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12.待ち人がやって来ました
しおりを挟む悠の笑顔が神々しすぎて──…
意識を根こそぎ持っていかれるかと思った。
◆◆◆
ありえねぇ。なんなんだよアレ!
なにあの笑顔の破壊力!!
重めのフックで殴られたくらいの衝撃があったんだけどっ!
思い出すだけでも、頬がブワリと熱くなってくる。
これ以上は上がることがないと思われた悠の口角。それが滑らかに持ち上がったのにもビックリしたけど、それ以上に──…
(悠が、こんなにも柔らかい表情で笑えるんだってことに……まじでビックリした)
普段完全に表情筋が死んでいるくせに、何でそんな笑い方なんか出来んだよ。
もう詐欺じゃん。笑顔詐欺。
眩しすぎて、心臓がキュッてなったわ!
はぁ、悠の笑顔尊い…!と胸の辺りを鷲掴んだ途端。
「アキ、どうした? カウンターに、この券を持っていくんだろう?」
悠の冷静な声にハッとなる。
突然夢から覚めたように、現実感が戻ってきた。
パチパチと瞬きを繰り返してから見上げた悠の顔は……うん、いつもどおりの無表情。
まさかこの能面みたいな顔に、安心感を覚える日が来るとは思わなかった。
ちょっとどんな感じだったのか、覗いてみたかったな。
「んんっ、何でもねぇ。悪ぃ。さっさとご飯もらいに行こうぜ」
見惚れていたのが今頃になって恥ずかしくなってきた。
照れくささを誤魔化すように、足早にカウンターに向かった俺を追うように、悠も急いで付いてくる。
それはまぁいい。問題なのは。
(なんでコイツは背中にピッタリとくっ付いてくんだよ!!)
悠の体温を近くに感じるせいで、よけいに落ち着かねぇよっ。
くそっ、いい匂いさせやがって。もっと離れて歩けよ!
──ちなみにカウンターでは、俺の真似をしながら、きちんとご飯を受け取っていた。
よしよし。また一つ庶民の生活を覚えたな。
ただ問題があるとすれば悠の顔を見たおばちゃんが、30秒ほど時を止めてしまった事くらいだろうか。
忙しい時間帯なのにほんと罪作りな顔面だよ。
おかげでカウンター前が渋滞しちゃってんじゃん。
ほんと、うちのイケメンが申し訳ねぇ!
◆◆◆
「さてと…、どこに座るかな」
悠を連れてキョロキョロと食堂内を見回すけど、結構混んできてるんだよなぁ。
なるべく羽鳥先輩の近くに座りたいんだけど。
どっかに二人並んで座れるような席が、空いてねーかな。
「アキ、彼女はこの中にいるのか?」
「ん?まだ来てないっぽい。来たらすぐ分かるよ」
大名行列が始まるし。
「そうか。出来れば近くの席が良かったんだが、来てないのなら仕方ない。トレーを持ったままだと目立つし、諦めて適当な場所に座ろうかアキ」
「ん? 別に諦めなくてもいいけど? 羽鳥先輩の席なら分かるし」
ホラ、と食堂の一角を指す。
「あそこの机の角に男子生徒が立ってるだろ? ああやっていつも信者達が羽鳥先輩の座る場所を確保してんだよ」
「……仰々しいな」
見遣った悠の眉が軽く顰められている。
「そりゃね。滅多にいないΩなんだし、大事にされてんだろ。お前がいた学校なんて、もっとすごかったんじゃねーの?」
「いや…大事にはされているが全員婚約者がいたし、適度な距離感を求められていたからここまでではなかったかな。安全対策も学園側でしっかり管理していたっていうのもあるが」
ほーん。αの学校でもその程度なんだ。
医療ドラマの回診シーンみたいなのを期待してたのに。ちぇっ。
「なんだ。もっとすげーもん想像してたのに、意外と普通じゃん」
ガッカリする俺に対して悠が嘆息する。
「Ωは色々な意味で守られているからな。婚約者がいる相手に手なんか出したら、こっちの身が危ない」
へ? 悠みたいな純血種でもそんな心配すんだ。
略奪とかご法度なんかな?
「まぁ先輩はまだ婚約者が決まってないし、丁度いいんじゃねぇの。相性があるみたいだけど、それさえクリアしとけば純血種なんだし、すぐに向こうの親が了承してくれんだろ」
Ωが少ないせいで、純血種も今では数が少なくなってるって言うし。
それにこれほどの男前なら、嫁に行きたいって奴は山程いると思う。
うん、改めて悠の顔を見ても、やっぱ同じ人間とは思えねぇ。
これだけ整っているなら、αがいる学校でも突出してたんじゃねぇの?
「なぁ悠、Ωが希少なのは知ってるけど、純血種も数が少ないんだよな?」
「まぁそうだな」
「Ωが狙えないならさ、フリーの純血種が一番人気あったんじゃねーの?」
αばかり集めた私立高らしいけど、その中でも上位に位置する悠が、放っとかれてるわけがねぇと思うんだけど。
「お前って目が潰れそうなほどのイケメンじゃん。取り巻きとかいなかったの?」
「……さぁな」
フイッと視線を逸らされてしまった。
否定も肯定もしない所をみると、これは間違いなくいたな。
へぇ。ふぅん。ほぉお。
これ以上聞かれたくないみたいだからこの話はもうしねぇけど、やっぱモテんじゃん。
ちょっとその頃の悠ってば、見てみたかったかも。
「アキ、それよりも席をどうする?」
悠に言われて、あー…と返す。
確かに、このまま立っているわけにもいかねぇ。
羽鳥先輩が座る席は分かっていても、近くの席が空いてないなら意味ないしなぁ。
どうするかな、と学食内を見回す。
うちの学校の食卓は、長めのテーブルに向かい合わせで合計12人ずつ座れるようになっているんだけど、それが通路を挟んだ横にも同じように並んでいる。
間隔を開ける感じで、食堂内にテーブルが8つ並んでいるんだけど、この時間だとほとんどの席がすでに埋まっていて、二人並んで座れそうな場所が見つからない。
それでなくても8つあるテーブルのうちの一つが、羽鳥先輩の取り巻き達によって奥の壁側の位置まで移動させられているせいで、実質7つしかテーブルが残っていなかった。
だから混む前に席をとっておけって、悠には頼んでたんだけどなぁ。
「んー…全然空いてねぇな。あっ、悠あそこは? 席を立とうとしてる奴がいるの見える? ちょっと先輩達の席からは離れちゃうけど、あそこなら向かい合わせで二人一緒に座れそう」
トレーで両手を塞がれている代わりに、顎をしゃくるようにして二人用の小さい席を指す。
数は少ないけど、壁際に二人用の席もあるんだ。
少し離れることになるけど、羽鳥先輩が座る席はよく見えると思う。
「よし。取られる前に席の確保をしよう」
他の奴らに狙われる前に、悠と共に慌てて席に向かった。
俺達が席についてほどなくすると、食堂の入り口が何だか騒がしい。
(お、来たんじゃねぇの?)
俺と悠は食べていた食器から顔を上げて羽鳥先輩の姿を確認しようとするも、取り巻きの生徒がしっかりと周りを取り囲んでいるせいで、小柄な羽鳥先輩の姿を拝むことさえ出来ねぇ。
相変わらずすごい囲みよう……。
何で食堂に入るだけなのに、あんなに警戒してんの?
「なぁ悠。ちょっと見ただけで、すげー睨まれたよ俺」
唐揚げを箸で摘んだまま、唖然としてしまった。
こいつら独占欲強すぎじゃね?
見るくらい別にいいじゃん。
羽鳥様御一行を久しぶりに見たけど、前よりも囲い込みが酷くなっている気がする。
テーブルの奥に羽鳥先輩を座らせた取り巻き達が、すかさず前を塞ぐように座り始めた。
俺たちの席からだと、男子生徒の背中しか見えねぇ。
どんだけ見せたくねーの、お前ら!?
「……………」
鼻白む俺とは逆に、悠は羽鳥先輩のいる辺りを静かにジッと注視している。
気になって視線を追いかけるけど、その前に場所取りをしていた生徒が、今度は全員分の料理を運ぶために往復しているのに目が行く。
すぐに運ばれてきた所をみると、前もって料理を注文していたのか?
座っているだけで信者があれこれしてくれるなんて、ほんと良い身分だよ。
こんな姫様扱いを毎度されていたら、そりゃ本人のプライドも高くなる一方だろう。
無愛想な悠が羽鳥先輩を姫扱い出来るのかが心配だけど、あの中の誰よりも顔だけは負けてねぇ。
(──…っと?)
「あれ?」
「どうした?」
羽鳥先輩に向かっていた視線を俺に戻した悠が、怪訝そうに聞いてくる。
「──いや……ただいつも見かける、お気に入り連中が一人もいないように見えたからさ」
「お気に入り?」
「そうそう。顔のいい奴が何人かいたんだよ。多分あれ、αもどきだと思う」
今まわりを固めているのは普通っちゃ普通の顔ぶればかりだ。
あのαもどき達はどこに行ったんだろ?
不思議に思っていたら、向かいに座る悠が突然鼻をすん、と鳴らしてきた。
「えっ? 何? 俺臭い!?」
「いや、アキじゃなく匂いが……。発情期が近いのかもしれない」
声を潜めるようにしながら、顔を寄せた悠がこっそり教えてくれる。
ちょっと待て。
「もしかしてお前……。この距離でも匂いが分かんの?」
コクンと頷く悠。
マジかっ!
純血αの嗅覚ナメてたわ!
この距離で分かるって、ありえねぇだろ。
戦慄する俺に気づかないのか、さらに衝撃的な事実を知らせてくる。
「発情期が近づいているせいで、匂いが濃くなっているんだろう。この距離でも薄っすらとだが感じる」
「怖ぇわ……」
この距離で発情期が分かるなんて、ある意味嗅覚が鋭すぎて怖いんだけど。
Ωのプライバシーを考えると、ちょっと可哀想になってきた。
生理周期を匂いで判断されてるのと一緒だろ。うわぁ……。
ドン引きする俺をそのままに、悠の視線が再び取り巻き達に移っている。
「発情期が近いから、彼らも警戒しているんだろう」
「警戒? αから?」
少ないけど、うちにもαもどきがいるもんな。
(あ…っ、だからか……!)
さっきの謎が解けた。
今日いるメンバーがβばかりなのも頷ける。
αもどきを侍らせているせいで、襲われでもしたら大変だもんな。
一人納得していたら、悠が緩く首を振る。
「それもあるだろうけど、発情期間はβも危険なんだ」
「何でβが? 匂いなんて分かんねーよ?」
「匂いはわからないだろうけど、Ωの発情期のフェロモンはβでも肌で感じ取ることは出来るんだ。吸い込みすぎると毛穴にフェロモンが入り込んでのぼせたりって事もあるし、油断が出来ない」
「えっ? マジでそんな風になるの? そんな話、聞いたことがないんだけど」
「Ωに限らず、αのフェロモンにも気をつけた方がいい」
悠に言われてもフェロモンなんて感じたことがないし、いまいちピンとこない。
フェロモンねぇと思いながら、もう一度取り巻きたちを振り返る。
こっちから見る限りは、和やかなランチタイムを過ごしているっぽい。
内部は殺伐とした雰囲気かと思っていたのに、案外いい関係を築いてんだな。
ライバルとは言っても姫を守る仲間として、しっかり結束が出来てんのかも。
「なぁ。お前の言う話が本当なら、あそこにいるβも危ないんじゃねぇの? のぼせるって言ってただろ?」
「発情期前だし、βなら問題ないのかもな。もしかしたら抑制剤を飲んでる可能性もあるが」
「抑制剤?」
「あぁ。Ωが希少すぎて飲む人が限られているけど、一応β用も売ってはいるんだ」
「初めて聞く話ばっかなんだけど。抑制剤って、番う前のΩだけが飲むもんかと思ってた」
バース関係ってまだまだ知らないことが多くてビックリする。
ぽかんとしたまま聞き返すと、悠が視線を伏せるように苦く笑う。
「Ωだけじゃない。自己防衛の為にαだって飲んだりするよ」
「へぇ。じゃあお前も抑制剤って飲んだことあるんだ?」
「まぁ。他に緊急用の注射器なんかもあったりするが」
はっきり肯定しないところを見ると、これもあんまり答えたくない質問なのかもしれねぇ。
学園には婚約者がいるΩしかいないらしいけど、この感じだと迫られた経験でもあるのかな?
気にはなるけど、好奇心で聞くような話じゃねぇな。
この話はお終いとばかりに、別の話題に切り替える。
「しっかし、羽鳥先輩のガードがこんなに堅いなんてなぁ。今日の収穫は匂いだけかよ」
悠は無理なく自然な感じに近づきたかったはずだ。
薄っすら匂いを嗅ぐ程度じゃ、相性の良し悪しなんて分かんねぇと思う。
ほんと…、張り切っていた悠には申し訳ないことをしちまった。
「どうする? 今は発情期前でガードがきついようだし、ワンチャン、発情期後にもう一度来てみるか?」
「───いや…」
提案する俺の言葉に、悠が首を振ってきた。
「こっちが近寄れないなら、向こうから来たくなるようにすればいい」
「は?」
「オレの匂いを強めてみる。発情期前なら多分匂いには敏感になっているだろうし、何かしら反応があるかもしれない」
悠が羽鳥先輩を見ながらそう言った途端、俺の周りの空気が突然切り変わった。
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