係性。
実に清くて素晴らしいじゃないか!
悠との仲を改めて再スタートするにしても、まずは清いお付き合いから始めるべきだと思う。
異性として見れるかどうかは別として、俺自身もバースに振り回されないよう、強い心で悠と向き合いたいし。
「あ、悠。ついでにRINEのアドレスも教えて」
「RINE?」
「うん。メッセージでやり取りする方が楽だろ。電話だと時間とかタイミングとか、色々気になるじゃん」
「好きな時間にかければいいよ。もしタイミングが合わなかったら、オレから掛け直す」
「そ? まぁ今回はリクエストもしたいし、メッセージの方が正直助かるかな」
「リクエスト?」
少し首を傾げるようにこっちを見てくる悠。
その顔を見ながらニッコリと微笑んでやる。
「おぅ! あんだけガブガブ噛まれて痛い思いもしたんだから、今回はスペシャルなものが欲しいなぁ──ってか、頂戴、悠さん!」
「別に必死にならなくても、ちゃんと約束は覚えてる。いいよ、アキは何が欲しい?」
よし、悠のお許しが出た。
もしも渋られるようならハンカチで妥協するしかねぇと思っていたけど、今日の悠は何でも許してくれそうな包容力を感じる。
いいぞ。俺はお前のそういうスパダリな面を、高く評価したい。
「あ、ちょっと待ってな。欲しいもんはいっぱいあるんだけど、ありすぎて選ぶのが難しいかも。夜までにちゃんと吟味しとくから、決まったら直ぐにRINEにメッセージ飛ばすな」
「……RINEか」
「何? やっぱ電話の方が良かった?」
「いや、そうじゃなくてセキュリティー面が心配で、そのアカウント自体持ってないんだ。悪いが別のアプリを使ってもらってもいいか?」
メッセージアプリなら何でもいいかと思って気軽に頷いてしまったが、何だか特殊なアプリっぽい。
操作に必要だからとスマホを貸すように言われてしまう。
まぁ渡しても特に問題はないから、別にいいけど。
ほら、と言って悠に手渡すと、何か変な場所からアプリをダウンロードしている。
(つーか何でアプリを入れるだけなのに、こんなに何度もパスコードを聞かれてるわけ?)
その都度、悠が何かを打ち込んでいる。
ヤバい。だんだん不安になってきた。
これって変なアプリとかじゃないよな? ちょっと聞いてみようかな。
「なぁなぁ。そのアプリって何? 変な所からダウンロードしてるわけじゃねーよな?」
「うちの子会社が作ったアプリなんだ。一般向けじゃないから、ちょっと特殊な場所からダウンロードしなきゃいけないけど、アプリ自体は他のメッセージアプリと似たようなものだよ。ほら、後はインストールが終わるのを待つだけだ」
そう言って、悠がインストール画面が開かれたままのスマホを渡してくる。
素直に受け取ったものの、何気なく画面を覗きこんで……思わず絶叫してしまった。
「うっっわ! 何だよ、この容量っ! はぁああああっ!? くっそ激重じゃねーか!? インストールに何分かかんのこれっ!」
ゲーム並に重くて怖ッ! いや、ゲーム以上か?
怖い怖い怖い怖い。普通じゃねぇって、このアプリっ。
コミュニケーションツールでこの重さって、糞アプリとしか思えねぇっ。
「セキュリティーを何重にもかけているから少し重いが、我慢してほしい」
「我慢って……まぁもうDLしてるし、終わるのを待つしかないけどさ」
そういや悠って、どっかの会社のご子息だっけ。
情報漏えいの為に、自社のコミュニケーションツールしか使えないって言うなら、俺が合わせるしかねーのか。
今月のギガ数の残りを心配する俺の腰に、その時スルリと絡んでくる腕の感触。
思わず悠に視線を向けると、文句を言う前に背後から回った腕に抱き込まれて──そのまま流れるように横向きに寝転ばされてしまう。
ほんとコイツは…………。
「……おい? 何やってんの、悠さん」
「少し疲れた。インストールが終わるまで、ちょっと横になろう」
「寝たいたなら勝手にすればいいけど……って、ちょっ。ほんと何してんのお前っ!」
疲れたといいつつ、俺のネクタイを緩めようとしてくる、この手は何だよ。
あっ、嘘だろ。シャツのボタンまで外そうとすんなっ。
言ってることとやってることが、メチャクチャなんだってお前!!
「悠っ!」
「まだ噛み痕が残ってる──」
緩めた襟首を見た悠が、嬉しそうに息を吐きながら、ゆっくりと噛み痕に指を滑らせてくる。
ゾクッとした感覚は……無理やり脇に追いやった。
とにかく暴走しそうな悠を止めねーと。
「触んなよ。その噛み痕、帰ってから鏡で確認して見たけど、すげー腫れ上がってたんだからな。どんだけ容赦なく噛み付いたんだよお前。少しは反省しろよ」
「ん。ごめん」
ごめんといいながら、首元に顔を押し付けてくんなバカ。
本能に流され過ぎてて、全く反省の色が見えねーよ。
「……そのまま噛みついてきたら、悠でも遠慮なく蹴っ飛ばすからな」
「大丈夫。噛んだりしないから、少しだけこのままでいさせて」
そう言われても信用出来なくて、ビクビクしてしまう。
しばらくは身体を硬くしたまま、後ろの気配に怯えていたけど、悠は動かないまま静かにしている。
項に息がかかるせいでちょっとばかり擽ったさは残るものの、これなら別に警戒する必要もなかったかもしれねぇ。
ホッとしたら何だか余所事を考える余裕まで出てきた。
(何でαってこんなに項が好きなんだろ? そういう習性なのか?)
「何か匂いでもしてんの?」
「いや。 今はどちらかと言うと、アキの匂いの方が強いかな。……でも、嗅いでいると胸がしめつけられるような気分になる」
「へえー…」
何だか大変な気分を味わっているらしい。
悠とは逆に、俺の方は背中から漂ってくる優しい香りと、温かい体温に眠くなってくる。
変なことをされないなら、悠とこうしてくっついてんのは、結構気持ちいいかも。
俺が凭れかかってもビクともしない悠のガタイも、安定感があってなかなか良い。
香りにリラックス効果でもあるのか、とろとろと目蓋が重くなってきた。
互いの息遣いを感じたまま、微睡むように悠に身を預けていると、腹に回っていた腕に徐々に力がこもってくるのに気がついた。
(ん?)
さっきまで穏やかに背中に張り付いていた悠の身体が、発熱したみたいに熱くなっているような……?
お腹に優しく回されていたはずの腕は、今や拘束していると言っても過言じゃない絞まり方を見せている。
(……おいおいおい。何でいきなり興奮し始めてんだよ……?)
流石にマズイと思って腕から逃げ出そうとした頃には、身動きをとることさえ困難なほどに抱き込まれていた。
「は、離せって…っ、こらっ、…あ!」
そのまま露出している肩口に、悠が齧り付いてくる。
甘噛みだったけど、興奮した悠がそこら中に歯を立ててきた。
「おいっ、噛まないって言ってなかったか!?」
「……噛むフリだけ。それだけ。本気では噛まないよ」
なにその苦しい言い訳!?
さっきから悠の息遣いが獣みたいに荒くなっているし、このままだと本気で噛まれるのも時間の問題って気がしてきた。
それになにより、俺のこの尻に当たっている部分が……。
悠の股間付近にどんどん熱が溜まってきているのが、なおさら恐怖心を煽っていく。
「悠っ、悠!! いいか、落ち着け。落ち着いて、まずは深呼吸だっ。な!!」
「……ん。好きだよアキ」
「あほっ、なんで息を吸ってんだよ! 吐け! 吐くだけにしとけよっ」
焦って無茶な要求を突きつけている間にも、悠のいたずらな指が、途中までボタンを外されていたシャツの中に潜り込んでくる。
そのまま俺の胸を撫で回すように愛撫しながら、指先に引っかかった先端をキュッと摘んできた。
ひッ、あっ、あっ、あ──~~…っ!!
「アキのおっぱいの先っぽ、ガチガチで可愛いね。こんなに尖らせて……ずっと期待していたの? いっぱい苛めて哭かせてあげようか?」
耳元に吹き込まれる悠の艶っぽい声に、背中がゾクリと痺れる。
俺の反応に気づいた悠が、耳の中にクチュリ…と舌を挿し込んできた。
「ふぁ…っ」
うぶ毛までそそり立つようなその濡れた音と感触に、抑えようとしても勝手に身体がわなないた。
くすぐったいのか気持ちいいのかさえ、もう分かんねぇ……っ。
ギュッとシーツを握りしめながら、悠の下で震えているしかない。
耳を犯しながら、悠が俺の乳首に爪を立ててくる。
「い……ッッ!」
「痛い? 嘘は駄目だよ、アキ。 アキはこうやって少し痛くされた後に、優しく乳輪付近を撫でてもらうのが大好きだったろう? あの時もここをビシャビシャに濡らしながら、オレの手の中で喜んでいたじゃないか」
ここ、と言いながら悠が俺の下腹部を、ズボンの上からスゥーッとなぞってくる。
うっぎゃあああああああっっ!!
「そこまでっ!ちょお待てって!! 終わった!
インストール終わった!! この後はどうすんだよっ!」
乳首を摘む悠の手を服の上から必死に押さえつけながら、インストールが終わったばかりのスマホを、悠の顔の前に翳す。
突然目の前に現れたスマホに脳がついて行けないのか、画面をぼんやりと見つめたまま、悠が動きを止めている。
そんな悠の挙動に神経を尖らせながらも、バクバク言う心臓を落ち着かせるように、震える息を吐いた。
「インストール……?」
パチパチと瞬きを繰り返していた悠が、俺の手からゆっくりとスマホを抜き取る。
そのまま軽く頭を左右に振りながら、俺の腰に回していた腕を解いてくれたので、その隙に慌ててベッドから距離を取った。
(あっぶねぇええ! 絶対意識飛んでただろコイツ!)
乱れた制服を直しながらも、自分の迂闊さに今更ながらに汗が吹き出てきた。
危機感はあるのに、どうしても悠の匂いを嗅ぐと無意識に擦り寄ってしまう。
……これはやっぱりアレだろうか。
寝る前のリラックスタイムに、悠のTシャツの匂いを嗅いでいたのが悪かったのかも。
身体の力が抜けるって、もうそれパブロフの犬みたいじゃん。
(と、とりあえず今回は仕方ない。次こそっ、次こそは気をつけようっ!)
俺が新たな誓いを立てている間に、スマホを操作し終わった悠が、俺にスマホを返してくる。
「──はい、アキ。オレの登録は済ませておいたから、後は家に帰ってから自分の分を登録してくれ」
渡し終わった悠は、ぐったりと疲れた様子でベッドに座り込んでいる。
そのまま顔を手で覆うと、動かなくなってしまった。
悠らしくない姿に、少しだけ心配になる。
「えーと、悠……? 大丈夫か?」
「……あぁ。さっきはごめん。途中から記憶が飛んでいる」
「もしかして、ラット状態とかいうやつ?」
「そこまで強いものじゃない。ただ急に暴走を止めたせいで、少し反動がきているだけだ」
眉間を揉みながら、重い息を吐き出す悠を見ていたら、何だか可哀想になってきた。
うっかり匂いに欲情しちゃったんだろうけれど、むしろこの状況で良く我慢出来たと思うぞ?
本能に抗っただけでも十分エライと思うし。
ちょっとだけ見直したから、悠の頭を労るように自分の腹に抱き寄せてやった。
そのまま大人しく俺に身を預けたままの、悠の頭を撫でてやる。
「まぁ、未遂で済んで良かったよ。これに懲りたらあんまり俺の項の匂いなんて嗅がない方がいいぞ? 俺もお前とくっつくのが気持ち良いせいで、うっかり流されそうで危ねーし」
「──そのまま流されれば良いだろう?」
悠が唆すように言ってくる。
「やだよ。バースに抗うって言ったじゃん俺。いくらΩ性がαを求めてたって、絶対最後はβとして生き残ってやるって決めてるし」
「じゃあ、もっと求めてもらえるように、アキを追い込んでいくしかないな」
「また怖いこと言う。今でも演舞に巻きこんだりしてんじゃん。これ以上の追い込みはいらねーよ」
唇を尖らせる俺に、悠が小さくふふっと笑ってくる。
悠の雰囲気も、だいぶ落ち着いてきたっぽい。
安心していると、突然部屋の中にブザーの音が鳴り響いた。
音にビックリして、思わず悠の頭をギュッと抱きしめてしまう。
『三由君。時間だけど、話し合いは終わったの?』
ドア横のインターフォンから、幸子先生の声が聞こえている。
あ、中に入らなくても返答が出来る仕様なのね。
今ドアを開けられると、ちょっとアウトだ。
慌てて悠から身体を離すと、急いでドアに駆け寄った。
インターフォンに向かって、幸子先生に返答する。
「あ、終わりました! 今出ます」
幸子先生に声をかけながら、チラッと腕時計を確認すると、45分もこの部屋の中にいたらしい。
そりゃ心配になって呼び出しもするよな。
──むしろ途中で入って来られなくて、本当に良かった……。
あの情けない姿を見られていたら、本気で泣いていたかも。
くそっ。自制心!
自制心を俺も鍛えてやる!
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