少年ドラッグ

トトヒ

文字の大きさ
上 下
41 / 41
最終話

愛情表現

しおりを挟む
「薬人君。変な人と話したらダメよ」

俺に近づいて来た奏ちゃんが、厳しく注意してくる。
ビルの巨大画面を慌てて見ると、次のニュースへ切り替わっていて安心した。

「人を見た目で判断しない方がいいよ」

「見た目は重要よ。それに薬人君はすぐにどこかへ消えちゃうし。怪しい人について行ってはいけません」

「保護者かよ」

「そうよ。だって今は私、薬人君の先生だもの」

そのとおり。
アンジェラは誤解していたけど、奏ちゃんはもう俺の彼女ではない。
俺の勉強を教える先生になってくれている。
俺に勉強を教える暇なんて無いだろうと言ったが、人に教える方が自分の理解度が上がり、勉強になるらしい。

「皆待っているから行きましょう。薬人君はまず、高卒認定取らないとね」

奏ちゃんが歩き出した。
今日は渋谷の喫茶店で、勉強会をすることになっている。
公平と如月、それから飯田も参加しているみたいだ。
皆真面目だな。
もう受験勉強を始めるらしい。
俺は出遅れてしまった。
俺は結局、高校を中退した。
せっかく玲時さんの協力で合格した高校なのに申し訳ない。
入院が長引いたから試験を受けられず、出席日数も足りず留年がほぼ確定していた。
担任や土屋はかけ合ってくれたみたいだけど、騒ぎを起こしてしまったから学校に戻りづらくなってしまった。
赤坂が学校を辞めた気持ちが分かったよ。
その赤坂は別の学校へ転校し、今は少しずつだが学校へ通えているみたいだ。
叔父さんの八百屋に野菜を買いに来てくれた、赤坂の母親が言っていた。
八百屋のお客はもう一人増えて、俺が高校を辞めてから土屋も野菜を買いに来てくれた。
俺がもう学校の生徒じゃないから、堂々と俺の家に来て買い物ができるとか言っていた。
一人の生徒ばかりに構っていると、依怙贔屓していると誤解されるらしい。
教師の世界も大変だな。
俺が土屋を彫刻刀で刺したのは一切お咎めなしだった。
そもそも刺せてはいないのだけれど。
土屋の筋肉は無駄ではなかったということだ。
けど、教師に刃物を向けたのは事実だ。
俺が許されるなら、公平の髪型も許されていいじゃないか。

「あれ、奏ちゃん髪切った?」

奏ちゃんの長い髪が無い。
ショートヘアになっている。
マフラーで気付かなかった。

「やっと気づいたのね。私がどうして髪を切ったか分かる?」

「え、理由があるのか。受験勉強の為に、気合を入れたかったから?」

奏ちゃんが溜息をついた。
俺の回答はまた間違えてしまったらしい。
だけど、分かるはずないじゃないか。
女子が髪を切る理由なんて。

「まあ、いいわ。皆の所に着く前に、これ渡しておくわね」

奏ちゃんが俺に小さな箱を手渡してきた。
ライトブラウンの光沢がある包装紙に、赤いリボンがかかっている。

「何これ」

「ちょっと早いけど、バレンタイン」

「え! ドラッグ?」

奏ちゃんが口を開けて固まった。
しまった。
それは大人のバレンタインだった。

「中身はマカロンよ。オシャレでしょ」

どうしてだよ。
何故よりによってマカロンなんだ。
俺が嫌いな菓子なんだけど。
去年はちゃんと、チョコレートを固め直したやつくれたじゃないか。

「ありがとう」

でも、文句は言えない。

「言っておくけど、見返りを期待しているんだからね。私は、そういう女なのよ」

「去年はショボくてごめん。今年は金が入りそうだから、ちゃんとした物渡せるよ」

「野菜がいい」

「は?」

「薬人君家の野菜がいい。トマト多めね。野菜また値上がりしたし」

「主婦みたいだな」

「女はリアリストなのよ」

「でも、叔父さんがドラッグ野菜をやめてオーガニックに戻しちゃったんだよな」

俺の一件のせいで、叔父さんはドラッグで栽培されている野菜から手を引いてしまった。
今更何の策も無く、オーガニックに切り替えても勝算があるとは思えないから心配だ。
やっぱり俺が経済や経営学を学ぶしかないかな。

「いいわよ。野菜は野菜だし。ちなみにこれから行くカフェも、オーガニックパンケーキがおいしいお店だからね」

「もしかして、俺に気を使ってる? 俺がドラッグで問題起こしたから」

「違うわよ。渋谷のドラッグパンケーキ店なんて、三時間待ちはざらなの。中で勉強なんてできないわよ。オーガニック店ならお年寄りしか来ないし、静かだし、長居しても歓迎してくれるわ」

なるほど、そういうことか。
やっぱりオーガニックブームは来ないだろう。
勉強しよう。

「でも、私ちょっと考え直しちゃったのよね。やっぱり人間は、あるがままの自然と共存すべきだったのかなって。ドラッグよりオーガニックが正しかったのかなって。どう思う?」

彼女がこんな考えに至ったのも、俺の一件のせいかな。自惚れ過ぎか。
頭のいい彼女は、俺が事件を起こさなくてもいろんな問題に気づけただろう。

「どちらが良いとも言えないんじゃないかな。ドラッグは元々自然から生まれたものだから。切り離して考えることはできないと思うよ。自然には毒があるわけだし。大昔の人達が自然界の中から毒なのか使えるものなのか研究してできた結晶が医薬品で、現代のドラッグなんだよ。麻酔もある種のドラッグだけど、それ無しで手術を受けるのは無理だ。使う側が気をつけるしかないよ。俺が言うのもなんだけどね」

「薬人君なかなか賢いわね。先生は感心しました」

「それはありがとうございます。奏先生」

ドラッグの歴史や成り立ちなどの知識は薫さんから教わった。
物事には両面性があるということは、悔しいが天野に教わった。
せっかく得た知識は活かさないとな。

ポケットに入っているスマートフォンが振動する。
公平からの連絡に応答した。

『お前遅いぞ! 如月と飯田がサッカーの話しかしなくて困ってるんだけど。まさかだとは思うが、桜井ちゃんと勝手に抜け出そうとかしてないだろうな!』

「そんなわけないだろ。ていうか、勉強してろよな」

俺は呆れて電話を切った。

「皆、薬人君を待っているみたいね。早く行きましょうか」

奏ちゃんは微笑んで先を歩いて行く。
俺は彼女の後について行った。
少しだけ形は変わってしまったけど、俺はまた皆の輪に戻っている。
俺は皆を捨てて自分自身をも捨てようとした。
皆はそれを許してくれなかった。
ありがた迷惑だ。
闇の中で眠りたかった俺を、叩き起こして日の下にさらす。
最初は不快だったけど、やっと慣れた。

冬の太陽はあまり元気がなくて、俺は気分がいい。
けれど、季節は巡ってまた強烈な日差しを俺に浴びせるのだろう。
上等だ。
受けて立つ。
俺は力をつけて、叔父さんの八百屋を救って父親の企みを潰してやる。
そんな決意はしたものの、あの父親に対抗するのは、ちょっと自信が無い。
玲時さんと二人でなら何とかならないだろうか。
玲時さんといえば、今日は俺の母親の墓参りに行っているらしい。
叔父さんとおまけに何故か、玲時さんの母親である春子さんも一緒だという。
意味が分からない。
叔父さんが行くのは分かるけど、玲時さんと春子さんは行く必要が無いだろ。
俺とは育ちが違うからなのか。
やっぱり、玲時さんが優しいのは春子さんの遺伝に違いない。
あの父親から玲時さんが生まれてきたのはおかしいと思っていた。
玲時さんの母親は優しくて、礼儀正しいんだ。
俺は叔父さんと暮らしているけど、生野家に戸籍だけ入ったからその挨拶に行っているらしい。
当の息子は墓参りに行かないのにな。
叔父さんは俺に、母親の墓参りに行くとだけ伝えた。
俺を誘ったりしなかった。
覚えてないけど、俺があっくんに頼んで母親の死体を残してしまったらしいから、幼い頃の俺の思惑どおりになったわけだ。
残念ながら、成長した俺はそれを望んでいなかった。
強いて言えば、叔父さんにとって実の姉が墓に収まっている事実は良いことだろう。
メリットはそれだけだ。

俺もいつか、母親の冥福を祈れるようになればいい、なんて思わない。
俺は母親の墓石に唾を吐き、殺人鬼の無事を祈りながら、お日様の下を歩いてやる。
そう決めたんだ。
この想いが俺にとって、生きる拠り所になってくれる。
毎日繰り返される夜明けに耐えられる。
死ぬことを許されない世界に耐えられる。
生き方を学び直すことができる。

「薬人君、遅れているわよ。手をつないであげましょうか」

俺の前を歩いている奏ちゃんが、手を差し伸べてくる。

「大丈夫ですよ奏先生。一人で歩けます」

俺は両手を上着のポケットに突っ込んだ。
奏ちゃんも自分の手をポケットに入れて、俺と並んで歩く。
彼女の温もりが感じる程近く、進む方角も一緒だ。
でも俺は、彼女と俺の間に境界線を引いた。
これだけは譲れない一線だ。
賢い彼女は、きっとその線に気づいている。
拒絶だと思われていたら悲しい。
これは、俺の愛情表現なんだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...