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2.イケメンなら笑顔を出し惜しみするな!

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 他の机をすり抜けながら、静かにα様の隣の席に近づく。

 ただそれだけなのに。
 何故かクラスメートの視線が、肌にピリピリと感じられる。


(いやおかしいでしょ。自分の席に行くだけなのに、何でみんなの視線を集めてるんだよ)


 ため息を噛み殺すしか無い。
 さっきまで聞こえていたクラスメートの話し声が聞こえなくなったせいで、余計にプレッシャーを周りから与えられている気分になるんだけど。
 いやほんと俺、自分の席に向かってるだけだよ?
 みんなそんなに注目しなくていいから。
 くそっ! そこのα様もさ、もうちょっとその『α』すぎるオーラを抑えてくれないと困るんだけど。
 何で俺が自分の席に向かうだけで、こんなに緊張しなきゃならねーんだ?


 なんか意地の悪い気分が、ムクムクッと湧き上がってくる。
 対抗心?…なんだろ。とりあえずこの空気をぶち壊したい。
 飲まれかかっている自分にも、ちょっと腹が立つし。
 妙な雰囲気になっている教室の空気を、わざと壊すように自分の席にある椅子を「ガタン!」と、わざと音が立つように引いてみた。

 その音で、やっと俺の存在に気がついたらしいα様が、見ていた教科書から顔を離して俺を見てくる。
 
(へぇ………)

 間近でそのご尊顔を初めて拝見してみたけど。うわ…。コイツすげぇな。 
 俯いていた顔も麗しかったけど、正面からみる顔も化け物並にお美しいのな。
 αって顔がいい奴が多いイメージだけど、流石にこんな化け物級のご尊顔は初めてみたかも。

(純血種って言ってたっけ? うちの学校のαもどきとは全然規模が違うじゃん)

 内心驚きながらも、それを隠してに笑いかけてみた。
 

「俺、三由暁斗みよしあきと。隣なんだ、よろしく」


 惣菜屋に来るおば様達に人気な、無邪気な人誑しスマイルでもってα様にご挨拶。
 純血のα様だからって別に傅く必要もないだろ。
 この扱いに切れるような奴なら、今後一切関わらなければいいだけだし。
 
 ふふん、α様め。普通のクラスメイトとして扱われた気分はどうだ。
 さぁどう返してくる? 噂のα様!




 「……和南城悠真わなじょうゆうまだ。よろしく」



 あれ? 意外に普通?
 β相手にも、ちゃんと挨拶してくれんじゃん。







 ◆◆◆



 さすがあの父親の息子というべきか。
 俺にも親父の人誑しの魅力がしっかり遺伝していた。

 元々人見知りしない性格だってのもあるけどさ。
 壁を作る相手なんて、こっちが構えずに接してやるだけで、わりかしすぐに打ち解けてくれる気がするんだよ。
 要は自分のペースに持ち込んでやればいいだけだし。
 嫌味にならない程度に相手の懐に入り込んで、遠慮や警戒心を取っ払ってやるのって結構好き。

 きっと人が好きなんだと思う。
 働いていても、すぐに人間観察とかしちゃうし。
「あー、このお客さん。これ欲しそうだな?」と思うと、先回りしてオススメとかしてしまうし。
 それで喜んでもらえたら嬉しいし、違っていたらそれはそれで謝ればいいだけの話だし。
 わりと構ってちゃんだから、気軽に絡んでもらえると俺も嬉しいんだよ。

 そんな俺だから、もちろん噂のα様にだって──…



「和南城ー、なぁなぁ英語の訳見せてよ。 俺、今日当たりそう」
「おはよう。どうした? 昨日はバイトの日だった?」
「そうそう。疲れすぎちゃってさー。帰ったら風呂入って速攻寝ちゃったのよ。だから頼むよ~!」

 自分の席に座って向かいに座るα様こと和南城に、「お願い!」のポーズで頭を下げる。

「なぁ、…ダメか?」

 困ったように眉を下げて、少しだけ首を傾げてみる。
 可愛い子がやると『あざとさ』いっぱいのこのポーズだって、ツリ目の俺がやると丁度いい感じに険がとれるせいか『仕方ないなぁ』と思えるようなギャップに変わるのを、俺はしっかり自覚しているのだ。

 ふふふん。

 店に来るおばちゃん達に「これ、今日すげー余りそうなんだ。〇〇さんが買ってくれるとめっちゃ助かるんだけど」と言えば、百発百中で買ってくれる俺の必殺技だ。


 チラっと上目遣いに和南城を窺ってみれば、無表情に俺を見たあとに、軽くため息をついてらっしゃる。

「え? ダメ?」
「分かったって。バイトなら仕方ないもんな。いつも大変だな」

 そう言って少しだけ口角をあげて淡く笑ってくれる。
 そして「ほら」と英語のノートを俺に渡してくれた。

 おぉお、和南城! おまえ神ッ!!


「うわっ、サンキュー和南城!めっちゃ助かるっ」

 いそいそと鞄からノートを取り出して写しにかかる。
 ふぅ、持つべきものはαの友人だよ。
 さすがだよα様!!

 パラリと和南城のノートを捲ってみれば、奴らしい綺麗に整った字が並んでいた。

「お前のノート、すげー見やすいな。めっちゃ助かる!」
「そうか? 普通のノートだろう?」
「いやいや。これを普通にされたら俺達が困るんだけど……」

 こんな書き込みも的確な上に、どこが重要なのか一目でわかるノート作りなんて、俺には絶対無理です。
 頭の作りが違うと、こういう所にも差が出るんだろうな。
 俺のノートは黒板の文字を、ただ書き写してるだけだから、比べられると乱雑さだけが目立つもん。
 テストの時なんてどこが重要かなんて、ノートを見てもさっぱり分かんねぇし。
 和南城の出来の良さに感心しながら、和訳を書き写している俺に、頭上から声がかかった。

「三由だめじゃん、和南城君に迷惑かけたらさー」
「そうそう。アンタいっつも和南城君にノート借りてない? 甘えすぎなんだって」

 ぬ? 女子の三上と落田じゃん。
 また絡みに来たのか?

「何だよー。昨日は疲れて予習出来なかっただけだって。な?和南城」

 口を尖らせながら否定させてもらう。
 いや、本当よ。本当に昨日は疲れてたんだって。
 ほら、和南城だって頷いてくれてるし!
 しかし三上の追撃は続く。

「いやアンタの事だから、和南城君のノート、初めからアテにしてたんでしょ?」
「三上それ濡れ衣だからなっ。つーかそんなに言うならさ、俺が和南城にノート頼んでる時に、お前らが自分のノートを俺に差し出してくれたら良かったじゃん。それで解決したんじゃねーの?」
「何でアンタなんかに貸さなきゃなんないのよ?」
「じゃあ、和南城から借りても文句言うなよ。それとももしかして、お前らも実はこのノートを借りたいだけなんじゃねーの?」
 
 意地悪く俺が言ってやると、三上が顔を染め上げて「ウザッ」といいながら俺のおでこを拳でグリグリしてくる。
 いや、ごめん。俺が悪かった。
 からかってすみません。本気で痛いって!

「和南城君ごめんねー、この馬鹿がいつも迷惑かけて」
「そうそう、あんまり甘やかさなくていいからね。後で叱っとくし」
「……お前らは俺の母ちゃんかよ」

 俺に話しかけていた時とは違って、楚々とした声と態度で和南城に話しかけている。

「いや。三由がアルバイトしているのは知ってたし。大変なんだろう」

 無表情で答えてるだけなのに、三上と落田の顔が薄っすらと赤く染まっていく。
 別にこれ、和南城が不機嫌とかってわけじゃねーんだけどな。
 イケメンα様のこの顔は、常に『無表情』というのがデフォだ。
 ほんと、残念すぎる表情筋の持ち主だよ。
 まぁでも、人間を超えたような顔面偏差値をしてらっしゃるので、無表情でもとても美しいんだけどさ。
 でもちょっと勿体無いとは思っている。

 三上と落田も俺と絡む振りをしながら、憧れのα様である和南城に話しかけられて、今日も大変満足そうだからいいけど。
 普通に話かければいいと思うんだけど、直接話しかけるにはまだ二人とも、和南城に気後れするみたいだ。
 顔は人外だけど、和南城ってわりと普通に喋ってくれるんだけどな。
 
 まぁでも『α』っていうだけで尻込みする気持ちも分かるし。
 和南城と接する為のダシに使われていると分かっていても、話しかけられて嬉しそうにしている二人は、微笑ましくて可愛く見える。

  仕方ない。お前らの可愛さに免じて、当て馬くらいなってやろうじゃんか。




 ◆◆◆


  そろそろ新学期が始まって3週間くらいか。


 今では普通に友人枠に入っている和南城も、ここまで馴染んでくれるまでに、かなり時間がかかった。
 なんせ純血種の近寄り難いオーラと、出席番号で決まった1番後ろの隅の席というのが悪かったのか、気軽に和南城に話しかける者が居なかったんだよ。みんな遠巻きに見てるだけだし。
  
 今年から転入してきたんなら、ウチの学校の施設内とか案内する必要があるはずなんだけど。
 うん……。みんな完全に転入生に尻込みしている。
 教室を見渡してそう判断した俺は、隣の席のよしみで色々世話を焼いてやる事に決めた。
 あとお坊ちゃん校から来たコイツにも興味があったし。


 そして付き合ってみれば、和南城は実に興味深くて面白い対象だった。
 こう、なんだろ。
 縺れて絡まりあった糸を、地道に解いていかなければいけないような、難解な部分があるんだよ。
 そもそも表情があまり動かないせいで、何を考えてるのか分かりづらいっていうのもあったし。

 でもそこはそこ。
 大変であれば大変であるほど面白い!
 
 絶対こっちのテンポに引き摺り込んでやる!という気概の元、嫌がられないギリギリを狙って、押せ押せで接していたら、とうとうα様が俺に陥落してくれた!
 硬かった雰囲気が徐々に柔らかくなっていくのは、見ていて感動がある。

「…っふ、三由は憎めなくて困る」

 そう言って眉を下げながら小さく笑みを浮かべる和南城を見た時は、わけのわからない達成感で胸が熱くなったし。
 きっとあれが「感無量」っていうんだろうな。
 懐かないワンコをとうとう懐かせた気分だ。

 実際。
 初めて和南城が見せた小さな笑みは神がかり過ぎて、男に興味がない俺でも頬がジワッと熱くなるくらいにお美しい姿だったのを、今でも鮮明に記憶している。


 そんな感じで俺と和南城が仲良くなり、気軽に俺が絡んでいる姿を見たクラスの連中も、おずおずと俺を緩衝材代わりに、和南城に少しずつ話しかけるようになった。

 うんうん。みんなもっと気軽に話しかけたらいいと思うよ。
 和南城、顔は無表情だけど話してみるといい奴だからさ。

 ……まぁ、打ち解けるまでがすげー難産だったけど。


 庶民と違って所作も綺麗だし、乱雑な言動もしないから気後れするんだろうけど、和南城は純血種だというのをひけらかすような男じゃなかったし。
 打ち解けてから改めて聞いてみれば、転入当初の硬い雰囲気は、今までとは違う慣れない環境の変化に戸惑っていただけらしい。

 そりゃそうじゃんって思ったわ。
 平凡校とお坊ちゃま達が集まる進学校なんて、雲泥の差があるに決まってんだろ。
 そのおかげであの傍迷惑な、ピリピリオーラを浴びせられたのかと思うと、何だかガックリくる。
 あのピリピリは、人見知りによる近寄るなオーラだったらしいですよ。



 後はなぁ―――――――……



 俺がチラッと和南城を窺えば

「どうした?」

 無表情のまま、小首を傾げて俺を見てくる。

「んーん、ノート写し終えた。これ、ありがとな!」

 俺はにへら、と笑いながら和南城に借りてたノートを返した。



 ―――おまえさ、もっと笑ったほうがいいよ。




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