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捨てたはずの友人と彼女
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「それで、お前はいつサッカー部に復帰できるんだ?」
見舞に来て早々、如月の発言はいつもどおりで呆れる。
退部届出しただろうが。
「お前こそ、こんな所にいていいのか? 練習をさぼるなんて、お前らしくないな」
「さぼっていない。これから行く。飯田は先に始めている」
やっぱり飯田には頭が上がらない。
「とっとと退院して戻ってこい」
如月はそれだけ言って病室から出て行った。
だからジャージ姿だったのか。
「このクソ薬人の馬鹿野郎が。反省文を百枚書いて俺に提出しろ」
病室に見舞に来ていたのは、如月だけではなく公平とそして何故が奏ちゃんもいた。
「何の反省だよ」
「一連の全部だ。そして、ドラッグのせいだったとしても、屋上から飛び降りようとするなんて、ヒーローのすることじゃないぞ」
「ヒーローって何だ。とうとう俺は、お前の言葉が分からなくなったみたいだ」
「今は違うぞ。対等だからな。でも、小学生の頃のお前は俺を助けてくれただろ。俺をいじめていた奴をぶっとばしてくれた。あの時は、少なくともあの時のお前は俺のヒーローだったんだ。だから、こんな真似しでかして俺は悲しいぞ」
「そうなの? 薬人君すごいじゃない」
何故、今更そんな恥ずかしい話を聞かされなければならないんだ。
それに、公平を助けようと思ったわけではない。
記憶の大半を無くしてしまったあの頃の俺は、人間というよりも動物に近かったのだろう。
目の前の障害物を除去したにすぎない。
手加減という概念も無かったから、相手をかなりボコボコにしてしまったのを思い出した。
そして、教師が青い顔をしてすっ飛んできた。
その障害物を擁護して、俺を攻めるようなことを言ったから腹を立てて、俺はその教師にも手をあげてしまった。
学校という世界でやってはいけないことを、全部やった。
俺はその日から問題児だ。
誰にも自慢できない。
どちらかといえば、公平の方こそ俺にとってのヒーローだったかもしれない。
孤独から救ってくれたから。
俺は公平と違って、口が裂けてもそんな恥ずかしい話はしないけどな。
「あのさ。何で二人はここにいるんだ。公平とは絶交したし、奏ちゃんとは別れたはずなんだけど」
「何でお前の言うこと聞かなきゃいけないんだ。馬鹿」
「私は振られちゃったけど、新山君が言うには友情は自由なんですって。だから、彼女じゃないけど友達はやめなくてもいいのよ」
奏ちゃんが微笑む。
可愛いけど、完全に時間を無駄にしている。公平のことは知らん。
「奏ちゃんもサッカー部のサポートに行ったらどうだ」
「今日はさぼり」
「如月はイケメンだし、サッカー上手いから、奏ちゃんとも上手くいくんじゃないか」
「私、暑苦しい人苦手なの」
「え。じゃあ、飯田は?」
「異性として見たことすらないわ」
「えっと。努力家だし、いい奴だ」
「努力家でいい人を好きにならないといけないの?」
なんだろう。
いつもの奏ちゃんとの会話と違う気がする。
「じゃあ、俺はどうかな桜井ちゃん」
「ごめんなさい」
公平のふざけた告白を、奏ちゃんは速攻で断った。
「何で! もう少し悩んでくれても」
「髪型がありえないわ」
公平は今日もワックスで髪の毛を立たせている。
時間をかけて身支度しているのに、それが原因で振られるなんてちょっとだけ可哀そうだな。
面白いけど。
「女子はこういう髪型が好きなんじゃないのか」
「その髪型が似合うのは、イケメン俳優だけよ」
奏ちゃんが一刀両断する。
公平が項垂れた。
笑える。
「桜井ちゃんって、結構毒舌だな」
「彼氏の前では大人しくするけど、ここには彼氏がいないからね」
奏ちゃんは俺に鋭い視線を送る。
どうしよう、怖い。
「モテない新山君に乙女心をレクチャーしてあげる。彼女がイケメンバンドのコンサートに行きたいと言いました。どう答えるのが正解でしょうか」
この答えなら分かるぞ。
「うーん。何か嫌だけど、心の狭い男だと思われたくないから、楽しんできてって言う」
「不正解よ」
「え!」
俺は思わず声をあげてしまった。
「コンサートに行きたいって言った時、俺の回答は不正解だったのか。じゃあ、友達の彼氏みたいに止めれば良かったのか?」
「それも不正解よ」
意味が分からない。
「正解は、嫉妬しながら仕方なくコンサートに送り出してあげる。これよ」
「桜井ちゃん、何だか面倒くさいぞ」
「乙女心は複雑なの。彼氏にちょっとだけ嫉妬されたいの。これが分からないようなら、新山君は女性と付き合うのは難しいかもね。薬人君も乙女心の理解度が足りないわ。次の彼女ができそうにないから、復縁してあげてもいいわよ」
彼女がずる賢そうに笑う。
完璧な彼女の欠点は、男を見る目が無いことだった。
俺の体に問題は無いけど、心はなかなか回復することが難しいみたいだ。
時々情緒不安定になり、俺の入院生活は長引いた。
内容は覚えていないけど、悪夢にうなされて夜中に目を覚ます。
日中でも気分の落ち込みが酷くて、一日中唸る日も多い。
叔父さんが背中をさすってくれても、鬱陶しく感じて手を払いのける。
本当はそんなことしたくないのに。
自分の体と気持ちなのにコントロールできない。
これがドラッグの用法を守らなかった報いか。
体がエデンを求めている。
でも、俺には効力が軽いドラッグしか与えられない。
後は自力で闘えということなのか。
正に楽園追放じゃないか。
なんて、馬鹿みたいなことを考えて一日が終わる。
俺の気分が落ち着いている時は、よく公平達が見舞に来てくれる。
公平が文化祭で一回だけヴォーカルを担当するらしかった。
俺に見に来いとしつこく言って来たが、それは叶わなかった。
まあ、あいつ音痴だから聞きたかったわけじゃないけど。
昔一度だけ公平とカラオケ店に行ったことがあったが、一回でやめた。
俺に金が無いからじゃなくて、公平の歌が酷かったからだ。
それはどうでもいいが、俺が部活に復帰できないままサッカーの全国大会が始まった。
うちの部は予選敗退。
やっぱり、去年が奇跡だったんだよ。
奏ちゃんが試合の様子をビデオに撮影して、俺の病室に持ってきてくれた。
飯田がキーパーとして試合に出場できていた。
俺はそれが嬉しかった。
最後の試合では、飯田は泥まみれで鼻血を流しながら必死でボールを止めようとしていた。
去年の大会みたいに、俺のパスと如月の華麗なシュートという綺麗な絵ではないかもしれない。
でも、俺はそんな飯田が世界一格好いいと本気で思った。
俺はきっと、飯田みたいな人間になりたかったんだろうな。
試合が終わった時、ビデオの中の如月は天を仰いで叫んでいた。
こんな世界に、こんな時代に生まれてきたことを神に怒っているのかと思った。
でも如月は、試合が終わった後すぐに受験勉強を始めたらしい。
俺と違って、ちゃんと現実を見れる奴だったんだな。
酷いことを言って悪かったよ。
去年の俺は想像していなかった。
青春を病室で過ごすことになるなんて。
望まない夜明けが何度も過ぎて、年が明けてしまった。
見舞に来て早々、如月の発言はいつもどおりで呆れる。
退部届出しただろうが。
「お前こそ、こんな所にいていいのか? 練習をさぼるなんて、お前らしくないな」
「さぼっていない。これから行く。飯田は先に始めている」
やっぱり飯田には頭が上がらない。
「とっとと退院して戻ってこい」
如月はそれだけ言って病室から出て行った。
だからジャージ姿だったのか。
「このクソ薬人の馬鹿野郎が。反省文を百枚書いて俺に提出しろ」
病室に見舞に来ていたのは、如月だけではなく公平とそして何故が奏ちゃんもいた。
「何の反省だよ」
「一連の全部だ。そして、ドラッグのせいだったとしても、屋上から飛び降りようとするなんて、ヒーローのすることじゃないぞ」
「ヒーローって何だ。とうとう俺は、お前の言葉が分からなくなったみたいだ」
「今は違うぞ。対等だからな。でも、小学生の頃のお前は俺を助けてくれただろ。俺をいじめていた奴をぶっとばしてくれた。あの時は、少なくともあの時のお前は俺のヒーローだったんだ。だから、こんな真似しでかして俺は悲しいぞ」
「そうなの? 薬人君すごいじゃない」
何故、今更そんな恥ずかしい話を聞かされなければならないんだ。
それに、公平を助けようと思ったわけではない。
記憶の大半を無くしてしまったあの頃の俺は、人間というよりも動物に近かったのだろう。
目の前の障害物を除去したにすぎない。
手加減という概念も無かったから、相手をかなりボコボコにしてしまったのを思い出した。
そして、教師が青い顔をしてすっ飛んできた。
その障害物を擁護して、俺を攻めるようなことを言ったから腹を立てて、俺はその教師にも手をあげてしまった。
学校という世界でやってはいけないことを、全部やった。
俺はその日から問題児だ。
誰にも自慢できない。
どちらかといえば、公平の方こそ俺にとってのヒーローだったかもしれない。
孤独から救ってくれたから。
俺は公平と違って、口が裂けてもそんな恥ずかしい話はしないけどな。
「あのさ。何で二人はここにいるんだ。公平とは絶交したし、奏ちゃんとは別れたはずなんだけど」
「何でお前の言うこと聞かなきゃいけないんだ。馬鹿」
「私は振られちゃったけど、新山君が言うには友情は自由なんですって。だから、彼女じゃないけど友達はやめなくてもいいのよ」
奏ちゃんが微笑む。
可愛いけど、完全に時間を無駄にしている。公平のことは知らん。
「奏ちゃんもサッカー部のサポートに行ったらどうだ」
「今日はさぼり」
「如月はイケメンだし、サッカー上手いから、奏ちゃんとも上手くいくんじゃないか」
「私、暑苦しい人苦手なの」
「え。じゃあ、飯田は?」
「異性として見たことすらないわ」
「えっと。努力家だし、いい奴だ」
「努力家でいい人を好きにならないといけないの?」
なんだろう。
いつもの奏ちゃんとの会話と違う気がする。
「じゃあ、俺はどうかな桜井ちゃん」
「ごめんなさい」
公平のふざけた告白を、奏ちゃんは速攻で断った。
「何で! もう少し悩んでくれても」
「髪型がありえないわ」
公平は今日もワックスで髪の毛を立たせている。
時間をかけて身支度しているのに、それが原因で振られるなんてちょっとだけ可哀そうだな。
面白いけど。
「女子はこういう髪型が好きなんじゃないのか」
「その髪型が似合うのは、イケメン俳優だけよ」
奏ちゃんが一刀両断する。
公平が項垂れた。
笑える。
「桜井ちゃんって、結構毒舌だな」
「彼氏の前では大人しくするけど、ここには彼氏がいないからね」
奏ちゃんは俺に鋭い視線を送る。
どうしよう、怖い。
「モテない新山君に乙女心をレクチャーしてあげる。彼女がイケメンバンドのコンサートに行きたいと言いました。どう答えるのが正解でしょうか」
この答えなら分かるぞ。
「うーん。何か嫌だけど、心の狭い男だと思われたくないから、楽しんできてって言う」
「不正解よ」
「え!」
俺は思わず声をあげてしまった。
「コンサートに行きたいって言った時、俺の回答は不正解だったのか。じゃあ、友達の彼氏みたいに止めれば良かったのか?」
「それも不正解よ」
意味が分からない。
「正解は、嫉妬しながら仕方なくコンサートに送り出してあげる。これよ」
「桜井ちゃん、何だか面倒くさいぞ」
「乙女心は複雑なの。彼氏にちょっとだけ嫉妬されたいの。これが分からないようなら、新山君は女性と付き合うのは難しいかもね。薬人君も乙女心の理解度が足りないわ。次の彼女ができそうにないから、復縁してあげてもいいわよ」
彼女がずる賢そうに笑う。
完璧な彼女の欠点は、男を見る目が無いことだった。
俺の体に問題は無いけど、心はなかなか回復することが難しいみたいだ。
時々情緒不安定になり、俺の入院生活は長引いた。
内容は覚えていないけど、悪夢にうなされて夜中に目を覚ます。
日中でも気分の落ち込みが酷くて、一日中唸る日も多い。
叔父さんが背中をさすってくれても、鬱陶しく感じて手を払いのける。
本当はそんなことしたくないのに。
自分の体と気持ちなのにコントロールできない。
これがドラッグの用法を守らなかった報いか。
体がエデンを求めている。
でも、俺には効力が軽いドラッグしか与えられない。
後は自力で闘えということなのか。
正に楽園追放じゃないか。
なんて、馬鹿みたいなことを考えて一日が終わる。
俺の気分が落ち着いている時は、よく公平達が見舞に来てくれる。
公平が文化祭で一回だけヴォーカルを担当するらしかった。
俺に見に来いとしつこく言って来たが、それは叶わなかった。
まあ、あいつ音痴だから聞きたかったわけじゃないけど。
昔一度だけ公平とカラオケ店に行ったことがあったが、一回でやめた。
俺に金が無いからじゃなくて、公平の歌が酷かったからだ。
それはどうでもいいが、俺が部活に復帰できないままサッカーの全国大会が始まった。
うちの部は予選敗退。
やっぱり、去年が奇跡だったんだよ。
奏ちゃんが試合の様子をビデオに撮影して、俺の病室に持ってきてくれた。
飯田がキーパーとして試合に出場できていた。
俺はそれが嬉しかった。
最後の試合では、飯田は泥まみれで鼻血を流しながら必死でボールを止めようとしていた。
去年の大会みたいに、俺のパスと如月の華麗なシュートという綺麗な絵ではないかもしれない。
でも、俺はそんな飯田が世界一格好いいと本気で思った。
俺はきっと、飯田みたいな人間になりたかったんだろうな。
試合が終わった時、ビデオの中の如月は天を仰いで叫んでいた。
こんな世界に、こんな時代に生まれてきたことを神に怒っているのかと思った。
でも如月は、試合が終わった後すぐに受験勉強を始めたらしい。
俺と違って、ちゃんと現実を見れる奴だったんだな。
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