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33.噛むなら噛めよ
しおりを挟む悠の声の調子が変わったからなのか、その笑みを見たせいなのか──…
どこに危機感を覚えたのかは分かんねぇけど。
その言葉を聞いた途端、無意識に身体が逃げをうった。
扉に手をかけようと動いた瞬間、
ダンッ
悠の手が阻むように、真横の壁を強く打ち付けてきた。
「……ッ?!」
突然の大きな音に、悲鳴さえ封じられたように、身体が竦んだ。
ゴクリと生唾を飲み込んだ後に、視線だけを動かすようにして悠を見遣る。
囲い込むように俺に覆いかぶさってきている悠に、心臓がバクバクと早鐘を打った。
いつもと同じ無表情の筈なんだけど、なんだろ……。
なんか、怖くねぇ?
何でこんなに雰囲気が違うんだよ。
それにこの状況も。何なんだ……?
(これが俗にいう『壁ドン』ってやつなんだろうか?)
初めて体験したけど、こんなのが女子の憧れのシチュっていうのが恐ろしい。
こんなの胸がときめくどころか、恐怖しか感じねーよ!
「えーと…悠さん?」
「なに? アキ」
「手をどけてもらっても、いいッスか…?」
「気にするな」
「……じゃあ、離れてもらっても」
「気にしなくていい」
気になるわボケがぁああーーーーっ!!!
眼前に迫る肌色率の高さを何とかしてくれ!と、ハッキリ口にすればいいのか!?
男の半裸なんか別になんとも思わないけど、さすがに近すぎだっての。
それにお前の3次元離れしたような顔と裸身だと、男の俺でも目のやり場に困るんだよ!!!
あぁああっ、しかもまずいことがもう一つ
悠から仄かに漂ってくる香りが、その…やばい!
服を着ていない分、俺の微弱な嗅覚が、いつも以上に悠の匂いを感じとってしまっている。
これは非常にまずい感じですよ、悠さん…!
あぁあ、どうしよ。なんか色々やらかしてしまいそう。
気を抜くと、うっかり匂いにつられて悠に抱きついてしまいそうなのを、グッと腹に力を入れるようにして堪える。
頼むから無防備な半裸で俺に近寄らないでくれっ。
俺に襲われても知らねーからな!
「――それでどうする?」
「えっと……何が?」
ごめん。
理性を抑えるのに必死で、何の話をしてたのかが思い出せねぇ。
首を傾げる俺に、悠が右手に持っていたTシャツを俺に見せてくる。
「噛ませてくれるのなら、これと交換するって言っただろう?」
あ、Tシャツ!
そうだ、噛むのと交換なんだっけ。
──いや、でもさ…ほんと何考えてんのお前。
「あのさ、それが意味わかんねぇんだけど。なんでβの首なんかを噛みたいんだよ。美味しくねーぞ」
「そうかな? アキの首を見ていると、思わず噛みつきたい衝動に駆られるんだがな」
「嗜虐趣味持ちかよ……。イケメンのくせにド変態だな」
「他の誰も噛みたいなんて思ったことがないのにな。アキ限定っぽい。……どうしてだと思う?」
「知らねーよ。α様の考えてることなんて、βの俺に分かるわけがねーじゃん」
「……そうか。ならこの服はアキには必要ないな。分かった」
突き放すようにそう言うと、俺から身体を離して右手に持っていたTシャツに、袖を通し始めた。
「───あっ…」
自分の傍で香っていた匂いが、突然遠ざかったことに対する寂寥感が半端ない。
それと同時に、強い飢餓感にも似た思いが湧き上がってきた。
気がついたら服を着ようとする悠の動きを阻むように、腕を掴んでいた。
掴まれた手を静かに一瞥した悠が「この手は?」と聞いてくるけど。
くそ…っ、俺だって分かんねーよ。
頭で考えるより先に、身体が動いちゃったんだから仕方ねぇじゃん。
俺だって自分の行動にビックリしてるっての。
「掴まれたままだと服が着られない。拒んだのはアキの方だろう?」
「………っ」
「手を離してくれ」
突き放した口調に、思わず指先がビクっと震える。
けど……。
それでも離す気にはなれなかった。
むしろ『嫌だ』って気持ちが強く湧いてきて、余計にグッと力を込めてしまう。
自分の感情なのに、なぜだかうまくコントロールが出来ねぇ。
噛まれるのは嫌だけど、Tシャツは欲しいんだよ。
だってそのTシャツ、さっきは俺にくれるって言ったじゃん!
なのにここにきてお預けって何だよ!
はぁっ!?
どんだけドSを極めてんだよ、このイケメンα様は!
俺の物欲を舐めんなっ!!
噛まれるくらい何だってんだよ!
それよりもTシャツが貰えないほうが、もっと嫌に決まってんだろ!!
だってあと少し我慢すれば、今日からこのTシャツを抱きしめて眠れるんだぞ。
安眠の為にも、これは貰うってすでに決めてんだよ、こっちは!!
掴んでいた腕から指を離すと、シャツの襟首部分のボタンを外して、グイッと襟元を開く。
悠からよく見えるように、しっかりと首筋を露わにしてやった。
(Tシャツを貰う為なら、お前の望みくらい叶えてやるよ)
「噛めよ、悠。いいぜ。噛ましてやる」
挑発するように不敵に笑ってやった。
そんな俺に、悠も薄っすらと笑いながら手を伸ばしてくる。
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