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39.Ωにはなりたくない
しおりを挟む俺がはっきりとそう伝えた途端、さっきまでの柔らかい表情が消え、悠の顔がどんどんと強張っていった。
「番になれない……?」
「あぁ。俺はβとして生きていくって決めてたんだ。これから先もずっとな」
悠のことは別に嫌いじゃねーけど、それとこれとはまた別問題だ。
流されまくった俺が言うのもなんだけど、今の俺には発情期もないから『αとしての悠』がどうしても必要ってわけじゃない。
番としてじゃなく、友人としてなら今でも傍に居たいと思っているけどさ。
(でもきっと…悠にとっては、βとしての俺は要らないんだろうな)
強張る悠の顔を見ながら、寂しいって感情が胸を吹き抜けていく
多分俺達は、お互いが相手に求めているものが違うんだと思う。
俺が友人としての悠を失いたくないのと一緒で、悠だってせっかく見つけたΩを逃したくはないだろう。
見たことがないほど機嫌良さげに微笑んでいた悠に、こんなことを言うのは正直気が重い。
可哀想な気持ちも湧いてくるけど、俺がΩになる気がないなら、さっさと悠には引導を渡してやるべきだ。
寂しいっていうだけの感情で、悠をこれ以上振り回せない。
それに今ならまだ、悠の傷だって浅いと思うし。
「ごめんな、悠。俺はΩになる気は最初っから無かったんだよ。だから別の人を選んで欲しい」
「──~…ッ!」
俺の言葉に、悠が一瞬唇を震わせる。
それでもなんとか声を絞りだすようにして、俺に理由を訊ねてきた。
「なぜ?……アキはオレのことが嫌い?」
「嫌いなわけねーだろ。むしろ好きだよ。そうじゃないとこんな事まで、許すはずがねーじゃん」
「アキ、だったら……っ」
「でも無理だ。……ごめんな、俺の好きは結局友人としての好きなんだよ。だから悠の為にΩにはなれねぇ」
「………っ!」
悠が悲痛な顔のまま、下を向いた。
唇が小刻みに震えている。
(……くそっ、口の中が苦ぇ……)
期待させる方が可哀想だと思っているけれど、やるせない気持ちが込み上げてくる。
いつもの無表情が剥がれ落ちるほど、悠はΩとしての俺に期待していたってことなんだろうか。
悠の表情を見ていると、Ωとして生きられなくて、ごめんってなる。
でもやっぱ自分の気持ちに嘘はつけねぇよ。
俺はβとして生きていきたいんだ。
「悠が期待する前に、ちゃんと伝えておけば良かったな。お前が番になるΩを探していたのはよく知っていたんだし」
「……なら、何で黙っていたんだ?」
「俺が言わなきゃバレないって思ってたし。あとはやっぱ、恥ずかしかったのかも。俺の中に女みたいな性別が混ざってるってのが」
「Ωは別に恥ずかしいことじゃないよ。みんなが誕生を望んでいるものだ」
αにとってはな。
でも俺にとっては無くても構わない性別だ。
「まぁバレちゃった今だから言えるんだけど。俺さ、お前の匂いがすげー好き。嗅げないと寂しくなるくらいには大好きなんだよ。これも多分、Ωとしての無意識の本能だったりすんのかなって」
正直、βだった俺には正直ついていけない感情だし、持て余すくらいの衝動だ。
「そんな感じで俺のごく少量のΩ性でもこれだけ強く思うんだから、αとしてしっかり確立している悠ならもっと、色々感じてたりすんのかもって思うけど。あぁいや……、αって支配階級なんだっけ。こういう風に感じるのはΩだけなのかも。……ごめん、やっぱお前達のことはよく分かんねぇ。ただ他の番を探すのに支障がないなら、俺はそれでいいんだ」
途中で自分でも何が言いたいのか、分からなくなってきた。
せめて最後の部分だけでも伝わってくれたらいいなと悠を見るけど、悠は拳を握りしめたまま俯いている。
「無理だよ。もう見つけてしまったんだから。……オレはアキ以外を番にしたくない」
「……ごめん。本当にごめんな、悠。でも諦めてほしい。やっぱ俺は、お前のΩにはなれねーよ」
傷つけているのは分かっているから、せめて真摯に対応しようと悠の顔をしっかり見ながら答えているのに、先程から悠と全く視線が合わなくなってしまっている。
ずっと俺から目を逸らしたまま、視界に入れようともしてくれない。
……これはやっぱり、覚悟を決めておいた方がいいんだろうな。
正直キツイけど。
でも転校までしてきた悠の望みを叶えてなれないのなら、俺もノーリスクってわけには行かねぇよな。
腹に力を入れて覚悟を決めると、静かに悠に問いかけてみる。
「なぁ悠……悠はこれから俺に、どうして欲しい?」
「……どういう意味?」
「こんな事を言っておきながら、それでも友達で居たいなんて流石に俺の口からは言えないからさ。悠がどうしたいのかを決めてくれ。しばらく距離を置きたいって言うなら、その通りにするし」
俺の言葉に、悠が反射的に顔を上げた。
何かを言いたげに唇を微かに動かしてはいるけど、それだけだ。
悠も混乱中で、まだ考えがまとまっていないのかも。
俺はなるべく落ち着いた声を出すように気をつけながら、もう一度悠に問うてみる。
「悠が決めればいいよ。……あ。でも肉体関係を強要されんのは、さすがに困るけど」
「──なら、オレが顔も見たくないって言ったら? これでも従ってくれるのか?」
「顔かぁ。同じクラスだと結構難しいのかもな。んー…ならせめて少しでも離れた席にしてくれって、担任に相談するしかねぇのかも」
確かに同じクラスだと、そこがネックだよなぁ。
んん? まてよ。
もしかしてこれって、遠回しに学校を辞めれって言われてる?
「なぁ、もしも俺に退学して欲しいって意味だったら、それはちょっとむずか──…」
「違うっ。そんなことをアキに言うはずがないだろう!」
強く首を振りながら、悠が否定してきた。
そのまま便器に座る俺の前に跪きながら、腰に腕を回してくる。
「ちょ…っ」
「なぁアキ、何でそんなにΩを否定するんだ? そんなに俺のΩになるのが嫌なのか?」
まだ納得出来ないのか、縋り付いてくる悠の腕にギュッと力が入る。
いくら聞かれても、結局同じことしか言えねぇってのに……。
悠の旋毛を見ながら、どうしたらいいんだろうって途方に暮れてきた。
納得させようにも、もう少し冷静にならないと今の悠には無理なのかもしれねぇ。
強く否定するんじゃなく、何か別の事をって思った時に、Ωが混ざっている時に姉ちゃんに言われた言葉を思い出した。
「──初めはさ、俺もΩ性が混ざっているって分かった時に、一度Ωとして生きる道も考えたんだ」
悠の肩がピクリと震えた。
それでも黙ったまま、俺の言葉に耳を傾けることにしたらしい。
「ウチはさ、親父がアテにならない人だし、ほぼ姉ちゃんと二人暮らしだから正直Ωの補助制度はすげー魅力的だったんだよ。だからさ、Ωとして生きてもいいって姉ちゃんには伝えたんだけど、言った途端もうめっちゃくちゃ怒られてさぁ。……その時に『Ωになりたいならなってもいいけど、家族の負担を減らしたいって理由でΩを選ぶなら認められない』って言われたんだ」
「………………」
「姉ちゃんの意見が正しいって今なら分かる。ずっと普通のβとして暮らしてきたんだから、きっと金のために仕方なくって理由でΩになっていたら、いつか絶対俺自身が後悔していたと思うし。だから俺にとってのΩ性なんて、金以外では何の魅力もない、むしろ俺にとっては厄介なバースでしかないんだ。
……だから悠がいくら望んでくれても、俺がΩ性を選ぶことは絶対にねぇよ」
俺がそう断言すると、血の気の引いた顔で悠が俺を見てきた。
「……絶対に?」
「あぁ。もう決めたことだ」
「………ッ!」
悠が俺の腹に、再び顔を埋めるように縋り付いてきた。
ちょ……っ、い、痛っ!!
「アキ…、アキっ! それでもオレはアキがいい。アキがいいんだ…。だからお願いだから……オレを選んで……っ」
悠がくぐもった声で懇願してくるけど、その前に痛ぇって!
慌てて腕の力を緩めるように声をかけようとして。
……途中で腰に回された腕が、微かに震えている事に気がついた。
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