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40.イケメンと俺は……
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これ、悠……泣いてないか?
流石に悠が泣くなんて予想外だったんだけど。
どうしていいのか分からなくて、焦ってくる。
と、とりあえず、頭でも撫でてやったら落ち着くかな?
頭を触られるのが嫌って奴も多いから、ちょっと緊張するけど。
恐る恐る、悠の髪の毛に手を伸ばして触れてみるけど。
うん、払いのけられたりしねぇ。
ちょっと安心した。
悠の色素の薄い髪をそっと撫でてみると、サラサラとした柔らかい感触が指先に当たってきて、気持ちがいい。
(綺麗な髪色だよなぁ。根本もこの色ってことは、やっぱ地毛だったんだな)
外人の血でも混じってんのかな?
初めは遠慮がちに触れてい髪の毛も、だんだんと触る手に遠慮が薄れてくる。
大人しいってことは、触ってもいいってことなんだろうし。
うん、こんな機会なんてもうないかもしれないじゃん。
自分とは違う触り心地に、こんな場合だけど何だかほっこりしてきた。
ははっ、ちょっと可愛い。
酷なことを言っている自覚はあるけど、悠自体はやっぱ好きだなって思う。
首に噛みついてきたり、エロい事をしてくるけど、こうやって撫でてる分には大型の猫みたいだ。
怒られないことをいい事に、存分に頭を撫でていたら、悠が掠れ気味の小さな声で俺を呼んできた。
「アキ…ちゃんと大事にする──大事にするから。……だからオレを選んで欲しい…っ」
悠の肩に置いていた左手を、冷たく震える悠の右手が上から握り込んでくる。
握られた手の冷たさに、キュッと胸が締め付けられた。
でもやっぱり「ごめん」としか言えねぇよ。
せめてもと宥めるように、反対側の手で悠の髪の毛を撫でてやる。
「Ωを選ぶつもりはないって言っただろ。……それともさ、Ωじゃない俺はやっぱ悠にとっては、何の価値もないってことなのか?」
「え……?」
悠が呆然としたように、涙で滲む瞳で俺のことを見上げてきた。
俺も悠の瞳を見返しながら、聞かないままでいようと思っていたその言葉を、悠に向かって吐き出してしまった。
「番にしたいのは俺の匂いに惹かれたからなんだろ?……結局それってさ、Ωとしての俺が大事なわけで、俺自身が好きってわけじゃねーじゃん」
「……なんでそうなる? そうじゃないっ。ちゃんとオレはアキが好きだよ」
焦ったように俺の手を握りしめる、悠の手の平に力が籠もるけど。
悪い。全然信じらんねーよ、お前の言葉は。
「ごめん。けど言葉で信用するのは難しい。だって名前呼びにしたって俺の項の匂いを嗅いでからじゃん。結局お前はΩとしての俺が欲しいだけなんだよ。俺の事が好きで欲しいってわけじゃねぇっ」
言ってるうちに何だか悔しくなってきた。
そう、悠が見ているのは俺じゃない。
俺の中にあるΩ性を感じて、好きって言っているだけだ。
そのせいでいくら好きって言われても、何も響かないし心が空虚なまま、どんどん冷えていく。
「違うっ。アキ、それは絶対に違う。本当に初めて会った時から惹かれていたんだ。ただ初めはその感情がオレにもよく分からなくて、戸惑っていたっていうのもあるけど……本当なんだ。オレの言葉を信じて欲しい…! 確かに項の匂いを嗅いでから、アキに対して独占欲が湧いてきたのは認めるけど、それだってただのきっかけにすぎないんだ」
「独占欲なんて、Ωを所有したいって気持ちから来る、ただのαの本能だろ」
「違う!そうじゃないっ。そうじゃないんだ……。自分の感情をストレートに伝えることに慣れていないせいで上手く伝えられないけれど、本当にオレはアキのことが好きなんだ」
「もういいって悠。俺だってΩの本能に振り回される時があるし。αの本能か自分の感情かなんて、お前にだって区別つかねーだろ」
「もしそうだとしても、アキが好きなのは本当なんだ。それだけは信じて欲しいっ」
肩から引き離した俺の左手を悠が両手で握りこむと、懇願するように額を押し付けてくる。
必死なのは伝わってくるし、悠の気持ちを否定したいわけじゃねーけど。
けど…やっぱお前の言葉を信じる気にはなれねーよ。
結局この話は平行線を辿るだけだと思う。
───なら、このまま言い合っていても無駄に終わるだけだって分かってんのに。
くそっ、モヤモヤする…!
仕方ないって分かっていても、悠は結局『Ωとしての俺』だけを欲してんのが 、悔しいし寂しい。
いくら言葉を重ねられても、結局はβの俺は要らねぇって事じゃん!
「信じて欲しいっていうんなら言葉だけじゃなく、ちゃんと態度で示していけよ。言葉だけだとαの本能なのか、悠自身からきてる感情なのかが、俺には全然分かんねーんだよっ」
「………アキ?」
あぁ、やべぇ。感情が暴走する。
くそ。もういい…!
全部ぶちまけて、スッキリしてやる!
「ていうかお前、感情表現が壊滅的なんだよ。俺が好きだなんて、どの口が言ってんだよ。 はぁっ!? 今までそんな素振り1つしてこなかったお前が、今更そんな事言ってんじゃねぇよっ。そんなんで好きって言われても、簡単に信じられるかボケ!」
俺の剣幕に、悠が固まっている。
でも滑り出した口は、途中で止まってくれない。
「そんな状態でいきなりこんなエロい事されて……。こっちは身体目当てなのかと、勘ぐっちまったじゃねーか!」
……フェロモン目当てで、悠の服をほしがった俺が言えたセリフじゃねーけどな。
そこは一旦、目を瞑っておくことにする。
「エロいことされてる最中だって『好き』って一言も言わなかっただろお前。出る言葉は全部Ω、Ω。どうせ俺はΩとしてしか価値がねーよっ。その後にいくら好きだって後付のように言われても、今更信じられるか馬鹿野郎!!」
「……ごめん。いちいち言葉にしなくても、伝わっているものとばかり思っていた」
悠が呆然としたように呟いている。
……マジでホント、思っていた以上に感情表現が壊滅的じゃねーのか? コイツ。
「お前の平坦な感情表現で伝わるわけねーだろ! あと『選んで欲しい』って頼むだけなのかよ。Ωとなったら今までとは生活が一変すんだぞ。リスクは全部こっちが負うっていうのを自覚しろよ。簡単に言ってくんな! お前だって捨て身で行動しろよっ! 『選んで欲しい』なんて言葉だけで、俺がお前の言うことを聞くと思ってんのかっ? 馬っ鹿じゃねーの!」
ああ、駄目だ。言葉が止まんねぇ。
もうこれ、ただの八つ当たりじゃん。
Ωとしか見てもらえなくて、悔しすぎて駄々っ子になってるだけだわ。
「『俺がお前を選びたい』って思わせろよっ。そんでちゃんと行動で示していけよ! ──て、なんか色々言ってるうちにわけが分かんなくなってきた。確か最初は信じられねぇって話をしてて……。それでなんで途中からおかしな方向に行ってんだ? ちょい待て、言いたいことを整理する」
イライラしたまま底に眠っていた感情を一気に吐き出しちまったけど、そのせいで統一の取れない内容になってしまった。
元々はΩになれないから他の番を探してくれって話だったのに。
どっからおかしくなったんだ、これ。
言葉なんて信じられないってことを伝えるために、色々言ったとは思うけど。
それがどうして『俺をΩにするために頑張れよ』って、悠に説くような内容に変わってんだよ。
い……意味が分かんねぇ。
自分の言葉に冷や汗が出てくる。
馬鹿は俺だ。急いで訂正しねぇと……!
焦る俺とは裏腹に、呆然と聞いているだけだった悠の両手に力が籠もった。
握られた左手が熱い。
「──分かった。オレが努力を怠っていたって話なんだろう? アキに惚れてもらえるように、これからオレは自分の想いをアキに伝えるべく、最善を尽くしていこうと思う」
めっちゃ誤解だ悠さん。
さっきのは言葉の綾に近いんだっ。
納得しないでくれ!!
「い、いや、ちょっと待て。ごめん、言い方が間違ってた!さっきの言葉はうっかり出ちゃっただけだし、すげー上から目線な言い方だったと思う。あと伝えたかった意味も、全然違うんだって!!」
「いや、アキの言葉に目が覚めた。オレはアキに惚れてもらえるような行動を何1つ起こしもせずに、Ωになってくれなんて驕った言い方をしていたんだな。すまない」
「や、いいんだ……あのな、Ωになりたくないって分かって欲しいだけなんだよ俺……」
「あぁ。今はそうだとしても、アキがオレと番になってもいいと思ってもらえるように、ちゃんと行動で示していくつもりだ。だから1年間だけオレに猶予をくれないか? それでオレの努力が伝わらなければ、きちんと諦めようと思う」
悠が引き締まった顔で、俺にそう宣言してきた。
……こんな時になんだけど。
そう宣言する悠の顔は、漫画の王子様のように凛々しくて格好良く見える。
(ほんと、なんでこのセリフを言われてんのが、俺なんだろうな)
イケメンの無駄遣いにしか思えねぇ。
まして、こんなトイレで宣言するような内容でもないと思えるけれど。
……まぁ1年だけって言うなら、付き合ってやってもいいか。
「分かった。お前の頑張りを見てやるよ。ただし俺はΩになんかなりたくないから、全力で抗うぞ。それでもいいのか?」
「いいよ。オレもアキに、オレとの子供を産みたいと思ってもらえるように、頑張って気持ちを伝えていくよ」
……なんかおかしな展開になってきたけど、俺がβでいられるように頑張ればいいだけだもんな。
あ、なら初めにちゃんと伝えておいた方がいいか。
「いいって言ったんだから、バースを刺激するような今日みたいなエロい事は無しな。身体から始まる関係とか、俺が不利じゃん」
「……項を噛むのは? これはアキの言う、エロい行為には当てはまらないだろう?」
「もちろんダメに決まってんだろ。痛いしそれ」
「……ならオレも両思いになるまでは、オレの私物をアキに渡す行為は慎むことにする」
「うぇ…!? なんでそうなった!?」
「私物で満足されるんじゃなく、オレ自身を欲しいと思って欲しいから。だから今後は渡さない」
……マジか。
………まさかここにきて、そんな返しがくるなんて。
ひ、酷ぇ……。
しばらくは今日の戦利品で生きていけるとは思うけど、匂いなんて頑張っても一月も保たないかもしれない。
なんかもう……禁断症状に耐えかねて、悠に抱きつく未来しか想像できねぇよ……。
俺は苦渋の決断をすることにした。
「……噛んでもいいって言ったら、私物交換には応じてもらえるのか?」
「それなら渡してもいい」
「なら、噛むのはいい事にする……」
渋面を作りながら『噛んでもいい』って言った俺を見て、悠がハハッと笑い声をたてた。
「おい? ここ、笑うところじゃねーんだけど」
「あぁ、ごめん。そんなに嫌な顔をしてでも、オレの匂いを欲しがるんだな」
「ほんとにな! 何でこんなに好きなのか、俺にも意味分かんねーよっ」
「ちなみに、持って帰ったそれをどうするんだ? 匂いを嗅ぐだけ?」
んん?
フェロモン付きの服なんて、嗅ぐ以外にないじゃん。
おかしなことを言う、と思ってからハッする。
(──もしかして貰った当日に、悠のタオルで抜いたことがバレているのか?)
まさかとは思いつつも、一応否定だけはしておこう。
「嗅ぐだけに決まってんだろっ。いいか、誤解すんなよ。オナネタになんか使ったりしてないしっ」
「いや。そういう意味で聞いたんじゃなかったんだけどな」
むっ。墓穴を掘ったか俺。
くそっ、余計な事を言っちまった。
ちゃんと健全に扱うって事を、悠には言っとかねーと。
「ただ……アレだ。お前の匂いに囲まれて眠ると安眠出来るんだよ。だからちょっとベッドの上に広げるだけだって」
恥ずかしくてゴニョゴニョ言い訳をしていたら、悠が目を瞠りながら俺を見てくる。
「なんだよ……子供みたいって思ってんだろ」
「いや……、何でもないよ」
「嘘つくなよ。じゃあなんで口元隠してんだよ。絶対笑ってるだろお前!」
「ちょっと……巣作りみたいだなって思って、嬉しくなっただけだ」
「は?」
巣作り……ってあれか?
「鳥の巣作り? なんで今の話から、鳥を連想するんだよ?」
首を傾げつつ聞いてみたけど、悠は何も言わずに俺を見ているだけだ。
ますます不可解すぎて眉を潜めていたら、突然目元をふにゃりと柔らかくした悠が笑いかけてくる。
それがすごく眩しそうな表情に見えて、俺の目が逆に潰れるかと思った。
今の話から、何でこんなにキラキラしい笑顔になるんだよ?
わけ分かんねぇ。
「なんでもない。勝算の見込みがありそうで安心したよ。──アキ、オレは全力で頑張るつもりだから」
「お、おう……。俺も全力でΩにならないように努力するけどな」
「頷いたな。αが全力を出すとどうなるのか、しっかりその身で味わうといい」
「…………」
なにその言い方、すげー怖いんだけど。
早まったか俺……。
い、いや、相手のペースに飲まれてどうすんだよ。
落ち着け俺!
そんな事よりも、もっと俺には切実な問題があるだろ。
「──とりあえずさ、俺もう限界。家に帰りたいんだけど、帰る元気も出ねぇよ…。どうしよ」
へなへなと悠の肩に凭れるように、額を乗せる。
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悠はそんな俺に苦笑しながら「オレの家に来るか?」と聞いてきた。
「やだ。お前エッチな事してきそう。俺の身持ちの固さを舐めないでよね」
「アキは快楽で押せば流されそうだけどな。とりあえず学校に車を回してもらえるように、電話で頼んでみるよ」
エッチで流せばって。
確かに否定は出来ねぇけどさ……。
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