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1.この世界には美しい人達が存在する
しおりを挟むバイトに明け暮れた春休みも終わって、今日から新学期が始まる。
初々しい様子で校舎に足を踏み入れる、新入生の姿を見かける度に、なんだかこっちまで気分が浮足立ってくる気になるから不思議だ。
この間までは少し肌寒さを感じるくらいの気温だったのに、今日は快晴と言ってもいいくらいの陽気のせいかもしれねーけど。
柔らかさを滲ませる、春のそよ風が気持ちいい。
瞳を和ませながら空を見上げると、綺麗な青空にピンクの色彩が鮮やかに映えている。
(もうすっかり春だよなぁ。今週がちょうど桜のピークなのかも)
見上げた青空に、桜の花弁がひらひらと舞っている。
そのまま深く息を吸いこむと、林檎のように甘酸っぱい、グリーン系の良い匂いがかすかに香ってくる気がした。
春の匂いだろうか?
優しい香りにさらに高揚した気分になりながら、俺も新入生に混じるように校舎に潜った。
◆◆◆
俺のいる世界には3つの性別がある。大きなくくりとしては男と女しか存在していない。
そこから少し細かく分かれたバース性というものがあって、α、β、Ωという性別に分かれてくる。
その中でも圧倒的特権階級に属しているのが『α』という存在。
人口比に対して約2%くらいの割合しかいない。その中でも特に優秀な者は1%にも満たないという、とても優秀な遺伝子を持つ支配者的存在の彼ら。
経済を回す上の人間はほぼαだって聞くし。
そんな奴らの特徴としてよく挙げられるのが、文武両道。 そして顔の良い奴が多いというのもこのバースの特徴。
なんだろうな、この不公平感。まぁでもみんな『α様だから』と納得している。
それに対を成すように生まれた存在がΩというバース。
昔は今よりも人数が多かったようだけど、元々身体の作りがひ弱に出来ているせいもあって、少しずつ少しずつその数を減らしていき、今ではほとんどお目にかかれない程に数を減らしてしまった希少種でもある。
ただこの性はかなり特殊なようで、3ヶ月に一度「発情期」というものがくるらしい。
そのせいで数が多かった昔は、迫害と偏見がかなり酷かったみたい…というのは教科書の歴史で習わされた。
じゃあ今は?と言うと、天然記念物並に数を減らすΩに危機感を持った国と、特権階級に位置しているαによって、大事に保護(という名の囲い?)をされてるみたいだ。
ΩはΩをよく輩出してきた名家があるみたいで、大抵生まれると同時にαの番になる事が決まってるので、俺たち普通のβがΩと遭遇する事はまず無い。
安全対策がしっかりされた場所で、大事に守られていると聞くし。
まぁΩ自体、人口に対して0.0002%くらいの確率でしか産まれないんじゃ、ほとんど出会えないと言ってもいいんじゃないか。まさに雲の上の存在だよ。
そもそもΩが通う学校は、αの中でも特に優秀な者か、あとはある程度家柄がしっかりしたαやβじゃないと通えない進学校で、厳重に警護されながら過ごしているみたいだし。
だから俺たちβにとってはΩという存在なんて、ほぼフィクションの世界の住人と言ってもいい。
まさに小説の中でしか見たことがないバースなんだから、本当にそんな存在がこの世に実在しているのかも怪しく感じられる。
ただそれくらい夢のある存在だからこそ、その変わった特性と相まって、世間の人気はものすごく高いと言っても過言じゃない。
α×Ωを題材にした小説や映画は星の数ほどあるけど、どんな時代でも必ずヒットが約束された王道ものの定番。
そりゃそうだ。
αのイケメン具合は言わずもがなだけど、Ωの男性も男性とは思えないような儚げな美貌と華奢な身体付きのせいで、まるで妖精のようだと言うし。
逆に女性のΩは、美しい容貌と華奢な身体に反するような豊満な胸とお尻で、あのαを一瞬で魅了してしまうほどの外見をしているみたいだし。
まぁどれも噂なんだけどさ。
あともう一つ。
この2つのバースは『フェロモン』というもので深く繋がってると聞く。
これにも相性があるみたいだけど、詳しい事はよく分かんねーのよ。
俺、βだし。
俺の地域では中学3年生から、初めて性別検査がスタートする。
これは20歳になるまで毎年検査される大事な検査だ。
大体バースは生まれた時から決まっているとは言え、そこは子供の成長。未成熟な身体はバースが途中でコロコロ変わったりする事もままあるせいで、健康診断と一緒に必ず検査される決まり。
といっても俺の地元は普通の公立高校なんで、ほぼβしかいないんだけどな。
ただ、誰も彼も検査結果にはすごい関心を示す。
実際ウチの学校にも学年に2~3人のαがいるし。
β×βからでもαの遺伝子が潜んでいる事があるらしく、稀ではあるけどβからαにバースが変更されるって話はよく聞くからだ。
ただこちらは本当のαからすれば『αもどき』と思えるくらいの能力しかないみたいだけど。
やっぱり優秀なのはα×αから生まれた、『α』の方が能力は上に決まっている。
そのαの中でもさらに、一握りしか存在しない『純血種のα』という者いるんだけど。
数を減らすΩをいち早く保護することに成功した事で、うまく血筋を保ってきているらしいけど、こちらは並のαでは太刀打ちできないような能力を兼ね備えているらしい。
純血種はα×Ωからしか生まれない上に、うまくいくとΩが生まれたりもする。
α×αやα×βからでは、ほとんどΩの誕生を望むことが出来ないのに対して、α×Ωだと格段に出生率が上がるような話も聞く。
だからこそ純血種は強い遺伝子を残すためにも、そこらのα以上にΩを切実に求めているみたいだ。
まぁそんな存在と比べるとアレだけどさ。劣っているとは言ってもその他大勢のβと比べると、明らかにαもどきが優秀なことには変わりがないんだよ。
だからこそ企業は少しでも多くのαを欲しがるし、βよりのαといえども就職の際には割と高待遇で迎えてもらえるんなら、そりゃ誰だってバース検査に必死になるってもんだ。
αの遺伝子を隠し持っているのが分かった人間にとっては、毎年α値が増えているかどうかは、未来を左右する指針になるだろうし。
俺は中3の時も去年もβ判定しかもらえなかったから、今年もきっとβだと思ってそんなに興味はねーけど。
うむ、いいじゃないか。普通が一番だって。
優良企業に就職出来るのは正直羨ましいけど、高校を卒業したら姉の為にも早めに独り立ちしてやりたいし。
だからすぐに働ける工場かなんかに就職出来ればそれでいいんだよ。
身体動かす仕事は嫌いじゃねーし。
そんな事をつらつらと考えながらクラス表を確認していたら、突然肩にズシッとした重みが。
「三由――!」
振り返らなくても犯人が分かってしまった。人の肩を肘置きか何かと勘違いしているのはアイツくらいしかいないし。
まぁ、声だけで分かるけど。
「重てーよ、橘!」
「相変わらずそっけない所がたまんねーな、三由。なぁなぁ。今年も一緒のクラスだったぜ、俺達!」
「マジかよ。またお前と一緒なのか……」
「なんだよー。嬉しいくせにぃ。もっと素直に喜んでくれてもいいんだぞー」
ほっぺたツンツンしてくんの止めろ。
「はいはい、嬉しい嬉しい。また一年よろしくなー」
俺の適当な返事にも「おう!」と橘がにこやかに笑った後、何かに気づいたように俺の事をジーッと見つめてくる。
「ん? どした?」
肩と俺の顔を交互に見てくる。なんなの?
「お前さー、春休みの間に背、伸びてない?」
「背?」
「おう。休み前までは同じくらいの背だったんだって。なのにさ、肩の置き位置が微妙に違うんだよ。何だよお前! 自分ばっか成長すんなよ悔しぃい~~!!」
「えっ、マジで?」
(それが本当ならマジで嬉しいんだけど! ははっ、自分じゃ全然気づかないもんだな)
思わずニンマリとしながら、橘の頭を優しく撫でてやった。
なんだろう、この湧き上がる余裕。
うざい橘にも、寛大な心で接してやれる気がする。
「まぁまぁ。橘も規則正しい生活を心がけていたら、すぐに俺に追いつけるって。そう落ち込むなよ」
な?と言いながら甘く微笑んでやれば、橘の平々凡々のそばかす顔がポッと赤くなった。
「やだもう。三由ってば相変わらずのイケメン発言と顔なんだもん。俺惚れちゃいそう」
そうだろう。そうだろう。
自分で言うのもなんだけどさ、俺ってばイケメンの括りに十分入ると思うんだよな。
女子ウケも悪くないし。
薄いけど筋肉がほどほどに付いた身体は、骨格もしっかりしているせいでヒョロくは見えないはず。
黙っているとキツそうに見えるアーモンド型の瞳は、表情豊かで笑うとヤンチャで憎めない笑顔だと、バイト先のおばちゃん達には好評だ。
一度も染めた事が無い黒髪は(染める余裕なんか俺ん家にはない)切りに行くのが面倒なせいで長くなってしまった前髪を、適当に後ろに撫で付けている。
あと左耳に、中学の時に友人と一緒に開けたピアスが2個。
金が無いからピアスなんて自分ではあまり買ったことがないけど、モテるおかげで何かにつけてイベントなどの行事の度に、女子からよくプレゼントされていた。
こういう恩恵があるとさ、碌でもない親だなぁとは思ってても、男前に産んでくれてありがとうって思えるよな。
ただ中学時代はモテるけど、お小遣いなんてほぼ0だから、女子と付き合ったことがない。
そして高校では突然ED気味になる俺のクララさん……せっかく男前に産んでもらっても、未だに童貞のままなのって悲しすぎねーか?
いや。待て待て大丈夫だ。落ち着け俺!
俺の戦いは全敗ではないし。
うん、たまに絶好調の時もあったりするし。勝率だって3割はあったりするし。
結構健闘しているはずだし!!
それにさ、今はバイトで忙しいから彼女なんて作る暇もないし!!
くそっ…!泣かない。
俺は泣かない。
これは言い訳じゃないし。
ホント、泣きたくなんかないんだから、ね!
そうやって心の中で一人悲しくなっていたら、橘が思い出したように俺に声をかけてきた。
「あー、そういや三由聞いた? 俺らの学年に、転入生が入ってきたみたいよ」
「転入生?親の転勤か何かか? まぁうちの学校の偏差値なんてそんな高くないし、入りやすそうだよな」
と言ったら「違う違う!」と、相変わらず肩に腕をまわしたままの橘が否定してくる。
おい、いいかげん肩が重いんだよ。
横でうんざりする俺には構わずに、橘が顔を寄せながら意味深に囁いてきた。
「なんかさ、ウチの平凡校に、純血種のα様がやって来たって噂になってんだよ」
―――――――は?
◆◆◆
マジで居るじゃん……。
橘と共にクラスのドアを開けると、どう考えても異質な空気を放つ存在が、窓際の一番後ろの席に座っていらっしゃった。
すげーな。ひと目でα様って分かっちゃったよ。
「はぇっ!? なんだよ…噂のα様ってウチのクラスだったのか?」
目を丸くした橘が、俺と同じ方向を見ながら確認してくるけど。いや、俺も知らないって。
まぁ……ビックリするよな。
普通高校に純血種のαが通うなんて、まず聞いたことがない。
純血種は次元の違う金持ちが多いのもあって、普通はαが多く通う名門校に入学するのが当たり前だ。
まかり間違ってもこんな平凡校に通ったりはしないはずなんだけど。
んー…。何か理由があるのかもしれないけど、俺としては殿のご乱心か何かとしか思えない。
まじでこの学校って、ただの普通高よ?
α様の将来に、全く役に立たなそうな高校にわざわざ通うなんて、気が触れたとしか思えねぇ。
──にしても。
純血種って俺の学校にいるαと全然雰囲気が違うのな。
静謐?清廉?なんて言うんだろ……。
難しい言葉は分かんねーけど、とりあえず異質なオーラを感じる。
みんなもそれを感じているのか、友人と話しながらもα様に意識が行っているのがわかるくらいだし。
(それに……、こんな綺麗な人間が存在してるんだな……)
思わず野郎とかに関係なく、見惚れてしまった。
前髪を斜めに流した清潔感のある髪型は、色素の薄いキャラメル色に輝いていた。
すげーキューティクル。根元もキャラメルだから地毛だよな、あれ。
陽の光を浴びた部分は綺麗な金髪になってるし。うわ、リアル王子様だなこりゃ。
涼しげな目元も髪と同様に淡い色合いのせいで、どこか冷たい印象にも感じられる。
その下の高い鼻梁や形の良い唇も、神様が作ったんじゃないかと思えるくらい、完璧な配置に整っている。
男相手に美しいなんて初めて思ったかも。
(マジでこの人、何でこんな所にいるんだ?)
異質すぎて浮きまくっている。なんかもうビビるわ。
──と。あんまり見てるのも不躾だよな。
「とりあえず橘、一旦席に鞄置かねぇ? 入り口に立ってても邪魔だろうし」
「お…、あぁ、そうだな」
未だにどこか呆けたように見える橘の腕を、さりげなく肩から外した。
あー、重たかった。
癖なのかなんなのか分かんねーけど、ほっとくといつまでも人の肩に腕を乗せてくるからなこいつ。
俺はお前の肘置きじゃねーぞ。
まぁいいや。
とりあえず俺の席はどこだよ、と黒板に書かれた席順を確認して固まる。
まじかよ……。
あの圧倒的近寄るなオーラを放っている、α様の隣じゃねーか!?
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