33 / 70
32.交換しようか
しおりを挟む「───オレの顔に、何かついてる?」
昼休み。
本を読んでいた悠に、そう声をかけられてハッとした。
パックのいちご牛乳のストローを口に咥えたまま、気づけばボーッと悠の顔を眺めてたっぽい。
慌てて目を逸らしたけど、今更感は拭えない。
バツの悪さに、咥えていたストローをガジッと噛んで誤魔化した。
「………なんでもねーよ」
「朝から何度も見ていただろう?」
「……っ」
(くっそ。視線に敏感すぎだろ。そんだけあちこちから視線を集めまくってんなら、いいかげん視線に鈍感になれよっ)
謎の八つ当たりをしてしまったけど、朝から悠をチラチラと見ていた自覚は確かにある。
匂いが無くなってしまったタオルの代わりに、悠の私物をなんとか手に入れる方法はないものかと、朝っぱらから色々考えてはみたんだ。
ただ、いい手が全く思いつかねぇ。
どれもこれもクソみたいな思いつきしか出てこねぇんだよ。
あぁもうっ! 自分の貧困な脳ミソが憎い!
俺がこんなに悩んでいるっていうのに、横からは欲しいと思っている香りが、風に乗ってこっちに流れてくるのがまた憎たらしい。
無駄にいい匂いなんか、させてんじゃねーよ!
ぐぬぬぬ…とストローを噛み潰す。
昨日はいつも嗅いでいたタオルが無くなったせいで、なかなか寝付けなかったのだ。
夜中に何度も起きるせいで、若干睡眠不足だし身体も怠い。
こういう些細な不調にも、バースに狂いが生じてしまうのか、今日はいつもよりも悠の匂いに敏感になっている気がする。
橘や渡辺に、一緒にバスケをしないかって誘われたけど、運動する気にもなれずに断ってしまった。
昼寝でもしようかと思っていたのに、結局は匂いに誘われて悠を見つめていたようだけど。
(はぁ。もうさ、クソなアイディアしか浮かばねーんなら、思い切ってド直球で言ったほうがマシなのかも)
何だか色々考えるのが面倒くさくなってきた。
欲しいもんは欲しいし、安眠もしたい!
男は度胸!を合言葉に、口からストローを外して悠に向き直った。
「あのさ、悠から貰ったタオルあんじゃん、俺のタオルと交換したやつ」
「タオル? …あぁ、あれか。それがどうかしたのか?」
思い出したのか、頷きながら俺に話の先を促してくるけど、
(あー、この後どうしよ…。でも黙ったままだといつまで経っても手に入らねーしなぁ。ここが踏ん張りどころだと思って頑張るしかねぇか!)
よし、とりあえずは褒めとこ。
褒めておけば大抵何でも上手くいくし!
「あれ、すげー良いよな!めっちゃ柔らかいしっ。あ、あのさ…もし良かったらでいいんだけど、お前ン家にあるタオル…少し売ってくれねぇ?」
とうとう言った!
言ってやったぞ俺はっ!
しかも咄嗟の割に、今の言い訳はなかなか完璧だったんじゃねーか?
すげぇよ。意外に俺ってば、土壇場に強かったんだな。
なんか自信が湧いてきた!
さぁ、いくらだ悠?!
どんな値段がきても、俺の今月のバイト代はお前に貢ぐと決めた!
「あのタオルが気に入ったのか? ならこちらで注文しておくから、アキの家の住所を教えてもらえるか?」
悠が懐からスマホを取り出すと、俺に住所を聞いてきた。
が、欲しかったのはそれじゃない!
違う違う違う違──うっ!
「あ、いや、そうじゃないっ……そうじゃなくて! なるべく早く欲しい。明日とか!!」
「? 今から頼めば明日には着くだろ?」
不思議そうにこっちを見てくんな。
そうじゃねぇよ! イケメンのキョトン顔は可愛いけど、今は求めてねーよ!
察して! お願いだからっ。
頼むから気づいてっ!
「違うんだって! 新品がほしいわけじゃなくてだな……」
「アキ、悪いがはっきり言ってもらわないと分からない。一体どうしてほしいんだ?」
お手上げだと言わんばかりに、ふぅと溜息を吐かれた。
もしかして呆れられたんだろうか……。
愛想を尽かされた気がして、地味に凹む。
(やっぱもっとはっきり言わないといけないのか? くそぅ……)
橘ならお金を払うって言ったら、すぐにでもOKしてくれそうなのに、悠は手厳しい。
理由までちゃんと説明しなければ、このまま話が終わってしまいそうだ。
本当は何となくで察してもらって、売ってもらえるのが理想だったんだけどな。
優秀な頭脳で色々察してほしかった。
理由なんて恥ずかしすぎて言いたくねーよ。
「……あのタオルが気に入ったから…ほしくなったんだよ」
「だからこちらで注文すると言っているだろう?」
「……ぅ、新品なら別に……」
「新品の何が不満なんだ?」
結局行き着く所はそこに戻ってしまう。
やっぱりちゃんと理由を説明しないと駄目みたい。
流石に面と向かって言うのは気まずい。
悠をなるべく視界に入れないように目を逸しながら、小さく呟いた。
「……お前ん家のタオルが欲しいんだよ」
「どういうことだ? どうせなら新品の方がいいだろう?」
「く…くたってる方が使いやすいんだよ」
「………………」
「お前の使い古しが欲しいです」
「………………」
………すいません、無言は止めてもらえますか?
言ってる内容が内容だけに、俺だっていたたまれないんですよ。
恥ずかしい事を言ってる自覚はあるけど、仕方ないじゃん。
俺の安眠のためにはタオルが必要なんだよ!!
「出来たら売ってもらえると嬉しい。駄目ならすぐに断ってくれ。そして忘れてほしい」
「………少し考えている」
「あんまり深く考えんなよ。その…1~2枚売ってもらえるだけでいいんだし」
「何でオレの使い古しが欲しいのかを考えている。……誰かに売るつもりではないんだよな?」
「そんなことはしねーよ!」
「……………」
まただんまりだ。
あんまり深く考えこまないで欲しい。
理由なんて絶対言いたくないし、言えねーだろこんな理由。
うぅ…。黙ったまま、ジッと俺のことを見つめてくる悠の視線が痛い。
大部分はβだからバレるはずが無いだろうけど、純血種だと少量のΩ性にも勘付いてきそうなのが怖い
ジワリと嫌な汗をかき始めた辺りで、やっと悠が口を開いた。
「それはタオルじゃないと駄目なんだろうか? オレが持っているものなら、何でも良いのか?」
「──?!」
えっ!?
それって何か私物をくれるってことだよな。な!
「もちろん! ハンカチでもクシでも、もらえるなら何でも大歓迎!」
「……そうか。なら、ここだと人目もあるし、別の場所に移動しようか」
悠に言われて慌てて周りを確認した。
昼休みで人が少ないとはいえ、確かにここでの私物の受け渡しは危険過ぎる。
危なく、この間のタオルの二の舞になる所だった。
ふぅ。流石は人の視線に厳しいイケメン!
よく気がついてくれたよ!
頷く俺の腕を引くと、そのまま悠に連れられて教室を出た。
◆◆◆
どこに連れて行くのかと思ったら、連れ込まれた先はまさかのトイレだった
腕を引いたまま俺を奥の個室に先に押し込むと、すぐさま悠も中に滑り込んでくる。
───って、ちょっと待て!!
お前は自分のサイズ感を、もうちょっと考えろ!
「お前と一緒だとクソ狭ぇよっ、何でここなんだよ!」
「個室ならオレの持ち物を、アキに渡しても誰にも見られないだろう?」
「そりゃそうだけどさ……。」
密着するくらい狭いわけではないけど、圧迫感がすげーんだって。
さすが186cmの男。
「ハンカチくらいなら別に、個室に入らなくても良かったんじゃねぇの? 他に誰もトイレに居ないんだし」
「渡すのはハンカチじゃないからな」
「え? じゃあ何を売ってくれるんだよ?」
「……………」
それには答えず、悠がいきなりベストに手をかけたかと思うと、そのまま躊躇もなく脱ぎ捨てた。
突然のイケメンのストリップに目を丸くしていると、脱いだベストを俺に差し出してくる。
(──え? くれるのってベストか!?)
「預っておいてくれ」
違った。
ですよねぇ、と思いながらベストを受け取ったけど。
くそ、ちょっと期待しちゃったじゃん。
ガッカリする俺にベストを渡すと、今度はシャツのボタンをどんどん外していく。
(──え? シャツ……はさすがにマズくない? ベストだけで過ごすつもりか?)
「これも頼む」
違うのか。少しホッとした。
いや、でもこのシャツもちょっと欲しいな。
流石にベストだけの変態スタイルで、悠に授業を受けさせる訳にはいかないから諦めるけども。
(なら、何をくれるつもりなんだ?)
受け取ったシャツから悠に視線を戻すと、悠はインナー代わりのTシャツを脱ぎ出している。
お、おおぉう!?
体力測定の時に散々自慢された腹筋が……。
あ、胸筋もしっかりあるんじゃん。
相変わらずギリシャ彫刻みたいな、腹立たしい身体つきをしてんな。
嫉妬心からちょっとムッとしていると、目の前に脱いだばかりのTシャツが差し出される。
「これでもいいなら交換しようか」
「──────~~~…ッッ!!」
なんという提案……っ。お前は神か…!?
思わず瞳が輝いてしまった。
素晴らしい提案じゃないか!!
マジでお前天才だなっ!
むしろハンカチよりそれがいい!
めちゃくちゃ肌に近いじゃん!
まさかのTシャツに大興奮してしまう。
すげーよっ、大盤振る舞いじゃねーか!
イケメンなんて爆ぜちまえ!なんて思っていた過去もあったけど、俺が間違っていた。
お前は良いイケメンだよ! 自信を持っていい!
「良い良い良いっ。サンキュー悠! その代わりお前の言い値で買ってやるからなっ。いくらでも吹っかけてくれ!」
俺史上最高の笑顔でTシャツに腕を伸ばした途端、さっとTシャツが引っ込められる。
あ、あぁ~~~~っ??
さっきはくれるって言ったくせに、何で渡してくれないんだよっ。
なにこれ、嫌がらせか?!
恨めしそうに悠を見上げると、ビックリするくらいの位置に悠の顔がある。
(ち……近っ!)
目線を合わせるように屈み込んできた悠は、感情を窺わせない眼で俺の瞳を覗き込んでいる。
「交換って言っただろう? お金はいらない」
「…………え?」
「お金なんていらない。その代わりに──」
動けずに固まる俺を見つめたまま、悠が蠱惑的な笑みを浮かべてきた。
「───項、噛ませて」
71
お気に入りに追加
3,485
あなたにおすすめの小説

最愛の番になる話
屑籠
BL
坂牧というアルファの名家に生まれたベータの咲也。
色々あって、坂牧の家から逃げ出そうとしたら、運命の番に捕まった話。
誤字脱字とうとう、あるとは思いますが脳内補完でお願いします。
久しぶりに書いてます。長い。
完結させるぞって意気込んで、書いた所まで。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる