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22.連れて行かれました

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『2人きりで話がしたいから』


 そう言って連れて行かれた先は、この前二人で作業させられた資料室だった。 
 ズボンのポケットから鍵を取り出した悠は、鍵を使って資料室のドアを開けると、俺を中に促してくる。


 ────って、ちょっと待て! 

  
「何で普通に資料室の鍵なんて持ってんだよ、おかしいだろっ」 
「ここに来る前に職員室に寄っていただろう? その時に借りてきたんだ」 
  
 何を驚いているんだ?と言わんばかりの顔で、平然と悠が答えてくる。 

 えっ? あの時?

 そういえばここに来る前に、職員室に寄ったな。
 職員室前に俺を残したまま、一人で中に入って行っちゃうから『何の用なんだろう?』って思っていたんだよな。
 あれって鍵を借りるためだったのか。


「お前な…当たり前のような顔で言うけどさ、よく鍵なんて借してもらえたな」 
「あぁ。この間の作業の時に、忘れ物をしたと言ったら普通に貸してくれたよ」 


 ……こいつ。平然とした顔で嘘ついてんじゃん。


 怖っ。こいつ怖っ
 担任も悠みたいな優秀な生徒が、嘘をつくはずがないと思ったからこそ、あっさり鍵を渡してくれたんだろうけどさ。
 堂々と嘘をつく、悠の面の厚さにちょっぴり引く。
 悠の新たな一面を知ってしまった俺は、開けてもらった資料室の中に、言われるまま足を踏み入れた。
 俺に続くように資料室の中に入ってきた悠は、ドアに鍵をかけると俺のそばに歩み寄る。 


 うーん。相変わらず狭い資料室にこのガタイって、圧迫感がすげぇな…。
 ちょっと近寄られると暑苦しいし、座ってもらおう。 

  
「なぁなぁ悠。昨日のこともゆっくり聞かせてほしいし、そこの椅子に座りながら話そうぜ」 
「そうだな」 
  
 2人で前回作業した机の前に並んで座る。
 よし。これで圧迫感とおさらばだ。

  
「さてさて悠さん。今朝は先輩と一緒に登校していたみたいだけど、二人はどういったご関係になっちゃったの?」 
「見ていたのか?」 
「目立ってたよお前ら。けどすぐに校舎の陰で見えなくなったけど。ハハッ、クラス中大騒ぎ」 
「そうか。教室の雰囲気がおかしいのは、すぐに分かっていたんだが。アレが原因か……」 
「それもあるだろうけど、昨日の食堂での出来事がもう噂になってるみたいよ。みんなの和南城クンが~って朝から三上に絡まれてウザかったし」 
「……みんなの俺?」 
  
 怪訝そうに見てくる悠を無視する。
 そこはあまり深く突っ込まない方がいいぞ。
 怖い世界が広がっているだけだと思うし。 
 

「とりあえず2人とも目立つしな。仕方ないんじゃねぇ。で、結局どうなったの?」 
「付き合っては……まだない」 
  
 悠が歯切れ悪く答える。
 窓から覗いた感じだと、羽鳥先輩は満更でもない顔で悠にエスコートされていたと思うけど。
 悠は違ったってことか? 
  
「まだってことは、これから付き合う感じ?」 
「………………」 
「えーと…。匂いの相性検査だっけ? そっちの方は確認出来たんだろ? 悪くはない感じ?」 
「匂いは良くも悪くもない感じだが……少し鼻につくな。だが無理という程ではないから迷っている」 
 
 
(んん? それってはっきり言うと、あまり好ましくない香りなんじゃねぇの?) 

  
「好みではないけど、深刻なΩ不足だから迷ってるって感じ? ギリいけるか、ってくらい?」 
「あぁ。子供が出来ないほど相性が悪いわけではないだろうけど……。ただ、どうにも彼女に惹かれなくて困っている」 
「あー…、匂いに惹かれないってだけじゃなく、性格も苦手?」 

 悠が頷く。 
  
「オレに好意的なのは助かるけど、少し強引というか……。昨日は少し話をしただけで彼女とは別れたんだが、別れ際にもっと話がしたいとねだられたせいで、今朝はオレの家の車で彼女の家まで迎えに行かされたんだ」
「へぇ。会ったばかりなのに、そんなおねだりしちゃうんだ」
「それくらいならまぁ別に構わないんだけど、傍に行った後がなかなか放してもらえないのがな……今の時点でこんなに束縛されるのも困る」 

  
 お? 悠は束縛嫌系なのか?
 今朝見た感じだと、先輩の事をしっかりエスコートしていたし、全然迷惑そうには見えなかったから意外だ。

(まぁ、隠すの上手い奴だし、表情も元々そんなに動かないから、パッと見じゃ分からないか)

 悠はうんざりしているっぽいけど、羽鳥先輩の気持ちも分からないわけじゃねぇけどな、俺。
 純血種なんて滅多にお目にかかれないだろうし、ましてやこんな美形が自分の為にあれこれ尽くしてくれるなんて、女子にとっては憧れのシチュなんじゃねーの?

 だからと言って、会ってすぐの相手を振り回すのもどうかと思うけど。
 美形は美形で色々大変なんだな。


「その感じだと、羽鳥先輩お前にベタ惚れじゃん。モテすぎるのも大変だな」 
「……オレの『家』に魅力を感じているだけなのかもしれないけどな」 
  
 冷めた目でそんな風に言うけど、絶対お前の見た目に惹かれてるって。
 羽鳥先輩は乗り気みたいだし、悠の気持ち次第では、すぐに婚約までいっちゃいそうだな。 

(これで相性さえ完璧だったら、何も問題がなかったんだろうけど) 
 
「で? どうするつもりだよ。妥協してこのまま付き合っちゃうの? 性格はアレだけどせっかくの貴重なΩだよ、あの人」 
「……そうだな」 

 しばらく迷うような素振りを見せた後に──…
 悠が俺を見てくる。 

  
「どうしたらいいと思う?アキ」 
「え?……俺?!」 


 いきなりこっちに振ってきやがった。
 自分で決められないからって、俺に意見なんか求めるなよ。

 ──あ、違うか…。

 そういや乗り気じゃなかったんだっけ、先輩とのこと。
 ならどうしたらいいのか迷って、他の意見も参考にしてみようって考えるよな。 
 せっかく頼ってくれてるんだから、ちょっとは真面目に考えてやろう。 
  
「うーんん…しばらくは様子見しとけばいいんじゃね? 今は魅力を感じなくてもさ、ほらっ、付き合っていくうちに可愛く見えてくるかもしれねーし」 
「様子見が出来るならそれでもいいんだけどな。……多分無理だろう。断るなら早く断ってしまわないと、彼女の両親が俺との番関係に向けて動き出してきそうだ」 
  
 様子見が出来ないときたか……。むむ、厄介。
 自分の将来の分かれ道だっていうのに、ゆっくりと考えることも許されないのか。

 
 とりあえず悠としては、羽鳥先輩と『番たくはない』けど『Ωとしては惜しい』
 でもキープさせてくれる余裕を、向こうは与えてくれないって感じか?
 ほんと、どうしたらいいんだろうな。 


 俺がむむぅ、と考え込んでいる姿を、悠がやけにジロジロと見てくる。
 感情を窺わせない顔でガン見されると、何か怖いんだけど……。

   
「何だよ?俺の顔なんか見てても、悩みは解決しねーぞ」 
「そうだな。悩むし迷っている」 
「悩んでるようには全然見えねーよ。もっと表情筋を鍛える努力をした方がいいって」 
「そうだな」 
  
 悠にいくら言っても、会話が上滑りしている感じになる。
 何なんだよ。人にばっか考えさせといて。

(俺はおまえのために、色々と悩んでいるんだぞ!!)

 ムッとしながら悠を見ると、悠が俺の名前を呼んできた。 
  
「なぁアキ」 
「なんだよ?」 
「昨日──本当に覚えてないの? オレが保健室に鞄を届けに行った時のこと」 
「……は?」 
  

 突然ガラリと話題が変わってビックリしたけど…あれ? 
 隣にいる悠の雰囲気も、さっきまでとは別人のように感じる。
 昨日のフェロモンを放出した時とはまた違うけど、なんか……なんだろ。


 空気が重たい。 
 
 

「昨日はオレ、しばらくアキの傍についていたんだ」
 
「──本当に覚えてないの?」と俺の目の中を覗き込むように、悠の顔が近づいてくる。
 
 
 おぉお……?
 さすがは悠だな。すげぇ……。
 アップになっても美形の顔って、綺麗なままなんだな。
 近づかれてもついつい、端整な彫刻を眺めるような気持ちで、ボーっと眺めてしまう。 
 
 
「アキ、全然覚えていない?」 
「えっ、と……」 
  
 そう言われても…と思いつつ、そういえば何か夢を見ていた気がする。
 ただ何だろ……。
 その時の光景を思い返そうとしても、深い靄みたいなものが思考を邪魔して、空気を掴むような頼りない感覚を覚える。 

 ただ……夢のことを考えようとすると、胸がキュウッと締め付けられるような甘い気持ちになる。 
 自分でも、何でこんな気持ちになるのかが全く分かんねぇけど。
 間違いなく寝ていたはずなのに、何でだ……? 


「ごめん……やっぱ思い出せねーよ。せっかく届けてくれたのにごめんな」 
「そうじゃない。謝ってほしいわけじゃないんだ。そうじゃなくて、昨日……」 

 さっきから「昨日、昨日、昨日」ばっかだな。
 何かあったならさっさと言えばいいだけなのに、なんで今日の悠はこんなに歯切れが悪いんだ?

「なんかすげー昨日に拘ってるみたいだけどさ、まじで何なの?  俺、お前に何かやらかした? お前の制服に涎でも垂らしたって言うなら、ちゃんと謝るけど──…」 
「……………」 

  
 そこで押し黙られると怖いです、悠さん!!

(えっ! 嘘だろっ……ほんとに!?)

 ほんとに涎垂らして寝てたんじゃねぇのか、俺!?
 それが何かの加減で制服についたのに、友達だから不快だとはっきり言えなくて困っているとか?


(えぇえええ……っ!!)


 その制服って既製品だよな? まさかオーダーメイドとか言わないよね? 

 もしかして話したいことって、クリーニング代のことだったの?
 確かに庶民の涎は汚いかもしれねーけど、そこまで嫌がられてたとしたらショックだ。
 最悪の想像に、ジワリと額に汗を浮かせながら隣に座る悠を見つめていると、伏し目がちに下げられていた長い睫毛が、意を決したように上に持ち上がった。
  
  
「──アキ、少しだけ……。少しだけ大人しくしていて欲しい」 
「え?」 
「怖いことはしないから。……お願いだ。頷いて?」 

  
 なんとなく悠の雰囲気に飲まれるように、コクンと頷いてしまう。
 前髪の隙間から覗く悠の瞳が、瞬きもせずに俺を捉えているのがさっきからちょっとだけ怖い。 
 俺が頷いたのを確認すると、俺の腕を優しく引くようにして、パイプ椅子から立たせてきた。
 えーっと……どっか行くの? 

 違った。
 なぜかそのまま会議机の上に座らされたんだけど。
 
( え? ホント何? )

 わけが分からなくて目を白黒させる俺に、優しく「大丈夫だから」と声をかけてくれるのはいいんだけど。

 ……一体何が『大丈夫』なんでしょうか?  
  
 とりあえず机の上で大人しく待機している俺に、悠がゆっくりと右手を伸ばしてくる。 
 伸びてくる悠の腕を黙って見つめていると、ネクタイに指がかかって──そのまま結び目を解かれた。 


 んんんんんん? んんっ?!

  
「おいっ? なんでネクタイなんか……っ!」 
「…………………」 
  
 焦る俺を無視したまま、左手だけで俺の両手首を拘束してきた。
 さすがに驚いて、悠の顔を凝視すると、ただただ静かな表情で俺を見つめる、悠の姿がそこにあるだけだ。 

  
「酷いことはしないから……安心して」 

  
 唇が触れそうなほど近くで俺にそう囁くと、そのままシャツのボタンを右手だけで器用に外し始める。
 悠の雰囲気に飲まれて、俺はただ悠の動きを黙って見ていることしか出来ない。


 プチッ、プチッ


 ベルトの位置までシャツのボタンを外し終えた悠は、横に大きくシャツを開いてきた。 





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