イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)

文字の大きさ
上 下
28 / 70

27.姉ちゃんとの団欒

しおりを挟む
 
 姉ちゃんの仕事が終わるのは夜だ。 
  
 話し合うにしても、帰ってくるまでには、まだまだ時間がかかる。
 なら今日の夕飯は俺が作ってやろうと、久しぶりに台所に立ってみることにした。 
 普段は姉ちゃんがご飯を作ってくれているんだけど、バイト先で料理を覚えてからは、たまに俺も作ったりする。
 バイト先のおばちゃんのおかげもあって、作れるレシピもだんだん増えてきているしな。 

 ただウチの惣菜屋は和食メニューが多いから、俺が作れる料理も自然、和食中心になっている。 
 何を作ろうか迷ったけど、前に姉ちゃんに作って好評だった「蓮根のはさみ揚げ」にしてみようかな。
 あれの進化版を、この間おばちゃんに教えてもらった所だし。
 あとは彩りが欲しいなと思って「スナップえんどうと人参の胡麻和え」も追加。
 味噌汁は…んー、ネギと油揚げでいいかな。
 帰る途中のスーパーに寄ると、目当ての食材を買い込んでから帰宅した。
 
 
 さて、と腕を捲くりながら台所に立つ。
 味噌汁用のお湯を沸かしてる間に、厚めに切った蓮根を酢水につけておいた。
 その間に下味をつけたひき肉を準備していく。
 終わったら水気を切った蓮根に、ひき肉を挟み込んで片栗粉をまぶすだけ。
 これではさみ揚げの準備はいいかな。 
 熱いうちに食べてほしいから、焼くのは姉ちゃんの帰宅に合わせるつもり。
 他の食材も、いつもより時間をかけて準備をしていく。
 まだ簡単なものしか作れねーし、切るのも下手くそだけど、ちゃんと美味しいと思えるものを作ってやりたい。

  
「ん。よし、はさみ揚げ以外はこれで完成かな!」 

 あ、姉ちゃんにメールしておかねーと。
 スマホを取り出して、メッセージを打ち込んでいく。 
 
『今日のメシは俺が作るから、帰るときに連絡くれ』 
  
 送信。
 スマホをテーブルの上に置こうとしたところで、姉ちゃんから『了解』のメッセージが入った。

 よしよし。
 あとは姉ちゃんが帰ってくるまでの間、ちょっと眠ることにする。 
 色々考えすぎたせいで、今日はすげー疲れた。 
  
  
  





 ◆◆◆




  
  
「おぉおおっ、めっさいい匂い~。美味しそう!」 
「俺が作ったんだもん、当たり前じゃん。さっさと着替えて飯にしようぜ」 
「ん! 急いで着替える!」 
  
 帰宅するなり、テーブルの上に並んだ料理に目を輝かせる姉。
 そうだろう。そうだろう。
 頑張って作ったからな。喜んでもらえて良かったよ。
 
 
 疲れたような顔つきの姉ちゃんを労いつつ、一緒に飯を食っていると、やっといつもの日常が戻ってきた気がした。 
 今日は『Ω』という文字に散々振り回された気分になっていたけど、こうして姉ちゃんと話していると、別に大した問題でもないように感じてくる。
 Ωっていっても、βの中にほんの少し紛れてるってだけの話だし。

(……姉ちゃんがいて良かったな) 

 俺は多分、かなり姉ちゃんに依存しているんだろうって思う。 
 姉ちゃんがそこいるだけで、なんとなく安心出来るし。 
 
 

「この蓮根のはさみ揚げ、シャキシャキしてて美味しいんだけど! タレも美味ぁ!」 
「ひき肉の中にも細かく蓮根入れてんだよソレ。へへっ、手間はかかるけど美味いだろ?」 
「最高っ! あたしは良い弟をもって幸せだわ。ふふふっ、よしっ。今日は気分がいいからビールを飲んじゃお!」 
「ハハッ。明日も仕事なんだから、飲みすぎんなよ」 
  
「分かってるわよー」と言いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出す姉ちゃんを見守る。


(良い弟か……)


 さっきの何気ない一言に、ドキっとした。 
 
(親に押し付けられた俺のせいで、楽しい時期が全部台無しになったって言うのに、何で幸せなんだよ。ご飯だってたまにしか作ってやらねー奴が、良い弟なわけないじゃん。人が良すぎだろ) 

「馬鹿じゃん、ほんと……」

 思わず独り言ちる。何か泣きだしたい気分になってきた。 
 戻ってきた姉ちゃんがビールのプルトップを開けながら、急に真面目な顔で俺を見てきた。 

  
「──で? 何かあったのアンタ?」 
「……は?」 
「なんとなーく、少しだけおかしいから。アンタの表情。ちょっと気になった」 
  
 うーん……。
 顔には出していないつもりだったのに、あっさりと気づきやがった。
 さすがは姉ちゃんて所なんだろうけど、バツが悪い。 
  
「ん─…、まぁ、ちょっと。ホントはご飯の後に話そうかなって思ってたんだけど…」 
「飲んでる間くらいなら、聞いてあげるけど?」
「飲んでる間だけかよ……はいはい」 
  
 観念した俺は、姉ちゃんにバース結果の事と、幸子先生に言われた言葉を伝えた。 
 俺の中にΩが混ざっているって聞いた時は、流石にビックリしたのか息を呑んでいたけれど、俺が話し終えるまでの間、姉ちゃんは黙って耳を傾けてくれていた。 
  

  
  
「──なるほどねぇ。でもΩの数値って僅かなんでしょ? なのになんでアンタは、そんなに深刻な顔してんのよ。 このまま普通に生活していたら、βのままでバースが確定するって先生は言ってくれたんでしょう?」 
  
 姉ちゃんが不思議そうに首を傾げている。 
 まぁ、普通に暮らしていたらそうなるんだけどさ。

 ただ俺は……。 
 

「先生にはそう言われたんだけどさ、俺……なんだったらΩとして生きてもいいかなって思ってる」 
「はぁっ?! 生活が一変するっていうのに?」 
  
 ダンッ!と飲んでいた缶ビールをテーブルに叩きつけると、驚いたように俺に詰め寄ってくる。


 ちょ……っ、ビール!  あぁ、もうっ。
 胡麻和えに少しかかっただろうが。 


「アキっ。人が話している時はちゃんとこっちを向きなさいって、姉ちゃん教えたでしょっ」  
「落ち着けって。さっきも言ったけど、Ωになると20万円の生活費が振り込まれるんだよ。そしたらさ、今の生活ももっと楽になるんじゃねぇの? 俺もバイトはしているけど、やっぱ女の姉ちゃんの給料で、俺まで養うなんてキツ過ぎだろ? 病院代だってタダになるみたいだし…」 
「何よアンタ。この慎ましやかな生活に、文句でもあるっての?」 
  
 姉ちゃんが目を据わらせてきたから、慌てて否定する。 
  
「違うって!俺は全然文句なんてねーよっ。たださ……やっぱ悪いと思ってるし。姉ちゃん若いのに、俺のせいで友達と遊びにも行けてないだろ? 生活が楽になったら、もっと自由に行動出来るんじゃないかと思ってさ」 
「アンタに心配されなくても、あたしは十分楽しく暮らしてるけど?」 
「うん…そうなんだけどさ……」 

  
 ここで言うか言わないか迷って口を噤んでいたら、話せといわんばかりに姉ちゃんが顎をしゃくってくる。
 う……。怖いです、姉ちゃん。 

  
「あー…、ほら、あれだよ! 姉ちゃんは隠してるようだから言い出しづらかったんだけど、最近いるだろ? その……付き合ってる奴が」 
  
 男っ気がなかった姉ちゃんが恥ずかしがるかと思って、今まで指摘した事はないけどさ。
 話せと言われたから話したけど、姉弟間でこの話は何となく気まずい。
 視線を逸らしながら彼氏の事を口にしたら、飲んでいたビールで、姉ちゃんが盛大に噎せ返っている。 


 うわ……。
 だから言いたくなかったんだって。 

  
「ガハガハッ、ゲホォォオ! あ、あああああんたいつからそれ…っ!!」 
「あー……、結構前から。スマホに着信くる度に、ニヤニヤしながら自室に行かれたら、そりゃ誰でも気づくって」 
「やだっ、もう最悪! 弟にバレてたなんて……死にたい」 
  
 真っ赤になりながら、顔を覆って上を向く姉ちゃん。 
 まさかこんなに恥ずかしがられるとは、思ってなかったんだって。
  
「いや、その歳なら男くらいいても普通だろ。もうバレちゃったんだし、これからは気兼ねなくお泊りとかもすればいいじゃん」 
「──…ッ!? バーカ、バカバカバカ!アホ!! なんてこと言ってんのよアホッッ!」 
  
 恥ずかしいのは分かるけど、罵倒が小学生並かよ……。 
  
「いや、本気でさ。その人と真面目に付き合ってんなら、結婚とかの可能性もあるんだろ? 今は生活するのに必死で、貯金だってほとんど無いじゃん俺ら。……俺さ、姉ちゃんには感謝してるんだよ。十分尽くしてもらったと思ってるし。だからさ、今度は姉ちゃんが自分の幸せをちゃんと掴めよ」 
「──それ、本気で言ってんの?」 
「当たり前だろ。そろそろ姉離れの時期だろうし、ちょうど良かったんだよ」 

  
 自嘲するように苦笑した途端、姉ちゃんがガタンッと音を立てて椅子から立ち上がった。
 勢いそのままに、ズカズカ俺に近づいてくる。 
 呆気に取られる俺に拳を振り上げると、それを容赦なく俺の頭へと振り下ろしてきた。
 
 
「──痛ッッ!!」 
 
 
 ガツッという音と共に、目から火花が飛んだ。 

 い、痛ぇええ……!

 容赦ない拳骨が痛すぎて、頭がクラクラしてくる。
 痛みに悶絶する俺に、姉ちゃんの怒声が被さってきた。
 
 
「このアホ!バカッ! このあたしが弟を犠牲にして、自分だけが幸せになれると思ってんの! アンタが進んでΩになりたいなら、そりゃ応援くらいしてあげるわよ。フォローだってちゃんとしてあげる! でもね、なりたくもないΩに『あたしのため』になるっていうなら、全力で止めるわよ!!」 

「………ッッ!?」 
  
 姉ちゃんの剣幕に目を白黒させながらも、痛む頭を押さえて黙って見ているしかない。
 そんな俺に姉ちゃんが低い声で、
 
 
「──で? ちゃんと分かったの?」 
「……は?」
「あたしが言った言葉。分かったの?って聞いたの。分かったんならごめんなさいして」 
「……え?」 
「理解してもしなくても、ごめんなさいしてって言ったのっ。あたしはすごーーく傷ついた。手塩にかけて育てた弟が、自分を犠牲にするって言ってんのよ。しかも理由を聞いたらアタシに遠慮してる? はぁっ!? こんな耐え難いことってある? ねぇ!」 

  
 姉ちゃんの目が怖い。
 これはあれだ、マジギレしてる? 

  
「え、と。……ごめんなさい?」 
「語尾のクエスチョンマークが気になるけど。許す。これでこの話しはナシにしてあげる」 
  
 姉ちゃんは満足したように頷くと、席に戻って再び箸を手に取った。 
  
「よし、じゃ少し冷めちゃったけど、ご飯の続きにしよっか」 
「お、……おう」 
「うんうん、お味噌汁もちゃんと出汁が効いてて美味し~」 
「お、おう。ちゃんと出汁も入れたしな」


 姉ちゃんの切り替えの早さにちょっとついて行けないけど、とりあえず俺も箸を手にする。
 俺が良かれと思って言った言葉が、姉ちゃんを傷つけていたなんて考えもしなかった。
 きっと俺が後で落ち込むと思ったから、あんな形で両成敗にしたんだろうけど。

(ほんと……不器用な奴)

 味噌汁を飲もうとした所で、姉ちゃんが思い出したように声をかけてきた。
 

「……アンタはさ」 
「ん?」 
「アンタはさ、バカなんだから大人の事情なんて考えなくていいの。働きに出る歳までちゃんと弟の面倒を見るって決めて、アタシはここまでやってきてるんだし。それはちゃんと彼氏にも伝えてあるし、何かあればあたしは弟を優先するとも伝えてあるのよ」 
「彼氏より優先するなんて……姉ちゃんバカじゃねーの? 子供じゃねぇっての」 
「立派にガキでしょ。ふふん。だからアンタは自分の事だけ考えてればいいのよ。姉ちゃんはそのために今日も仕事を頑張った!」 
「……初彼氏に愛想尽かされたって、知らねーからな」 
  
 擽ったい気持ちを誤魔化すように、ボソッと憎まれ口を叩いた途端、テーブルの下から思いっきり脛を蹴られた。

 
 いってぇえ~~!! 
 なに今日のこの容赦のない暴力の数々! 
  
  

 ───ちょっと泣いた。 






しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

最愛の番になる話

屑籠
BL
 坂牧というアルファの名家に生まれたベータの咲也。  色々あって、坂牧の家から逃げ出そうとしたら、運命の番に捕まった話。 誤字脱字とうとう、あるとは思いますが脳内補完でお願いします。 久しぶりに書いてます。長い。 完結させるぞって意気込んで、書いた所まで。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。

かとらり。
BL
 セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。  オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。  それは……重度の被虐趣味だ。  虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。  だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?  そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。  ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...