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42.体育祭に向けて②
しおりを挟む「そういえば、この学校の体育祭は2日間もあるんだな」
食後のお茶を取りに行っていた悠が、俺に湯呑を渡しがてら聞いてくる。
なんかこの間の後始末からこっち、悠が何かと俺の世話を焼いてこようとする。
お茶なら別に俺が運んできてもいいんだけどな。
まぁ、せっかくだから貰うけど。
もちろん悠は自分の分と俺の分しか持ってきていないから、橘は自分で取りに行かされている。
──で? 体育祭だったか。
「うん、そうそう。うちの学校、球技大会と体育祭が一緒くたになってるんだよ。1日目が球技大会、2日目が体育祭って感じで、その2日間の合計得点でクラスの順位を争うの。悠がいた学校はどうだったんだ?」
「前の学校はそもそも体育祭自体がなかったな。だから普通の体育祭がどんなものかが想像つかない」
「へー、そんな学校もあるんだ。やっぱアレ? 進学校だから、進学に関係のない行事はいらないって感じ?」
「──どうなんだろうな。その代わりに芸術鑑賞のような、文化系の行事はしっかりあったよ」
芸術鑑賞か……。
体育系と違って寝てられるのはいいけど、正直ダルいかも。
やっぱ、その学校に合った特色になってるんだなぁとぼんやり考えていたら、お茶を取りに行っていた橘が戻ってきた。
「橘、お帰りー」
「おう。なぁなぁ、和南城は競技に参加しないとして、三由は何に参加するつもりなんだよ?」
「俺? バスケは走るのが疲れそうだし、バレーかな? 卓球とかでもいいけど。橘はやっぱサッカー?」
「もちろん! 俺頑張るからさ、三由もしっかり応援に来てくれよ!」
橘がニカッと爽やかに笑ってくるのにつられて、俺も笑顔を返す。
もちろん返事はしないけど。
悪いな。屋内ならまだしも、暑い屋外の観戦はちょっとパスさせてもらいたい。
それに応援なら、クラスの女子が頑張ってくれるだろうし。
だから張り切って炎天下の中を、駆けずり回ってくるがいいよ。
「競技には参加出来ないけど、演舞と最後の障害物競走には出場してくれと言われているんだが、これはどういうものなんだ?」
俺と橘の話に区切りがついた所で、悠から質問が飛んできた。
演舞と障害物競走……?
思わず橘と二人で顔を見合わせてしまった。
「うっわ……。和南城かわいそう」
「それが本当なら酷ぇな。競技に参加するなと言っておきながら、悠の事を見世物にする気じゃん……」
「……? 見世物?」
「生徒達の注目を浴びるって意味でだけどな。1日目の宣誓の後に士気を高めるために行われるのが演舞で、2日目の最後の目玉が障害物競走なんだよ」
よく分かっていない悠の為に、もうちょっと詳しく教えてやることにした。
演舞は3学年の中で見目のいい男子を、各学年ごとに7人ずつ選出して舞わせるものだ。
踊りとは別に、太鼓や大旗を振る人間もその中から選ばれるけれど、とりあえず見目が良い男子が揃えられるとあって、女子人気が高い。
そして障害物競走っていうのが、早い話がカップル競争だ。
1クラスごとに男女1名ずつ選出されて、その2人で数々の障害物に挑みながら優勝を目指していく。
基本的に男子が女子を守るようにリードしつつ、女子をゴールまで導くことが出来たらゴールになるんだけど、競技内容のせいなのか、何故かこの競技が終わった後の二人は付き合うことが多いって聞いている。
とりあえずこれも男女共に盛り上がるし配点も多いから、悠が適任と言えば適任だけど……。
「転校してきたばかりなのに、災難だったな悠。変な競技ばっか押し付けられてんじゃん。 まぁどっちも見た目重視の競技だから、恨むなら無駄に顔が良い自分を恨むしかねーな」
「そういう事か。でもアキと一緒なら、それほど損な役回りってわけでもないから別にいいさ」
「……は?」
何か不穏な言葉を聞いた気がしたんだけど……。
気のせいか?
「和南城……。三由も一緒って、どういう意味さ?」
怖くてスルーした言葉を、わざわざ橘が拾って悠に問いただしている。
おい、余計な事を聞くなよ!
「ん? 演舞に出てもいいが、転校してきたばかりでよく分からないから、アキも一緒じゃないと参加しないと言ったんだ。……なるほど。だからアキの容姿がどうとか質問されたんだな。やっと意味が分かった」
悠は一人、うんうんと勝手に頷いているけど、ちょっと待てっ。
俺が一緒ってどういうことだよ!
「何で俺が巻き込まれてんだよっ!」
「理由は、いま言っただろう?」
「それは聞いた! 聞いたけどっ。なに勝手に人を巻き込んでんだよっ。俺ヤだぞ。そんな面倒なモンには出たくねぇ!」
「実行委員の了承はもう貰っている。それに一緒の方が、何かとお互いのことが知れていいだろう?」
「……っ!!」
ここで賭けを持ち出すのかよ。
きったねぇな。
そう言っとけば、俺が引けないと分かって言ってんだろコイツ。
言っとくけど、俺は惚れさせてみろとは言ったけど、巻き込めとは一言も言ってないからな。
……まぁ、悠の演舞は見たい気もするけど。
だからって俺まで、見世物みたいな演舞に出るのは嫌だ!
唸る俺に追い打ちをかけるように、悠が少しだけ寂しそうな口調で下を向いた。
「それに……アキとの思い出も作っておきたいしな」
「……ッ!?」
そう言えばこの賭けって、1年間の区切りがあったんだっけ。
もし悠が賭けに負けた場合は、またどこかに転校したりするんだろうか?
う……、だったら思い出作りも大事かもしれない。
純粋に高校生活を楽しみたいっていうなら、なるべく叶えてやりたい気もするし。
それでも迷って「あ…」とか「うぅ…」と口をまごまごさせていたら、橘が焦れたように。
「三由諦めたら? 和南城もこの学校にまだ馴染んでるってわけじゃねーし、一人にすると変なストーカー女に追っかけまわされたりするんじゃねーの? ていうかそもそも三由、去年も演舞に選ばれてたのに断ってたじゃん。どっちみち去年断ってたんなら、今年は強制参加になってたんじゃねーの?」
橘が諦めろと言わんばかりに、悠の擁護に回ってしまった。
腹は立つけど確かに橘の言うように、悠を一人にしておくのは心配だしなぁ。
あと演舞に選ばれた人間は一回目は拒否権があるけど、次に選ばれた場合は強制参加という謎ルールがあるのも本当だ。
今年選ばれるかどうかは運だったけど、もうすでに決まったことなら俺がゴネても無駄なのかもしれねぇ。
「……分かった。だけどこれは貸しにするからな、悠。明日は私物を持ってくるように」
ジロリと悠を睨みながら私物を要求すると、悠が苦笑を返してくる。
よし。巻き込まれに乗じて、私物がゲット出来た!
私物は欲しいけど、噛まれるのは嫌だったから助かった。
せっかくだし、何をねだろうかな。
こんな厄介なことに巻き込んでくれたんだ。
いっそ普段なら貰いにくい、大それたものを頼んじゃっても良い気がする!
私物に思いを馳せていたら、顔がニヤけていたんだろうか。
橘が眉を顰めながら、こっちを見ている。
慌てて顔を引き締めてみたけど、ちょっと遅かったらしい。
「和南城の私物って何? あっ、もしかして女子に私物を売りつけて、小遣い稼ぎするとか?」
「しねーよっ」
アホッ!!
売るなんて、そんなもったいない真似が出来るかよっ。
むしろ悠のものは全部、俺が買い取りてーよ!
(──あ。要求で思い出した。ついでにアレも教えてもらおう)
「なぁ、悠。放課後少し時間ある? ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」
「今じゃ駄目なのか?」
「だめだめ! こんな人目のある場所じゃ無理」
「人目? ……よく分からないけど、放課後がいいんだな」
「あぁ。使えわせてもらえるかは分かんねーけど、なるべく二人きりの場所で聞きたいことがあるんだよ」
「……二人きり?」と口の中で呟くように言った悠が、一瞬たじろいだように見えたけど、私物の件もあるし今日ばかりは逃がすわけには行かない。
本当は送ってもらった車の中で聞けたら良かったんだけど、あの日は俺が死んでいたせいで、そこまで頭が回らなかったもんな。
いい機会だと思って、悠にニッコリと笑いかけた。
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