少年ドラッグ

トトヒ

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全てを飲みこむ街

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渋谷には相変わらず人が多い。
そのせいか、季節が冬だというのにそこまで寒くない。

俺は退院を許され、ビルの前に突っ立って人と待ち合わせをしている。
そのビルに付属している巨大液晶画面から女性キャスターの声が聞こえた。
その女性が言っている内容をぼんやり聞いていたが、知っている人物の名前が出て驚き、画面を見上げた。

『日本人芸術家の天野空さんが、世界絵画コンクールでグランプリに輝きました。この賞で日本人が受賞するのは初の快挙です』

そして、紹介された絵が映る。
本当に勘弁してほしい。
裸の少年がベッドにうつぶせで這いつくばっている。
背中に生えた翼がもぎ取られている。
背景はいろんな色が混ざって混沌としているが、あのベッドには見覚えがあるし、あの構図も思い当たる節がある。
全国ネットで人の裸体をさらしているんじゃないぞ、この変態美術教師。
高校から去ってどこへ消えたのかと思ったら、こんな再会をするなんて。
海外で芸術活動をしていたのか。

「あら、あの絵素敵。私好きだわ」

俺の隣で、野太い声がそう言った。
驚いて振り向くと、そこにはアンジェラが立っていた。
派手なショッキングピンクのコートをまとっている。
頭には大きなバラの花が飾られた、つばが広い黒い帽子を被っている。
相変わらず奇抜なファッションが好きみたいだ。

「お久しぶりね坊や。元気そうで安心したわ。あの絵、何だか坊やに似ているわね。ギラリとした目なんて、そのまんまだわ」

絵の中の俺は、とても哀れな構図だった。
でも、地獄のような配色の中でその目だけは光っている。
こちらを睨んで、今にも襲ってきそうだ。
俺は天野をこんな風に睨みつけていたのだろうか。
それとも、天野の創作か。
天野はこの絵にどんな悪意と善意をこめたのだろう。
俺にはやっぱり理解できない。
大人になったら分かるのだろうか。
今は少しだけ、この絵を理解したいと思っている。
どうして翼なんて生えているのか。
そして、どうしてそれをわざわざもぎ取っているのだろうか。
翼をもいで、飛べなくしているのか。
それとも、人間には翼なんて生えていないと教えているつもりなのか。
そんなこと知っているよ。
翼があったなら、俺は飛び下りようとなんてしなかったからな。

「気のせいです。でも俺、あの人が描いた絵持ってます」

「あら! 価値が出るんじゃないの? 高級ドラッグと交換してあげてもいいわよ」

「すみません。人にあげる予定なんです」

薫さんが現実に戻って来られる日があったら、渡せる日が来るかもしれないと期待している。
それは残酷なことなのかもしれない。
でも、その頃あの絵に価値が出たら渡しやすいかな。

「そうなの、残念。でも、坊やには今後もご贔屓にしてもらいたいわ。それに、今更ドラッグの無い人生なんて無理でしょ」

そうだな。
このドラッグ時代、賢く使って生きる方が得だ。

「受験前にでも買いに行きますよ。変な商品は売らないでくださいね」

「あらやだ。坊やに粗悪品なんて売ったら、例の彼に顔面引き剥がされちゃうわ」

アンジェラは腰をくねらせながら、顔面を覆う。
きっと比喩表現ではないのだろう。
彼らも彼女らもそんな世界で生きている。

「一応伝えておくけど、例の彼は無事に海外逃亡したわよ」

「そうですか。良かったです。教えてくれてありがとう」
 
天野の父親が、無事にあっくんを逃がしてあげたのだろう。

「薬人君!」

綺麗な声が聞こえた。
横断歩道の向こう側に、俺とアンジェラを凝視している奏ちゃんがいる。
白いコートと、淡いピンク色のマフラーをして、黒い群衆の中で目立っていた。

「あらやだ。浮気現場を見られちゃったわね。デートなんて羨ましいわ。こっちは繁忙期だからずっとドラッグとデートよ」

「冬にドラッグが売れるんですか?」

「バレンタインシーズンだからね。大人のバレンタインは、チョコレートよりも情熱的になれるドラッグを送り合うのが流行りなのよ。バレンタインデーに女性から、ホワイトデーには男性からそれぞれドラッグを送り合う。そして、お互い送り合ったドラッグを飲んでその後は、むふふよ。高校生なら分かるでしょ」

アンジェラが真っ赤な唇を突き出した。
変な話をしないでくれ。
でもこれは、少子化の波を抑えられるかもな。
前向きに捉えよう。

「じゃあ、彼女ちゃんがこっちに来ちゃうから退散するわ。受験頑張ってね」

アンジェラは群衆に消えて行った。
この街では、あんなに目立つ人物も溶け込んでしまう。
違法ドラッグの密売組織も、始末屋も、そして俺のことも飲み込んでくれる。
いい街だな。
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