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9.和南城?
しおりを挟む橘と共に教室に入ってみれば、殆どのクラスメートがすでに教室に集まっている。
ダラダラ歩いていたせいで、いつもよりも教室に入るのが遅くなってたっぽい。
「おい、橘。そろそろ離れろって」
「え? 何で? このまま席まで一緒に行けばいいじゃん」
俺と橘の会話に気がついたのか、クラスメートの輪の中から、ヒョコっと顔を出した坂上が俺達に笑いかけてくる。
相変わらず今日も可愛いよな、坂上。……男だけど。
一年の頃から同じクラスだった坂上は、男の俺から見てもすげー可愛いと思う。
小柄な体型ってのもあるけど、どちらかというとクリンッとしたつぶらな瞳がなんかリスっぽくて、愛玩動物を見てる気分になる。
ほんと…こんなに愛らしいのに、Ωじゃないってのが勿体無いよなぁ。
実はちょっと、Ωじゃねぇのかって疑ってるんだけどさ。実際はどうなんだろ?
「おはよー、三由に橘。橘はいつものことだけど、三由がこんな時間に登校してくるなんて珍しいんじゃない?」
「あぁ、まぁ……」
「坂上、違う違う。三由はねー、俺と登校時間を合わせる為に、わざと遅れてきたんだって。察してやれよ」
あ、こいつまた。
そのホモ設定、いいかげん面倒くさいんだよ! マイブームか何か知らねーけど、すげー迷惑。
肩に乗せてきた橘の顔を、容赦なくベシリッと叩いてやる。
「…ったぁー」
「いいかげんにしろよ。その設定どこまで引っ張ってくんだよ?」
「あー、三由のそんなつれないところも好き! 二人きりの時は『匂い嗅いで♡』ってデレてくるくせにー」
「言ってねぇよ。妄想激しすぎて怖いよお前」
「フフッ、相変わらず仲がいいねぇ」
ふんわりと笑う坂上に、調子に乗った橘がさらに俺を引き寄せてくる。
「だろだろ? やっぱ坂上はわかってくれるって俺信じてた!」
「そうだねぇ」
「おいっ、重いって。はしゃぐな橘!」
橘の悪ふざけを適当に躱しつつ、横目でチラリと席に座る和南城を盗み見てみれば、今日も1人で静かに本を読んでいた。
(やっぱ遠目で見ても、綺麗な男だよな──…)
本を読む姿さえイケメンだ。
つーか、イケメンは何してもイケメンなんだけど。
窓際から降り注ぐ日差しなんて、和南城を照らす後光に見えてきたくらいだ。
柔らかに揺れるキャラメル色の髪の毛なんて、太陽の光のせいでもはや金髪に輝いているし。
ハラリと垂れる前髪の影が、和南城の彫りの深い顔をさらに強調している。
(なんかもう……美しい絵画を見てるみてぇ)
チラッとだけ見るつもりが、ついつい見惚れてしまっていたらしい。
俺の視線に気がついたように、和南城が読んでいた本から顔を上げた。
少しきつめの眦とは対照的に、甘さが溶け込んだように輝く蜂蜜色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いてくる。
瞬間、ドキンと鼓動が跳ねた。
──こんな男が昨日俺のうなじに吸い付いていただなんて、今でも信じられねぇ。
俺の汗ばんだ首筋にだぞ?
やっぱあれって魔が差しただけなのかな。
和南城の姿を見ていたら、昨日の出来事が白昼夢のように感じられてきた。
何か朝から悶々としていた自分が恥ずかしくなってくる。
やっぱあれって、特に深い意味は無かったのかも。
照れくさくなって、思わず和南城を見ながら笑ってしまった。
和南城も俺の照れ笑いにつられるように、わずかに口元を綻ばせている。
お、朝から和南城が笑うなんて珍しい。
和南城の笑みに気を取られていたら、突然顔面に橘のソバカス顔がアップになった。
「おーい。なに笑ってんの三由? なぁなぁ、俺の話きいてた?」
橘に顔を覗きこまれてハッとなる。
やばいやばい。橘の存在をすっかり忘れていた。
しかもコイツまだ俺に引っ付いてるのかよ。
「あー、ごめんごめん。まったく聞いてなかったけど許してくれるよな? あとおまえ、顔近ぇ」
橘の顔を押しのけてやる。
和南城を見た後だと、お前の顔は残念すぎだ。
俺の言葉に橘が「三由が冷たい!」と泣くフリをするけど…まぁ面倒だし、そのままでいいか。
適当くらいが橘にとっては丁度いいくらいだし。すぐ調子乗るからなぁ。
そのまま橘を置いて、自分の席に向かうために顔をあげてみれば、
「?」
和南城の美しく整った柳眉が、顰められている──?
……さっきまでは機嫌良さげに笑っていたよな?
訝しむように首を傾げていたら、その視線に気がついたように、和南城がスッと表情を消してしまった。
(えーと…和南城ってわりと顔にレパートリーがあったんだな)
あの表情は初めて見たかも。
普段は無表情か、笑っても薄っすら口角を上げる程度の笑い方しかしないから、ちょっとビックリした。
不思議に思ったけど、何だか聞いちゃいけないような雰囲気に感じて黙っておく。
自分の席まで辿り着くと隣にいる和南城に、昨日の気まずい気持ちを押し隠すように笑いかけた。
何気なく挨拶すれば大丈夫大丈夫。
昨日のことは深く考えない。うん!
「おはよー、和南城。あーっと……悠?」
「おはよう。何で疑問形なんだ? 悠でいいよ」
おずおずと名前呼びに直す俺の姿が可笑しかったのか、和南城がかすかに目元を緩ませるように返事を返してきた。
おっ、本当に呼んでもいいんだ。
さっきは一瞬機嫌が悪そうだったし『やっぱり昨日のは無しで』って言われるパターンも想像してたんだけどな。
なら遠慮なく呼ばせてもらうぞ。
「へへ、そっか。昨日言ってた食堂の件、忘れてないよな? 今日は食堂に行くつもりだったから、弁当なんて持ってきてないぞ」
「大丈夫、忘れるわけがないだろう。初めて行くから案内は任せるけど大丈夫か?」
ふふふ、もちろんだ。
俺に任せておきなさい!
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