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21.話したい

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 結局その日は話を聞く暇もないまま、放課後になってしまった──…


 一応授業が始まる前に、何度か声をかけてみようとはしたんだ。
 だけど悠に話しかけようとする度に、クラスメイトの好気な視線がこっちに向かってくるせいで、落ち落ち会話もまともに出来ねぇ。
 悠も教室内のおかしな雰囲気に何か感じるものでもあったのか、初期の頃のような硬い雰囲気を始終漂わせていた。 
  
 それでも昼休みなら!と意気込むも、悠に話しかける前に羽鳥先輩の取り巻き連中が、あっさりと悠を連れ去ってしまった。
 ぐぬぬ……。
 羽鳥先輩め、どこまでも邪魔してくれるじゃねーか。
 いや、悠にとっては邪魔じゃねーのか。
 今が一番、お互いがお互いを知りたい時期だろうし。
 そんなわけで悠に全然話しかけられないまま、あっという間に下校時刻になってしまったのだ。 
  

 はぁ…。この様子だと、悠は放課後も羽鳥先輩の所かな。
 やっぱ連絡先の交換くらい、ちゃんとしとけば良かったのかも。 
 仲がいいとは言っても、学校でちょっとつるむだけの間柄だ。
 元々無口な悠とプライベートで話すことなんてないだろうと放っておいた自分の迂闊さに、今頃うがーっと頭を抱える羽目になるなんて。
 その辺をキッチリやっておけば、昨日の小銭のことだって確認しやすかっただろうに。
 くそっ、俺ってばアホすぎ。 
 
 
 チラッと横を見れば、悠は鞄の中に教科書を入れて帰り支度を始めている。 
『羽鳥先輩と帰るのか?』と、軽く聞くぐらいならイケるか?

 よし!と勇気を出して、口を開けたそのタイミングで。

  
「三由ー。俺さ、今日部活休みになったから、一緒に帰ろーぜ!」 

  
 能天気そうな橘の声に邪魔される。



 ……は? はぁああっ?
 このタイミング?
 このタイミングで入ってくるのか、お前はっ!


 なんつー間の悪さだ。
 八つ当たりだと分かってはいても、橘を仰ぎ見る目が恨めしくなる。
 なるべく軽い感じでさり気なく声をかける予定だったのに、お前みたいなうるせーのが居たらさり気なくもクソもねーじゃねぇか。
 完全に出鼻を挫かれたおかげで、声をかけようと気合を入れた気持ちがシュポポンと萎んじまったよ。
 俺の勇気を返せ馬鹿野郎、と恨みを込めた視線を向けても。
「え? 何でそんなに見つめてくんの?」と視線を彷徨かせながら、頬を染められただけに終わった。
 こいつの目と頭が、異次元すぎてついていけねぇ。
 この視線から、どうしてそう感じとれるのかが不思議すぎる。
   
 はー……。もういいや。
 橘のアホ面を拝んでいたら、怒ってんのが馬鹿らしくなってくる。

「いいけど。今日俺バイトだから、寄り道とか出来ねーぞ」 
「えー、なんでだよぉ。部活休みなんて滅多にないのにっ。なぁなぁ、今日くらいバイト休んじゃおうぜ」 
「引っ付いてくんな。なんでお前の為にバイトを休まないといけないんだよ。俺はお前よりもバイトを取るぞ」 

 
 暑苦しくすり寄ってくる頭をペシリと叩いてやった。
 いつもの調子で引っ叩いてから、あっとなる。
 もしやいつも頭を叩いているせいで、こいつの頭が悪くなってんじゃねぇのか?
 橘の頭を心配しながら、聞きそびれていた事があったのを思い出す。

  
「そういえば橘。昨日保健室に鞄を届けに来てくれたのってお前?」 
「へ? 俺何もしてねーよ? 昨日は放課後に部活のミーティングがあったせいで、授業が終わったらソッコー先輩に連行されたもん」 

 見舞いに行けなくてごめんなー、と謝ってくる。
 そっか……。届けてくれたのって橘じゃねーんだ。 
 なら渡辺か? まだ席にいるし聞きに行って──…

  
「鞄を届けたのはオレだけど」 

  
 かけられた声に、何気なく顔を向けてからビックリした。
 まだ教室に居たらしい悠が、じっとりとした目でこっちを見つめている。 
  
「え?」

 呆ける俺に向かって、悠が同じ言葉を繰り返してきた。
 
「昨日鞄を届けたのはオレだけど」 
「え?…あっ! まじかよっ。ごめんな! 誰が届けてくれたのか分かんなくて、礼を言うのが遅れちまった」 
  
 悠がわざわざ届けてくれのか。
 まさかの人物に恐縮するしかねぇ。
 御曹司の悠が鞄を運んでくれるだなんて、普通思わねーじゃん。
 でもほんと……。見かけと違って親切な男だよ。
  
「えーっと、なんか悪かったな。でも鞄届けてくれたの嬉しかった。運んでくれてありがとな」 
「あぁ。昨日は話をしようと待っていたけど、ずっと戻って来なかったから……。担任に聞いたら保健室だって言うから、帰り際に届けに行ったんだ。体調はもういいのか?」 
  
 そういえば昨日は体調がボロボロだったのに、寝て起きたらすっかり回復していた。
 むしろいつも以上に調子がいいかも。 
  
「あ、うん。大丈夫そう。心配してくれてサンキューな」 
  
 俺が笑いながら礼を言うと、悠も薄っすらと口角を上げた。 
 やべぇ。何か悠と会話するのが、すげー久しぶりに感じる。
 今日なんて全然話しかけられるような雰囲気じゃなかったし。
 今の悠からは今日一日ずっと感じていた、ピリピリした空気が消え去っている。
 良かった。俺がよく知るイケメン王子の悠だ。 
  
  
「俺も! 俺も心配したんだって三由ーっ! 昨日は先輩に邪魔されなかったら、絶対俺が鞄届けに行ってたし!信じて三由っ」
 
 何のアピールなのかも謎だし、誰と張り合ってんだよお前は。
 鞄くらいで信じるも何もねーだろ。
 
「むしろ先輩が邪魔してくれて助かったわ。お前が来てたら、ゆっくり眠ってもいられねぇ」 

 サンキュー、先輩。
 こいつの隔離をありがとうございます。
 
「あ~、今日も三由のツンツン具合がエグい!たまにはデレてくれてもいいのにっ!!」 
「はいはい、いいからさっさと帰るぞ。バイトに遅れる」 
  
 泣き真似をしたままの橘を急かすように歩き出した所で、引き止めるように手首を掴まれた。 
 思わず手首に視線を向けると、悠の大きな手がしっかりと俺の手首を握っている。 

  
「アキ。話したいことがあるから、少しだけ時間をもらえるか?」 

  
 俺の顔をじっと見つめながら、悠が聞いてくる。 
 そばにいる橘が「ア、アキぃぃ~~?!」と憤慨した声を出すけど、うるさい橘。 
 ずっと話す機会を窺っていたから、俺としては渡りに船なんだけど……。
 戸惑いながらも思い切って、気になっていたことを悠に聞いてみる。 
  
「えーと。俺はいいけど……先輩と帰る予定だったんじゃねーの?」 
「帰りは断っている」 

  
 断ってんだ。 
 なら遠慮なく、昨日聞けなかった話を聞かせてもらおうかな。 
 悠に向かってコクンと頷いた。
  
  
  
  
  
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