少年ドラッグ

トトヒ

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全て台無し

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俺は病院で入院しているようだった。
時々警察やカウンセラーが俺の病室にやって来て事情を聞いてきた。
その度に俺は同じセリフを吐く。
もういい加減分かっただろ。
早く死刑にしてくれよ。
ドラッグが無いままベッドに横たわるのは、さすがに限界なんだけど。
叔父さんは見舞いに来てくれているみたいだけど、病室に入ることを俺が拒んでいる。
拒絶じゃない。
愛情表現だ。
叔父さんの時間は有意義に使うべきだから。

体は勝手に回復していくようにできているらしい。
うんざりする。俺は起き上がれるようになってしまった。
そして、俺からドラッグが抜けたと思い込んだ大人達が俺に尋問を始める。
時間の無駄だ。

「今日は、もう少し具体的な話をしましょう」

時々病室に来ていたカウンセラーの女が穏やかな声で言った。
そして、東刑事と真田刑事も近くに腰掛けた。
そして、俺は拒否していたのに叔父さんが病室に入ってきて、後ろの方で俺を見つめている。
誰も俺の言うことは聞いてくれないんだな。

「具体的も何も、今まで言ったとおりだ。俺が母親を殺した。早く死刑にしろよ」

叔父さんの前で、何度も同じ残酷な真実を言わせないでくれよ。

「その証言では、薬人君を死刑どころか逮捕もできません。これからする質問に答えて、本当に君が犯人なら、ちゃんと法律に従ってもらいます」

大人の世界は面倒だな。
俺はちゃんと自白しているのに、回りくどいことをしなければならないらしい。

「まず、動機は何だったのでしょうか。母親を殺したのなら、何か理由があったはずです」

これ、叔父さんの前で言わなければならないのか。
叔父さんは俺を睨んでいる。

「動機なんて何でもいいだろ。人を殺すのは重罪だ」

「いいえ。ちゃんと理由も聞いて、大人が判断して処罰しますから」

カウンセラーはにこやかに話す。
その瞳は優しそうだけど、俺は嫌いだ。

「むしゃくしゃしてやった」

犯人のありがちな犯行動機だ。
これでいいだろ。

「そうですか。では、凶器は何でしょう?」

俺は溜息をついた。
叔父さん、何でここにいるんだよ。

「包丁」

「包丁で刺したということでしょうか?」

「それ以外にどうしろと」

「どこを刺しましたか?」

「覚えてない」

「お母さんは立っていましたか? 座っていましたか? 君は当時小学四年生でしたね。男の子とはいえ、お母さんよりは背が低かったはずです。お母さんを刺せる場所は、状況によって変わります」

何なんだこのくそみたいな質問は。
そんなのどこでもいいじゃないか。
死んでいるんだから。

「母親は立っていた。だから、お腹とか心臓とかじゃないか」

「そうですか。その後はどうしましたか?」

だんだん状況がまずいことに気づいてきた。
確か母親の死体は、茨城の沼地で見つかったんだったな。
そこまで運ぶ必要がある。
あっくんの名前は出したくない。

「捨てた」

「方法は? 重かったはずです」

「頑張った」

「そうですか。一人で頑張ったのでしょうか」

俺は頷いた。
これ以上話せばぼろが出る。

「本当ですか?」

カウンセラーの目が、少し鋭くなったような気がして背筋に悪寒が走った。
死体遺棄も罪になる。
あっくんは俺を手伝っただけだ。
でも、俺が知っているあっくんの情報は少ない。
俺が口を滑らせたところで、きっと彼は捕まらない。
だから大丈夫だ。

「君は叔父さんに引き取られた当時、記憶喪失だったようですね。母親を殺した記憶は、いつ思い出したのでしょうか?」

「最近」

「具体的にいつでしょうか?」

「今年だんだんと」

「薬人君は今年、二週間以上家出していた時期がありましたね。その時はどこにいましたか?」

俺の肩が震えた。
カウンセラーの目を凝視する。
相手は冷静だった。
ガキで馬鹿な俺は、思いっきり動揺してしまった。
こいつら何か知っている。
だから刑事までいるのか。
落ち着け。
俺からあっくんにつながることはない。
たぶん。

「その辺の公園を転々としていました」

俺が言い終わるか終わらないうちに、東刑事がベッドの上にある机を叩いた。
俺の口から変な声が出た。
ドラマで見る尋問シーンに似ている。

「そろそろ嘘をつくのは辛いだろ」

立ち上がった東刑事が俺を見下ろす。
いつものように、鋭い目線だった。
そして、東刑事が机を叩いた手をどけた時、俺は固まった。
そこには写真があった。
紺色のつなぎを着た俺と、その横には化粧を落としたあっくんがいた。
写真の場所は、あの日泊まった旅館だ。

「茨城にある旅館の防犯カメラに、この男と映っていた。どういうことか、説明しろ」

 
最初から俺を泳がせていたのか。
大人はずるい。

「こいつとはどういう関係だ」

「友達」

嘘はついていない。

「友達だと。国際指名手配中の日神新ひがみあらたとか?」

それがあっくんの本名なのか。
八千代鴉に雇われている時は、ただのアラタだったのに。
いっぱい名前があるんだな。

「嘘をつかなくていい。こいつに脅されているんだろ」

「は?」

俺があっくんに脅されているだと。
見当違いも甚だしい。

「防犯カメラの映像を全て見た。君は受付で震えていた。この男に手を取られて引っ張られていた。こいつに何をされた?」

何をされたか。
何でもしてくれた。
受付で俺がびっくりしたのは、あっくんが俺の名前で旅館を予約していたからだ。
俺が手を引かれていたのは、俺が一人では歩けなかったからだよ。
だって、どこへ向かって歩いて行けばいいのか分からなかったから。

「警察が君を守るから、真実を全て話せ。日神新について知っていることを」

「何から俺を守るつもりだ。この人は悪くない。悪いのは全部俺だ」

「脅されているというより、洗脳されているみたいだな」

頭に血が上る感覚がする。
あっくんを悪く言う奴は、たとえ警察でも許さない。

「この人は俺を助けてくれた。昔も今もだ!」

「母親を殺されても、助けられたと言うのか」

「違う! 母親を殺したのは俺だ。この人は、処理を手伝ってくれただけだ。俺を助けてくれたんだ」

あっくんの正体が警察にばれているなら、俺が多少暴露したところで何ともないだろ。

「君はさっき、母親を包丁で刺したと言ったな。それは本当か?」

東刑事が威嚇しながら見下ろしてくる。

「そうだよ。丁度俺が夕飯を作っている最中だったから、よく覚えてる」

「君の母親の死因は刺殺じゃない。それどころか、刺された形跡は無いようだ」

空気が重くなって、俺に覆いかぶさる。
窒息しそうだ。
それ以上言うな。

「そんなの、あんな死体で分かるのかよ」

「科学は日々進歩しているんだ。死体さえ残っていれば、いろいろ分かってしまう。がご遺体にホルマリン液をわざわざ投与していたようで、完全に白骨化はしていなかったからな」

「じゃあ、別の方法で殺したんだ。ガキの頃の記憶だから、曖昧な部分があるのかも」

「時間の無駄だ。答えを言ってしまえば銃殺だ。この日本で珍しいだろ。小学四年生の男子が、母親を銃殺したらしい。自分でどう思う」

「銃を拾ったのかもしれないだろ」

苦し紛れにも程があるか。

「どんな銃が使われたかも分かっている。日神新がよく使う珍しい銃だ。小学生の子供には扱えない。死体の処理をしたのも日神新なんだろ。つまり、君の母親は日神新に殺された。そして君は、奴にドラッグで記憶を曖昧にさせられている。さらに今はドラッグ漬けにされて自殺に追いこまれたんだ」

「違う!」

どうして大人は勝手な解釈をしたがるんだ。
子供を自由に操れると思っているのか。
ガキをなめるなよ。

「科学による証拠は、君を犯人ではないと証明している」

大人はいつも、俺を丸裸にしようとする。
でも、そうはさせない。
あっくんは悪者じゃない。
俺はあの日、確かに母親に包丁を向けたんだ。
小学生のクソガキが向けた包丁と、始末屋の銃ならどっちが先に母親に届くかなんて誰でも分かるだろ。
ただそれだけなんだ。
どちらの凶器が早かったかという問題だ。
結果が本来あるべきものと違っただけ。

東刑事の目が吊り上がる。
両肩を強く掴まれた。

「奴と連絡を取り合っているのか。どこにいる!」

「知らない」

本当に居場所は知らない。
知っていても絶対に教えない。

「知っていることを言え! 俺は奴を捕まえてやらなければならないんだ」

「捕まえてどうするんだ。どうせ死刑にするんだろ」

「これ以上罪を増やすくらいなら、その方がいい」

東刑事が俺を乱暴に揺する。
何も知らないくせに。
法に背いた人間を逮捕して死刑にすることが、絶対正義だと思っているんだろ。
真実はそんな単純な話じゃないんだよ。

「先輩、落ち着いてください」

真田刑事が東刑事を羽交い絞めにして俺から引き離す。
それでも東刑事はもがいて、唸り声をあげた。
正義を貫こうとしているだけにしては狂気じみている。

「頼む、教えてくれ。あいつは俺の友人の弟だ。俺は友達が自殺するのを止められなかった。日神新は一家心中の生き残りだ。俺はそいつを捕まえてやりたい」

どこかで聞いたことがある話だ。
日神という名前。
そういうことか。
天野がドラッグの裏事情に詳しい理由が分かったよ。
そんなことより、この刑事は警察という立場よりも自分の目的の為に、罪滅ぼしの為にあっくんを捕まえたいのか。
そういう大人は嫌いじゃない。
ちゃんと、真実を伝えてあげなければならない。
あっくんの誤解を解いてあげなければ。

「刑事さん。大丈夫ですよ。あの人は正義の味方です。暴力を振るう母親から、俺を助けてくれた。この前も、誘拐犯から俺を助けてくれた。だから、俺はあの人を売らない。本当に居場所も知らない。だから、力になれません。ごめんなさい」

東刑事と目が合い、しばらく見つめ合った。
暴れるのをやめた東刑事を、真田刑事が病室の外へと連れ出した。

「姉さんは、やっぱり酷い母親だったんだな」

いつの間にか俺の近くに立っていた、叔父さんが俯いている。

「母親に向いていなかったんだよ」

叔父さんは歪んだ顔を俺に向けて、力なく椅子に腰掛けた。
叔父さんごめんね。
俺が守れるのは一人だけみたいだ。
俺はあっくんを選んだよ。

「今日のカウンセリングは終わりにしましょう。続きは後日。よく休んで」

カウンセラーが身支度を整えて立ち上がる。

「一つだけ教えてください。俺が自殺しようとしていたこと、何故分かったんですか?」

「通報があったと聞いています」

カウンセラーはそう言って病室から出て行った。
あんな人気が無い廃校舎で、俺一人が自殺しようとしていることに誰かが気づくなんてありえない。
飯田にはバスの行き先すら伝えていない。
俺が死に場所を教えたのはたった一人だ。
最後の最後に裏切ったということか。
今までの人生の中でここまで怒りに震えたことはない。
絶対に許せない……
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