風の刃

春野なのはな

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二話

その一

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香川さんと話したあの日から約一週間ほどが経った。
あれからは平穏な日が続き、突出して語るような出来事もなかった。
風狐達との生活にも慣れてきて、少し賑やかになった日々を楽しみ始めていた。

今日も例にならって、特に寄り道もせずに学校から帰ってきた。
いつもと違うところがあるとするなら、僅かに頭痛がする事くらいだろう。

「なんじゃ、疲労でも溜まっておるのか?」
いつにも増して大人しい僕の様子が気に入らないのか、風狐が落ち着きなく僕の周りをうろつく。

「うん、ちょっと頭痛くてね」
額に手をあてる仕草をする。

「そうか、痛いという感覚はよくわからん」
これ以上ないってくらい羨ましいと思った。

それを聞いた僕が「いいなぁ…」なんてぼやきながら目頭付近を指で揉んでいると、部屋の扉が開く音がした。

音の正体は妹の芽衣だった。
こちらの様子を窺いながらゆっくり近付いてくる。

「どうした芽衣?」
声を掛けてやると、芽衣は身振りをしながらおずおずと話し始めた。



「…近くの公園に顔が浮いている?」
「うん、三つの顔がくっついてるの」

にわかには信じられない話だ。
以前なら見間違いだと決めつけそうな事だが、これだけ奇怪な物を見た後だ。
芽衣が嘘をついているだなんてとても思えない。

「でね、口から火がぶわって出てくるの。芽衣、公園で遊びたいのに…」
声が僅かに沈んだものになる。
「お母さんにも言ったの。でもお母さん、公園に行っても何もいないよって…」

芽衣は自分の服の裾を柔く握る。
まだ幼いのだ、自分の目に見えているものを否定されるのは不安にもなるのだろう。

物心ついた頃にはもう見えてたよ、と言った香川さんの顔が記憶の中で一瞬浮かんで消えた。

「お母さんは大丈夫だよって言ってた。でも、芽衣やっぱり怖いからね、だからお兄ちゃんと風狐ちゃん待ってたの」
「そっか」
「風狐ちゃんも浮いてるから、お友達かなって思ったの」
「いやそんな知り合いはおらぬぞ…」

流石の風狐もこの超理論には困惑したのか、間髪いれずに否定する。

「しかし…またしても火か。火に縁でもあるのかもしれぬな。または、辻が発生したか」
風狐が考え込むように顎の辺りに手を添える。

「辻?」
「妖が生まれる空間のことじゃ。妖は人間のように親がいるわけではないからの。妖の発生は必ずしも辻というわけではないが、大体が辻から生まれる。恐らくは学校におった火の玉も、今公園におる奴と同じ辻から生まれたのでないか?」
「な、なるほど…」
「なんじゃあ!歯切れの悪い返事じゃのう!!」

拗ねた風狐が僕の肩に乗る。

「ごめん、想像するのが難しくて」

素直に謝ると、渋々といった様子ではあったが声音を抑える。

「まぁ、こればっかりは実際に見てみないとわからぬかもしれぬな」


「風狐ちゃんがむずかしいこと言ってる…」
困り果てている芽衣のその一言で、僕らは慌てて公園に向かうことにした。



いつもより重い体を叱咤し、目的地の公園に着くと外側から様子を窺う。
雲で陽が遮られた薄暗い空の下で、それは確かにそこにいた。

ゆらゆらと動く一つの塊。
よく見ると人の顔が三つ、それらの後頭部あたりがぴったりとくっついている。
それぞれが違う顔だが、どれも男性のようだ。それらはぐるんぐるんとその場で回りながら、口から火を吐き出している。

見ただけでも眉をひそめたくなる状況だが、これに加えて低く威圧するような怒号が重なり響き渡っている。
音量はあるのに、三つの口からそれぞれ早口で繰り出されているので全く聞き取れない。


こんなものがいる公園で遊べる訳ないよな。
家で待っているだろう芽衣に改めて同情した。

近づくため、タイミングを見測ろうとじっと観察する。
残念ながら視界に関しては隙がない。
なにせ三つの顔がくっついているのだから、死角も無いに等しいだろう。

心許ない作戦だが、できるだけ素早く距離を詰め一撃で仕留める他ない。

心を決め、思い切り爪先から地面を蹴り出す。
やはりというべきか、突然視界に現れた僕を見たそれは驚き喚いた。
耳をつんざくそれに動きを止めそうになるが、僕は無我夢中で刀を容赦なく顔に突き刺した。
震えを感じる程の轟音を身に受けながら、僕は思い切り突き刺した刀を抜く。
三つの顔はギャアギャアと叫び、灰になりかけている身でこちらに火を吹いた。
予想は出来ていた事だった。
僕は全力で身体を捻り、横に全身を放り投げる。

地に倒れながら、三つの顔が恨めしそうにこちらを睨みながら消えていくのが見えた。



さて、終わった。これで一安心だと思い立ち上がる。
家で芽衣が待っている。家に戻ろうと歩き出そうとした時。


突然、吐き気をもよおす程の目眩と頭痛が襲ってきた。

眼鏡越しの景色が歪んでいるのが辛うじてわかった。
とても、立っていられない。

ふらふらする、気持ち悪い、感覚がおかしい。

上のほうから、風狐の声がした。

返事をしなきゃ、そう思い口を開きかけて。


僕は意識を失った。

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